
雪は傷だらけになった淳の顔をじっと見つめながら、
先ほどから気になっていたことを聞いてみた。
「河村氏と喧嘩したんでしょう?」

雪からのその問いに、ピクッと反応する淳。
しかし答えを口にすることなく、淳は黙って下を向く。




黙り込んだ淳を前に、雪は白目になってプルプルと震えた。
スネたように俯く淳に、大きな声で畳み掛ける。
「ったくもう!子供じゃあるまいし!
夕食の時は静かに過ごしてるなと思いきや!一体何があったんですか?!」

その勢いに気圧されながらも、
淳は負けじと口を開こうとしたのだが、

結局言い訳めいた台詞を口にするに留まった。
「‥アイツが先に喧嘩売って来たんだもん」
「だからって素直にそれ買うバカがいます!?」

‥仰る通り‥


淳は返す言葉も無く、ただその場に項垂れるのみであった。
ゴーン



はぁ‥

雪は溜息を吐きながら、淳の顔に再び薬を塗布する。
「今まで口喧嘩だけだったのに、どうして突然殴り合いなんて‥。
何かあったんですか?」

”何か”‥。
淳は薬を塗る雪の顔を見つめながら、その答えをじっと考えた。

そして彼女から目を逸らすと、淳はポツリポツリと話し始めたのだった。
「爆発したんだ」

「アイツはアイツ、俺は俺で互いに積もり積もって‥。いつかは爆発するだろう問題だった」

淳の頭の中に、先程の場面が蘇った。
亮が淳に向かって、その罪を問い糾す。「それがお前がダメージを守る方法だってのかよ?!その方法が?!」
淳が亮に向かって、その身の丈を思い知らす。「俺がどんな方法で雪を大事にしようがしまいが、お前に何の関係がある?」

互いに対する悪感情は、それぞれにもう限界だった。
今回の引き金は特別な”何か”が原因なのではなく、積もり積もったものが限界点に達したに過ぎない‥。
「アイツは夢の中でも俺を殴っていたって‥。
だから俺も、一回くらい応えても‥」

淳の瞳に、亮に対する憎しみが再び灯りかけた。
しかし言葉と感情が再燃するその前に、雪がその空気を変える。
「いてっ」

「終わりました」

「あーあー明日はプックリ腫れるでしょうね~あ~もうどうしましょ!」
「‥‥‥」

淳は痛む頬を押さえながら、目を閉じて深く息を吐いた。
顔も身体もそれぞれ痛み、心は疲弊している。

雪はじっと彼のことを見つめながら、一つの疑問が浮かんで来るのを感じた。
亮と淳の不仲を知ったいつかに感じた、違和感の一つが彼の方にある。

「大体の状況は分かりました」

「河村氏はとにかく手の件で先輩を恨んでて‥」
「雪ちゃん、誤解だよ。亮の手に関しては本当に俺はー‥」
「ううん、そういうことじゃなくて‥」

そして雪は彼に感じていた違和感を、こう言葉にした。
「先輩はどうして応じたんです?」

「え?」

雪は先程の自分の言葉を、分かりやすく噛み砕いて再び口にする。
「河村氏は手のことがあるから、その理由は分かります。では先輩はどうして、河村氏を憎んでるんですか?」

それは以前からの疑問だった。


以前は飲み込んだその言葉、彼の過去へと一歩踏み込むその問いを、今雪は口にしたのだった。
「‥‥‥‥」

しかし淳は口を噤んだまま、その答えを口に出せずに居た。
雪は彼の目を覗き込みながら、丁寧に言葉を続ける。
「高校の時のことで、今でも喧嘩するなんて理解出来ませんよ。
河村氏が一方的に憎んで殴り合いを仕掛けたからって、先輩の性格上、無闇にそれに応じるわけがない。
明らかに先輩にも理由があるんだと思ってます」

「互いに積もり積もったって、言いましたよね」

「一体二人の間に何があったのか‥私に話してくれませんか?」


そう言い終わった雪の顔を、淳はじっと見つめたまま暫く黙っていた。
ずっと避けてきた問題。けれど今日淳は自分から彼女に手を伸ばした。
ゆっくりと、口を開く。
「あれは‥」

「俺がー‥」

「俺が、高校三年生の時のことだったよ」

傷だらけになった彼の口から語られる、秘められてきた過去への言及。
雪は真っ直ぐ彼を見つめながら、彼の回想の中へと入って行く‥。
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<蓄積>でした。
ようやく物語の核心へ通じる扉が開いた‥!という感じですね。
二部では飲み込んでいた淳への疑問を、スッと口に出せるようになった雪ちゃん。
二人の関係もこんなに深くなったか‥とじーんとしますね。
さて次回からどんな真実が語られるのでしょうか‥。
次回は<亮と静香>高校時代(17)ーサインー です。
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