蕃神義雄 部族民通信

レヴィストロース著作悲しき熱帯、神話学4部作を紹介している。

廃墟にむせび泣く(読み切り)

2019年02月03日 | 小説
(2月3日)
発端は昨年(2018年)正月の大風。
4日の夜半から5日未明、多摩地区日野市一帯を疾風が突然襲った。すっかり寝入っていた小筆にしては夢かうつつ、戸板の震え窓ガラスのきしり音に不安を感じ、戸外のゴロゴロは、風の息吹の高鳴りに道を転がり電柱に止まるゴミ缶か駐車ポール、まさに寡婦の夜泣き悲鳴かと耳奥に響いたから不安さえ覚えた。
5日の朝は無風、日差し穏やかな正月の日よりに一転した。
昼過ぎ、忠犬チャビ公の散歩の途中、友人K氏が小宅に訪ねきた。新年の挨拶を「あけ~おめ~」の一言ではしょり、すぐさま本題に入った。
「縄文遺跡を発見した」
はたと聞いても小筆はこの言を疑ったのか、あるいは己の耳が何かを聞き損じたか、首をいぶかしげ、横に振ったのだろう。するとK氏はデジカメを取り出しておもむろに1駒、2駒。画面を小筆の目の前に曝した。今しがた撮影したホットな証拠だと。その一枚が2018年1月5日投稿ブログ(縄文遺跡発見)の挿入写真。

2018年1月の状態、一部に剥がれはあるが構造は残っている。

「どうだ」自慢げな顔のK氏、重なるチャビ公の「ワーン」は遠吠えなどではなく同意を強要する脅しの吠えに聞こえた。
「チャビ、お前には説明できないから発見までの経緯、絡繰りを儂が説明する」
K氏は息巻いたがチャビはク~ン。不満だろうが犬に因果は話せない。賢明なK氏の判断といえる。この時の説明を昨年5日投稿に書き込んでいる。ここに概略をかいつまんで述べると;
「木組み竹組の構造、茅の葺きの様態からして縄文の始原期、その齢を訊ねるに遙か1万2千年の古」
「かくも長きに残ったのか、人口周密この日野市くんだり、人にも知れず。なぜか?」
問いには釈然としない小筆の疑りが濃く混じる。故にK氏は背筋を毅然と伸ばし、
「発見したのは浅川。河原、土手、周辺には深い藪と樹林、その枝葉のうち重なりは昼でも暗い原生の樹林帯。そこかしこ、今もそれらが残るのだ。
この遺跡は樹木の繁茂がもっぱら著しい地にあった。孤立を楽しむかにかく、佇む理由は、1万2千を原生の自然と同居していたからに尽きる。人に知られずそのながきを悠々と生きていたのだ。しかし本日、日の下に曝かれた絡繰りは…」
先は語られずにも見当がつく。思わず口にした小筆つぶやきは、
「昨夜半そして今朝の未明、乱れの大風」
「その大風が藪の笹くれ木々の茂り、枝と幹の生え重なり。それら全部を吹き払った。まさに1万2千年にして初めての大風」
「夜半ゴロタの騒音に、うなされるまま、それでも起きあがろうとしなかった心の奥のあの怖れ。正体が1万2千年だったとは」小筆は納得した。これが昨年1月5日。

本年の1月30日、しばらく姿を見せなかったK氏がひょっこり現れた。元気が無い。
「すっかり荒れ果ててしまった」
孤高の佇まいとはすっかり変わりはてた姿をデジカメが見せていた。それが写真。

本年1月の状態、スケルトンのみ。


「茅葺きがすっかり剥げてしまってるぜ、いったい何事があったんだい」
「風雪は藪を庇としのいで、雨風は小枝緑葉の祠に避けて、1万2千をひっそり堪えていた。それがたったの1年の剥き出し、このみすぼらしさにボロと果てた」
「建っているだけですごいのだ、頑張ってるなと励ましてやるんだ」
「土手を降りてこの手でしかと触ったら、木肌のぬくもりが伝わった」
「しかしこの姿じゃあ先行き短いな」
「茅の屋根が無くなって柱と梁が野ざらし。柱肌竹組の面が染みに黒ずむ」
「そりゃあ死相だよ、人だって今はの際で黒ずむのだ。犬もそうだ」小筆は同行チャビに目を向けた。
「ワーン」同意か。
「ゆすったら木組みがボロとはずれた」
「無理もないな、齢にして1万2千なのだ、人間だったら寝たきりか、死んだらお骨にするが、その粉骨だって雲散霧消している」
「ウチの爺さんが死んだのが60年前、今はお骨がどこか分からない」
こんな対話のあと小筆はK氏チャビ公とともに現場に向かった。
天気は快晴、西混じりの北風が冷たく頬に心地よく、脚が運んだ。廃墟前にたどり着いた。K氏の指さす先を覗いて荒廃の意味が分かった。外皮のほとんどがはがされて、梁柱のむき出し様にはおそれいった。その驚きをK氏に告げる口調は、
「これまるで裸だ、いや裸を通り越して、皮をむかれ肉までそがれたら、これ骸骨だよ。昔あったろう、理科の実験室に骨の標本が。ユラユラと頭からぶら下がっていたな。あれと同じだ。人前、公共の場に晒されたら本当にミジメだね」ワハハ笑いが最後に加わった。
「しがねえ発見の情けが仇、俺が悪かったのだ」悔悟に押し寄せるは悲しみ、なんとK氏に異変が。むせび泣く写真をご覧ください。

「泣く赤ちゃんには母が寄り添う、若者が悲しめば必ず娘が慰める。老人が嘆いても誰も声をかけない」(ユーゴー・レミゼラブルより)

「ク~ン」はチャビ公の慰めの吠え。
K氏を慰めた忠犬チャビ公の写真


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