不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

Dario Cecchini

2004-09-17 00:09:45 | 日記・エッセイ・コラム
フィレンツェから南にちょっと下るとキアンティ地方。
ぶどう畑が延々と続く、のどかな景色が広がっていて
フィレンツェの街から向かうと
空気が段々軽くなり、澄んでいくのを肌で感じられる。

そんなキアンティの山間にある街。
パンツァーノ(Panzano)。
とても小さな街。
この街で3代続く肉屋の当主が
Dario Cecchini(ダリオ・チェッキーニ)。

彼のお店は緩やかな坂道にあって
店の入り口はふたつ。
坂を上手に利用して不思議な造りになっている。
上の入り口から入ると
入って左手に肉のショーケース。
奥に肉のぶら下がった冷蔵庫。
frigo_carne
そしてあちこちにダンテ…。
下の入り口から入ると、
肉屋とは思えないような整然とした空間。
天井からはブリキで作った魚のオブジェ。
木製の棚の上には
やはりさりげなくダンテの彫像が置いてあったり
その向かいの壁には
ダリオとダンテの肖像が飾られていたり。

肉屋らしからぬ雰囲気の肉屋なのだ。
ダンテを敬愛する肉屋。
ダンテを吟じたら彼の右に出る肉屋はいない(笑)。

体格が良いのもあってか、
辺りの空気を震わせるような、
鳴り響く良い声を出す彼の
ダンテの神曲の朗吟を初めて聞いたのは昨年夏。
私の友人の出版記念サイン会
(?サインはなかったよな…)の
特別ゲストとして招かれていたのが
このダリオ・チェッキーニだった。
私の友人は芸術家であり、グルメであり
その昔はレストラン経営者だった。
(経営していたのはヴェジタリアンレストランだったけど)
そういう線でこのトスカーナの田舎の肉屋とも
密接な繋がりがあったらしい。

舞台で熱くダンテを唄う彼の姿は
私をちょっと怖がらせるほど、狂気じみていた。
何かにとり憑かれているようにも見えたのだ。
でも肉屋で見た彼は
そんな狂気を微塵も感じさせなかった(笑)。
でも一風変わっているのは
店の中をぐるりと見渡せばわかる。
文芸・芸術に精通した肉屋、である。

彼がトスカーナをはじめイタリア、
もしくはスローフードの世界で有名なのは
別にダンテを吟じるからではない。
狂牛病騒ぎでフィレンツェ名物のTボーンステーキ
(ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ)の
骨付き肉の販売が禁止になったとき
その肉を棺に入れて霊柩車に乗せお葬式をした男。
そして店先にそれを記念する
記念碑まで作ってしまって、一躍有名人に。
monumento
もちろん、彼には肉屋としてのこだわりもあり、
おふざけでそんなことをしたのではなく
使命をまっとうせずに消滅していく肉の
無念さを思い、
そしてそれを世間に訴えるために
心からの弔いをしたまでなのだ。
そんな奇抜なことをしても
本当に質の良い肉を扱っているからこそ
メディアに取り上げられたのだけれど。

この日、若い日本人女性彫刻家の個展を
彼の店の中で開催中。
そのオープニングだというので
友人に誘われて出かけたのだけれど、
その場で懐かしい人にも会った。
もう五年ほど連絡も取っていなかった
イタリア人彫刻家。
肉屋と彫刻家と話しているうちに、
彼の作品がチェッキーニ家に
置かれているという話題に。
残念なことに二人とも忙しくて
その作品を見せてもらえなかったけれど
想像するに彼の作品は大作が多いので、
そんなモノを置ける家ってことは
チェッキーニの家も相当広大なのだろうな…。

店の天井からぶら下がっていた魚のオブジェも
ちょっと有名な作家の作品。
数多くのアーティストとの繋がりを持つ肉屋。
なんとも不思議な肉屋なのだ。


武禄七〇八。
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