不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

Michelangelo censurato

2009-07-21 07:26:10 | アート・文化

ファルネーゼ家出身の教皇パオロ3世が
寵愛するミケランジェロに
ヴァチカン宮殿内のパオリーナ礼拝堂
(Cappella Paolina)の
2枚目の壁画の依頼をしたのは1546年3月29日。
当初教皇は既に完成していた1枚目の壁画
「Conversione San Paolo
(聖パオロの改心/もしくは改宗)」の
対面を飾る作品として
「Consegna delle Chiavi a San Pietro
(聖ピエトロへの鍵の引渡し)」を
考えていました。
しかし、ミケランジェロは別の提案をしています。
現在でもシスティーナ礼拝堂よりも
更にカトリックの髄をなすといわれる
パオリーナ礼拝堂は
建設当時も大きな意味合いを持っていました。
信仰の深いミケランジェロは
信仰の中心となる礼拝堂にふさわしいのは
その身をかけて信仰を表明した
サンピエトロの殉教のシーンであると考えたのです。
ミケランジェロの虜になっていて
しかも自分の名声を上げるためにも
どうしても彼の作品を必要としていた教皇は
この提案をすんなり受け入れ、製作を促しています。

ミケランジェロは当時70歳で
この「Crocifissione di San Pietro
(聖ピエトロの逆十字架磔刑)」が
生涯の最後のフレスコ画となりました。
ミケランジェロはこの作品を描くにあたり
聖ピエトロの信仰の深さが彼を殉教に導いたのだという
非常にカトリック的な考えをベースにしており
そのためにくいで打ち込まれずとも
信仰の力のみによって
聖ピエトロの身体は十字架に括りつけられた
という表現をしています。
ミケランジェロは「鍵の引渡し」という
事実上の権力の受け渡しによって
カトリック教の正当性を表現するのではなく
「殉教」という純粋な信仰の力のみによって
教会が正当化されていると
絵画作品の中で強く訴えているのです。

しかしながら彼が製作を行っている頃には
宗教改革運動も台頭してきており
トレントでは宗教会議が行われていました。
彼が主張していたような神学的な考え方は否定され
やがて彼の作品にも検閲が入ることになります。

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現在礼拝堂に飾られる壁画は検閲された状態であり
ミケランジェロが描いたオリジナルではありません。
ピエトロの両足と左手にくいが打ち込まれ、
下半身に白布がつけられています。
実際には3本のくいはなく、
完全な裸体で描かれていたというのは
当時の模写版画でも確認することができます。

2009年7月4日に長い修復が終わり、
一部研究者などに公開になりました。
この修復の際に、
オリジナルに戻すべきであるという動きもありましたが、
最終的にはヴァチカンの、そして現教皇の意向により
検閲後の作品がそのまま残されることとなりました。
製作当時、世間の逆風の中にあっても
ミケランジェロの考えとその表現の自由を許し
大いに彼の作品の出来具合を評価したパオロ3世は
ある意味非常に先進的だったのかもしれません。

専門家の一部では
ミケランジェロを侮辱しているという声もあがっており、
芸術作品としての意味合いが半減していると
酷評する人もいますし、
実際現在の技術を持ってすれば
描き足された部分を取り除くことはまったく問題がなく
オリジナルを傷つける心配もないといわれていますがが、
またしばらくはこの状態で保存されることになりそうです。