今ではゴンザと共に『食いしん坊』としておなじみの私であるが。
子供の頃はそりゃあもう少食で、
それをあまりに心配した母親に、病院へ連れて行かれるほどだった。
マガモ三兄弟は近頃拠点を30mほど移し、
子育て中のカルガモに旧居(ただの川原・笑)を譲った。
冬が近づいて、川に憩う鳥たちの様子も徐々に変化。
羽も抜け替わったのかな。
好き嫌いも多く、どちらかといえば、食べられる食品のほうが少ない有様。
肉は豚肉のみ、食べられて、
食べられる野菜にいたっては、ぜいぜいレタスぐらい。
卵や、そのほか様々な食品に、頻繁にアレルギーを起こしたし、胃腸も弱く、年中青っちろい顔。
気温が下がったせいか、ねぎは青々と元気になってきた
だから、小学校へ上がっても、給食なんぞはもう拷問に等しく.....
野菜の味がそのまんまに生かされた『舟形きゅうり』だの、
巨大な岩山のように見える大きなコッペパンだのは、
私をユウウツにさせる存在以外の何者でもなかったのである。
鮭としめじの炊き込みご飯♪(ひじき入り)
湯気がほんわかあったかい~。
しかし、人間というのは不思議なもので、何かひとつを克服すると、そこから、とんとんとんと、面白いようにたくさんのことが大丈夫になっていったりするもんである。
私は10歳頃からどんどん好き嫌いを克服し、
今ではもう、嫌いなものを探すほうが難しいくらいになったという次第である。
(少食なのは大人になってからもしばらくは変わらなかったが)
『野菜室にころがってたたまねぎの半端』と、『小さなじゃがいも』と、
『朝晩の寒さでもう大きくならない秋茄子』でかき揚げ♪
これはおそらく。
私が家族の食事作りをし始めたこと(10歳頃)と、何か関係があるのだろう。
食べ物の好き嫌いはあっても、小さな頃から食材をいじるのが好きだった私にとっては、それらを美味しく料理することのほうに大きな興味が湧いたのかもしれない。
そういえば最近では、子供が苦手とする野菜を、自身の手で育てさせて好き嫌いを克服させる、なんて方法もとられているらしいが、どんな形にしても、拒絶反応を少しずつ取り払ってやるというのは有効なことなのであろう。
畑で増えすぎたニラをざくっと切ってきて、もやしとちゃちゃっと野菜炒め。
ごま油でしっかりローストしたニンニクと豚バラを合わせ
鶏ガラスープの素と塩胡椒、醤油をちょびっと、で出来上がり~♪
ざくざくばりばり食べるのが美味い!
で、だ。
話は本日のタイトル、
『野菜が食べたい』へと移行するのだが。
今では肉よりも魚よりも私の好物となった野菜。
これが我が家では欠かせない。
いや、野菜が欠かせないのは、きっとどこの家庭でもそうなのであろうが、我が家ではその消費量が半端ではない、ということだ。
ゴンザ作の『コチュジャンペースト』は用途がたくさん!
(コチュジャン、牛スープの素、にんにく、胡麻等を合わせたもの)
マヨネーズと酢でのばして茹で野菜に絡めても美味い!
まあ、なんでも聞くところによれば、大人が一日に摂取しなければならない野菜の量は350gだそうだから、我々が食べる野菜の量は、標準か、もしくはそれに満たないくらいなのかもしれないが、とにかく、一日でも外食をすると、途端に我々の身体は危機感を覚え、
「ああ、野菜が食べたい~~~!」
と、なってしまうのである。
ちなみに、私が食事を作る際にいつも念頭に置いているのは、
* 一食に野菜10種類以上を使用すること
* とにかくバランスよく
これだけであるが、実際やってみるとなかなかに難しく、しまいには何でもかんでも味噌汁に入れてしまって『これでよし!』なんてことも多い(笑)
しかし、野菜なんてのは、シンプルに料理するのが一番美味しいわけで.....
畑をやってる今となっては、ちょいと思いついて無農薬のそれをサッと持ち帰ってこれる環境に、ただひたすら感謝する毎日なのである。
こちらは食べる目的でなく、花材として持ち帰った畑メンバー。
色づいた唐辛子と熟してないラズベリー&ローズマリー♪
野菜。
美味しいよね♪
子供達はフシギなことに生野菜の方が煮物とかより好きなのでどうしても量が取れないんですよね。
家族の中で一番好き嫌いが多いのはぱいなぽぉ。それでも結婚してかなり克服しました(嫌いなモノを食べる恐怖より私の方が怖いみたい・笑)子供の好き嫌いは時々、小さく切ったりもするけど見て判るものを一度、食べさせて『な~んや、食べれたやん』方式です。今のところ嫌いな食材でもイヤイヤ食べてるかな。
今回もどれもおいしそうやけどニラともやしかなぁ。あ、でも次の日の・・・その話はもう終わったね。ちなみに現在、ハラペコですσ(^-^;)
結婚したときは、食べられる野菜が10種類にも満たなかった。
でもさあ、これって話をよくよく聞けば、
批判するわけじゃないけど、親が悪いんだよ。
子供時代、食卓に野菜が全然出なかったらしい(親も極度の偏食一家)。
晩ご飯、食べたくないときはスナック菓子食ってたって。
んなことしたら、一発頬をぶつのが親だろうに。
だから、野菜だけじゃないよ、食えないのは。
肉でも魚でもお総菜でも、何でも食えない。
ま、それでも生きてんだから栄養はとれてんだろうけど、
それで人生楽しいのかね。
そう思うから、出来るだけ工夫して食事は作ってる。
だから、だんだんいろいろなものを食べられるようになってきたよ。
偏食がちな人間に限って、
野菜にもあれこれ文句をつけるよな。
でも、相棒ンとこの無農薬野菜なんかの威力を知れば、
やれアクがどうの、においがどうのなんて言うのは
野菜に対して失礼だと思うようになるに違いない。
野菜の持つ生命力や勢いを、絶対感じ取るはずだから。
でもって、オレもまっちゃんと同じで
「もやしとニラ」に一票(笑)。
この写真見て、思わず今日の昼は
もやしとタケノコと豚肉の炒め物作ったもの。
いや~、野菜はんまいっ!!
