青田先輩が事務室を出て行ってから、雪達は休憩時間に入った。
机にお菓子を広げ、ペチャクチャとお喋りは続く。
事務員と学生といっても、たいした歳の差もない女三人だ。話は恋バナにも及ぶ。
品川さんと木田さんが、「二人を見てるとじれったい。早く付き合っちゃえ」とからかってくる。
その度雪は否定するか固まるかするのだが、
それでも先輩は雪を頻繁に訪ねてくるので、それは二人を誤解させるのは十分だった。
そういえば、と品川さんが言い出した話は、雪の名前はなかなかインパクトがあるということから始まった。
だから前回の奨学金名簿で雪の名前が首席の欄に書かれていることにも、
彼女らはいち早く気付いたのだった。
雪が照れたように頭を掻くと、品川さんと木田さんは雪を褒めそやした。
「さすがね~!学年トップどころか経営学科のトップだなんて!」
「ほんとほんと!」「うちの学科は競争率もすごい高いのにねぇ」
加えて顔も可愛く頭の回転も早く仕事も効率的と、雪への賞賛は止まらない。
雪は思い切り赤面した。こんなにも褒められると逆に困ってしまう。
遠くの席から遠藤が睨んでいるが、雪はそれに気づかず弁明のような形を取った。
「そ、そんなことないですって。前期はたまたま運が良かっただけで‥」
成績だけ見れば、次席の青田先輩とは僅差である。
それに今回の雪の全体首席は、漁夫の利みたいなものだと雪は謙遜した。
それを聞いて品川さんが、青田先輩のレポート紛失時件のことを思い出した。
それで自分に全額奨学金が回ってきたのだと雪が言うと、遠くの席で遠藤がこちらを見て固まっていた。
ハッと雪達は口を噤んだ。
あのレポート紛失事件の担当者、及び紛失の過失を犯したのは、他でもない遠藤だったからだ。
話題を変えなくちゃ、と彼女らがヒソヒソ話をしていると、不意に遠藤が話し掛けてきた。
「‥青田のレポートが無くなったせいで、奨学金を貰ったのが、お前だと?」
赤山雪が座っている席は、元々遠藤が彼の恋人に用意しようとしていた席だった。
しかし予想外の青田淳からの推薦を受けて、結果彼女のものとなった。
そして業務が始まるやいなや、連日のように青田は彼女のところに通い詰めている。
またいつ脅迫されるんじゃないかと、怯える自分など気にもせずに‥。
雪は遠藤の言葉と表情の持つ真意が飲み込めず、疑問符を浮かべながら「はい‥」と答えた。
「‥!! お前‥!」
お前のせいで、と遠藤は言いそうになった。
しかし、すんでのところで言葉を飲み込んだ。ここには品川も木口も居る。
遠藤が、怒りを込めた表情で押し黙る。
木口さんはそれを見て「怒ってるみたい」と呟いたが、雪はその表情に怒りだけはない何かを感じた。
その後、さっさと働けと遠藤の怒号が事務室に飛んだ。
雪達は早急に自分の席へと戻って、仕事を続けたのだった。
その日の夕方。
病院の一室で、河村静香はベッドに座っていた。足にはギブスが巻かれている。
傍らには、河村亮の姿があった。
お見舞い品のりんごを、自ら齧りながら座っている。
静香は意気消沈していた。
いつも自分の身体を過剰なほど労っているのに、なぜかいつもつまらないことでケガをしたり病気をしたり‥。
静香は呪われているのかもしれないと怖がったが、亮はそれを一蹴し、無遠慮にも姉のりんごを齧り続けた。
「しっかし風呂場でスライディングとかマジウケんだけど。そのマヌケな姿拝んでやりたかったぜ~」
しかも加えてゲラゲラと腹を抱え笑い転げる亮に、静香は青筋を立てた。
すると病室のドアが、カチャリと開いた。静香がそちらを窺い見る。
ドアを背にしている亮はそのことに気づかず、静香に向かって言葉を続けた。
「とにかく変なことばっか言ってねぇで、少しはしっかりしろよな。
何の為に目ん玉くっつけてやがんだよ。オレが居なかったら病院にも行けなかったんだぜ?」
加えて「お前の身体は丈夫だから心配すんな。石頭だから脳震盪起こさずに済んだんだ」と話を続けたのだが、
静香はそれには答えず、ドアの方を向いて声を上げた。
「あ、淳ちゃ~ん!来てくれたの?」
静香の言葉に、亮は目を見開いた。
「なんでこんな遅かったの~」
亮は、背中に淳の存在を感じた。
そして淳も、亮の背中を見ていた。口を噤んだまま。
静香は甘えた口調で、淳に自分のケガを報告する。
その鼻にかかった声を聞きながら、亮はゆっくりと振り向いた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<見えてくるもの>でした。
韓国語での雪の名前は「ホン ソル」と言って、韓国の名前としては姓と名で二文字は珍しく、インパクトがあるそうです。
作者さんが耳に残る名前がイイと思って付けたそうですよ。
日本版の「赤山雪」も結構インパクトありますよね。「青田淳」と合わせてカラフルだし‥。ww
次回は<三人の幼馴染み(1)>です。
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机にお菓子を広げ、ペチャクチャとお喋りは続く。
