看護師になり5か月が過ぎた。医療現場は実習とは違って、不規則なシフトと予期せぬ出来事の連続に、気力、体力が削られて「なんでナースになろうと思ったんだろ」と、弱音を吐いてしまう時もある。
でも、担当になった患者さんから、「ありがとう」という言葉をもらえると、また頑張ろうという気持ちが復活する。
それでも、医療現場は、特に私の勤めている病棟は常に死が身近にあるから、打ち解けて来たかなと思えてきた患者さんが突然亡くなると、とても落ち込んでしまう。
そんな時、先輩から「あなたはあなたなりに十分にベストを尽くしてきたんだから、悔いを残しては駄目」と、励ましのアドバイスをもらえた事は、すごくうれしくて心強かった。
今はまだ弱くなる気持ちの方が多いけれど、それがきっかけで、早く先輩みたいになりたいという気持ちも芽生えてきた。
職場に出勤し、更衣室でナース服に着替える。それだけで、ふわふわしていた心にスイッチが入って、戦隊ヒーローが変身するように私もナースに変身する。さぁ、今日も頑張ろう。
「おはようございます! お疲れ様です! 」
気を入れて挨拶をすると、カルテをつけていた杉本先輩は手を止めて、
「おはよう、白上。今日も元気ね。」
と、爽やかにあいさつを返してくれた。働き出してからすごく感じるのは、挨拶ってほんとに大切だと思う事だ。それは、なぜか、挨拶が返ってこなかった日があって、その日一日、心と身体がずんと重くって、仕事に身が入らなくなるという経験をしたからだ。だから私は仕事は未熟だけれど、挨拶はシッカリとしてゆこうと心に決めているのだ。
「いきなりだけど、担当だった305号室の佐々木さん。夕べ、お亡くなりになったわよ。」
「えっ。昨日の夕方まで、バイタルにも変化見られなかったし・・・・。」
「また、落ち込む。駄目よ、そのままの気持ちを引っ張ってちゃ。医療科学は神様じゃないのよ。天命を全うした方には笑顔で送ってあげなくてはね。」
「すいません。」
「まぁ、でも、慣れすぎるってゆうのも問題アリだけどね。けど、他の患者さんに、私、落ち込んでますって言う気持ちを悟られたら、自分の事なのかと勘違いされる患者さんも中に入るから十分に気を付けてね。」
「はい。気を付けます。」
「でもねぇ。」
杉本先輩は次期婦長候補で、とても仕事のできる人で、ドクターとナースの間を取り持ったり、私達の悩み事相談にも乗ってくれる、人望の厚い、男性なら彼氏にしたい人である。
その杉本先輩が、左手に持っていたペンの頭の部分を顎に付けてなにかを話すときは、先輩独特の想いを話すサインだ。
「どうしました。杉本先輩」
「いやね。看護師を30年やってきたけど、この5年くらいかなぁ。60歳前後の人が癌で亡くなるケースが増えたわ」
「あっ、たしか、305号室の佐々木さんも・・・。」
「でしょ。偶然かもしれないけど、統計を取ったら、人の寿命が短くなってるかもしれないわね」
「そうなんですか? 」
「私の思い過ごしかも知れないけれど、私がナースになってから、2~3年後くらいかなぁ。たしか、2022年位から、癌で亡くなる人が以前より増したように思うのよ。たしか、後期高齢者の人も、元々の疾患が悪化して亡くなった人が増えたという印象があるなぁ。後期高齢者になると、癌細胞って進行もゆっくりになるはずなんだけど、むしろ、癌細胞は変異していて、がん抑制遺伝子の減少がみられるって、癌を研究しているドクターが言ってたなぁ。」
「へぇ~。そうなんですね。そういえば、2022年といえば、たしか、コロナウィルスの終息宣言がなされた年って授業で習った気がします」
「ああっ。そうね。そんなこともあったわね。そうかぁ、もう歴史で学ぶのねぇ、私も歳をとるはずだわぁ。けれど、あの時は、大変だったなぁ」
