不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

Pipistrelli contro Zanzare

2007-05-31 07:44:24 | うんちく・小ネタ

「蝙蝠VS蚊」。
別にバットマンの新しい映画タイトルではありません。

アルノ川が近いせいなのか、
フィレンツェ周辺はとても大きな、動きの緩慢な蚊が多くて
蚊取り線香という古典的な作戦から
電気殺虫剤という近代的(?)な作戦まで
各家庭によってさまざまに戦いが繰り広げられています。

しかし、最も古典的で、自然で地球にやさしい「蚊対策」が
昨年から見直されているらしいのです。

それが蝙蝠。
日本では蝙蝠なんて日常的に見かけるものなのでしょうか?
少なくとも私の実家周辺にはいなかったと思うけど。
フィレンツェには結構いるのです。
因みに我が家の中庭には数羽の蝙蝠が棲息しています。
もちろんどこに巣があるのかは知りませんが
薄暗がりの夕暮れ時などに中庭に眼をやると
何かが宙を舞うのが見え、
よく目を凝らすと、
ふにゃりふにゃりと飛んでいるものが見えます。
蝙蝠はへんな飛び方をするのですぐにわかります。

で、蝙蝠というのは一晩のうちに
一羽だけで少なくとも2000匹の虫を食べるのだそうで
もちろんその中には蚊も含まれています。
しかし、フィレンツェ周辺でも蝙蝠の棲息数は激減しているので
昨年からフィエゾレでは希望者に
「蝙蝠ぶら下がり留まり木」を配布しています。
家の軒先や庭に蝙蝠の停まれる場所をつくることで
蝙蝠の数を増やして「蚊対策」を行おうという狙い。
今年はポンタッシエーヴェでも配布開始になるらしい。

これで蚊が少なくなっても
蝙蝠が増えすぎて新たな問題が生じたりしないのかしら??


Omaggio per Genio Fiorentino da Mario Ceroli

2007-05-29 08:09:12 | アート・文化

Mario Ceroli(マリオ・チェロリ)は
1938年生まれのイタリア現代彫刻家。
ローマの美術大学で学び、
初期は陶器による彫刻の制作を手がけていましたが
70年代にアメリカのポップ・アートに影響を受け
それ以降はさまざまな素材を使った作品を発表しています。
特徴的なのは、ローマの近代美術館にある
「最後の晩餐(Ultima Cena)1965」や
「レオナルドの男(Uomo di Leonardo)1964」
「チャイナ(La Cina)1966」などの
木材を使った色彩のない輪郭だけの人物像や人物群像で、
その後はより立体的で色彩豊かな作品へと変化していきます。

1970年代以降はポルト・ロトンド(Porto Rotondo)の教会、
ローマのサンタ・マドレ・デル・レデントーレ・
ディ・トル・ベッラ・モナカ教会
(Santa Maria Madre del Redentore di Tor Bella Monaca)
などで教会の調度品なども手がけるようになり
また舞台美術家としても活躍。

1960年代から始まるイタリア芸術家の
新ジェネレーションの核をなす人物として
ヨーロッパをはじめ全世界で知られており、
1966年のヴェネツィア・ビエンナーレ
(Biennale di Venezia)で評価され
国際芸術の改革を行ったといわれる作家。
木材をはじめ、ガラス、鉄板、布切れなどの
素材への強い興味と試作は
非常に個性的で高く評価されています。
作品の中には過去の偉大な芸術家、
特にレオナルド・ダ・ヴィンチの作品の
新解釈とリクリエーションもあり
そうした作品の中で、
彼自身は受け継がれてきた素材と技術を再認識するとともに
よりシンプルで無駄のない造形を試みています。

フィレンツェのストロッツィ宮殿(Palazzo Strozzi)の前に
突如現れた巨大なブロンズ像はこの作家の作品。
後ろ足で立つ馬の背に小さな天使が乗っているもの。
因みにマリオ・チェロリのブロンズ馬像で
有名なものは1987年に製作された
「黄金の翼馬(Cavallo alato dorato)」。
現在、イタリアの国営テレビ局の本拠地前に置かれているので
テレビのニュースなどでお目にかかることも多くなっています。

「フィレンツェの天才(Genio Fiorentino)」のイベントの一環として
フィレンツェを中心に活躍した著名人への
オマージュとして作製された
もう一点の作品「Silenzio: Ascolate! 」は
大理石とレンガを使ったもので
著名人を二面的に表現してずらりと並べた人物群像。
中にはロレンツォ・イル・マニーフィコ、ボッティチェッリ、チェッリーニ、
ガリレオ、ダンテなどと並んでロベルト・ベニーニも。
こちらはフォルテッツァ・ダ・バッソ
(Fortezza da Basso)の前に置かれています。
この作品は半永久的にこの場所に展示となります。


