1969年10月18日。いつもと変わらぬ土曜日の午後3時。
パレルモのサン・ロレンツォ祈祷所に
日曜日のミサの準備のためにやってきた
二人の年老いたシスターは
大変なことが起きたことに気づきます。
1609年から祈祷所に飾られていた
カラヴァッジョの「キリスト生誕と聖ロレンツォと聖フランチェスコ」が
(「La Nativita con i santi Lorenzo e Francesco」Caravaggio作)
忽然と姿を消していたのです。
この祈祷所は長いこと管理人不在で
この年老いたシスターが信仰心だけで
掃除やミサの準備をしており、
一週間のほとんどは締め切りで人の出入りはほとんどなし。
その上入り口のドアは粗末な鍵がつけられているだけ。
盗む側にしてみれば、
あまりにも無防備に放置されたお宝だったわけです。
シスターはすぐに祈祷所の神父さんと
パレルモの美術監督局に連絡。
警察への連絡が遅れたのも
犯人取り逃がしの原因といわれています。
そのまま37年間
このカラヴァッジョの傑作の行方はわからぬまま。
途中1971年には身代金要求があったとか
1980年11月24日には
引渡しの約束が取り付けられていたものの
その前日に指定場所一帯(Laviano)が地震の被害に遭い
瓦礫の下に消えたかと言われたこともありました。
またこの傑作が盗難に遭ったのがパレルモだけに
マフィア絡みである可能性も非常に高いのは事実で
1995年にはAndreottiの裁判中に
改悛したFrancesco Marinoが自分が盗んだと供述。
盗み出した際に持ち運びに便利なようにと
額縁から外したらしいのですが
その切り離し作業に、なんと髭剃り用かみそりを使ったらしく
保存状態が悪く、買い取り先に断られたため
価値がなくなったと判断して損壊したとも供述しています。
この辺りがマフィアの仕業にしては
手落ちだと感じられもするわけですが
供述内容が正しいかどうかは判断つきかねます。
そもそも1992年に「反マフィア」法が成立してから
イタリア国家を相手に
この法の改正を巡って取引をしているマフィアが
その取引の重要な鍵である盗難芸術作品を
むやみやたらに破壊するとは考えにくく、
現在も無傷のままマフィアの掌中にあるとも言われています。
とにかくこの絵画を巡っては
さまざまな憶測が飛び交っているのです。
まだ見ぬ幻の傑作。
いつか無事に公の場に戻ってくるとよいのですが。
ただでさえ作品数の少ないカラヴァッジョ。
見ることができないと思うと、恋心が募るのですよね。