「授業でも、先生からその話を聞きました。国も医療現場も手探り状態で進めていったって。」
「そうそう。私なんか、ようやく慣れてきたときだったから、毎日何もできなくて、今のあなたのように落ちこんでばかりいたわ」
「先輩にもそんなときあったんですねぇ。なんか、ほっとしちゃいました」
「そりゃそうよ。誰でも、最初はある。そこから、どう進んでゆくかはその人の意志。幸いにして私には信じるものがあったから、ここまで進んでこられたのよ。」
「逆に、それが、すごいって思います。尊敬します。」
「そっ、そう? ありがとう」
そう言うと杉本先輩は少し顔を赤らめて微笑んだ。
「さぁ、カルテ書き終えなきゃ」
再びカルテに向かうと、私と同じシフトの一つ上の重野先輩が、ナースステーションに入ってきた。
「お疲れ様でぇ~す。」
「お疲れ様です」
「皆ッ! 知ってる? 速報よ」
「なになに」
重野先輩は情報番組が大好きで、いつも、テレビやネットの自分がテンションが上がった話題を、真っ先に話してくれる。重野先輩の話を聞いていれば、その時のトレンドを知ることが出来て、不規則なナースの仕事をしていても時代に乗り遅れる事はない。
「今日の世界陸上の男子百メートル走の結果! 」
「ああっ、世界陸上やってたわね。重野は相変わらず好きねぇ」
「でね。でね。なんと! ついに、7秒台が出ましたぁ」
「7秒!! 」
私と杉本先輩の驚きは、思わずハモってしまうほどだった。
「そうなのよ。時速51キロだって。私の運転する車より早く走るなんて超人だと思わない!しかもかっこいいし! 」
「すごいですねぇ」
私はその話しに、ただただ驚いていたけれど、杉本先輩はまた、ペンの頭を顎に付けて不思議な事を話しだした。
「すごいと思うけど、人の身体を看る仕事をしてるとね、今時のアスリートの身体の進化は、一昔前に比べると速すぎるように思うのよ。」
「それは、どういうことなんですか? 」
「これも、私の思い過ごしかも知れないんだけれど、骨格とか筋肉の付き方とかをつぶさに見るとね、なんか、違和感があるのよ。」
すると重野先輩は、感心なさそうに「そうなんですかぁ」と言うと、杉本先輩は、
「う~ん。なんだろうね・・・。そういえば、この間、救急外来の同僚と話をしたんだけどね、ここ数年、事件や事故で運ばれてくる人がすごく減って、逆に、10代後半の子供たちが、脳血管疾患や循環器疾患で突然死するケースが増えてるって言ってたわ。もしかして、急速な進化と何か関係があるのかしら。でも、本当に関係があったら何か気持ち悪いわね」
と、少し眉間に皺を寄せて、話をし終えると、重野先輩は空いていた椅子に座り、にやにやしながらタブレットペンやデジタル聴診器を机の上に置いて、
「杉本さんは、いつも考えすぎですよぉ。もし、関係があったとしたら、まるで、誰かの手によって、選別されてるみたいじゃないですか。SF映画の見過ぎですよぉ。」
と、さらりと言った。すると、杉本先輩は、ハッと我に返って、
「ほんと、ほんと、そうよね。いくら映画が好きだからって、現実と混同させちゃあねぇ。いけない、いけない。さぁ、このカルテを書き終えたら申し送りします。それまで、担当の方のケース記録に目を通しておいてください」
「はいっ!」
その話しはそこで終わったけれど、あの姿勢をとった時の杉本先輩の話は、後々響いてくることが多い。
私は、2022年には生まれていないから、当時の事は分からないけれど、ネットに繋がれば、ありとあらゆる情報を集められたはず。
それなのに、杉本先輩の話からすると、なんだか、コロナパンデミックという歴史的事実の中には知り得ないことの方が多かったのかもと思った。