Per mangiare sana

2007-05-28 02:53:11 | 日記・エッセイ・コラム

食事に一緒に行くと皆さんによく聞かれます。
「ベジタリアンですか?」
最近は面倒なのでそういうことにしていますが、
決してベジタリアンというわけではないのです。
ただただ好き嫌いが多いだけで。
野菜もよく考えると
偏ったものしか食べてないのです。

それでは本当は身体によいわけがない。
本当にバランスよく食べるのは難しいけれど
努力をするのはよいこと。
その努力の手助けになりそうな「みんバラ」。

トマトジュースのイメージが強い「カゴメ」が開発した
栄養バランスチェックのできるサイト&ブログパーツ。
簡単な情報を入力して登録を完了するとすぐに「種」が蒔かれます。
毎日の自分の栄養摂取情報を入力していくと
この種が育ってベジタブリートというキャラクターになります。

毎食毎になにを食べたか入力していくのだけれど、
やっぱり日本での食事がベースになっているので
私がよく食べるような「ジャガイモとズッキーニのパスタ」
というメニューがないので選択に悩みます。
まだ使いこなせていないからわからないけど、
メニューは規定のものから選択するのではく
自分で打ち込んでも反映されるのかな?
そうなるともっと正確な数値が出るような気がするんだけど。

偏った食事をしているのはうすうす感じていますが
これによって数字で判定されるので
あぁ、気をつけなくてはという気分にはなります。
ブログパーツとして自分のブログに設定できるので
こまめに栄養管理できて便利。


Ruralia

2007-05-27 01:53:00 | 日記・エッセイ・コラム

基本的に動物は大好き。
爬虫類系は苦手だけどね。

フィレンツェから約10キロのところにある
PratorinoのDemidoff公園で
この季節に行われる「田舎祭り(Ruralia)」。

緑の中でのんびりしたくて、動物に触れたくて
(我が家にも動物いるのですけどね)
楽しみにしているイベントのひとつ。

25番の市バスに揺られて約30分。
あっという間に田園風景。
フィレンツェって大いなる田舎の大都市なのだ。
ちょっと郊外に出たら緑がいっぱい。
Demidoff_prato
デミドフの入り口を入ると右手には
こんなただの草原が広がってます。
そして左手に動物王国。

Cinta_senese_1
私のブログではよく出現する「チンタ・セネーゼ」。
みんなよく寝てます。ぶひ。
Behhh
動物好きなわりに
実は私「ヤギ」と「羊」の区別ができなくなる時があります。
これはヤギ?べぇぇぇって鳴いておりました。
Cavallo_occhi_azzurri
ブルーアイのきれいな馬。
なんかすごく怖いくらいにブルーな瞳で
直視できませんでしたよ。
上からこっそり鬣撫でてみた。ごわごわ。
Chianina_1
いっぱいキアーナ牛。
なんか落ち着いていて優雅なのよね、ウシなのに。
Hol
5月11日に生まれたばかりのホルシュタインの仔牛。
耳にぶら下がっている札がうっとうしそうですけど、
可愛らしいので、みんなに撫で撫で。ンモォ。
Limuousine
リムジン種という乳ウシの子供。
まつげが長くてうらやましい限りです。
お昼寝中。
Jersey
ジャージー牛乳と言うけれど、
よくわかっていなかった私。
この子がそのジャージー種の仔牛だそうです。
たった今お乳飲み終わったところで大満足。
あまりに可愛くてちょっと飼いたくなったりして…。
Asilo
たぶんロバだよね。
この辺の違いもあまりわかってません。

という具合に家畜として育てられている動物たちがいっぱい。

このイベントは農業全般と地球環境にまで亘る
幅広いテーマで展開されていて
中には職人の手作業を見せるコーナーもあるのですが、
動物のほうがやっぱり人気が高い。
特に子供連れのファミリーは
みんな動物のコーナーに群がってます。

森林の見張り番といわれる
木々の健康状態をチェックする団体のエキシビションや
伝書鳩の団体、狩猟犬の団体など
年々色々と参加団体も増えているので
子供になった気持ちで一緒に勉強すると面白いです。

デミドフ公園の目玉といえば「Appennino」。
Gianbolognaの作品としてあまりにも有名な巨人。
でもあまり手入れがされていないので、寂しげ。
Appnnino
前に広がる池も汚れているしねぇ。残念。
Demidoff_verde
メディチ家が狩りを楽しんだ非常に広大な敷地ですが
現在は進入禁止の部分も多く、まだまだあちこち修復中。
身近な緑の森として全面的に公開されるのが楽しみです。


La differenza delle caratteri

2007-05-26 09:54:00 | 日記・エッセイ・コラム

先週、4日間かけて
新しいプログラムの研修を受けたのでした。
研修を受けたことをわずかに実践した今週。
しかし、研修を受けてわかったような気分になるのと
実際にプログラムを使うのとでは違うものですねぇ。
使ってみないと実際の疑問点ってわからないのね。

