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やっと箱根峠を越えた!

2009-09-06 22:49:11 | 東海道五十三次
東海道五十三次ひとり歩きシリーズ、今回は、いよいよ後半最大の難所・箱根峠越えに向かった。静岡県三島(11番宿場)から箱根(10番)、小田原(9番)までを一泊二日で残暑の厳しい箱根路を歩いた。箱根の旧東海道はイメージしていたものとは違っていたが、道々、色とりどりの花が咲きそろい、峠には初秋の風がやさしく吹いていてとても気持ちがよかった。2日目には、予期せぬ山賊(SNSメンバー)の待ち伏せに遭うというハプニングもあったが、無事に関東に入ることができた。
9月5日-「三島→箱根」  (結果30,030歩 21.0k)
9月6日-「箱根→小田原」 (結果37.917歩 32.6k)
キロ数が多いが、歩数計設定によるもので、石畳は歩幅が小さくキロ数は少ないかもしれない。

●5日、朝8時10分に前泊していた三島駅前のホテルを出て周辺を足慣らし散策をした後、前回ゴール&今回スタートの三島市本町交差点を8時30分にスタート、見上げる空には雲ひとつなく快晴、どうやら暑くなりそうな予感。
まず、すぐ近くの三島大社へ、創建は明らかではないが、鎌倉時代には関東総鎮守として源頼朝や多くの武将の崇拝を受けたそうだ。鳥居をくぐり広大な敷地をすすむと一番奥に重要文化財の立派な本殿が配置されている、今日、明日、無事な箱根越えができるようにお守りを買い、社務所でご朱印をもらった。



参道を結婚式に向かう花嫁、花婿さん一団と遭遇、これはラッキー、幸先がいい。
9時10分に三島大社を後にコースをすすむ。大場川にかかる新町橋、このあたりが三島宿の東見附、出入り口があったところ。この新町橋は三島市眺望地点でここから眺める富士山がきれいなところだと橋の中央部分に説明がされている。

今朝の富士山は、すそ野は見えているのに残念ながら頂上は雲にかかってみえない、よし、雲が行くまで待っていようとしばらく眺めていたが雲は動かない、15分くらいは待っただろうか、通りかがりのご婦人に聞いたら、これでもよく見えているという、雲は風次第だから待っていても動かないかもしれない、でも見えるように祈っています!と言ってくれた。やさしい三島のご婦人ありがとう。


愛宕橋を渡ると坂道になってきた、このあたりが「今井坂」、JRの踏切を渡りさらにすすむと急勾配が始まる。坂道を上がりきると、風景が一変、道路を挟んだ両側に松並木がずっと続いている、この松並木は国の指定史跡になっているそうだ。


松並木の横はきれいに整備された初音ケ原石畳歩道になっており、途中に道をはさみ両側に錦田一里塚が見られた。この一里塚は古いものだが良好に保存されており国の指定史跡になっている。


行く道はずっと上り道で平坦な道はない、塚原新田の道標からせまい旧道に入る「白臼坂」だ。両側はうっそうとした木々が生い茂り曲がりくねりながらすすむ。日差しは避けられるがそれでも暑い。
広い道路に出てしばらくすすむと「題目坂」の階段にさしかかる、上がりきり小学校の横を通り公民館前で休憩をしていると下って行く人と上って行く人がすれ違うように自分の目の前を通って行った。こんにちは!とあいさつするとこんにちは!と返ってくる、気持ちがいい。

ここから広いバス通りを上がって行く、かんかん照りで暑い。途中松雲寺に寄る、このお寺は由緒のある寺で幕末には徳川家茂、慶喜をはじめ徳川一門の寺本陣となり、明治天皇も御小休所とした歴史があるそうだ。


さらに行くと三ツ谷新田・こわめし坂の道標に着く。ここから「こわめし坂」が始まる。こわめし坂とは、急勾配で背負った米も人や汗や蒸気で蒸されて、ついに強飯のようになるからだという。箱根西坂で第一の難所といわれており勾配が20%から40%あるというが、ほんとうにきつい坂だ。ゆっくりと上る・・・汗がしたたる。心拍数をチェックしながら、無理をしないように、呼吸を整えて上って行く、振り向くとその急勾配の程がわかる。


国道1号線を横切ると畑の横に笹原の一里塚が見えてきた。ここで一人の男性が追い抜いて行った。すぐ横に史跡箱根旧街道の石碑が立っているのでここで写真を撮ってもらおうと次の人を待つ、5分も待つと下ってくる人がいたのでお願いしたら快く撮ってくれた、すぐそのあとにも一人下りてきた。結構歩いている。


笹原新田・上長坂の道標から「かみなり坂」をすすむ、最後の階段は急できつかったが、階段をのぼっていると上からドングリが風に吹かれておちてきた頭に当たる・・・秋らしい。


階段を上がりきると急カーブの1号線に出る、向かいにドライブインが見えた。12時20分、おなかはすいていないがコーヒーが飲みたい、水の補給もしたくて立ち寄った。
せっかくだからとなめこそばを注文したのが悪かった。麺類だから早いと思ったのに、いらいらするほど待たされて結局店を出たのが13時5分、客は数人なのにまいった。

店の前の一角に芭蕉の句碑が立っていた「霜しぐれ富士を見ぬ日ぞおもしろき」。ここらあたり
富士見平というらしいが富士山は雲に隠れたまま、これ雲隠れ!空には雲がないのになあ。
旧道をすすみ再び1号線に合流、きれいに立ち並んだ杉林の中を整備された石畳が続く勝巻地区をすすむ。いくら整備されていても石畳は歩きにくい。風に杉と杉が擦れ合う音だろうか、いろいろな杉の声が頭上から聞こえてくる、夜だったら気味が悪くて歩けないだろう。


