折々スケッチ

小さなスケッチブックやハガキに水彩と鉛筆ペン等で描いた絵を中心に、感じたこと等日記代わりに添えています。

モヤモヤの行きどころ

2019年09月29日 | 果物



特に親しい程ではない友人が「聞いて欲しいことがある」と言いました。
私は耳が悪いので喫茶店などではゆっくり会話が出来ません。
「家に来る?」と言ってしまったので当日には見えるところは片づけて掃除して、たまのお客様
のおかげで少しは家がきれいになりました。

友人の話は普通の愚痴、しっかり者の彼女とは思えない良くある話に彼女も普通の人だったのだと
ちょっと安心もしました。こんな話は特に私でなくても良さそうですが親し過ぎないのがいいのかも。

少し前に別の知人が「傾聴という仕事を始めます」と言ってました。
時間当たり幾らかお支払いして聴いてもらう。仕事として成り立つほどに需要はあるのかしら・・・
モヤモヤ溜まっている胸の内を聞いてもらうには繋がりが無い方が安心かもとも思えます。

夫が単身赴任していて一人暮らしだった頃、私は猫に聞いてもらっていました。
黙って座って聴いてくれて、長くなると身体をゆっくり舐めてそのまま眠ってしまった。
抱き上げて頬をあてると温もりと鼓動が伝わってきてとても安らかな気持ちになれました。
猫のいない今は、モヤモヤ溜まって来ると少し遠出します。
ただ遠出がいつもモヤモヤが原因と言う訳ではありませんし、いつだってモヤモヤが全くないなんて
ことはありません。

展覧会準備も一段落どこかに出かけたくなる季節になりました。

展覧会のお知らせ

2019年09月28日 | 彩青展






「はがき絵 彩青展」今回ははがき絵だけの展覧会です。
会場は昨年秋に個展でお世話になった「喫茶 サンディア」さん。
ここは名古屋駅前のオフィス街にあり土日祝日お休み、夕方は5時半まで、
休日にふらりと寄っていただくには難しい場所です。
ただ名駅近く無料で借りられることがとても有り難くて昨年の個展の時に予約しました。高い天井に
小さなはがきでは寂しいかとも思いましたがここではがき絵だけの展覧会は無かったようなので
あえて「はがき絵展」にしました。出品は教室「彩青会」の有志の方18名と私です。
私は縦に5枚並べた細長い額に入れました。題名は「奈良」うまく写せれば後日アップします。






27日夕方皆さんと飾りつけをしてきました。いつものようにワイワイガヤガヤ、ザッと展示してから
それぞれ意見を出し合って並べ替えてまたひとしきりワイワイガヤガヤ。
今回は額は1枚ずつと決めたので全部で19点。スッキリ並びました。
もし、空間があり過ぎて寂しいようなら埋めなければと私の作品をこっそり予備に持って行きましたが
出さなくてもちょうどよく収まってやれやれ、ほっとしました。
9月30日から10月25日まで時々出かけて楽しんで来ようと思います。

今日の案内ハガキは7月にワードで作って初めてネットで注文したもの。
四苦八苦して完成したと思ったのによくよく見れば変な所も多くてがっかりしながらも大幅に節約
できたのだから良しです。


10月中旬には同好会の「彩林展」があります。
詳しくはまた後日。



伊勢湾台風から60年

2019年09月25日 | 野菜
  「オモチャカボチャ」



今年は伊勢湾台風から60年になります。
1959年(昭和34年)9月26日土曜日、私は高校2年生、定期試験が終わってすぐ映画を見に行った
帰り道はすでに風が強かった記憶があります。家に帰ると父が板塀の補強をしていました。
「おみゃぁらぁは知らんだろうが大正元年のおおかぜはおそがかったで おおかぜは気をつけんといかん」と
父は口癖のように言っていました。おおかぜは台風の事。

雨戸を立て廻し、早々に夕食を済ませて父の仕事場に集まってラジオを聞いていました。
大人たちの様子と風の音に大変なことが起きそうな気がしてました。そのうちに停電になり
近所の人が「雨漏りと風で家が揺れておれんで」と何人か仕事部屋に加わりました。
「外はトタンや瓦が紙みてぁに飛んどるでかんわ」その人達から聞く外の様子が怖かった。

そのうちにガシャーンともダーンとも言えない音がして「わぁ~」と母の叫び声がしてふり向くと
北側の窓が少し明るいのです。北側にはお座敷と私の部屋がある離れが建っていたのに・・・
翌日になって見ると座り込むように潰れていました。
その夜の記憶は母が正気を失うのではないかと心配したことが一番大きかった。


