「祈りよ力に」(リベリア)
悪魔は地獄に帰れ 内戦終わらせた女たち 捨て身の戦いで平和賞
焼け付く熱帯の日差しも、ひそかに向けられていたはずの銃口さえも、女たちを阻めなかった。2003年4月、リベリアの首都モンロビアで白い布を まとった2千人が大統領官邸の敷地を埋めた。目の前に座るのは国を悪夢の内戦に陥れた大統領のチャールズ・テーラー。女たちはこの独裁者との面会に賭けて いた。
代表のリーマ・ボウイーがテーラーの前に立つと、女たちは手をつないで祈った。神よ、今こそリーマに力を。悪魔が地獄に帰り、男たちが正気に戻りますように—。
「逃げ回ることにも、子供がレイプされることにも疲れました。子供たちのために平和を要求します」。リーマは叫ぶように訴え続けた。 「死と破壊 をもたらした男が落ち着いて座っている。それだけで怒りでいっぱいになり、言葉があふれ出た」。14年にわたる内戦を終結に向かわせるきっかけとなった出 来事を今、41歳になったリーマはそう振り返る。
テーラーはその場で反政府勢力との和平交渉参加に初めて言及した。祈りを軸にした非暴力の大衆運動に女たちは宗教や民族を超えて集まり、荒れ狂う暴力に立ち向かった。運動を組織したリーマは2011年、ノーベル平和賞を受賞した。
▽麻薬漬けの少年兵
1989年に始まった内戦では、テーラー側と反政府勢力の双方が子供を兵士に仕立て、麻薬漬けの少年兵らが残虐の限りを尽くした。女たちは夫や息子を奪われないようベッドの下に隠し、食料や水を探して毎日、何時間も歩き回った。
女たちの多くが深いトラウマ(心的外傷)を抱え込んでいた。兵士に集団レイプされた末にナイフで刺された女。娘の首を切るよう強要された母。胎児の性別を賭けた兵士たちの遊びで腹を裂かれた妊婦。その目撃者たち—。
彼女らの心を癒やすカウンセリングの仕事をしていたころ、リーマは夢の中で誰かの声を聞いた。「女たちを集め、平和を求めて祈りなさい」。神のお 告げか。いや、キリスト教徒として道を外れた自分が聞くはずがない、と最初は思った。リーマは当時、未婚のまま産んだ4人の子を育てながら既婚男性と付き 合っていた。
しかし「誰かの声」は戦争に疲れ果てた女たちを動かし始めた。その中に警察官でイスラム教徒のアサツがいた。2002年6月、リーマがキリスト教 会で平和のための団結を呼び掛けた時、アサツが立ち上がって宣言した。「イスラム教徒の女たちも共に行動する」。反対した者も「私たちとは祈り方が違うだ け。銃弾は宗教を区別しない」との言葉に納得した。
座り込み運動が始まった。大統領の車が毎日通る道に面した広場で、白の頭布と白シャツをまとい、平和を求めるプラカードを掲げた。午前5時の祈り で始まり、炎天下や雨の中でも午後6時まで続けた。毎夜の戦略会議も欠かさなかった。女たちの数が2500人に膨れ上がると、大統領が面会を伝えてきた。

モンロビアの小学校で「私が答える」と教師に詰め寄る女の子たち。男の子は圧倒されて机に座ったままだ。内戦がもたらした社会の傷は深いが、次世代を担う子供たちはエネルギーにあふれている(撮影・中野智明、共同)
▽神をうらむ
03年6月、近隣国ガーナでテーラー側と反政府勢力各派との和平交渉が始まった。だが、国際戦犯法廷がテーラーを起訴したことを理由に戦闘が再燃し、殺りくとレイプがまた広がった。
「祈りには力がある」。そう信じるリーマも神をうらんだ。「あんなに祈ったのに。神よ、私をだましたのですね、と」
それでもあきらめなかった。ガーナに住む200人のリベリア女性を動員して和平交渉会場を外から封鎖した。当局がリーマたちを逮捕しようとした時、リーマの中で何かがはじけ、彼女はその場で服を脱ぎ始めた。
それは呪いの行為だった。西アフリカでは、子を持つ女性に裸体を見せつけられた者は呪われると信じられている。「おまえに命を与えた子宮の中に戻す」という呪いになるという。
数人の男が逃げ出そうとした。制止されたリーマは涙ながらに叫んだ。「和平合意に署名するまであんたたちをここから出さない。ここで水も食べ物もない人たちの苦しみを味わいなさい」。
あの時、自分を動かしたのは怒りと絶望だった、とリーマは振り返る。
アフリカ周辺国の仲介や米国の圧力もあり、ようやく交渉は前進し始めた。「母性への恐れ」が男たちを目覚めさせたともいわれた。03年8月、テーラーは辞任して亡命。内戦は終結した。
▽内なる声と
リベリアは今も深い傷を抱えている。しかし、首都の教会にはリーマの運動に参加したと誇らしげに語る女たちがいた。「武器を持った男たちも母親には弱いのよ」と彼女らは笑った。
平和賞受賞以来、リーマは「平和は必ず手にできる」と訴えて各国を飛び回る。今でも内戦時代に見た惨劇や、かつての恋人から受けた暴力など、つら い記憶がふいによみがえることがある。そんな時は何時間も泣き、また祈る。そして米国人ゴスペル歌手ヨランダ・アダムスの「NEVER GIVE UP」 を聞く。—決してあきらめないで。内なる声と可能性を信じて。(敬称略、共同通信記者 舟越美夏)