雪達3人が食事をしている頃、同じレストランの片隅で河村静香はメールを打っていた。
周りの人々がチラチラと視線をよこすのは、静香の美貌に惹かれた視線も勿論あったが、
それ以上に、彼女の前に座った男が尋常じゃない目つきをして、彼女の事を凝視しているからだった。
「おい静香、いい加減ケータイ置けよ」
いつまでも携帯と向き合っている静香に痺れを切らし、男は話を切り出した。
今まで散々可愛がってやったのに恩を仇で返す気かと、男は苛つきを抑えきれない口調で言った。
静香はそんな男の態度を受けて、一通のメールを弟に送った。
”送信しました”というメッセージを確認すると、携帯から顔を上げた。
「はぁ?今なんつった?」
静香は男の方へ身を乗り出した。
「あんたまだ気付かないワケ?あんたとはもうこれ以上話すことが無いからケータイ見てんでしょ?」
そのまま静香は男ににじり寄った。ぐだぐだうるさいんだよと凄む静香に、男の顔は引きつっていた‥。
その頃下宿では、河村亮が携帯電話と睨めっこをしている最中だった。
先ほど赤山雪にメシ催促メールを送ったのだが、なかなか来ない返信に苛立っていた頃だった。
ようやく新着メールを告げる受信音が鳴り、携帯を見ると予想外のメールが届いていた。
今すぐ家の前に来て 今すぐ!
それは姉からのメールだった。
ただならぬものを感じて、亮は眉をひそめた。
レストランを出てからも、修羅場は続いていた。
カツカツと高いヒールの靴音を響かせながら家へ向かう静香を、男は凄い剣幕で追いかけてくる。
「簡単に別れられると思ったら大間違いだからな!
てめぇの我儘全部聞いてやったのに、今になって手のひら返しやがって!」
男は静香に、結局は金目当てで自分に近付いたんだろうと詰め寄った。
その表情には非難の中に少しの哀愁を含んだものであったのだが、
無下にも静香は「ふざけんじゃねーよ」と吐き捨てるように言った。
自分に非があるわけではなく、しつこく言い寄ってきたあんたが悪いと静香は言った。
彼女は彼女なりに義理立てだってしたし、愛嬌だって振りまいてやった、やることは全部やったつもりよと主張する。
静香の言葉は無慈悲なものだった。
「何を今さら被害者ヅラしちゃってんの?自分の都合の良いように振る舞っちゃって‥つまらない男ね」
男の顔が歪んでいくのに、静香は気づかなかった。
男は、彼に背を向けて去ろうとする静香の肩を強く掴むと、強引に自分の方を向かせた。
そして絶対に別れねぇからなと青筋を立ててにじり寄った。
「そんなに別れたいなら今までやったもんそっくりそのまま返すか、土下座して謝るかするんだな!」
静香は男の執念に辟易した。
すると男の背後から、見覚えのある顔がやってきた。
男の肩に手が置かれる。
「まぁまぁ落ち着けって。とりあえず俺と話そうぜ」
突然現れたその妙な男に、静香の元カレは逆上した。
しかしそんな彼のことはお構いなしに、河村姉弟は言葉を交わす。
「ったく遅いっつーの」 「うっせ。後でおぼえとけよ」
元カレは静香とその男のやりとりを見て、合点がいったという顔をした。
そして静香に詰め寄ると、裏で何人と付き合ってやがるんだと暴言を吐いた。
怖い女‥。そんな言葉が男の口から出た。
凄い剣幕で怒鳴りつける男の肩を、亮は再び強く掴んだ。
俺と話そうと言っただろうと凄みながら。
その強い握力に、男の顔が歪んでいく。
とうとう男は痛みに負け、離してくれと悲痛な面持ちで言った。
亮がその手を離してからも、男は肩を押さえてしばし動けなかった。
高いところから凄む亮に男は怯み、
そして「お前なんてこっちから願い下げだ」と、捨て台詞を吐いて去って行った。
その背中に静香も「二度と顔見せんな」と捨て台詞を吐いたのだが、男が振り返ることは無かった。
そして辺りに静けさが漂った頃、二人の間にも沈黙が落ちた。
無言で静香を睨む亮に、一応彼女はお礼を言った。
「あ、サンキュー。近頃てんで相手にしてやらなかったから、呼べそうなヤツがいなくてさぁ」
そして彼女が予想していた通りに、亮の小言は爆発した。
「いくつだと思ってんだてめぇは!いつまでこんなことやってるつもりだよ?!」
初め静香は、その小言の数々を流して聞いていただけだった。
何一つ自立していない、何の成長もない、脳みそ空っぽなんじゃないのか‥。
いつもの説教だ。
しかし「どうしてやるだけやってみようとも思わないんだよ」という亮の言葉に、静香は反応した。
そんな彼女の表情の変化に気付かない亮は、そのまま思っていたことをぶち撒け続けた。
「こんな生き方して淳の野郎に媚び売った挙句、
オレに恥かかせるつもりじゃねーだろうな?!ああ?!」
おい、と静香は亮に声を掛けた。
荒ぶった口調ではなく、冷静なそれは怖いほどの怒りを秘めていた。
「一体あんたは何様なワケ?今まで勝手に生きておきながら、今さらなんなの?」
静香は冷静に亮を責めた。
今まで一度でも自分のためにあんたが何かしてくれたことがあったのかと、彼女が思う弟の非を責めた。
「しかも、”やるだけやってみようとも思わない”って何よ?」
亮のその言葉は、沈めておいた苦い記憶を引き摺り出した。
”やるだけやってみよう”と思っていたあの時。まだ夢も希望も僅かだが持っていた幼い自分。
叔父に呼ばれて、ハッキリと自分の才能の無さを突きつけられたあの時が、フラッシュバックした。
指の先から血の気が引くようなあの落胆。
そして褒めそやされる”天才”な弟との比較。
静香はイヤミたっぷりに、”元天才”を前にして皮肉を言った。
「あんたこそ大層な才能生かせずにこのザマだなんて、人のことよくもまぁ言えたものよね」
亮はそう言われて逆上した。
自分がこうなったのは淳のせいだと言おうとして、「人のせいにするな」と静香に遮られた。
「いつまで自惚れてるワケ?人に説教する前に自分の体たらくを振り返った方がいいんじゃない?」
静香はそのまま、「二度とその顔見せんな」と言い捨てて歩き出した。
カツカツというそのヒールの音が聞こえなくなるまで、亮は状況が飲み込めなかったが、じきに沸々と怒りが沸いてきた。
そしていつも通り姉の暴挙に次ぐ暴言にキレながら、悔しさに咆哮した。
「くっそあのアマァァ!!」
月の綺麗な夜だった。
狼男の他には彼以外、叫ぶ者は居ないような、美しい夜だった‥。
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<怖い女>でした。
静香‥怖い女です(^^;)
あの元カレ、さんざん貢がせて捨てられたんだろうな‥と想像しています。
亮を責める時だって、”一度だってあたしに何もしてくれたことないじゃない”という”何かしてくれる”のが前提な話っぷり‥。
この他人を頼るのが当たり前の精神を作っちゃったのは青田会長か、彼女を罵倒し続けた彼女の叔母か‥。
苦しいところですね。
次回は<嵐の後>です。
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