昭和15年、自分の住む土地を買い家族と住み込みの何人かが住む家を建てて借家住まいから抜け
出した5年目に空襲で全焼。その後焼け残った長屋の一角に住んで10年。座敷と茶室風の離れを
建て増してホッとして4年目にその離れが全壊したのです。
「なんにものうなってまった」と座り込んで繰り返すばかりの母。
「また建てりゃええが」と気丈な父でした。

翌朝外に出ると当時の木製の雨戸には大小のガラス片や瓦の欠片が手裏剣でも投げたかのように
突き刺さっていて「あの時外に出とったらえらいことだったなぁ」と言い合っていました。
父が夕方補強していた板塀はどこかへ飛んで行ったようです。
それでも誰も怪我もなく離れは潰れても狭くても他に部屋はあるし、当面暮らしには困らなかった
気がします。学校は休みになっていたので潰れた私の部屋から必要なものを掘り出して後は近くの
井戸のあるお宅へ水をもらいに行くのが仕事でした。私にとっては小学校から集めていた切手帳を
見つけても泥水を被ってくっついてしまっていたのがとても残念でした。でも、親には言えなかった。
「こんな時に切手なんか」と言われそうでしたから。
姉の嫁ぎ先は運河沿いの材木店だったので2階すれすれまで水が来て何日も引かずに困ったらしい。
切手ごときで泣いていたら叱られます。

潮岬に上陸した台風15号は紀伊半島から東海地方を抜けて日本海へ。
名古屋の最低気圧は958,2hpa(昔はmb)  
    最大瞬間風速は45・7m
名古屋市南部とその周辺の干拓地は地盤沈下でゼロメートル地帯だった所へ高潮と貯木場の
ラワン材の流出で被害が一層大きくなり死者、行方不明者合わせて5000名を超える大惨事に
なりました。

父にとっては「大正元年のおおかぜ」私には「伊勢湾台風」がトラウマになりました。
台風が来るたびに思い出して怖いのでいっそのこと頑丈なマンションにでも引っ越したいと思う。
台風が去ればそんな思いは台風一過・・・今の家でいいと思う。
きっとそんな思いを繰り返しながらずっとこの家に住んでいるはずです。

関東の台風被害の大きさを想うと歳をとって家を失うなんてどんなにつらい事かと思います。
私だったらどうだろうか。母と同じように「何にもなくなってしまった」とただ座っているかも
しれません。そんな災害が来ないことを祈っています。


  「姫リンゴ」



今日から少し忙しくブログまたお休みします。

やっと彼岸花

2019年09月24日 | 
何年か前の彼岸花



今年は彼岸花が咲くのが遅いです。
彼岸の入りにお墓参りに行っても今年はどこにも見なかった。
家の彼岸花はやっと時期に気付いたのか蕾を持ち上げて来ました。
26日の彼岸明けには間に合いそう、やっぱり律儀な花です。

庭に植えるものではないとも聞きますが、色も姿も好きなのです。
時々球根を掘り出して調整しないと増えすぎるたくましさ、同じようにたくましい白いタマスダレと
競争しています。明日辺りから彼岸花の赤、タマスダレの白い花が押し合いながら咲くでしょう。
ほんの一時の楽しみです。



    24日朝の彼岸花

岡目八目って事・・・

2019年09月23日 | 人物
   Kさんの初孫ちゃん


20年以上通っている絵の会は先生が亡くなられて15年、同好会となって現在会員は4名です。
おしゃべりが7割位の会ですが年に1度の展覧会前は少しだけ本気なります。
10月がその展覧会、9月中には何とか作品を仕上げないと間に合いません。
昨日の日曜日、おしゃべりは短めにして描きました。
私は先日スケッチに出かけた佐久島の風景を描きたいのですが家で描いて何枚も失敗。
ちっとも面白くない絵なのです。
この会は手漉きの和紙に墨で描くことが中心なので失敗したら直しようがなくて大げさに言えば
一発勝負です。

家でていねいに描いたのにどうにもならない絵を持って行き「なんか面白くないんだよね」
と言うとKさんが私の島でのスケッチを見ながら「スケッチの方がいいよね」
「こっちはいらないとこを描き過ぎてない、水もきれいに描きすぎだし右端の家もいるかなぁ~」

「描き過ぎ」「何が描きたかったの?」とは私がいつも言っていること。
それなのに自分のことは分からなくて、一人で描いているとなぜだか悪い方にはまり込む。
パッと見ただけのKさんの指摘はピッタリ当たっています。

しばらくして振り向くとKさんが筆を置いて「何だか変だ~」と。
そばに行って「空が描きたいのなら橋が大き過ぎない」と私。
他人の絵のことはすぐに意見が言えます。
橋に止まったカモメが描きたいというKさん「空が描きたいのならカモメはいらないんじゃない」
簡単に答えを出す私。

