不可解な出来事があった。
その出来事に関わる登場人物は3人である。
Aさん(女性20歳)は、とある施設に通っていて、その施設に行く為に施設の送迎バスを利用している。
続いてBさん(女性21歳)は、施設で働く事務員さんである。
そして、Cさん(女性50歳)は、バスのドライバーさんである。
その送迎バスを利用する際はeメールで予約し、施設のpcで、eメールを確認後に、迎えに行く時間などを再びeメールで返信する工程を前日に行ない、前日の午後には予定表を作成し、Cさんに渡され、当日にその表に従って送迎を行うのが一連の手順である。
ところが、当日の就業前に、Aさんの送迎を頼まれてしまう事態が発生したのである。
そのいきさつが、前日の施設の終了間際に、AさんとBさんの間に「メールは送りました」「メールは届いていません」という齟齬が生じてしまって、予約バスの受付時間も過ぎており、ドライバーさんも退社した後なので、とりあえず翌日に託そうという事になって、当日の朝になったという。
人伝に聞いたことなので不明瞭な事も多いが、不可解なのはAさんとBさんがもめた事である。
もし、現代が携帯電話のない時代であるのならば、「言った」「言わない」で、もめるであろうし、紙面でのやり取りなら「渡した」「もらってない」でもめるのも理解できる。
しかし、デジタルネイティブ世代の人たちが、eメールのやり取りで「送った」「届いてない」で、もめるのは理解できない。
送信者の携帯には「送信履歴」が残るはずであるし、受信者には「受信履歴」「返信履歴」が残るので、確認が可能であるからである。
しかし、もめたらしいのである。
当日の朝、Cさんには偶然的に時間に余裕があったのでAさんを迎えに行くことができたのであるが、CさんはよくわからないままAさんとBさんとの間に生じた「齟齬」に振り回された形になった。
Cさんのフォローによって、AさんとBさんは目的を達成し、「終わったこと」になったので、さほど気にしていないようであるが、僕がCさんの立場であれば双方に不信感が生まれる。
それは、どちらかが小さな「嘘」をついているという疑念である。
仮にAさんの消費者マインドが強ければ、自分の利益を損なわないために嘘を押し通そうとするであろう。そしてBさんが「嘘」をついているとするならば、メールの確認を怠り、後になって発見し、内内でシナリオを作り、Cさんに作話を伝達し、自身の自尊心を擁護するために嘘をついたと推測できる。
確かに、どちらも子供がするような、小さな「嘘」であるし、Cさんもうまい具合にフォローできたので結果オーライであるが、彼女たちのどちらかは、この小さな嘘が今後、自身に与える影響の大きさを理解していないのでは思うのである。
「お金で人を動かしている」という意識が希薄であるとはいえ、もし仮に、小さな嘘が、沢山の人を巻き込んでいる重大な案件に関わっていたら、事の重大さは歴然であり、いたずらをして怒られてしまった子供ように、泣いて「ごめんなさい」と言っても、それだけでは社会は許してくれない。
自身の稚拙な判断によって、自身の人生がしんどいものになってしまうリスクが潜んでいるのである。
だから、頭が固くならないうちに、小さな嘘をつくのをやめて、素直に「忘れてました。すいません」と言えるようになれば、いずれ信頼を得られるようになり、将来大きな失敗をしたとしても、誰かが救いの手を差し伸べてくれるようになるという事に気づいてほしいと思う。
その出来事に関わる登場人物は3人である。
Aさん(女性20歳)は、とある施設に通っていて、その施設に行く為に施設の送迎バスを利用している。
続いてBさん(女性21歳)は、施設で働く事務員さんである。
そして、Cさん(女性50歳)は、バスのドライバーさんである。
その送迎バスを利用する際はeメールで予約し、施設のpcで、eメールを確認後に、迎えに行く時間などを再びeメールで返信する工程を前日に行ない、前日の午後には予定表を作成し、Cさんに渡され、当日にその表に従って送迎を行うのが一連の手順である。
ところが、当日の就業前に、Aさんの送迎を頼まれてしまう事態が発生したのである。
そのいきさつが、前日の施設の終了間際に、AさんとBさんの間に「メールは送りました」「メールは届いていません」という齟齬が生じてしまって、予約バスの受付時間も過ぎており、ドライバーさんも退社した後なので、とりあえず翌日に託そうという事になって、当日の朝になったという。
人伝に聞いたことなので不明瞭な事も多いが、不可解なのはAさんとBさんがもめた事である。
もし、現代が携帯電話のない時代であるのならば、「言った」「言わない」で、もめるであろうし、紙面でのやり取りなら「渡した」「もらってない」でもめるのも理解できる。
しかし、デジタルネイティブ世代の人たちが、eメールのやり取りで「送った」「届いてない」で、もめるのは理解できない。
送信者の携帯には「送信履歴」が残るはずであるし、受信者には「受信履歴」「返信履歴」が残るので、確認が可能であるからである。
しかし、もめたらしいのである。
当日の朝、Cさんには偶然的に時間に余裕があったのでAさんを迎えに行くことができたのであるが、CさんはよくわからないままAさんとBさんとの間に生じた「齟齬」に振り回された形になった。
Cさんのフォローによって、AさんとBさんは目的を達成し、「終わったこと」になったので、さほど気にしていないようであるが、僕がCさんの立場であれば双方に不信感が生まれる。
それは、どちらかが小さな「嘘」をついているという疑念である。
仮にAさんの消費者マインドが強ければ、自分の利益を損なわないために嘘を押し通そうとするであろう。そしてBさんが「嘘」をついているとするならば、メールの確認を怠り、後になって発見し、内内でシナリオを作り、Cさんに作話を伝達し、自身の自尊心を擁護するために嘘をついたと推測できる。
確かに、どちらも子供がするような、小さな「嘘」であるし、Cさんもうまい具合にフォローできたので結果オーライであるが、彼女たちのどちらかは、この小さな嘘が今後、自身に与える影響の大きさを理解していないのでは思うのである。
「お金で人を動かしている」という意識が希薄であるとはいえ、もし仮に、小さな嘘が、沢山の人を巻き込んでいる重大な案件に関わっていたら、事の重大さは歴然であり、いたずらをして怒られてしまった子供ように、泣いて「ごめんなさい」と言っても、それだけでは社会は許してくれない。
自身の稚拙な判断によって、自身の人生がしんどいものになってしまうリスクが潜んでいるのである。
だから、頭が固くならないうちに、小さな嘘をつくのをやめて、素直に「忘れてました。すいません」と言えるようになれば、いずれ信頼を得られるようになり、将来大きな失敗をしたとしても、誰かが救いの手を差し伸べてくれるようになるという事に気づいてほしいと思う。