河村亮は痛む身体で夜道を歩き、いつの間にか店の前までやって来ていた。
閉店後の麺屋赤山には小さな灯が灯っており、その中で雪と淳が抱き合っているのが見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/bb/b70dee7e3404a145f862bc3d561a1c26.jpg)
亮は足を止めると、何をするでもなくただその光景を見ていた。
「‥‥‥‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/f3/cb10ec956723397f9ef7300684d631ab.jpg)
付き合っている二人が、いたわり合うのは何もおかしなことじゃない。
亮はポケットに手を突っ込んだまま、踵を返す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/68/3541bbefcdb36ae68b4d902c17be5996.jpg)
風の冷たい秋の夜。不意に鼻を啜ると、傷口がチクリと痛んだ。
「うっ‥痛って‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/71/4b1b87e1d40bc0baa973ba3edac18842.jpg)
痛むのは身体だけではない。
この胸に刺さった刺は、一体どうやったら抜けるというのか‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/f0/cafede8d286e2284bf19566cffc4f63d.jpg)
亮は重い身体と気分を引き摺りながら、一人ひっそりと家路を辿った。
見上げた夜空には、街に灯るネオンが鈍く光っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/6a/54b18218aa15df8906141d85ee846cb1.jpg)
星など、一つも見えなかった。
暗闇の向こうから、自分を呼ぶ声がする。
「河村氏」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/f7/7c0f5037202e489270c2cd611cbf7764.jpg)
弱々しく悲しげなその声の主は、雪に違いなかった。
今自分は自室で布団に寝ている筈なのに‥。亮は思わず目を開ける。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/92/ea70da8d06c12a47ea69c6cd2524fa45.jpg)
自分が寝ている傍らに、薄ぼんやりと白い服を着た人間が居るのが見える。
雪だ。両手で顔を覆っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/ef/d631c3b28dcfd02eb6226fbc74248b76.jpg)
よくよく見てみると、雪の両手は真っ赤に染まっていた。
シクシクと啜り泣きながら、彼女は再び自分を呼ぶ。
「河村氏‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/39/c029a9a789209b43aac5e3e75292bb4b.jpg)
彼女の嗚咽が暗闇に響く。亮は上半身を起こし、傍らに座る雪の方を向いた。
「どうすればいいの‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/ce/8cc6b431b345b48fe088002b72b9d144.jpg)
雪は小さくそう言うと、血だらけの手をそっと外した。
亮は手を伸ばすことも出来ず、ただただその場で息を飲んだー‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/a7/34104e42a994eff29b600b22d66b20ea.jpg)
「はっ‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/90/86eccf9624a277fb65b625f7baac3cb5.jpg)
ビクン、と勢い良く上半身が跳ねた。
バッ!!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/06/d12bab5fd2d311f3d9d30d2bc94b8493.jpg)
思わず飛び起き、先程雪が座っていた辺りを見回す。
勿論そこには誰も居ない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/17/bb50d8f4e4e9e05976013230af15b0a9.jpg)
なんてリアルな夢だろう。
未だに啜り泣く雪の声が、鼓膜の裏に残っている。
「‥ダメージ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/57/96199523aabde24804b5e67498df1d03.jpg)
亮は暫し現実と夢との区別がつきかね、
信じられないような顔をして視線を彷徨わせていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/a4/85374a2cfbaec24abd46240773b27bfa.jpg)
しかし暫くして頭がハッキリしてくると、ありえない妄想に駆られた自分を一人責める。
「クッソ‥!バカか‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/b9/c17e3ef42ae157f56d0ea461cb4ff549.jpg)
髪の毛をグシャグシャしながら、亮はなぜこんな夢を見たのか考えた。
思い出すのは、先程目にしたあの光景だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/cb/d8792579f6ae3f4df1ca01cd410d6396.jpg)
胸に刺さった刺が痛む。
けれど亮はそれを見て見ぬフリをして、頭の中で納得の行く答えを探す。
そうだよ、ダメージが選んだことだ。オレが口出す理由はねぇよ‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/4d/deaf1299c58a37008584a7a5582088e4.jpg)
自分には関係の無いことー‥。
亮はそう自分に言い聞かすが、その答えはまるで肚に落ちなかった。
けど‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/a1/bdd9a3c01f13b647dff30c6d841d03e0.jpg)
亮は己の左手を見つめた。希望から絶望まで、全てを知った自分の左手。
心の中で、危険を知らせる警鐘が鳴る。