司馬遼太郎さんの箱根八里記念歌碑を過ぎるとまた山中新田・山中城跡の道標の立つ国道1号線と合流、時間をとられたくないので素通りするつもりでいたが、ここに来てみると寄ってみたくなる、道路の両側に城跡が広がっているが、二の丸、北の丸跡と天守閣櫓跡を訪ねてみた。
山中城は、天正18年(1590)天下統一をめざす豊臣秀吉の7万の大軍に小田原北条氏の山中城は半日で落城したことで知られている。


元の道に戻り再び杉林の中に続くに石畳の道へ、入口にお墓に徳利の形が刻まれた雲助徳利の墓があり、そこからどんどんすすみ急な階段を上がると国道一号線に出る、少し進んで左の民家への道を入り、庭先を通って笹林の続く道を上がって行く、このあたりが「大枯木坂」、午後も2時を過ぎ、行く手左側が笹の壁になっていて日が当らず風が流れてきて気持ちがいい。
しばらく足休憩、靴も靴下も脱いで風にあててやらねば。右側は視界が広く、山々の木々がきれいで気持ちも安らぐが、水がなくなった、これは困った。



さらにすすむと大きな岩が左手に出現してきた、念仏岩、かすかに南無阿弥陀仏と彫られているのがわかる、行き倒れた人を供養して建てたものらしい。続いて明治天皇小休跡の碑。


両側に続く木立の道をどんどん上がっていくと兜の形をした岩の前に出た。兜岩とは、秀吉が小田原城を攻める折、休憩をした際、この岩の上に兜を置いたからと言い伝えられている。ここが「石原坂」。


さらにすすむと江戸から20番目の山中一里塚と接待茶屋の跡の碑があり、ここから1号線にそって左へ大きくカーブしてすすむとまた石畳が始まる。
次は「兜石坂」、ここは整備されていない石畳が続く、疲れもあるし、すべらないように、踏み外さないように、転ばぬように、常に足元をみながら歩かないといけないので視界がせまくなる、うっかりすると大事なポイントを素通りしてしまう。


石畳を歩くのは神経を使う、まさかこんなに石畳が続くとは想像もしていなかったので面食らった。両側から笹が覆いかぶさるようにトンネル状態になった薄暗い上りが延々と続く。


やっと井上靖さんの箱根8里記念碑のある休憩所に着いた。なにか茶色の動物が藪の中を走っているのが見えたがタヌキなのか・・・後ほど判明することになる。向かいに珍しい八つ手観音像があった。
ここから広い道路を上る、その時、道路を猛烈な勢いで横切るウサギを発見、道路わきに行くと止まってこちらを見ている、さっきの動物はウサギだったのだ。


しばらく歩道のない道路を上がっていくと三叉路に出た。右に峠の茶屋があったので暑いコーヒーが飲みたくて入ってみたら食堂でコーヒーはなし、残念。自販機で水を仕入れた。ここは広い駐車場があり「箱根峠」と標識が出ている。静岡県と神奈川の県境らしい、やっと関東へ入った。静岡県に入ったのが去年の5月だったからずいぶん静岡県を歩いたものだ。


ここから元箱根へ下りになって行く、ひっきりなしに通る通行車両の激しい歩道のない道をゴールの元箱根を目指す。途中から一気に下る道へ、ここでデジカメが動かなくなった。故障か?芦ノ湖も見えて絶好のビューポイントなのにデジカメが使えないと困る、今日だけでなく明日もあるのでなんとか動かしたい。ゴールしてからゆっくり点検することにして元箱根を目指して下りて行く、笹林を下りていくとイメージしていた松並木が続く、今日のゴールは箱根関所だが、そこに行くまでにデジカメをなんとかしたいのでレストランに入ってコーヒーを飲んでゆっくりと点検することにした。
新しいデジカメなので故障をするはずはない、きっと、接触不良だろうと、別のバッテリーに換えてみたりしたが、動いてくれない、時間のことも気になるので箱根駅伝のゴールの場所へ行って何度かシャッターを押していると動いた!そこからあわててゴールの関所に行って撮影もできた。
写真・箱根関所 手前京口御門-奥に江戸御門



写真のとれなかった道を少し引っ返して撮ってきた。17時前になったので今夜の宿泊所にしている昨夜の三島のホテルへ帰るのだが、芦ノ湖に沈む夕日が撮りたくて湖畔でのんびりと日没を待つことにした。遊覧船が戻ってくるのを見たり・・・しばし、湖畔に腰をおろしてのんびりと時を待った。

17時22分、日没が始まった、芦ノ湖の向こうの山へ沈んでいく、雲も少なくきれいな日没を見ることができた、この通り写真にも撮ることができた。



薄暗くなりすっかり人の姿が少なくなった元箱根から、17時53分の三島行きバスで昨夜のホテルへ戻った。面倒なことだが、遊びに来て箱根に泊まる贅沢はできない。
今日のコースは、標識が完備していたこともあって珍しく迷うこともなくスムースに歩くことができて大満足。ただし、石畳で足にどれだけプレッシャーが残っているか、下りが苦手なので明日の箱根から小田原までの山下りはより慎重に事故がないように歩きたい。
初日の祝杯をホテルの部屋でした後、明日のひとり作戦会議、地図に1時間ごとの通過地点を明記して準備を完了した。今回も日程調整が難しくてあわただしい箱根行だったが完歩できてほっとした。