蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ11 

2018年10月03日 | 小説
(10月3日)
狭き門では自由を追求する人達が描かれている。
ジェロームが求めた自由とは。アリサ客死の10年の後、ジェロームは南仏ニームに居を構えるジュリエット(アリサの妹)嫁ぎ先のテシエール家を訪れる機会を持った。ジュリエットと二人だけの面会の場、生まれて間もない娘の代親(parrain)を頼まれた。(181頁から引用)
<<Mais j’accepte volontiers, si cela doit t’etre agreeable, dis-je, un peu surprise, en me penchant vers le verceau. Quel est le nom de ma fillette?
-Alissa…repondit Juliette a voix basse. Elle lui ressemble un peu, ntrouves-tu pas?>>
拙訳;でも、ええ、君にとってそれが良ければと答えた。少し驚いた口調だったろう。揺りかごに身をかがめながら尋ねた。この子の名は。
-アリサ、返事は一言。それはとても厳かな声だった。この子、彼女に少し似ている、そう見えるでしょう>>
Parrainは洗礼式でその子を抱く役割の代理父親。洗礼式だけではなく後々の面倒を見ると期待され、多くは父方の近縁年長者に依頼される。ジェロームは母方、南仏には縁も薄く、度々訪問する訳でもないし、そのうえ未婚。この申し出に、彼は意表をつかれた。さらにこの子に「fillette」を用いたが「娘っこ」なる意が近い。名付け娘を指すのであればfilleulleが正しい。大作家ジッドがこれほど重要な場を表現するに、用語を間違うなどあり得ない。あわてて正しい語が口から出なかった、ジェロームの驚き様を伝えたのだ。
ジェロームは赤子のアリサの手を優しく握る。ジュリエットは「家庭での立派な父親になれるわ」笑みを浮かべながら問い詰めるかの口調で
<<Qu’attends-tu pour te marier?
-D’avoir oublie bien des choses
-Que tu espere oublier bientot?
-Que je n’espere pas oublier jamais.>>
拙訳;(二人の会話)ジュリエット:結婚するのに何が必要なの?
ジェローム:多くの事を忘れ去る事
ジュリエット:そのうちに忘れると願うのかしら
ジェローム:決して忘れないと願っている

ジェロームはアリサへの思い出を持ち続け、忘れないと心に誓う。その決意を貫くことが彼の選択であり自由である。volonte発心が愛、虚心の勇気がcapaciteまたはvertuとは、アリサとの日々の記憶を持ち続けるに他ならない。まさにデカルトが教える「無関心の自由」である。

もう一人の自由の実行者とはアリサの母親、リュシルである。
彼女はビュコラン家(アリサ実家)に出入りする牧師の養女でクレオール出身。アリサの父が一目見たとたん「恋におちた」ほどの美形。しかし愛人をつくった。愛人が夫の留守に館に入り込んで狼藉三昧のシーンがジェロームの語りを通して伝わる。リュシルは出奔してしまう。アリサと母リュシルを比べると、いずれも狭き門をくぐり己身のあり方、置き場を決めるため格闘していたと理解できる。アリサは信仰と献身、母のそれは解放と奔放。逆方向ではあるけれど、自由を遂行していた。

日記ではアリサがジュリエットの出産にあわせニームを訪れた日は188X年5月24日とある。19世紀の後半の物語であり、当時の彼の地では人々がかくも自由を希求し、同時に苦しみも味わっていたと知る。

写真:ジョルジュ・ムスタキ。往時のシャンソニエで彼は「私の自由」を歌わずに退場する。拍手の代わりに「リベルテ!リベルテ!」と客が騒ぐから戻って仕切り直し。ma liberte lontemps que...歌い始めると大喝采となる。幾度かライブで感涙した甘い記憶を小筆は隠す。


最後に最後の吟遊詩人ともされるジョルジュムスタキ(2013年に死去)の私の自由から一節を。引用の前段に自由のために友、国、信用、愛まで失った(私)が行き着いたところとは;
<<je me suis lasse faire et je t’ai pour une prison et sa belle geoliere>>
拙訳;自由よお前にされるがままとした、今、私は監獄でお前と暮らす、美しい監獄史(女)も一緒に>> 
注:囚人を見張る獄史は必ず男。でもムスタキの監獄には美人獄史が仕切るとか。おかしいと思ったとたん、これは若者が自由だ~と彷徨した果て綺麗な嫁さんと結婚したのろけに聞こえた。
(皆様にはぜひ「ムスタキ、私の自由」をYoutubeでググってお楽しみください。私事ですが投稿子としてはムスタキよりもレジアニのカバー版を好みます。

カツ丼の自由、アリサの勝手でしょ 了 
(次回から「勝手アリサの続き」を数回投稿します)
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