特別扱いされるほど‥その分デカイ代償があるってことを‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/8a/9395d106538c5ec367e408aa38161ce6.jpg)
その危険性を、左手は痛いほど知っていた。その不安が、夢に現れたのかもしれない‥。
すると背後で、携帯電話の震える音がした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/aa/61099b880887ad7f92fec65e31f68313.jpg)
画面がチカチカと光っていた。メールが一通届いている。
フォルダを開くと、そこには淳からのメッセージがあった。
あの社長の番号だ。どう行動すればいいか分かってるな
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/67/24701ce5c48d6819ec0fd877ec7b3e94.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/8b/827d8666c850b7a98ae1de8e811180f0.jpg)
サッ、と血の気が引いた。
先程淳から得た情報が、頭の中でリピートする。
吉川って社長が、大学で雪のこと探してた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/90/d6c8a3761a301b90a76e142d33a564a6.jpg)
あの人が雪の家‥店を探し出すのも、時間の問題だ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/ae/343f4932f12ba501500590b2fdd83cd1.jpg)
亮を恨んで上京して来たあの男が、雪のことを探している。
雪に危険が迫っている。自分のせいだ。
逃げっか?このまま‥ここを‥
亮はそう思いながら、部屋の端に置いてある鞄に目をやった。
荷物はこれしかない。いざとなったらすぐ逃げられる。簡単なことだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/49/5ec2682dac910423979721d308547119.jpg)
いつものようにそうすれば良い。
今までも、そうして生きて来たじゃないか。
ただ、消えるだけ‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/4f/fb62afa7af40cb5074a0df1355ae4c08.jpg)
しかし頭の中で出たその答えをなぞればなぞるほど、自分の感情と乖離していく。
脳裏に、様々な場面が甦った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/27/0b268d574fc7060c8c3bf5e70095b6e8.jpg)
雪の頭を小突きながら、店へと歩いたあの日の風景。
かつて嫌だったエプロン姿も、良いものだと思えていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/10/5d4cbf9a9132573e157f2a2b2bcffc1d.jpg)
赤山家の中に、いつの間にか自分が入っていた日のこと。
賑やかに食卓を囲むその光景は、記憶の奥にある温かな団欒を思い出させた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/16/7f5cb3e2e9a0ed683ebabcd12d859889.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/68/6785bd0d1f688b09f6038fa3bbb55d35.jpg)
「亮さんが俺の兄ちゃんだったらいーのになぁ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/20/0b89c53efe26297b792e46364d68be0e.jpg)
いつの間にか、弟のように可愛がっていた。
自分を、本当の兄貴のように慕ってくれていた。
「一緒に勉強しても、構わねぇかな?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/3d/c76e5f2bac7989470845f6e3d91d9678.jpg)
雪への想いを自覚したあの日。
亮はあの時からずっとこう思っていた。
雪が自分のものにならなくたって、彼女が幸せに笑っていればそれで良いとー‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/28/01575180a24ad32965b580df6d83488b.jpg)
このまま二人を置いて‥?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/46/8113244af9c78de3e3429f8c7cc693a5.jpg)
脳裏に浮かぶ、二人の背中。今自分が選択しようとしている未来。
このまま淳の手の中に雪を置いて、ここを離れるということ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/8e/c209daed9d7b0031a02c2219ede1a7b0.jpg)
胸に刺さった刺が、チクリと心を刺す。
しかし亮は見ないフリをして、頭の中で答えを探す。
オレは何を悩んでんだ‥。離れりゃいいじゃねぇか‥いつもみてぇに‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/c9/e447efcf3d7faba6125a1a13ad2f8977.jpg)
雪が淳と居ることを選んだのは、雪自身だ。
自分が口を出す理由なんて、何も無いー‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/6d/ef0c5afb1eb56341ed59d53069cf6b4e.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0f/23/3d823ace343c7db3a29aa5158ba497eb.jpg)
乖離する。
心と身体が、だんだんと離れて行く。
オレは‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/cf/1f7dc89edcb6312818873c63d1fd3bbc.jpg)
頭の中で、淳の声がした。
淳は正当性を口にして、無数の棘を胸に刺す。
お前何なんだよ。一体何をー‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/ec/70e364413a8321b5f3fe2c0d17d4800e.jpg)
