やんたけバス研究所 別館

本館やんたけバス研究所の別館として、バスに限らず撮影した画像をアップしています。画像の無断転載・転用は御遠慮願います。

元祖・東備バス!・おまけ

2013-06-28 20:11:00 | バスネタ廃車体
東備バス、まだ引っ張りますぜ・・・・。

最初にチラッと話題になったアレをば・・・

東備バス RE100 昭和51年式

何と、こんな古い車両がいたんですよ!。撮影したのが平成7年7月と思ったより最近・・(でもないか)。廃車になってから暫く放置されている感じですが、この車両が何時廃車になったかは不明ですわ。仕様的には自家用送迎ですが、「トービバス」と書かれている体から見ても営業ナンバーで登録されていた風ですわーな。それもそのはず、この車両は岡22か823のプレートがついていたようです。路線顔に観光マスクをくっつけるなんぞ、特急バスのようでなんとも心憎い仕様でありますなぁ。この年式になると帝国ボディーではなく日野車体になるんでバス窓ではなくこのより近代的な上下窓になるんですよね。

ちなみに左官屋の息子さまが「MR410もいた」と書かれていましたが、コチラは岡22か826だった模様ですわ・・・・。


プレートマニアならその間の824と825が気になりますよねぇ?


・・・お答えしましょう!、両備バスのB907S、つまりはジャンボバスでした!!(社番は不明ですが)。






ん?、






まてよ、





て事は、東備運送がバス事業開始したのは昭和61年じゃから年数が合わんがな!。


名前は継承しながら権利を譲渡した別会社って事でしょうかねぇ。ナゾは深まりますわ・・・・。



東備バスはネタが尽きたのでこれでおしまいです。

帝産湖南交通のR280

2013-03-15 20:58:00 | バスネタ廃車体
今話題?の帝産湖南交通のR200系のオシャカ。

hitomimama1966さまによると型式はR280との事!

実は結構昔に捕獲しとりますので、その変遷を追ってみたいと思いますわ・・・。

まずは撮影日、平成14年1月27日。




ん?やっぱりというか、車体自体に変化はございませんねぇ・・・なるほど。

実はもっと前に撮影していたかと思っていたんですが9年前でした。しかも、既にデジタル化・・・キヤノンパワーショットA20って言う乾電池2本で撮影できる初期のデジカメでの撮影でした・・・・。


そしてお次は・・・・平成18年9月3日。



四季の移りの変化と共に、周りの田園風景も変わっております。

この時はドアが閉まっているじゃ、あ~りませんか!。ドアがあると言う事は一応倉庫としての役割を果たしていると言う事なんでしょうねぇ。この時は「湖南交通」の文字が読み取れました。カメラはキヤノンEOSキスデジ。

そして最新、平成25年3月10日撮影。

再びドア開き・・・。周りがキレイに片付けられていますわ。


ヘッドライトの造詣が何とも言えませんなぁ。


タイヤのゴムはこれ以上劣化しないんですかねぇ。


「湖南交通株式会社」とはっきり読み取れますわ。


アクスルの「FUSO」がこれまたクッキリと!


画像では判りにくいですが、テールランプの間に「TEISAN」の文字が読み取れますわ。

カメラはキヤノンEOSキスデジX6iに進化。

悠久の年月を経て今ここに鎮座する廃車体、北京オリンピックによるクズ鉄価格高騰の魔の手かを掻い潜り、酸性雨の攻撃にも耐え忍び、この現代まで生き存えたそのベテランの風格と存在感には尊敬の念を感じずに入られません・・・・。

中鉄のUD・続編

2013-01-13 00:33:00 | バスネタ廃車体
中鉄バスのUD車について、結構反響があったので嬉しい限りですわ。

しかも、岡山県内に私も知らなかった中鉄のUD車の廃車体が転がっていたと言う情報を画像掲示板に寄せて頂き、ただただ驚くばかりですわ・・・うう、撮りたかった。

さて、もういっちょネタがあるので・・・

コレじゃ!

中鉄バス 4R系と思われる 

これねぇ、気づいたのはだいぶ最近のことなんですよ。デジカメでゲットしてるんで。ココが見える場所、かなり前から年2~3回ほど通過していたんですけど全然この個体に気づかなかったんですよね。しかも道路からは小さくしか見えんかったし。発見し後日訪問したんですが、丁寧に屋根付き車庫に格納・・・・車庫というよりはバスに立派な屋根をつけた感じですな。



おケツ、こりゃ古りぃで!。丸い2分割のリアガラス。

そして・・・


ハンドルが地面に突き刺さっとる!!。しかもハンドル中央にはUDの文字が・・・・。

こんなステキでスバラシイ個体でありますが、いつの間にか撤去され更地になっていました・・・・残念無念!

