直接二人が顔を合わせるのは、実に八年ぶりだった。
亮は淳の方へ向き直り、「よぉ」と声を掛けた。
「誰かと思えば‥おいおいマジで久しぶりだな」
亮は淳の顔を間近でジロジロと眺めながら、
「お前変わんねーな。なんだか嬉しくなっちまうなぁ!顔なんて高校のときのままだ。
スキンケアでもしてんのか?」と皮肉っぽく言葉を掛けた。
立ち上がった亮は淳に近づき、彼の右肩に触れる。
「お前は?嬉しくねーのかよ?」
そう淳の耳元で囁いたが、淳は微動だにしなかった。
笑ってもくれねーのか?と亮は大仰な泣き真似をしたが、淳は完全無視で静香に声を掛ける。
「久しぶり」
続けられた言葉は素っ気ないものだった。
「なんだ、大したことなかったんだな。なんで俺を呼んだんだ?」
「来て損した」
自分に一瞥すらしない淳に対して、亮の胸が憎しみに焦げる。
静香は鼻にかかったような甘えた声を出し、首を傾げた。
「ええ~?だってお見舞いに来てくれたんでしょ?他に理由があるの?」
「見舞い?」と聞き直した淳に、静香は足を擦りながら説明した。
「ほらギブスまで嵌めてるのよ。超重症なんだから~」
淳は小首を傾げる。
「足にヒビいったくらいで大袈裟だよ。歩けないわけでもないだろうし」
冗談もほどほどにしたらどうだと、淳は呆れたように言った。
しかし静香はおちゃらけた様子で、「冗談じゃないも~ん」と唇を尖らせる。
「ほらこの顔見てよ!傷跡残ったらどーしよー?
後頭部だって腫れてるし、血も出ちゃったんだよー?見る?」
「遠慮しとく」と淳はその申し出を断った後、
「時間の無駄だからもう行く。余計な人数呼ぶなよな」と言い捨てた。
亮は冷淡すぎるほどの淳を、意外な面持ちで眺めていた。
記憶の中の二人は、多少の言い合いはあっても上手くやっていた筈だ。
静香は尚も甘えた声を出す。
「淳ちゃん、最近なんでそんなに冷たいのー?昔はあたしに何かあったら、
真っ先にすっ飛んできてくれたじゃーん」
なんでなんでと静香は身をくねらせて淳に聞いた。
「あたし何かした?」という質問に、淳は空を見つめてしばし黙っていたが、
彼女のわざとらしく同情を引くような態度に、辟易したように口を開いた。
「ほらな、やっぱり茶番だ。まさか何も知らずに聞いてるわけじゃないだろ?」
父親から何度も説教の電話がかかってくるのは、静香が変なことを吹き込んでいるからに違いなかった。
それをすっとぼけるような彼女の態度は、淳の気に障った。
「お前が病気をしようが怪我をしようが、もう俺には関係の無いことだ」
「今後口に気をつけろ」
亮は、淳のそのあまりにも冷たい言い方に当惑し、口を挟もうとした。
しかし淳は意に介さず抑揚無い口調で、静香に対しての不満を並べ始めた。
「ことあるごとに口ばかり先走って、尾ひれをつけてあることないことペラペラと
父さんに告げ口するのがそんなに楽しいか?」
淳の表情を見た静香はオクターブ高い声で、
「やだぁ~、未だにそんなこと根に持ってるワケ~?」と肩をすくめて見せた。
静香が青田会長に頻繁に連絡を取るのは、
「おじさんには娘が居ないから話し相手になれればいいなと思って」との意見だった。
淳の言及した”告げ口”には一切触れない静香の言葉を遮って、淳は「もういい」と背を向けた。
「お前と話してる時間が無駄だ」
「これ以上嫌われたくなければ、口に気をつけろ」と言って、淳はドアから出て行こうとした。
すると先程までくねくねと甘えた口調で淳の出方を窺っていた静香は、手のひらを返したかのような一言を発した。
「嫌だけど?」
今まで様子を見ていた亮は、驚きのあまり目ん玉が飛び出るかと思った。
淳はついに本性を現した彼女を、冷淡な目で眺めている。
「あたしの取り柄といえばこれくらいしか無いのに、やめるワケないじゃん?」
持って生まれた美貌と、減らず口が彼女の武器だ。
先のことなんて興味無い。今が良ければそれでいい。
そんな静香の言葉に亮は当惑し、淳は呆れ果てて溜息を吐いた。
静香は諭すように、ドアに向かって歩いていく淳に向かって言う。
「あんたの振る舞い一つで、皆が平和で居れんだよ?よーく考えてみてよ~。ね?」
キャハハ、と静香は淳の姿が見えなくなってからも笑っていた。
「状況が全く読めねぇ」と、亮は淳を追ってドアの外に出た。