忌々しい声が、リフレインする。
それを振り払うように、亮は大きな声を出した。
「黙れクソ野郎がっ‥!!イカレ野郎!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/e6/cbbb21d58edd5b8f63ff8f7ed20dfe6c.jpg)
手に持った携帯電話を思い切り布団に投げつけ、亮は吼えた。
神経が昂って、息が荒くなる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/61/db/2b605283bbe02621b5a05fe972bfac43.jpg)
バラバラになってしまいそうだった。
ここに残りたい感情と、ここから逃げなければならないと考える理性が、乖離して行く。
「知るかよ‥もう何もかんも分かんねぇよ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/5c/9a7f9bcc7d0763be3d879429099aad87.jpg)
「みんなおかしいんだよ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/c3/c68801f6fdd2f9fde71c7a8f48b63538.jpg)
「全部狂ってんだよ‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/53/b2/c2071fdfa7d79c0820dd558e9f71cf03.jpg)
亮の叫びが、暗闇に吸い込まれるように消えて行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<乖離>でした。
暗闇に座る血だらけ雪ちゃん‥まるでホラーですよ
怖かった‥。
三宅社長から雪を守るにはここを離れなきゃいけなくて、
でも淳から雪を守るにはここに居なくちゃいけない亮さん。
ジレンマですね。
でも”ここを離れたくない”と思って過去を回想する時、雪との場面よりも赤山家との場面が多かったですよね。
なんだかより一層切なさを覚えました。幸せになってほしいな‥亮さん‥(T T)
そして今まで放浪の民だった亮さんが、彼なりの”逃げない生き方”を見つけてくれるといいな、と思います。
次回は<蓮の勘>です。
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閉店後の麺屋赤山には小さな灯が灯っており、その中で雪と淳が抱き合っているのが見える。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/09/bb/b70dee7e3404a145f862bc3d561a1c26.jpg)
亮は足を止めると、何をするでもなくただその光景を見ていた。
「‥‥‥‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/f3/cb10ec956723397f9ef7300684d631ab.jpg)
付き合っている二人が、いたわり合うのは何もおかしなことじゃない。
亮はポケットに手を突っ込んだまま、踵を返す。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/43/68/3541bbefcdb36ae68b4d902c17be5996.jpg)
風の冷たい秋の夜。不意に鼻を啜ると、傷口がチクリと痛んだ。
「うっ‥痛って‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/99/15dd4d0bbfd8316feeb5facfaa6b1aad.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/71/4b1b87e1d40bc0baa973ba3edac18842.jpg)
痛むのは身体だけではない。
この胸に刺さった刺は、一体どうやったら抜けるというのか‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/f0/cafede8d286e2284bf19566cffc4f63d.jpg)
亮は重い身体と気分を引き摺りながら、一人ひっそりと家路を辿った。
見上げた夜空には、街に灯るネオンが鈍く光っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/12/6a/54b18218aa15df8906141d85ee846cb1.jpg)
星など、一つも見えなかった。
暗闇の向こうから、自分を呼ぶ声がする。
「河村氏」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/33/f7/7c0f5037202e489270c2cd611cbf7764.jpg)
弱々しく悲しげなその声の主は、雪に違いなかった。
今自分は自室で布団に寝ている筈なのに‥。亮は思わず目を開ける。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/66/92/ea70da8d06c12a47ea69c6cd2524fa45.jpg)
自分が寝ている傍らに、薄ぼんやりと白い服を着た人間が居るのが見える。
雪だ。両手で顔を覆っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0d/ef/d631c3b28dcfd02eb6226fbc74248b76.jpg)
よくよく見てみると、雪の両手は真っ赤に染まっていた。
シクシクと啜り泣きながら、彼女は再び自分を呼ぶ。
「河村氏‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/39/c029a9a789209b43aac5e3e75292bb4b.jpg)
彼女の嗚咽が暗闇に響く。亮は上半身を起こし、傍らに座る雪の方を向いた。
「どうすればいいの‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1c/ce/8cc6b431b345b48fe088002b72b9d144.jpg)
雪は小さくそう言うと、血だらけの手をそっと外した。
亮は手を伸ばすことも出来ず、ただただその場で息を飲んだー‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/a7/34104e42a994eff29b600b22d66b20ea.jpg)
「はっ‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/90/86eccf9624a277fb65b625f7baac3cb5.jpg)
ビクン、と勢い良く上半身が跳ねた。
バッ!!
