五十の山と風を豊に和む

EKIDEN、TRIATHLON、TRAIL-RUN、SNOW-SHOES、春夏秋冬、海や山のレースに挑戦中!

↓クリックいただけたら、幸せです^^

にほんブログ村 その他スポーツブログ マラソンへ
にほんブログ村へGO!全国のマラソン仲間へジャン プ!

興味深い記述

2008-07-18 21:57:05 | 身体理論
一つは、「姿勢」である。この二人の選手は、従来「ローリング」として指導されていた体幹の捻りが比較的少なく、上半身を安定させて水面を「受ける」ような姿勢を取り、まるでホバークラフトのように水面を這うように泳いでいる点である。
 片腕を後ろに押す際に、通常であれば身体を捻って「ローリング」動作を入れることになり、身体を傾けてから腕の戻し動作(リカバリー)を行い、その腕が入水する頃に反対側へ身体を捻る・・・という動作を習った方が多いと思われる。
S選手のリカバリーは他の選手と比較すると非常に低く、体幹の捻りも通常より少ない。D選手のリカバリーは、「ウインドミル(水車)ストローク」と呼ばれるほど、一見体幹の捻りも大きく見えるが、実は肩関節や肩甲骨の稼動が非常に大きくてそう見えるだけで、骨盤から胸郭付近を見ると、見た目ほど体幹の捻り動作は大きくないことがわかる。
 彼女らは、片方の腕をかき終えた後一瞬体幹を捻るが、リカバリー時に体幹の捻りを元に戻し、もう一方の腕がストローク中盤に差し掛かったところでリカバリーしていた腕が前方へ入水する。すなわち、左右の腕が両方とも水中にある瞬間ができるわけである。これがどのような効果を生み出しているかは明確ではないが、少なくとも水面を這うような姿勢を保つ事により、対表面に揚力をつくり、水面上での姿勢の安定性をより高めていることは間違いないであろう。
二つ目は、左右のストロークのタイミングである。
 日本では、普通にスイミングクラブなどで自由形のストロークを教わる際、ほぼ必ず「キャッチアップストローク」と言われる、前方で両手を揃えてから片一方の腕を掻き始め、その腕が前方へきたら両腕が揃った後にもう一方の腕を掻き始める・・・というタイミングで左右のストロークを同調させていく。選手になると、成熟過程に応じて左右のストロークの開始のタイミングが徐々に速くなり、片一方の腕がリカバリーに入った時に、もう一方の腕がキャッチに入る(図2)・・・というタイミングでストローク動作をつくる。オーストラリアのグラント・ハケット選手(シドニー・アテネ1500m自由形金メダリスト)のコーチであるデニス・カテレル氏も、この方法の支持者であり、その技術を用いて多くの一流選手を育成している。



 では、S・D選手の泳ぎはどうであったか?
 これが実に不思議なのだが、片方の腕が水中でフィニッシュ動作(掻き終わりに後方へ腕を押すところ)に入る前に、反対側の腕がキャッチ動作に入る(図3)のである。
1つ目の最後に触れたが、片腕がキャッチからフィニッシュ動作に入る前、いわゆるストローク動作の中盤で、もう一方の腕が入水する。特にアメリカの選手たちのクロールを見ると、ここから入水した腕を前方へストレッチさせ、反対側の腕のフィニッシュを待つ。しかし、S選手とD選手は、まだ一方の腕が水中でフィニッシュ動作を行っているのに、入水した腕を前方で待たせずにゆっくりとキャッチを始めるのだ。
 おそらく腕の入水時に発生している推進力と、もう一方の腕でフィニッシュ時に発生している推進力が合力となって高い推進力を得ている・・・という言い方もできるのだろうが、このことに関しては更に深く検証してみることが必要だろう。現段階で一つ推測するとしたら、MADシステムによる測定で、1m35センチ間隔に置かれたパドルを押す動作をする際に、そのようなストロークのタイミングを覚えたのではないかと考えている。
 3つ目は、ストローク。特にS選手のストロークは、手のひらの軌跡が非常に深く、最深到達点がストローク中盤にある(図5)。これは以前から「手のひらだけでなく、前腕も使った泳ぎ」ということで「誰でも速くなるクロール練習」(DVDテキスト、2000年ランナーズ刊)で私も紹介しているが、さらに近年より高いスピードを出すための泳ぎとして「抗力泳ぎ」を推奨している防衛大学の伊藤雅浩助教授も、先日の日本水泳科学研究会で「ストロークのキャッチ、およびフィニッシュ後には、手だけでなく腕も推進力に貢献している」と報告している。手で掻くのではなく、「前腕も使ったストローク」の有効性は徐々に日本の水泳界にも浸透しているが、以前のそれらには「キャッチ時に、より前方で深く」という但し書きがあった。

 しかし、特にS選手は、ごく自然にキャッチを開始すると丁度自分の胸の下辺りを手が通過するところで、手のひらの深さが最も深くなっている。これまでの「キャッチ時に深く~ストローク中盤で軽く肘を曲げて~フィニッシュへ・・・」と、「徐々に手のひらの位置が浅くなる」感じのストロークではない。
 この動きの効果としては、より深い位置からフィニッシュへ向けて腕をかき上げる際に、前腕から手のひらで発生する揚・抗力に関係していると考えているが、これについても「あくまでも憶測」の話であるので、これらの科学的検証が待たれるところである。

 いずれにしても、S・D両選手の泳タイプが酷似しているということは、S選手も今まで以上に推進パワーを高めれば、100mでも世界で戦える資質がある可能性も示唆される。確かに日本学生選手権の女子400mリレーで、引継ぎによるスタート(通常レースより0.5秒程度速いとされる)であるものの、100m自由形を55秒2の好記録で泳ぎきっていることが、何よりそれを物語っているといえる。この絶対スピードを高めて、持久的な練習のレベルが更に向上すると・・・4年後の北京五輪までには、不滅と思われているジャネット・エバンス選手の世界記録突破も、決して夢物語とは思えない。水泳の科学の発展と共に、注目していきたい。