「市民(わたしたち)の力でこどもたちの命を守る」をテーマにしたワークショップにお邪魔しました。
不登校、経済的貧困、外国人教育支援について、その分野で活躍されている方からお話を聞いた後、3つのテーマについてテーブルを分けてのワークショップ。
どのテーマも気になるのですが、不登校のテーブルを選び、不登校になったお子さんを持つ親の思いに聞き入ってしまいました。
それは障がい児者の子どもがいる親の思いと共通しているんです。
つまり、私が経験した事と同じ心境!
学校生活に馴染めなかったり、いじめがきっかけで不登校になることもありますが、その時に悩んでいるのは子どもだけでなく親も心を痛めているって事。
だから、親への支援も必要なんです。
重度の障害がある息子を授かって感じてきたことも、まさにそうです。
「ちゃんと産んであげられなくてごめんね」と、何度も何度も生れたばかりの息子に謝りました。
同様に不登校になったお子さんの親も、何故こうなったのか、育て方が悪かったのかと自分を責めて苦悩しているんです。
障害児であれば療育施設に通うことで同じ境遇の親と出会い、気持ちを共有することもできますが、不登校の子どもの親にはそのような公的な場所はありません。
たまに子どもを連れて外出しようと思っても、連れて行く場所がない、また日中に学校をサボって連れている親とみられてしまうなど、外出もままならない話を聞き心が痛みました。
家庭で子どもの面倒を見るのは主に母親で、その負担も半端ない。
また、学びの環境を各家庭で考えなければならないという理不尽さも生じています。
家庭教師を雇うか、フリースクールに通わせたいと思っても、費用は公教育とは雲泥の差です。
とにかく不登校児への支援は、まだまだ不足。
不登校になったキッカケは個人個人で違いますが、その根本には多様性が認められない社会が大きく影響してるように感じます。
多くの友達と違う意見でも言え、それを排他的に見るのではなく何故そう思うのかを話し合えるような教育現場であってほしいと思いました。