ぼん天こく ③
さて、帝から、難題を突きつけられて、困り果てた中将殿は、天女御前に相談をしま
した。姫君は、これを聞くと、
「それは、簡単なことですよ。では、呼び寄せてあげましょう。」
と言うなり、南面の広縁に出ると、扇を開いて、虚空に向かって、三度煽ぎました。す
ると、迦陵頻伽と孔雀の鳥が、さっと内裏に舞い下りたのでした。宮中の人々は、尊い
鳥の舞楽のような美しい囀りに、七日の間、酔いしれました。七日が経つと、ふたつの鳥
は、梵天国へと帰って行ったのでした。
さて、帝は、これで満足したわけではありませんでした。
「次は、鬼の娘の十郎姫を七日の間、内裏に上げよ。それが、できないなら天女を上げよ。」
と、またまた難題を突きつけるのでした。中将は、また困って、天女御前に相談をしました。
「それも、簡単なことですよ。その十郎姫と言いますのは、梵天国では、下で使われる
只の下女ですから、何よりも簡単なことです。それでは、呼び寄せましょう。」
と言うと、南面の広縁に出て、虚空に向かって、扇で三度煽ぎました。鬼の娘の十郎姫
は、直ぐに五條の館に舞い下りて来ました。天女御前は、
「お久しぶりです。十郎姫。汝をここに呼び寄せたのは、外でもありません。七日の間
内裏に上がって下さい。」
と、言いました。早速、十郎姫は、帝の勅使と共に内裏に上がったのでした。
さて、また宮中では大騒ぎです。初めて見る十郎姫の姿は、さながら菩薩の様に美しく、
我も我もと、公家大臣がつめかけました。十二人の后達も、着飾ってやってきましたが、
十郎姫の前にでれば、月夜に星の光が薄れるように、とても敵うものではありません。
口惜しがった后達は、
「いくら姿が美しくても、和歌の道は知らないでしょう。」
と、馬鹿にして、それぞれ歌を詠んで、十郎姫に掛け合いましたが、十郎姫はそつなく
返歌をするのでした。更に琵琶、琴を奏でれば、その妙なる音色に、感歎するばかりです。
帝は、十郎姫に向かい、
「如何に、十郎姫。お前は、それ程まで姿も美しく優れているのに、何故、天女の姫に
仕えているのか。」
と、聞きました。十郎姫は、
「これは、愚かな宣旨ですね。あの姫様について、いちいち申し上げるのも憚られます。
忝なくも、梵天国と言いますのは、高さは八万由旬(ゆじゅん)もあり、須弥山をかた
どって、国の数は、十万七千と七百。このような大国の王のご息女なのですから、ご意
向に逆らうなどということは、あり得ません。さて、七日が過ぎましたので、帰ります。」
と言うと、梵天国に帰って行きました。帝は、
「あの十郎姫は、梵天国では、只の下女というのに、あれほどの美しさである。それな
ら、天女は、どんなにか美しのだろうか。」
と、ますます天女御前に憧れるのでした。そして、帝は、またまた難題を出しました。
「下界の住むという龍神を、七日間、内裏へ上げよ。」
天女御前が、いつものように扇で煽ぐと、晴天が、俄に掻き曇って、稲妻が走り、ごう
ごうと雷が鳴り響き始めました。その凄まじさは、帝の御殿を震わし、崩れるかと思う
程でしたので、宮中の人々は、この世の終わりが来たと、大騒ぎになりました。これに
は、さすがの帝も慌てて、五條の中将を呼び出すと、
「如何に、中将。この神は、あまりに凄まじ過ぎる。鎮めてくれ。」
と頼みました。中将は、桑原左近の尉に、龍神を鎮める様に命じました。桑原左近が、
四尺八寸の「雲払い」という剣を抜き放つと、虚空を三度切り払って、
「鎮まり給え、龍神達。桑原これにあり。」
と叫ぶと、忽ち龍神は鎮まって、青空が広がったのでした。それからは、天に雷が鳴る
ときには、「くわばら、くわばら」と言うようになったということです。帝は、これに
は感服して、五條の中将を中納言に任じたのでした。天下の聞こえも世の覚えも、例の
少ないこととして、感激しない者はありませんでした。
つづく
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