不埒な天国 ~Il paradiso irragionevole

道理だけでは進めない世界で、じたばたした生き様を晒すのも一興

La scienza e la balena

2011-02-22 22:28:00 | アート・文化
400万年前、鮮新世期のクジラの化石がピサ郊外の
Orciano Pisano(オルチャーノ・ピサーノ)で
見つかったのは2007年。
フィレンツェの自然史博物館の古生物学者
Stefano Dominici(ステファノ・ドミニチ)は
この化石の研究を続けています。

その昔、トスカーナの丘陵地帯の一部は海中にあり
ピサ周辺では数多くの化石が見つかっています。
このクジラの化石は体長約10メートルで
解剖学的にもほぼ完璧に近い骨格で残り、
周辺は小魚や無脊椎動物の残骸で囲まれています。
400万年前の海中の生態系がいかなるものであったかを
研究するイタリア初のケースとして注目されています。
周辺に残されたいくつかのサメの歯の化石から
クジラはサメに襲われて命を落とし海底深くに沈み、
そののち海底で
ほかの魚や無脊椎動物の栄養分となったと考えられます。

このクジラの化石の研究・分析を続けるドミニチ氏が
今回新たな試みとして取り組んだのが
ピサの南の海岸に打ち上げられたクジラを使った検証です。

1月末に原因不明の栄養失調で力尽きて
Parco Naturale di San Rossore(サン・ロッソーレ自然公園)の
砂浜に打ち上げられた、
体長18メートル、35トンのメスのクジラで
Regina(レジーナ)と名付けられました。

イタリアでもこうして浜に打ち上げられる
クジラやイルカは珍しくはありません。
たいていの場合は粗大ゴミとして処分されるのですが、
ドミニチ氏の提案で
レジーナは科学実験の素材として有効活用されることになりました。
この大きな遺体に20トンのコンクリートの重しをつけて
外洋に運び出し、海底60メートルに沈め
今後数年にわたり定期的に水中ロボットが偵察を行い
海洋生態系と食物連鎖などについてのデータを収集することになります。

400万年前の化石の調査では
死んだクジラを栄養分としていたであろう一般的な魚のほかに
数多くの微生物の痕跡も確認されています。
クジラのような巨大な生物が死ぬと
まずサメなどが大半の肉を食し、そのあとに魚が群がり、
さらにバクテリアなどの微生物が寄り付きます。
こうした微生物は排泄物として硫化水素を発生させますが
この硫化水素はほかのバクテリアのエネルギー源にもなる
という連鎖が約10年ほどで完結すると考えられています。

これまでクジラの死体を中心とする生態系の研究は
寒流の海洋で行われていましたが、
地中海では実験されたことがなく、実態がわからないままでした。
400万年前の化石の分析調査と並んで、
レジーナの遺体は不明な部分も多い地中海の生態系研究に
貢献することになるやも知れません。

硫化水素をエネルギー源とするバクテリアは
元々海底火山の周辺に生息するもので
こうしたバクテリアが比較的浅い海岸周辺でも確認できるのは
栄養分を求めて海底から
クジラなどの遺体を次々と渡り歩いて
浅瀬までたどり着いたのだと考えられているそうです。
そして、こうした硫化水素をエネルギーとするバクテリアと
共生し、それを栄養分とする二枚貝なども存在します。

そんなことを考えると
また海の奥が恐ろしい世界のように思えてきます。
私は小さい頃から海辺が好きだけれど
海の中にはいろんなもの棲息しすぎていて怖いのです。