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3c/06/d12bab5fd2d311f3d9d30d2bc94b8493.jpg)
思わず飛び起き、先程雪が座っていた辺りを見回す。
勿論そこには誰も居ない。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/17/bb50d8f4e4e9e05976013230af15b0a9.jpg)
なんてリアルな夢だろう。
未だに啜り泣く雪の声が、鼓膜の裏に残っている。
「‥ダメージ‥」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/57/96199523aabde24804b5e67498df1d03.jpg)
亮は暫し現実と夢との区別がつきかね、
信じられないような顔をして視線を彷徨わせていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/a4/85374a2cfbaec24abd46240773b27bfa.jpg)
しかし暫くして頭がハッキリしてくると、ありえない妄想に駆られた自分を一人責める。
「クッソ‥!バカか‥!」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7d/b9/c17e3ef42ae157f56d0ea461cb4ff549.jpg)
髪の毛をグシャグシャしながら、亮はなぜこんな夢を見たのか考えた。
思い出すのは、先程目にしたあの光景だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/64/cb/d8792579f6ae3f4df1ca01cd410d6396.jpg)
胸に刺さった刺が痛む。
けれど亮はそれを見て見ぬフリをして、頭の中で納得の行く答えを探す。
そうだよ、ダメージが選んだことだ。オレが口出す理由はねぇよ‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/4d/deaf1299c58a37008584a7a5582088e4.jpg)
自分には関係の無いことー‥。
亮はそう自分に言い聞かすが、その答えはまるで肚に落ちなかった。
けど‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/a1/bdd9a3c01f13b647dff30c6d841d03e0.jpg)
亮は己の左手を見つめた。希望から絶望まで、全てを知った自分の左手。
心の中で、危険を知らせる警鐘が鳴る。
特別扱いされるほど‥その分デカイ代償があるってことを‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/35/8a/9395d106538c5ec367e408aa38161ce6.jpg)
その危険性を、左手は痛いほど知っていた。その不安が、夢に現れたのかもしれない‥。
すると背後で、携帯電話の震える音がした。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/37/e2/120d9746c73bae1210b7256d3b301e91.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2c/aa/61099b880887ad7f92fec65e31f68313.jpg)
画面がチカチカと光っていた。メールが一通届いている。
フォルダを開くと、そこには淳からのメッセージがあった。
あの社長の番号だ。どう行動すればいいか分かってるな
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1e/67/24701ce5c48d6819ec0fd877ec7b3e94.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/8b/827d8666c850b7a98ae1de8e811180f0.jpg)
サッ、と血の気が引いた。
先程淳から得た情報が、頭の中でリピートする。
吉川って社長が、大学で雪のこと探してた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/90/d6c8a3761a301b90a76e142d33a564a6.jpg)
あの人が雪の家‥店を探し出すのも、時間の問題だ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/56/ae/343f4932f12ba501500590b2fdd83cd1.jpg)
亮を恨んで上京して来たあの男が、雪のことを探している。
雪に危険が迫っている。自分のせいだ。
逃げっか?このまま‥ここを‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/72/71/2d53c1f9d8c23e6d8f765127fca2e63d.jpg)
亮はそう思いながら、部屋の端に置いてある鞄に目をやった。
荷物はこれしかない。いざとなったらすぐ逃げられる。簡単なことだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/54/49/5ec2682dac910423979721d308547119.jpg)
いつものようにそうすれば良い。
今までも、そうして生きて来たじゃないか。
ただ、消えるだけ‥
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/4f/fb62afa7af40cb5074a0df1355ae4c08.jpg)
