Trapped in me.

韓国漫画「Cheese in the trap」の解釈ブログです。
*ネタバレ含みます&二次使用と転載禁止*

乖離

2015-05-29 01:00:00 | 雪3年3部(夜更けの治療~影響)
河村亮は痛む身体で夜道を歩き、いつの間にか店の前までやって来ていた。

閉店後の麺屋赤山には小さな灯が灯っており、その中で雪と淳が抱き合っているのが見える。



亮は足を止めると、何をするでもなくただその光景を見ていた。

「‥‥‥‥」



付き合っている二人が、いたわり合うのは何もおかしなことじゃない。

亮はポケットに手を突っ込んだまま、踵を返す。



風の冷たい秋の夜。不意に鼻を啜ると、傷口がチクリと痛んだ。

「うっ‥痛って‥」

 

痛むのは身体だけではない。

この胸に刺さった刺は、一体どうやったら抜けるというのか‥。



亮は重い身体と気分を引き摺りながら、一人ひっそりと家路を辿った。

見上げた夜空には、街に灯るネオンが鈍く光っている。



星など、一つも見えなかった。







暗闇の向こうから、自分を呼ぶ声がする。

「河村氏」



弱々しく悲しげなその声の主は、雪に違いなかった。

今自分は自室で布団に寝ている筈なのに‥。亮は思わず目を開ける。



自分が寝ている傍らに、薄ぼんやりと白い服を着た人間が居るのが見える。

雪だ。両手で顔を覆っている。



よくよく見てみると、雪の両手は真っ赤に染まっていた。

シクシクと啜り泣きながら、彼女は再び自分を呼ぶ。

「河村氏‥」



彼女の嗚咽が暗闇に響く。亮は上半身を起こし、傍らに座る雪の方を向いた。

「どうすればいいの‥」



雪は小さくそう言うと、血だらけの手をそっと外した。

亮は手を伸ばすことも出来ず、ただただその場で息を飲んだー‥。








「はっ‥!」



ビクン、と勢い良く上半身が跳ねた。

バッ!!



思わず飛び起き、先程雪が座っていた辺りを見回す。

勿論そこには誰も居ない。



なんてリアルな夢だろう。

未だに啜り泣く雪の声が、鼓膜の裏に残っている。

「‥ダメージ‥」



亮は暫し現実と夢との区別がつきかね、

信じられないような顔をして視線を彷徨わせていた。



しかし暫くして頭がハッキリしてくると、ありえない妄想に駆られた自分を一人責める。

「クッソ‥!バカか‥!」



髪の毛をグシャグシャしながら、亮はなぜこんな夢を見たのか考えた。

思い出すのは、先程目にしたあの光景だ。



胸に刺さった刺が痛む。

けれど亮はそれを見て見ぬフリをして、頭の中で納得の行く答えを探す。

そうだよ、ダメージが選んだことだ。オレが口出す理由はねぇよ‥



自分には関係の無いことー‥。

亮はそう自分に言い聞かすが、その答えはまるで肚に落ちなかった。

けど‥



亮は己の左手を見つめた。希望から絶望まで、全てを知った自分の左手。

心の中で、危険を知らせる警鐘が鳴る。

特別扱いされるほど‥その分デカイ代償があるってことを‥



その危険性を、左手は痛いほど知っていた。その不安が、夢に現れたのかもしれない‥。

すると背後で、携帯電話の震える音がした。

 

画面がチカチカと光っていた。メールが一通届いている。

フォルダを開くと、そこには淳からのメッセージがあった。

あの社長の番号だ。どう行動すればいいか分かってるな







サッ、と血の気が引いた。

先程淳から得た情報が、頭の中でリピートする。

吉川って社長が、大学で雪のこと探してた



あの人が雪の家‥店を探し出すのも、時間の問題だ



亮を恨んで上京して来たあの男が、雪のことを探している。

雪に危険が迫っている。自分のせいだ。

逃げっか?このまま‥ここを‥

 

亮はそう思いながら、部屋の端に置いてある鞄に目をやった。

荷物はこれしかない。いざとなったらすぐ逃げられる。簡単なことだ。



いつものようにそうすれば良い。

今までも、そうして生きて来たじゃないか。

ただ、消えるだけ‥



しかし頭の中で出たその答えをなぞればなぞるほど、自分の感情と乖離していく。

脳裏に、様々な場面が甦った。



雪の頭を小突きながら、店へと歩いたあの日の風景。

かつて嫌だったエプロン姿も、良いものだと思えていた。



赤山家の中に、いつの間にか自分が入っていた日のこと。

賑やかに食卓を囲むその光景は、記憶の奥にある温かな団欒を思い出させた。






「亮さんが俺の兄ちゃんだったらいーのになぁ」



いつの間にか、弟のように可愛がっていた。

自分を、本当の兄貴のように慕ってくれていた。


「一緒に勉強しても、構わねぇかな?」



雪への想いを自覚したあの日。

亮はあの時からずっとこう思っていた。

雪が自分のものにならなくたって、彼女が幸せに笑っていればそれで良いとー‥。






このまま二人を置いて‥?



脳裏に浮かぶ、二人の背中。今自分が選択しようとしている未来。

このまま淳の手の中に雪を置いて、ここを離れるということ。



胸に刺さった刺が、チクリと心を刺す。

しかし亮は見ないフリをして、頭の中で答えを探す。

オレは何を悩んでんだ‥。離れりゃいいじゃねぇか‥いつもみてぇに‥



雪が淳と居ることを選んだのは、雪自身だ。

自分が口を出す理由なんて、何も無いー‥。








乖離する。

心と身体が、だんだんと離れて行く。

オレは‥



頭の中で、淳の声がした。

淳は正当性を口にして、無数の棘を胸に刺す。

お前何なんだよ。一体何をー‥



忌々しい声が、リフレインする。

それを振り払うように、亮は大きな声を出した。

「黙れクソ野郎がっ‥!!イカレ野郎!」

 

手に持った携帯電話を思い切り布団に投げつけ、亮は吼えた。

神経が昂って、息が荒くなる。



バラバラになってしまいそうだった。

ここに残りたい感情と、ここから逃げなければならないと考える理性が、乖離して行く。

「知るかよ‥もう何もかんも分かんねぇよ‥」



「みんなおかしいんだよ」



「全部狂ってんだよ‥!」




亮の叫びが、暗闇に吸い込まれるように消えて行く‥。




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<乖離>でした。

暗闇に座る血だらけ雪ちゃん‥まるでホラーですよ怖かった‥。


三宅社長から雪を守るにはここを離れなきゃいけなくて、

でも淳から雪を守るにはここに居なくちゃいけない亮さん。

ジレンマですね。

でも”ここを離れたくない”と思って過去を回想する時、雪との場面よりも赤山家との場面が多かったですよね。

なんだかより一層切なさを覚えました。幸せになってほしいな‥亮さん‥(T T)

そして今まで放浪の民だった亮さんが、彼なりの”逃げない生き方”を見つけてくれるといいな、と思います。


次回は<蓮の勘>です。


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