「岡目八目」なんて言葉が浮かびます。第三者は当事者よりも客観的に判断できること。
まぁ。そんなに大層な事ではないのですが、思ったことが言い合える仲間は有難いです。

その後Kさんはとてもオシャレな絵が出来ました。
私も描き直せば何とかなりそうな気がしてきて昨日は収穫大でした。

丑三つ時

2019年09月22日 | 果物
    シャインマスカット



金曜日の夜は私もテレビでラグビーW杯ロシア戦を見てました。
ルールも何もさっぱり分からなくても日本代表の戦いは応援したくなります。
ただ勝てばうれしい、単純です。
それで興奮したわけではないはずですがこの夜に限ってちっとも眠くならないのです。
いつもは11時位には横になると睡眠導入剤もなしでも眠れます。いつの頃からか午前2時過ぎに
トイレに起きるようになりましたがその後はまたすぐ眠れます。

金曜日の夜は横になっても眠くならず1時間ごとに起きては水を飲んだりチョッピリ冷酒をなめて
また横になったり、テレビやパソコンは明るすぎて駄目だろうと思い画文集をペラペラ眺めてとうとう
午前2時を過ぎました。雨の予報だったけど外は降ってるのかしらと玄関を少し開けて見てみました。
地面が濡れて小雨が降っているような静かな夜の空気です。

ところが「草木も眠る丑三つ時」幽霊だって出てくるこの時間なのに玄関から見える周囲のマンション
にはいくつも灯りがついていて、表通りの最上階などはカーテンも開けてまぶしい程に輝いていました。
いつもの私ならもう一度寝てしまう午前2時半です。
どんな暮らしの人達なのかしら、24時間営業のスーパーやコンビニがあるのだからこの時間も起きている人がいるのは当然だとは思うけど・・・灯りがついているのが1軒2軒ではないのが驚きでした。
私が眠っているだけで、丑三つ時が百鬼夜行の世界などはもう昔々の事。このブログにも午前1時から
3時の間に訪問して下さる方が沢山あります。ひょっとして異界の方?

この夜は3時を過ぎても眠れなければ起きてしまおうと覚悟を決めて横になり気が付けば6時半。
眠れたようです。お昼寝も我慢して一日暮らしたおかげか昨夜はいつものように眠れました。
私はやっぱり夜眠らなくちゃ!


スリムなサンマ

2019年09月21日 | 動物、魚



20日は彼岸の入り、しばらく雨の予報なので降り出す前にとお墓参りに行きました。
帰り道はいつも何だかホッとして寄り道します。 
寄り道と言っても駅近くのイオンで食品を買うかフードコートでランチするくらいのこと。
昨日はランチには早すぎるので食品を見て回りました。

「北太平洋産 秋刀魚1匹198円」 魚屋さんの張り紙に「ウワッ!」です。家の近くのスーパーでは
1匹500円近くしています。大きさや品質などが違うかもしれないけど198円は安い!
2匹注文すると店のお兄さんがトロ箱の中から選んでくれてた秋刀魚はツヤツヤでピッカピカ
その上うわさどおり羨ましいほどスリムです。
今年のサンマは小さいってほんとでしたが口の先は黄色くてちょっとは脂もありそうに思えます。
帰りの電車では「1匹は塩焼き、もう1匹は三枚におろしてタタキ風に」等と考えていました。

家に帰ってスケッチ10分あまり、それから冷蔵庫へ。夕方期待を込めて1匹を三枚におろすと
少しお腹が柔らかいし思っていたよりも脂が少ない。これではタタキ風では食べたくないし・・・
塩焼きだって・・・
仕方がないので2匹とも三枚下ろしにしてザックリ切って、つみれ汁にしました。
フードプロセッサーがないのです。秋刀魚の身がそのままの感じの団子ですがゴボウとネギ
と豆腐とで美味しくいただきました。
つみれはそれなりに美味しかったけれど秋にはやっぱりプチプチ脂が跳ねる音が聞こえるような
秋刀魚の塩焼きが食べたいです。



塩焼きができなくて出番のなかった「大根ねこ」と「つみれ汁」

不思議な花

2019年09月19日 | 


タイトルは「不思議な花」なのですが普通のランの花です。
20年以上前まだ夫が現役だった頃、私の誕生日に鉢植えのランを買って来てくれました。
夫から花をプレゼントされるなんて初めてのこと。優しい黄色の花が何本もあって結構長く
楽しみました。それから植え替えもせず水とたまに肥料を足元に置くだけでなのですっかり
観葉植物になっていました。場所もとるし花が咲かないのだから処分しようと思い始めた頃
ヒョロヒョロと一本だけ枝が伸びて花が咲きました。捨てられることが分かったのかしらと
思ったものです。
頑張って咲いたのだから植え替えればいいものをまたそのままにしていたら鉢からはみ出した
葉がフサフサ広がってちょっと邪魔だなぁと思い始めたら、また今年も一本だけ花を咲かせま
した。「不思議な花」は夫からのプレゼントを処分してはいけないと言っている気がします。
明日は彼岸の入り、折角咲いたのだから切り花にしてお供えしました。

