猿八座 渡部八太夫

古説経・古浄瑠璃の世界

忘れ去られた物語たち 1 説経阿弥陀胸割②

2011年10月21日 21時30分22秒 | 忘れ去られた物語シリーズ

あみだのむねわり その2

 

 天寿、ていれい、兄弟は、お釈迦様のお慈悲により命を助けられましたが、親を失い、七つの宝も無く、頼む者も無いままに、流浪の身となってしまいました。姉は弟の手を引き、弟は姉にすがりつつ、諸袖乞い(もろそでこい:乞食)になり果てた姿は、誠に哀れという外はありません。

 その上、里の人々は、兄弟の姿を見ると、「あの慳貪長者の子ども達だ、忌々しい。」と助ける者も居なかったので、兄弟は、野原の根芹(ねぜり)を摘み、畑の落ち穂を拾い、河原に寝起きし、あちらこちらを彷徨い歩き、露の命を繋いでおりましたが、ある日、弟のていれいは、姉に向かってこう言いました。

「姉様、早、父母の一周忌の命日。生きていても甲斐もありません。この身を売って、父母の菩提を供養いたしましょう。」

二人は、あっちの里、こっちの里を回り、

「我が身売らん。」

「我が身召せ。」

と、呼ばわりますが買ってくれる人はいません。ビシャリ国内では叶わないと、南隣の「ハラナイ国」「アララ村」まで行き、声を涸らして呼ばわりますが、とうとう、買ってくれる人はありませんでした。

 疲れ切った兄弟は、アララ村の阿弥陀堂を一夜の宿としました。兄弟は、清い滝でみを清めると、本尊の前に参り

「南無西方極楽教主の阿弥陀如来、我々兄弟の福徳を願えばこそ、この命を与えてくれたのではないのですか。父母の供養のために身を売ろうと思っても、買ってくれる人すらおりません。どんな人でもいいですから、この身が買われるようにお願いいたします。」

と、深く祈念して泪ながらに一首に歌を詠みました。

「朝顔の いつしか花は散り果てて 葉に消え残る露ぞもの憂き」

 やがて兄弟は、泣き疲れて、眠りに落ちました。すると、その夢に阿弥陀如来が現れ、ビシャリ国の北隣の山中、「おきの郷ゆめの庄」というところに、大萬長者という長者が居るので、そこを尋ねて、身を売りなさいと告げます。

 はっと目覚めた兄弟は、さっそく御堂を出ると、おきの郷ゆめの庄を目指して歩き始めました。野を越え川越え、七日の後に兄弟は、ようやく大萬長者の館に辿り付きました。

 さて、大萬長者という人は、四方に四万の蔵を建て、何一つ不自由なく暮らしていましたが、ひとつだけ、どうにもならない苦労がありました。大萬長者の一子「松若」が、七歳の年から不治の病となり、いろいろと手を尽くして看病をしても治らず、既に5年の時が空しく経ったのでした。長者は、最後の頼みと、陰陽師に頼み、占ったところ、若の病は、「三病」(癩病)であり、薬も祈祷も効き目がありませんが、ひとつだけ、薬があると言います。

「この若君は、壬辰(みずのえたつ)の年の辰の月、辰の日に辰の一点に生まれた若

であるので、同じ辰の年辰の月辰の日に生まれた姫を値を値切らずに買い取って、その生き肝を取り、延命酒で七十五度洗い清めてから与えれば、たちまち病は平癒するであろう。」

 天寿、ていれい兄弟がこの里を尋ねようとする頃、長者は、辰の年辰の月辰の日に生まれた姫を買い取るという高札を、辻々に立てました。すると、近国他国より、大勢の姫が押しかけましたが、年が合っても月が合わず、月があっても日が合わず、日が合っても時があわず、ついに薬の姫は見つかりませんでした。そんなこととも知らずに、天寿、ていれいの兄弟は、みすぼらしい姿で、ようやく大萬長者の館に辿り着いたのでした。

 つづく


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