これから色々悪戦苦闘しながら習得するのだと思いますが。
習得したらすごく面白いプログラムなんだと思うけどねぇ。

このコースに通っていたときの参加者は私も含めて6人。
もちろん他は皆さんイタリア人でした。
私と同僚以外は旅行業界での仕事歴も長くて、
少なくともそのプログラムの何たるかを
知っている人たちだったので
我々以外は結構質問も専門的だったりして気後れしたのですが。

このコースを受けていてひとつ思ったことが。
我々日本人って「話を聞くように」「質問はまとめてするように」
「聞く前に考えるように」よく訓練されているのだなぁと。
少なくとも我々の世代ではそういうふうに教え込まれたし
特に私は小さい頃から
質問することが恥ずかしいと思っている人で
滅多に質問せず
できるだけ自分で解決しようと努力してみるほうなので。

でもイタリア人ってまず「人の話や説明をよく聞かない」ので
説明を聞いていれば尋ねる必要のないことを平気で質問するし、
「質問したことに対しても真剣に聞いていない」ので
同じ質問を繰り返すわけです。
そんなことが度々なので研修でも同じことを繰り返して
なかなか先に進まないような状態。
そして「自分で考えようとしない」ので
なんでも片っ端から講師に尋ねて手取り足取りやってもらう感じ。

そういうやり方で小学校から授業を行っているのだろうから
それはそれで彼らのやり方として認める気持ちもありますが、
中に一人どうしようもなく「度を越えた」男性がいて
初日から生理的に受け付けられず、最終日まで。

なぜ嫌いかというと。
1.初日ひとりだけ遅刻してきました。
2.授業中に携帯がなりっぱなし。
3.無駄話が多い。
4.人の話を聞かない。
5.自慢話しかしない。

まず自分だけ遅れてきたのに、ろくに謝らず、
席に着くなり携帯が鳴り出して授業が始められないのに
それに気づかず、携帯で長々と話をした上に
注意されても携帯をマナーモードにもしない。
社会人としてのマナーがまったく守れないので失格。

講師が暑くなって日中の集中力が落ちるので、
二日目からは朝の集合時間を少し早めて
授業開始にしましょうと提案したとき。
一番遅れてきたわりには張り切って
「俺は早くてもまったく問題ないですっ!!」と。
おまえが一番心配なんだよぉ!!と心の中で思った私。
そして翌日見事に一番最後に到着したしねぇ。
どうしてこういうお調子者なんだろうと思ってますます嫌いに。

もちろん二日目以降も携帯鳴らしているのは彼だけ。
そして何かにつけて自分の自慢話。
昨日いくら販売したとか、
どこそのの国のあのホテルがどうのとか
どこのエアラインとは長い付き合いで云々。
そういう話は聞きたくない私なので、うんざり。
もちろん他の皆さんも最初は面白がって聞いていたけど
さすがに4日間そういう話ばかりなので
最後のほうはうんざり顔。
でもこういう人間てその場の空気が読めないので
全然気がつかない!!
最悪のパターン。
プログラムにかかわる話ならともかく、
単なる自分の功績披露なら、休み時間にすればいいのであって
授業中にするもんじゃないというのがわからないんだよね。

そしてこういうタイプによくあるように、
自分の話は徹底的にするけれど人の話は聞かない。
だから講師の説明もろくに聞かず、同じ質問を繰り返す。
コースを受けている我々にしてみれば時間の無駄なのです。
なのでますます嫌いになった私。

そして彼は6人の中で一番年長者で
ちょっと旅行業界での仕事歴が長いので、
このプログラムもある程度は知っていて
そのときに講師が説明していること以上のことを
勝手にやってみては話についていけなくなり
またゼロからやり直しみたいなことを繰り返すわけです。
足並み揃えられないのはイタリア人の典型ですが
少なくとも他の参加者はそういうことがなかったので
彼は特別に程度が低いとしか思えない。
あまりのバカさ加減にそうそう嫌気がさしたのです。

最終日には私もあからさまにうんざり顔をしてみたんだけど、
そんなこと彼自身は意に介さず。
どこの馬の骨ともわからないアジア人が
というくらいにしか思ってないでしょうしね。

そもそもこのプログラムはまったく知らない状態で
しかも母国語でない言語での説明なので
私にはそれなりにハンディキャップもあったのだけれど
一応4日間でコース終了。修了証書ももらいました。
プログラムを習得した以外にも
イタリア人と一緒に授業を受ける、という珍しい体験もできて
それはそれで面白い4日間でした。

基本的に「学ぶ」ことが好きで
ここ数年お世話になることがなくなっていた「学校」に
憧れていたところもあったので久々の「学校」に大満足。
大学に通っていた時はここまで感じなかったけど、
イタリア人の「学習態度」というのも改めて実感しました。