次の年の初夏、みかんの木は一斉にたくさんの花を付けた。丘が甘酸っぱい匂いで包まれる。その頃僕は病院の処方した薬が功を奏して病状が回復に向かっていた。みかんの丘の木々が僕を祝福してくれているように思えた。
おじさんはタバコをふかしながら僕の回復を喜んでくれた。僕が出来るだけ早く屋根を載せるから、それまで元気で居て欲しいと頼んだが、おじさんは黙って答えなかった。
それからひと月ほどして訪ねると、台所の前におばさんがぽつんと居る。おじさんはと聞くと病院だと言う。病名は肺ガンだった。かなり前から悪かったそうだ。
僕が訃報を聞いたのはそれから2週間後のことだった。享年89歳。
おじさんはタバコをふかしながら僕の回復を喜んでくれた。僕が出来るだけ早く屋根を載せるから、それまで元気で居て欲しいと頼んだが、おじさんは黙って答えなかった。
それからひと月ほどして訪ねると、台所の前におばさんがぽつんと居る。おじさんはと聞くと病院だと言う。病名は肺ガンだった。かなり前から悪かったそうだ。
僕が訃報を聞いたのはそれから2週間後のことだった。享年89歳。