しかし頭の中で出たその答えをなぞればなぞるほど、自分の感情と乖離していく。
脳裏に、様々な場面が甦った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/11/27/0b268d574fc7060c8c3bf5e70095b6e8.jpg)
雪の頭を小突きながら、店へと歩いたあの日の風景。
かつて嫌だったエプロン姿も、良いものだと思えていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/71/10/5d4cbf9a9132573e157f2a2b2bcffc1d.jpg)
赤山家の中に、いつの間にか自分が入っていた日のこと。
賑やかに食卓を囲むその光景は、記憶の奥にある温かな団欒を思い出させた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/16/7f5cb3e2e9a0ed683ebabcd12d859889.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/68/6785bd0d1f688b09f6038fa3bbb55d35.jpg)
「亮さんが俺の兄ちゃんだったらいーのになぁ」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/42/20/0b89c53efe26297b792e46364d68be0e.jpg)
いつの間にか、弟のように可愛がっていた。
自分を、本当の兄貴のように慕ってくれていた。
「一緒に勉強しても、構わねぇかな?」
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5d/3d/c76e5f2bac7989470845f6e3d91d9678.jpg)
雪への想いを自覚したあの日。
亮はあの時からずっとこう思っていた。
雪が自分のものにならなくたって、彼女が幸せに笑っていればそれで良いとー‥。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/77/28/01575180a24ad32965b580df6d83488b.jpg)
このまま二人を置いて‥?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/46/8113244af9c78de3e3429f8c7cc693a5.jpg)
脳裏に浮かぶ、二人の背中。今自分が選択しようとしている未来。
このまま淳の手の中に雪を置いて、ここを離れるということ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/8e/c209daed9d7b0031a02c2219ede1a7b0.jpg)
胸に刺さった刺が、チクリと心を刺す。
しかし亮は見ないフリをして、頭の中で答えを探す。
オレは何を悩んでんだ‥。離れりゃいいじゃねぇか‥いつもみてぇに‥
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雪が淳と居ることを選んだのは、雪自身だ。
自分が口を出す理由なんて、何も無いー‥。
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乖離する。
心と身体が、だんだんと離れて行く。
オレは‥
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頭の中で、淳の声がした。
淳は正当性を口にして、無数の棘を胸に刺す。
お前何なんだよ。一体何をー‥
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忌々しい声が、リフレインする。
それを振り払うように、亮は大きな声を出した。
「黙れクソ野郎がっ‥!!イカレ野郎!」
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手に持った携帯電話を思い切り布団に投げつけ、亮は吼えた。
神経が昂って、息が荒くなる。
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バラバラになってしまいそうだった。
ここに残りたい感情と、ここから逃げなければならないと考える理性が、乖離して行く。
「知るかよ‥もう何もかんも分かんねぇよ‥」
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「みんなおかしいんだよ」
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「全部狂ってんだよ‥!」
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亮の叫びが、暗闇に吸い込まれるように消えて行く‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<乖離>でした。
暗闇に座る血だらけ雪ちゃん‥まるでホラーですよ
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三宅社長から雪を守るにはここを離れなきゃいけなくて、
でも淳から雪を守るにはここに居なくちゃいけない亮さん。
ジレンマですね。
でも”ここを離れたくない”と思って過去を回想する時、雪との場面よりも赤山家との場面が多かったですよね。
なんだかより一層切なさを覚えました。幸せになってほしいな‥亮さん‥(T T)
そして今まで放浪の民だった亮さんが、彼なりの”逃げない生き方”を見つけてくれるといいな、と思います。
次回は<蓮の勘>です。
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