でも、担当になった患者さんから、「ありがとう」という言葉をもらえると、また頑張ろうという気持ちが復活する。
それでも、医療現場は、特に私の勤めている病棟は常に死が身近にあるから、打ち解けて来たかなと思えてきた患者さんが突然亡くなると、とても落ち込んでしまう。
そんな時、先輩から「あなたはあなたなりに十分にベストを尽くしてきたんだから、悔いを残しては駄目」と、励ましのアドバイスをもらえた事は、すごくうれしくて心強かった。
今はまだ弱くなる気持ちの方が多いけれど、それがきっかけで、早く先輩みたいになりたいという気持ちも芽生えてきた。
職場に出勤し、更衣室でナース服に着替える。それだけで、ふわふわしていた心にスイッチが入って、戦隊ヒーローが変身するように私もナースに変身する。さぁ、今日も頑張ろう。
「おはようございます! お疲れ様です! 」
気を入れて挨拶をすると、カルテをつけていた杉本先輩は手を止めて、
「おはよう、白上。今日も元気ね。」
と、爽やかにあいさつを返してくれた。働き出してからすごく感じるのは、挨拶ってほんとに大切だと思う事だ。それは、なぜか、挨拶が返ってこなかった日があって、その日一日、心と身体がずんと重くって、仕事に身が入らなくなるという経験をしたからだ。だから私は仕事は未熟だけれど、挨拶はシッカリとしてゆこうと心に決めているのだ。
「いきなりだけど、担当だった305号室の佐々木さん。夕べ、お亡くなりになったわよ。」
「えっ。昨日の夕方まで、バイタルにも変化見られなかったし・・・・。」
「また、落ち込む。駄目よ、そのままの気持ちを引っ張ってちゃ。医療科学は神様じゃないのよ。天命を全うした方には笑顔で送ってあげなくてはね。」
「すいません。」
「まぁ、でも、慣れすぎるってゆうのも問題アリだけどね。けど、他の患者さんに、私、落ち込んでますって言う気持ちを悟られたら、自分の事なのかと勘違いされる患者さんも中に入るから十分に気を付けてね。」
「はい。気を付けます。」
「でもねぇ。」
杉本先輩は次期婦長候補で、とても仕事のできる人で、ドクターとナースの間を取り持ったり、私達の悩み事相談にも乗ってくれる、人望の厚い、男性なら彼氏にしたい人である。
その杉本先輩が、左手に持っていたペンの頭の部分を顎に付けてなにかを話すときは、先輩独特の想いを話すサインだ。
「どうしました。杉本先輩」
「いやね。看護師を30年やってきたけど、この5年くらいかなぁ。60歳前後の人が癌で亡くなるケースが増えたわ」
「あっ、たしか、305号室の佐々木さんも・・・。」
「でしょ。偶然かもしれないけど、統計を取ったら、人の寿命が短くなってるかもしれないわね」
「そうなんですか? 」
「私の思い過ごしかも知れないけれど、私がナースになってから、2~3年後くらいかなぁ。たしか、2022年位から、癌で亡くなる人が以前より増したように思うのよ。たしか、後期高齢者の人も、元々の疾患が悪化して亡くなった人が増えたという印象があるなぁ。後期高齢者になると、癌細胞って進行もゆっくりになるはずなんだけど、むしろ、癌細胞は変異していて、がん抑制遺伝子の減少がみられるって、癌を研究しているドクターが言ってたなぁ。」
「へぇ~。そうなんですね。そういえば、2022年といえば、たしか、コロナウィルスの終息宣言がなされた年って授業で習った気がします」
「ああっ。そうね。そんなこともあったわね。そうかぁ、もう歴史で学ぶのねぇ、私も歳をとるはずだわぁ。けれど、あの時は、大変だったなぁ」
「授業でも、先生からその話を聞きました。国も医療現場も手探り状態で進めていったって。」
