(2021年2月19日)K老人と書斎魔鏡とのやりとりを続けます。
K老人が「汝め、鏡」と指を突きつけなぞった鏡面にポカリ映し出されたその美形とは。老人のいきり立ちの弁を聞こう、
「違うぞ。アヤコ様とは月とすっぽん、太陽とおかめコウロギ、晴天と沼地ぬかるみ、集中豪雨と時雨の差があるぞ」
見れば見るほど大違い、見据えるに気落ちする欠陥だと老人が憤ったのだ。
最も気落ちする差は眉、左右の仕舞い尻が西に溶け込む三日月の下端を思わせる端麗さが本物。ここに見えるその眉は一本の黒い短棒、備長炭の置きつけそのもの。より落胆してしまう乖離は瞳にあった。雪だるまではあるまいがこの眼は単なる黒丸、炭団のはめ込み。炭団は黒い、本物の眼も黒い、真っ黒だ。けれど色の加減をを比較したって何もならない、本物には炭団にはない、心臓がドキリ惑う魅力が潜むのだ。視線をフト伏し目に落とすその刹那、黒いけれど限りなく青い瞬きが、幾つかの光状で放たれる。その青さと黒さが周囲に冷たくやるせなく散乱する。これが美なのだ。
「オシシ」人形(中華圏)見れば見るほど可愛い
その他、いろんな美醜の隔たりを老人がまくし立てたのだが、紙面の都合でカットした。反省を籠めた鏡の言いぷりは言い訳に聞こえる。
「実は私め、アヤコ様なるお方を知らず、60年前のアヤコ様を再現しろとさらなる難題を突きつけられ、困ってしまった。そこで世間一般に通用する万能美人の面を出せば納得してもらえるとテキトーに手抜きしつつ再現したのですわ。バレたかな」
「似ていないけれど美人だったらまあ許す。お前も気付いているだろうが、儂は男盛りで度量の広い男なのだから。しかしながら、この団子っ鼻とタラコ口ではその端くれにもとどかない」
「度量とか男盛りなんて形容には理解出来ないけれど、全体として言い分は分かりました、作り直しまっせ。要は三日月、青い煌めき、団子鼻は止めてつんとがりでよろしいのですね」
「口元もタラコより上品なヤツ、そうだな紅ホオズキみたいにしてくれないか」
「ようがす、それじゃあほいきた、これだ」
「ムムム…」
「その気になればオレって出来るんだ。どうだい令和版アップグレーデッドアヤコは」
「面構え、さっきと少しも変わっていない」
「て言うことは」
「美人と異なる範疇、手抜きバージョン、下位グレード」
がくんと肩を落とした鏡、
「無理だったのか。悲しいけれどその原因に我は思い当たる。生まれて、磨かれてが正しいのだが、以来美人に出会ったことがないから、美人なる概念を持たず、それ故、美人映像化が出来ないのだ」
磨いた工員は50歳代の女性、磨き上げて検品に鏡を覗いた。しっかり自分の年増の様が映っていると満足して、すぐさま包装された。
「その彼女は普通ながら美形でなかった、それが敗因だ」
開いて展示されたのが100円均一の化粧用品売り場。たまに覗きに来る女性にアヤコ様を彷彿とさせる若作りは居なかった。幾分か老け込んでいる女性を含めても三日月、瞳の青光りは居なかった。
「するとお前はこれまで一度も美人を見たことがないとか。不幸なヤツだ」
しかしすぐさま解決策を思いついた老人。その提案は、
「コウしよう、若いときに買い集めたブロマイドを幾葉かを隠し持ってておる。それを美人の典型としてお前に見せてやる。その顔を覚えたらアヤコ様を再現できるだろう」
「…..」鏡は黙った。次に不同意を表すかのとんがり口で、
「ブロマイドは写真です。2次元の再生となります。それを私に見せたところで、2次元面しか再現できませんわ。それならコピー機のほうが性能ははるかに良い。我ら鏡族の自慢は3次元面をこの鏡面、2次元に映し出すんです。そんな折衷案はまっぴらご免です」
「急に鼻息が荒くなったな、一理あるからその言い分を聞いてやる。そうかと推察しておって、もう一つの解決策はすぐにも実行できる手はずなのだ。
しかしお前、しばらく口をきくのではないぞ。相手がびっくりするから」
「同意」
老人は背筋を延ばし両の腕を高く上げポンと叩いた。
「オフデや、これオフデはおらぬか」
「ハァ~イ、旦那様」
オフデは細君、書斎と称す一角を仕切る衝立から首一つを出した。
「何かご用で」
「そちに頼みがあって、なに簡単な事だ。すぐに済む、入って参れ」
「ハ~ィ」