「おい、淳!」
大声で呼び止めた亮に向かって、淳はゆっくりとそちらを向く。
見開かれた瞳に宿るその深い蒼を見て、亮は思わず息を飲んだ。
「………」
沈黙が二人の間に落ちる。
気まずくなった亮は、頭を掻きながら感じた違和感を口に出した。
「…いやお前ら、うまくやってたんじゃなかったのかよ…?」
だが淳は依然として何も答えない。亮は肩をすくめながら口を開いた。
「まぁ、アイツあの性格だしな。つーかただのバカ女だと思ってたけどよ、
思わぬ特技を発見したぜ」
「テメーを怒らせること。ギャッハッハッハ」
「新しい仕事ってのは、時間に融通の利くいい仕事みたいだな」
亮はそう言って腹を抱えたが、淳はまるで取り合わずそう聞いてみせた。
そして亮はその言葉を受けて、思わずニヤリと笑う。
社長に気に入られてるから問題無いんだと言う亮に、淳は「出世したもんだな」と素っ気なく言った。
それじゃこれで、と立ち去ろうとする淳に、
亮は尚も言葉を続ける。
「ああ、出世したさ。なんせスーツ着ての仕事だからな。前に比べたら超出世したっつの」
「あ、勿論蝶ネクタイは無しでな。つーか元々アレ好きじゃねーんだわ。
てかこんな話、テメーにはどうでもいいか?」
過去の傷をえぐるような発言をする亮に、淳は無表情で相対していた。
亮はニヤリと口角を歪めながら、蝶ネクタイを付ける仕草をする。
二人の脳裏に、タキシードを着て蝶ネクタイを付けていた頃の亮の姿が蘇った。
淳は亮の言わんとしていることを全て分かった上で、静かに口を開く。
「‥未だに俺のせいにするつもりなら、
リハビリ代を出してやるって言った時に姿を消した自分を省みるんだな」
他人ごとのようなその言い分に、亮は逆上した。
「リハビリしたら!」
「治るって保証でもあったのかよ?」
淳は表情を変えない。
亮は力の入らない拳を握りしめながら、沸々と湧いてくる怒りを鎮めながら、言葉を続けた。
「何がリハビリ代だよ。アメとムチのつもりか?
それに素直にその金受け取ってお前の顔色窺うくらいなら、死んだほうがまだマシだ」
それなら、と淳は口を開いた。
「それならはっきりさせよう。そんなに嫌なら、今すぐお前の姉貴を連れて消えるんだな」
それならばこれ以上関わることも無くなっていいじゃないか、と淳は冷静に言った。
亮はその物言いといけ好かない態度に腹を立て、「んだと、テメェ?!」と突っかかろうとした時だった。
「あたしははんた~い。消えるならあんた一人で消えてよね~」
話を聞いていたらしい静香が、病室から間延びした声でそう言った。
亮は話の腰を折られたのと、余計なことばかり言う姉に青筋を立て、病室に向かってがなった。
そんな姉弟のやりとりを見て、淳は溜息を吐きながら「全くおかしなもんだな」と呆れたように言った。
「河村教授は堅実で尊敬出来る人だったって聞いたけど、孫のお前らは似ても似つかない」
そしてドアから出て行く直前、独り言のような呟きを漏らした。
「‥にしても、やっぱり姉弟は姉弟なんだな」
それきりドアは閉じられた。
亮はその言葉の意味が飲み込めず、頭に疑問符を浮かべた。
「何を言ってやがんだ?姉弟が姉弟なくしてなんだってんだよ‥」
そんな亮のつぶやきに、静香は病室から「皮肉ってんのよ~」と言葉を返した。
それを聞いてようやく亮は意味を解した。このだらしのない、軽蔑すべき対象の姉と一緒くたにされたことに。
気がついたら走り出していた。
あの疎ましい後ろ姿の残像が、亮の目の前にちらついた。
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<三人の幼馴染み(1)>でした。
この回は韓国版の2部単行本が出版された際、大幅に修正された回なので、
日本語版のウェブの方と絵柄もコマ割りもかなり変わっています。
そして2018年から始まった再連載では韓国版はウェブでも修正版の方に変わったので、
こちらでも修正版のコマを使っての記事に直させてもらいました。
元の修正前の方が読みたい方は、ウェブ日本語版の方をご覧になって下さいね〜
(2019年4月 修正)
次回は<三人の幼馴染み(2)>です。
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