事務員と学生といっても、たいした歳の差もない女三人だ。話は恋バナにも及ぶ。
品川さんと木田さんが、「二人を見てるとじれったい。早く付き合っちゃえ」とからかってくる。
その度雪は否定するか固まるかするのだが、
それでも先輩は雪を頻繁に訪ねてくるので、それは二人を誤解させるのは十分だった。
そういえば、と品川さんが言い出した話は、雪の名前はなかなかインパクトがあるということから始まった。
だから前回の奨学金名簿で雪の名前が首席の欄に書かれていることにも、
彼女らはいち早く気付いたのだった。
雪が照れたように頭を掻くと、品川さんと木田さんは雪を褒めそやした。
「さすがね~!学年トップどころか経営学科のトップだなんて!」
「ほんとほんと!」「うちの学科は競争率もすごい高いのにねぇ」
加えて顔も可愛く頭の回転も早く仕事も効率的と、雪への賞賛は止まらない。
雪は思い切り赤面した。こんなにも褒められると逆に困ってしまう。
遠くの席から遠藤が睨んでいるが、雪はそれに気づかず弁明のような形を取った。
「そ、そんなことないですって。前期はたまたま運が良かっただけで‥」
成績だけ見れば、次席の青田先輩とは僅差である。
それに今回の雪の全体首席は、漁夫の利みたいなものだと雪は謙遜した。
それを聞いて品川さんが、青田先輩のレポート紛失時件のことを思い出した。
それで自分に全額奨学金が回ってきたのだと雪が言うと、遠くの席で遠藤がこちらを見て固まっていた。
ハッと雪達は口を噤んだ。
あのレポート紛失事件の担当者、及び紛失の過失を犯したのは、他でもない遠藤だったからだ。
話題を変えなくちゃ、と彼女らがヒソヒソ話をしていると、不意に遠藤が話し掛けてきた。
「‥青田のレポートが無くなったせいで、奨学金を貰ったのが、お前だと?」
赤山雪が座っている席は、元々遠藤が彼の恋人に用意しようとしていた席だった。
しかし予想外の青田淳からの推薦を受けて、結果彼女のものとなった。
そして業務が始まるやいなや、連日のように青田は彼女のところに通い詰めている。
またいつ脅迫されるんじゃないかと、怯える自分など気にもせずに‥。
雪は遠藤の言葉と表情の持つ真意が飲み込めず、疑問符を浮かべながら「はい‥」と答えた。
「‥!! お前‥!」
お前のせいで、と遠藤は言いそうになった。
しかし、すんでのところで言葉を飲み込んだ。ここには品川も木口も居る。
遠藤が、怒りを込めた表情で押し黙る。
木口さんはそれを見て「怒ってるみたい」と呟いたが、雪はその表情に怒りだけはない何かを感じた。
その後、さっさと働けと遠藤の怒号が事務室に飛んだ。
雪達は早急に自分の席へと戻って、仕事を続けたのだった。
その日の夕方。
病院の一室で、河村静香はベッドに座っていた。足にはギブスが巻かれている。
傍らには、河村亮の姿があった。
お見舞い品のりんごを、自ら齧りながら座っている。
静香は意気消沈していた。
いつも自分の身体を過剰なほど労っているのに、なぜかいつもつまらないことでケガをしたり病気をしたり‥。
静香は呪われているのかもしれないと怖がったが、亮はそれを一蹴し、無遠慮にも姉のりんごを齧り続けた。
「しっかし風呂場でスライディングとかマジウケんだけど。そのマヌケな姿拝んでやりたかったぜ~」
しかも加えてゲラゲラと腹を抱え笑い転げる亮に、静香は青筋を立てた。
すると病室のドアが、カチャリと開いた。静香がそちらを窺い見る。
ドアを背にしている亮はそのことに気づかず、静香に向かって言葉を続けた。
「とにかく変なことばっか言ってねぇで、少しはしっかりしろよな。
何の為に目ん玉くっつけてやがんだよ。オレが居なかったら病院にも行けなかったんだぜ?」
加えて「お前の身体は丈夫だから心配すんな。石頭だから脳震盪起こさずに済んだんだ」と話を続けたのだが、
静香はそれには答えず、ドアの方を向いて声を上げた。
「あ、淳ちゃ~ん!来てくれたの?」
静香の言葉に、亮は目を見開いた。
「なんでこんな遅かったの~」
亮は、背中に淳の存在を感じた。
そして淳も、亮の背中を見ていた。口を噤んだまま。
静香は甘えた口調で、淳に自分のケガを報告する。
その鼻にかかった声を聞きながら、亮はゆっくりと振り向いた。
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<見えてくるもの>でした。
韓国語での雪の名前は「ホン ソル」と言って、韓国の名前としては姓と名で二文字は珍しく、インパクトがあるそうです。
作者さんが耳に残る名前がイイと思って付けたそうですよ。
日本版の「赤山雪」も結構インパクトありますよね。「青田淳」と合わせてカラフルだし‥。ww
次回は<三人の幼馴染み(1)>です。
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