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JFK暗殺事件の真相――オズワルド単独犯行説の虚構を暴く 27 第二の銃弾"magic bullet"について

2018-04-05 | JFK暗殺事件について
 ところで、映画「JFK」では、ギャリソン検事が裁判の場でザプルーダー・フィルムを映写しつつ、知事の被弾は以上の時点よりもかなり後、第238コマ目だと力説していた。
 その理由として、このコマの時点で知事の頬が胸部被弾により膨らみ、さらに手首に被弾したにもかかわらず、その直前までカウボーイハットを手に保持し続けていたことを挙げている。


※第230コマ目


※第238コマ目

 たしかに、これらのコマを単独で見た時にはそのような印象を受ける。実際に映画では、これこそが大統領の被弾とはタイミングがずれていたことを示しているのであり、オズワルド単独犯行説を覆す証拠だと主張していた。
 これは映画の結末の裁判での、ギャリソン検事の主張の要をなす部分、ウォーレン報告書に基づく公式説の虚偽性を鮮やかに暴露して見せる、ある種クライマックスの一場面として登場している。
 コナリー知事の被弾のタイミングは、ケネディ大統領の頭部被弾後の「後方左側へ」の動きと並んで、いわばO・ストーン監督が映画で試みた陰謀の告発というパズルにおける、最重要のピースとなっている。

 しかしここには明らかな錯誤がある。
 ジャケットが跳ね上げられた第224コマ・225コマ目だけですでに明らかだが、さらにそのあとのコマを送っていくと、知事は銃撃によるとしか言い様のない激しい動作をしている。
 実際のところ、これら単独のコマではその動作が読み取り難い。しかしコマを送っていくと、異常な反応が226コマ目から生じていることは明らかである。


※第226コマ目


※第228コマ目


※第229コマ目

 上の3コマが、映画で知事がまだ被弾していない証拠とされた、上掲の230コマ目につながるものである。
 知事は被弾する時点まで、帽子をもった手を膝の辺りに置いていたが、224コマ目で被弾したのち、一瞬置いてその手を跳ね上げるように鋭い動作をしている。前述のようにザプルーダーフィルムの全コマがダウンロードできるので、お読みの方は各自試みてみていただきたい。
 
 「JFK」が知事がまだ被弾していないと指摘しているのは、この激しい反応のあとのほんの一瞬、たまたま彼が落ち着いて前方を向いているように見える一コマ(第230コマ目)だけを切り取った姿にすぎない。これだけ見れば、たしかにカウボーイハットを保持しているように見える。
 しかし、知事がそれ以前に被弾しているのは確実である。

 ウォーレン報告書には、このフィルムの各コマが抜粋され掲載されている。そもそもザプルーダー・フィルムがはじめてテレビで放映され大きな反響を呼んだのが1975年というから、1969年当時のギャリソンの裁判の時点では、あくまでウォーレン報告の説明をベースに、それを批判する形でフィルムがいわば読み込まれた可能性がある。


※ウォーレン報告による第230コマ目


※D・リフトン著『ベスト・エヴィデンス』(土田宏訳、彩流社)による第230コマ目のキャプション 原著は1981年出版。同書はすぐれた真相追究の書だが、事件からおよそ20年後のこの時点でもウォーレン報告のフィルム解釈をベースに、それに反論する形での説明がなされており、1991年の映画「JFK」も同様である。しかし現在の視点から見ればどちらも誤っている。

 冒頭で触れた通り、フィルムという証拠においては、そこから一コマだけを抜き出しても、登場人物の動きの意味は読み取りがたく、むしろこうして錯誤を招いてしまう可能性が多分にある。画像ファイルが公開され、誰でも手軽にコマ送りしながら閲覧できるようになった現在になって、ようやく真実が見えてきたということなのだろう。
 特に、この問題は大統領の致命傷、頭部への一撃の瞬間を捉えた有名な第313コマ目を巡って見られるものであることを、後で取り上げたいと思う。

 この後で述べていくように、死せるケネディ大統領の負傷状況は疑惑の闇の中にあり、このため確たることは言い難い状況にある。
 しかしながら、生存者の負傷の記録という確固たるエビデンスが残されたコナリー知事の被弾については、このザプルーダー・フィルムと突き合わせれば、ほぼ真実を確定することができるのだ。


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