夫が私の誕生日を覚えていてくれるのは、前日から小豆を煮て家中匂いをまき散らし朝食と
お弁当はお赤飯なのです。家族の誕生日はいつもそうなので「忘れてた~」なんて言わせない。
今では手抜き、炊飯器に入れればすぐ炊けるお赤飯の素を使って楽チン!してます。



まだ先の事・・・

2019年09月16日 | 孫ちゃん
    孫ちゃん


今年5月絵のお仲間に初孫ちゃんが生まれました。
スマホに入った写真を見せてくれる時の幸せそうな様子はすっかりおばあちゃん。
「可愛くなって~大きくなったわね」「首が座ると抱っこしやすいよね」とひとしきり話が弾んで
「赤ちゃん水泳教室に入れようかと思ってね」
「幼稚園の受験させるなら準備がいるよね」
まだ生まれて半年もたっていないのにもう先々の心配。すくすく育つだけではいけないようです。

そんな話を娘にしたら「そうよ~」と当然という顔。
家の孫ちゃんは市立の小学校に通っています。「中学受験させるならそろそろ準備がいるのよ」
はぁ~・・・子供達も元気で大きくなるだけでは足りずに大変な事なんですね。
娘は「受験させるとなると塾だのお稽古だの親も大変らしいよ」と。

トランプの7ならべで大騒ぎしているまだ幼い孫、このごろ写真を撮ろうとすると変な顔や変なポーズ
をわざとします。名古屋弁で「おちょける」のは大きくなったからでしょう。
この孫ちゃんが受験戦争に参戦する日なんてずっと先の事だと思いたい。
いつまでも好きな歌を歌って踊って本をたくさん読んでのびのび暮らしていけたらいいのにと
思うのは時代遅れかな。それでも孫ちゃんを見ながらそう思った敬老の日でした。

※「おちょける」は「ふざける」こと。




覚えられない敬老の日

2019年09月15日 | 野菜

いただいたミニカボチャと我が家のニガウリ

9月15日は「敬老の日」ではないのですね。毎年カレンダーを見て驚いています。
2003年から敬老の日は9月の第3月曜日ですって、成人の日も体育の日も変わってしまって・・・
私の頭の中はまだ昔のまま、長い間決まっていたことはそう簡単には書き換えられないのです。
早々と町内から長寿のお祝いをいただくこともすっかり慣れて「私に?」と思うこともなくなり
ました。確実に老人の仲間入りしています。


先日、瞼や足のむくみが心配でかかりつけの内科で検査を受けました。
ここの先生はお願いしないと検査をされませんし薬も出されません。と言う事は自分でここが
悪そうだと申告しないと何もしないと言う事です。
「3日も寝なければ眠れますよ」
「動けるなら38度くらいの熱は身体が自分を守っているため」
「3日くらい食べなくても水だけしっかり飲んでいれば大丈夫」
と言われてどうしてもとお願いしなければ薬は出ません。
検査結果の数字が少々高くても「これくらいなら僕は高いとは思いません」と言われます。
これは以前にもブログに書いたことですが、この頃少し心配でもあります。
やっぱり名医なのか、ウッカリ見過ごすことはないのかしらと。

近くに住む兄嫁さんのかかりつけの先生はすぐ検査をして専門外は他の医療機関を紹介して下さる
のだそうです。とてもいい先生だと言われるとそっちに行こうかしらなどと迷います。
ただ「すぐ薬出して下さるよ」というのはチョット引っかかるところです。

夫は生前あちこち悪くて1日に18錠ほどの薬を処方されていました。そのうえ自分が好きな薬も飲んで
いたので薬の量は多かった。腎臓や肝臓が悪くなるのも薬のせいではないかと思うほどでした。
こうなるのは嫌なので薬を出されない先生がとてもいい先生に思えたのですが、一年に一度くらいは
「検査してみましょう」と言って欲しいのです。
これについては自分で名古屋市の年に1度の特定検診を受ければいいだけのことですが。
一方検査しないで気づいた時は・・・と言うのもさっぱりしていいのかも・・・。
などと思いながらもあと20年は元気で生きるつもりでいるのです。
壊れそうな膝を手入れしながら薬代わりにテクテク歩いて健康寿命を延ばしたいと思っています。


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