中鉄のUD

2013-01-09 22:14:00 | バスネタ廃車体
前回の福山自動車時計博物館所有のニッサンU690で新春ドライブ編でチラッと触れましたが、この2サイクルのディーゼルエンジン、回転数の高い時の高音がタマランのんですわ!・・・・で、「幼少の頃乗車した中鉄バスの4Rの記憶がよみがえりました!」と書きましたが、ん?まてよ、中鉄の2サイクルの音はもっと甲高かったぞ・・・・おお、このU690は3気筒でしたわ。中鉄の4Rは4気筒、当然排気量も大きいので排気音も違いますわーな・・・・。

ということで、中鉄の日産ディーゼル(以下UD)車について触れてみましょうか。

中鉄バスと言うと今でこそ中古で色々入っちゃいましたが、元は日野車オンリーのバス会社でした。しかしながら更に昔にさかのぼると、中鉄にもミンセイの頃からUD車が結構いたようなんですよね。なんで日野オンリーになったかと言うと、その昔中鉄の経営がヤバイ状態になった時にUDが新車売らなかったそうですわ。そこで日野が救いの手を差し伸べて新車を販売し、何とか窮地を救ったそうです。そう言う事で当然日野との絆は深まりますわねぇ。それから新車は日野オンリーとなった訳ですな。今は時代が変わり、中古でいろんなメーカーのが入っちゃってますけどね・・・。

で、最近岡山のバスのオシャカシーンに激震を走らせたのがコレですけど・・・


中鉄バス 社番:4172 U690 昭和39年式

日産のボンネットバスが居たのも驚きでしたが、もちろん私が触れたようにリアエンジンの箱型バスも居たわけで・・・・。

コレじゃ!

中鉄バス 年式不明 4R系だと思われます。

もちろん現役時代の写真などありません・・・しかし、オシャカの写真は何とかゲットしとりました。この車両は既に現存していないので、場所を明かしますと伯備線備中広瀬駅付近に転がっとりました。しかしながら私有地ないで近寄ることは出来ず、何とか線路を隔てた所から撮影したんですけど、当時はフィルムで標準ズームレンズ(35-70mm)しか持っていなかったので、これが精一杯だったんですよ。車両を見るからに、トップドアであるんで特急バスか貸切に使用されていたモノと思われます。更に言うと、その近くの180号線沿いに備北のボンネットのオシャカも転がっていたんですが、私が小学生の頃なんで撮影はしていません・・・(泣)。

私が乗車したと言う中鉄のUD車は、内山下の中鉄バスターミナルから当時住んでいた吉備線の大安寺駅近くまで乗車したんですよ。そんな所中鉄バスが走っていたのか?。実は今は他界してしまった母に聞いた事がありまして、当時吉備津神社まで大安寺経由の路線が朝昼晩と3往復走っていたそうですわ。いやぁ、これはホント聞いていてよかった!!。その時、幼心にバスを降りて走り去って行くバスのエンジン音が強烈で「コーーーー!」と言う甲高いサウンドが心に強く刻まれていた訳ですわ。ちなみにその中鉄車は前中扉ながら車掌さんも乗っており、一部同じ路線を走っていた神道山行の岡電は中扉だけのツーマン車でした・・・。


こんなの書いていると「アンタ何歳?」って思われそうですな・・・・。

岡山駅付近にオシャカが!

2012-09-11 22:41:00 | バスネタ廃車体
さて、両備の平屋根エアロ特集で少々燃え尽きた感があり、つぎ何をネタにしようかと思ったんですけど、そういえば、ツアーの時に話題になった車両を・・・・。

コレ。

社番:531-8019 BU04 昭和53年式 国鉄バス

岡山駅の近くの空き地に国鉄バスの廃車体置き場があったんですよ。まぁ当然岡山駅のそばなんで国鉄の土地だったんでしょう。なのでそこに置いてあっても何の不思議も無いんですけど、ココは岡山駅前だぜ?(氷室京介風に・・・)。

しかも、岡山にいた国鉄バスって三菱オンリーでしたから、このいすゞ車を見た時は衝撃的でした!。(皆さんご存知かと思いますけど社番531の1がいすゞね。ちなみに4が三菱)ちょっと短い全長に、非冷房、岡山では違和感アリアリでしたわ。

ちなみにその隣にいるのが、岡22か2533をつけていた社番:534-7008の昭和52年式・B800Jだったかと。コレはこれで、島根から転属してきた車両で元は中扉専用車でワンマン化改造され前扉が増設された代物ですわ。

場所は画像の背景を見れば一目瞭然、日清製粉岡山工場の裏ちゅうわけです。この廃車体置き場はいつの間にか出現したんですけど、すぐに置かれなくなったかと。ちなみに撮影は平成元年6月25日と記録があります・・・・と言う事は既にJR化されているんで、このBU04は国鉄のまま歴史に幕を閉じたようですな。