一昨日より50cm以上も降った雪も止み、午後3時過ぎになって久しぶりに青空。鳥海山は依然として雲に隠れたままですが、流れる雲の切れ間に一瞬白い月が浮かんでました。
今日は冬至、本格的な冬はこれからですが、日が長い方に向かうことで少しは気が晴れるような・・・・。
2016年の11月下旬、一度降った雪が融けたブナの林で見つけた一本の折れた木。前にも載せたのですが、それから毎年のように通っていますが、この木も、少しずつ変化しています。
2016.11
2018.11
2019.11
2020.11
折れた木と周囲の倒木のナメコの勢いはあまり変わらないようにも思えるのですが、最初のころに比較すると、苔のつき方とか、樹皮もだいぶ剥がれてきているように見えます。
鳥海山の麓に暮らす人々にとっては、水の確保は重要な問題でした。
麓の国道7号から見た鳥海山、左側が鉾立、右側が観音森。いくつもの沢が刻まれています。もちろん、ここに降った雪も溶け、川に流れ込み、あるいは伏流し山麓の集落を潤していきます。
1960年頃の旧象潟町の地図には、今は藪の中に埋もれてしまった各集落から鳥海山へと向かう道が何本か記されています。水源の確保、伐採、あるいは参詣のための道かはわかりませんが、現在のブルーライン沿いの旧道以外は、ほとんどが山道だったと思います。県境を越えて賽の河原方面へと最終的には向かっています。この道、もっと沢沿いに作られてるのかとずっと思ってましたが、意外と尾根筋をたどってるような感じですね。
水源など境界をめぐっては、昔から集落間で争い、裁定もあり、その結果が現在の集落の境となっているようです。
いずれにしても、「宝の山」ではありませんが、県境にも村境にも関係なく、この鳥海山の恵みを受け山の周辺の人たちが生活してきたことだけは確かですね。
単行本であれなんであれ、本を買うことは年に何回もないのですが、ついつい買ってしまいました。
『ひとり酒 ひとり温泉 ひとり山』 月山もも KADOKAWA
前からお気に入り登録していた「山と温泉のきろく」というブログの「ガッサンモモ」さんの本(正しくはつきやまももと云うんだそう)
『鳥海山を登る』 佐藤要 知る人ぞ知る
なぜか二人とも庄内の人、鳥海山の山頂部を荘内藩に奪われ、戊辰戦争で集落のほとんどを焼かれた秋田側の人間にとって(笑、もう誰も覚えてはいないが)・・・・、でもやはり庄内平野からの鳥海山もいい。