「そうそう。私なんか、ようやく慣れてきたときだったから、毎日何もできなくて、今のあなたのように落ちこんでばかりいたわ」
「先輩にもそんなときあったんですねぇ。なんか、ほっとしちゃいました」
「そりゃそうよ。誰でも、最初はある。そこから、どう進んでゆくかはその人の意志。幸いにして私には信じるものがあったから、ここまで進んでこられたのよ。」
「逆に、それが、すごいって思います。尊敬します。」
「そっ、そう? ありがとう」
そう言うと杉本先輩は少し顔を赤らめて微笑んだ。
「さぁ、カルテ書き終えなきゃ」
再びカルテに向かうと、私と同じシフトの一つ上の重野先輩が、ナースステーションに入ってきた。
「お疲れ様でぇ~す。」
「お疲れ様です」
「皆ッ! 知ってる? 速報よ」
「なになに」
重野先輩は情報番組が大好きで、いつも、テレビやネットの自分がテンションが上がった話題を、真っ先に話してくれる。重野先輩の話を聞いていれば、その時のトレンドを知ることが出来て、不規則なナースの仕事をしていても時代に乗り遅れる事はない。
「今日の世界陸上の男子百メートル走の結果! 」
「ああっ、世界陸上やってたわね。重野は相変わらず好きねぇ」
「でね。でね。なんと! ついに、7秒台が出ましたぁ」
「7秒!! 」
私と杉本先輩の驚きは、思わずハモってしまうほどだった。
「そうなのよ。時速51キロだって。私の運転する車より早く走るなんて超人だと思わない!しかもかっこいいし! 」
「すごいですねぇ」
私はその話しに、ただただ驚いていたけれど、杉本先輩はまた、ペンの頭を顎に付けて不思議な事を話しだした。
「すごいと思うけど、人の身体を看る仕事をしてるとね、今時のアスリートの身体の進化は、一昔前に比べると速すぎるように思うのよ。」
「それは、どういうことなんですか? 」
「これも、私の思い過ごしかも知れないんだけれど、骨格とか筋肉の付き方とかをつぶさに見るとね、なんか、違和感があるのよ。」
すると重野先輩は、感心なさそうに「そうなんですかぁ」と言うと、杉本先輩は、
「う~ん。なんだろうね・・・。そういえば、この間、救急外来の同僚と話をしたんだけどね、ここ数年、事件や事故で運ばれてくる人がすごく減って、逆に、10代後半の子供たちが、脳血管疾患や循環器疾患で突然死するケースが増えてるって言ってたわ。もしかして、急速な進化と何か関係があるのかしら。でも、本当に関係があったら何か気持ち悪いわね」
と、少し眉間に皺を寄せて、話をし終えると、重野先輩は空いていた椅子に座り、にやにやしながらタブレットペンやデジタル聴診器を机の上に置いて、
「杉本さんは、いつも考えすぎですよぉ。もし、関係があったとしたら、まるで、誰かの手によって、選別されてるみたいじゃないですか。SF映画の見過ぎですよぉ。」
と、さらりと言った。すると、杉本先輩は、ハッと我に返って、
「ほんと、ほんと、そうよね。いくら映画が好きだからって、現実と混同させちゃあねぇ。いけない、いけない。さぁ、このカルテを書き終えたら申し送りします。それまで、担当の方のケース記録に目を通しておいてください」
「はいっ!」
その話しはそこで終わったけれど、あの姿勢をとった時の杉本先輩の話は、後々響いてくることが多い。
私は、2022年には生まれていないから、当時の事は分からないけれど、ネットに繋がれば、ありとあらゆる情報を集められたはず。
それなのに、杉本先輩の話からすると、なんだか、コロナパンデミックという歴史的事実の中には知り得ないことの方が多かったのかもと思った。
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