でも今は好き嫌いも殆どなく、特に野菜に関してはおおよそのものが大好き!
それは母親の教えによるもの。
「体にいいから、元気になるお薬だと思って一口でもいいから食べなさいね」と、幼稚園の頃は毎食のように言われてたっけ。
「ほら、カボチャ甘くて美味しいね」、「キャベツも美味しいね」、そう母が教えてくれたよう、私も自分の子供には好き嫌いなく育てていきたい。
アクについては、かの道場六三郎さんは、アクも野菜のうま味としてそのまま料理にするそう。
野菜は大地と太陽の恵みだものね。
えぐみも、苦味も、すべて野菜本来の味。
近頃の人参は昔ほど人参特有の匂いがなくなってきているでしょ。
スーパーでは一年中色んな野菜が綺麗に陳列され、四季折々の野菜が手軽に食べられそれはそれで便利だけれど、なんでも人参に関して言えば栄養価が10年前の半分以下になってるんだとか…。
erimaちゃんの畑は季節を大事にしているから、野菜たちも栄養がバッチリなんだろうな。
子供はマヨネーズとかドレッシングとか好きだから(全員じゃないかもしれないけど)、それでどうしても生野菜が食べやすいのかもしれないね~。
それで、そうやって段々野菜の味を覚えて...
いつかは煮物やそのほか野菜料理も好きになっていくのかも(←私もそうだったし)。
『な~んや、食べれたやん』方式もかなり有効だよね~。
大人の男の人は特に食わず嫌いが多かったりするし、威嚇&騙しで食わせるのが一番(爆)
「あ~ん??ワシのメシが食えんのか!?」方式で(笑)
ところでまっちゃん★...
にらともやしの『次の日』って(爆)
意味が即わかった自分が哀しいやらおかしいやら(笑)
もう、奥様ったらイヤですわ~(爆)
なるほどなぁ。
確か相棒の『戸籍上の夫』は「小鳥より食わない」って話だったもんなぁ。
しかしこうやって話を聞いてみればそれもいたし方ない気がする。
「野菜が食卓に出なかった」って、そりゃあある意味彼は被害者じゃないか。
親なんてのは、自分が嫌いなものでも「子供に好き嫌いをさせたくないから」って、無理して食って見せるもんだろ?
子供が「嫌い」といえば工夫して料理するとかさ。
それを『スナック菓子』って!
そりゃあもう虐待に近いと俺は思うぜ。
食うっていうのは人間にとって、いや、生き物みんなにとって、すんごく大事なことだ。
相棒の工夫や愛情が実を結んで、いつか『戸籍上の夫』が、食べることを心から楽しんでくれるようになるといいなぁ。
俺はさ。
偏食というのは、食べ物に対しても失礼だが、一緒にものを食う相手にとっても失礼だと考えているんだ。
一緒にメシを食いに行って「あ、あれはダメだっけ?これは?」と、周囲に気を使わせて平気な顔をしてるってのがそもそもわからないんだよ。
俺の母親なんかはもう何を食っても文句しか言わないんだが、あそこまでいくともう文句を言うことで楽しんでいるのだとしか思えない。
「人生を自分でつまらなくして何が面白いんだか」っていつも言うんだが、ありゃもう治らねぇな(笑)
食べ物に畏敬の念を抱いて食うことは、その滋養を余さず身体にいきわたらせる効果も持つと俺は思う。
食べるという行為は他者を殺し、犠牲になってもらっているという行為でもあるのだから、それを決して忘れてはいけないよな。
それにしても『もやしとタケノコと豚肉の炒め物』って美味そう♪
俺も作ってみようっと♪♪
子供の頃ってね。
まだ細かな味覚も出来上がってないし、誰でも好き嫌いがあるものなんだと思う。
でもその後どうやってそれを克服してゆくのか、っていうのは、やっぱり親によるんだよね。
今まで食べられなかったものが、親の一言で食べられるようになったり、シチュエーションで大丈夫になったり、小さくて柔らかな頭&味覚だからこそ、その時期に修整しやすくもあり、それが大事なんだと思う。
少しぐらい調味料で誤魔化したって、「食べられた!」その喜びが、苦手意識を取り払って、その後の「好き」のきっかけになれば、それはそれで結果オーライ。
食べることを楽しめるかどうかってのは、人生を楽しめるかどうかに大きく繋がる部分があるから、大人には子供に、きちんとそれを教える義務があるのだと思う。
私もね。
野菜も肉もアクを取らないんだけど、それはやっぱりそれも含めてのうま味と思っているから。
すべてが揃って初めてバランスがとれるのが『生命』(=食べ物)ってものなんじゃないかしらね。
野菜の栄養価が下がってるのも。
人参だけでなくそのほかのものもみんなそう。
『食べやすく』するために品種改良を重ね、失った大切なもの。
うちの畑では人参もそりゃあ臭いけど(笑)
なれてくるとそれがとってもいい香りに感じるのよ。
私、人参嫌いなんだけどね(笑)