魔鏡クロワッサン抱きかかえ心中 2の了(続く)
K老人が「汝め、鏡」と指を突きつけなぞった鏡面にポカリ映し出されたその美形とは。老人のいきり立ちの弁を聞こう、
「違うぞ。アヤコ様とは月とすっぽん、太陽とおかめコウロギ、晴天と沼地ぬかるみ、集中豪雨と時雨の差があるぞ」
見れば見るほど大違い、見据えるに気落ちする欠陥だと老人が憤ったのだ。
最も気落ちする差は眉、左右の仕舞い尻が西に溶け込む三日月の下端を思わせる端麗さが本物。ここに見えるその眉は一本の黒い短棒、備長炭の置きつけそのもの。より落胆してしまう乖離は瞳にあった。雪だるまではあるまいがこの眼は単なる黒丸、炭団のはめ込み。炭団は黒い、本物の眼も黒い、真っ黒だ。けれど色の加減をを比較したって何もならない、本物には炭団にはない、心臓がドキリ惑う魅力が潜むのだ。視線をフト伏し目に落とすその刹那、黒いけれど限りなく青い瞬きが、幾つかの光状で放たれる。その青さと黒さが周囲に冷たくやるせなく散乱する。これが美なのだ。
「オシシ」人形(中華圏)見れば見るほど可愛い
その他、いろんな美醜の隔たりを老人がまくし立てたのだが、紙面の都合でカットした。反省を籠めた鏡の言いぷりは言い訳に聞こえる。
「実は私め、アヤコ様なるお方を知らず、60年前のアヤコ様を再現しろとさらなる難題を突きつけられ、困ってしまった。そこで世間一般に通用する万能美人の面を出せば納得してもらえるとテキトーに手抜きしつつ再現したのですわ。バレたかな」
「似ていないけれど美人だったらまあ許す。お前も気付いているだろうが、儂は男盛りで度量の広い男なのだから。しかしながら、この団子っ鼻とタラコ口ではその端くれにもとどかない」
「度量とか男盛りなんて形容には理解出来ないけれど、全体として言い分は分かりました、作り直しまっせ。要は三日月、青い煌めき、団子鼻は止めてつんとがりでよろしいのですね」
「口元もタラコより上品なヤツ、そうだな紅ホオズキみたいにしてくれないか」
「ようがす、それじゃあほいきた、これだ」
「ムムム…」
「その気になればオレって出来るんだ。どうだい令和版アップグレーデッドアヤコは」
「面構え、さっきと少しも変わっていない」
「て言うことは」
「美人と異なる範疇、手抜きバージョン、下位グレード」
がくんと肩を落とした鏡、
「無理だったのか。悲しいけれどその原因に我は思い当たる。生まれて、磨かれてが正しいのだが、以来美人に出会ったことがないから、美人なる概念を持たず、それ故、美人映像化が出来ないのだ」
磨いた工員は50歳代の女性、磨き上げて検品に鏡を覗いた。しっかり自分の年増の様が映っていると満足して、すぐさま包装された。
「その彼女は普通ながら美形でなかった、それが敗因だ」
開いて展示されたのが100円均一の化粧用品売り場。たまに覗きに来る女性にアヤコ様を彷彿とさせる若作りは居なかった。幾分か老け込んでいる女性を含めても三日月、瞳の青光りは居なかった。
「するとお前はこれまで一度も美人を見たことがないとか。不幸なヤツだ」
しかしすぐさま解決策を思いついた老人。その提案は、
「コウしよう、若いときに買い集めたブロマイドを幾葉かを隠し持ってておる。それを美人の典型としてお前に見せてやる。その顔を覚えたらアヤコ様を再現できるだろう」
「…..」鏡は黙った。次に不同意を表すかのとんがり口で、
「ブロマイドは写真です。2次元の再生となります。それを私に見せたところで、2次元面しか再現できませんわ。それならコピー機のほうが性能ははるかに良い。我ら鏡族の自慢は3次元面をこの鏡面、2次元に映し出すんです。そんな折衷案はまっぴらご免です」
「急に鼻息が荒くなったな、一理あるからその言い分を聞いてやる。そうかと推察しておって、もう一つの解決策はすぐにも実行できる手はずなのだ。
しかしお前、しばらく口をきくのではないぞ。相手がびっくりするから」
「同意」
老人は背筋を延ばし両の腕を高く上げポンと叩いた。
「オフデや、これオフデはおらぬか」
「ハァ~イ、旦那様」
オフデは細君、書斎と称す一角を仕切る衝立から首一つを出した。
「何かご用で」
「そちに頼みがあって、なに簡単な事だ。すぐに済む、入って参れ」
「ハ~ィ」
魔鏡クロワッサン抱きかかえ心中 2の了(続く)