八月の暑い日、誰も居ない四ヶ郷駅。ビデオ映像から書き出した画像です。
これは計20時間の映像でベストカットだと自負しています。
これは写真では絶対表現できない、或る日の田舎の日常の時間帯。
あの年、木島線最後の一年、「電車のある日常」をメインテーマにビデオカメラで撮り続けたのは、
そこに自分自身の身に迫るリストラを重ねたからです。
木島線廃止に地元の反対運動、存続を求める運動は私が知る限り全くありませんでした。
キーワードは「しょうがない」。
その言葉はリストラが決定した工場でも何回か聞きました。
「こうなったんだからしょうがねえじゃねえか。なるようにしかならねえ。その時はそのときだ。」
その言い方はないよなと喫煙所で話している時に後から来た仲間がまたそのセリフ。
木島線を追い続けていたのはそんな時期でした。
その状況にあって私の予想は想定した通り、木島線のある情景は今までと何も変わりませんでした。
撮影を続けながら何度か考えたのが、急転直下、木島線廃止が撤回になったらこの作業は無駄になるのか。
結論は、”どういう結末を迎えようがありのままの田舎の現在の記録として残せる”
そんな思いで撮影した真夏の誰も居ない四ヶ郷駅です。
廃止から22年、現在の木島線跡を訪れる人は少なからずおられるようですが、私が挑戦したのはその真逆。
さて、22年前の8月4日、あの長回しした日常の時間帯をどう料理しましょうか。