クーたんとココ君のお家

燕尾服を着た女の子クーたんと神戸から来たやんちゃ坊主ココ君の小さなドラマ。

猫に魅せられて

2008-01-20 10:45:21 | Weblog
クーが子供になって、4年4ヶ月が経ち、ココを引き取って1年。僕は猫に魅せられてしまった。良い年をしたおじさんが、猫が可愛いと言えば馬鹿にされそうであるが、僕は会社でも「猫はすごく可愛いよ」と言っている。勤務先の営業所だけでなく、本社でも“ねこおじさん”で通るようになってしまった。それで良いのである。隠す事は無い。
クーが家に来た時、僕は55歳をを過ぎていた。初老期になり、子育てを終え、夫婦の会話が途切れがちになっていた。クーは夫婦の潤滑剤となっいくれた。何時も身近に居るので、自分の子供と同じ存在になっていった。クーは話の出来る猫になった。そこで、何か書き残す方法を探した。
見付けたのがブログである。クーの日常と、僕の心の動きを、日記に書き始めた。クーは書き残す価値のある猫であった。一昨年の11月の終わり、にゃんぽち君のブログの下に、里親募集があるのを見、何気なく開いた。子猫が「ぼくの里親になって下さい」と叫んでいた。自分に言われているように思った。可愛いの一言。両手を挙げた。“近畿圏”とあるのは無視。神様は僕の願いを聞き入れて下さった。ココは我家に来た。ブログにもう一つの意味が加わった。ココの成長記録である。題名も変えた。ココはクーとは全く正反対の猫に成長した。猫らしくないネコに。
ブログを書くうちに、多くの方々とお知り合いになった。お目に掛かったのは、ビートさんや数名の方だけであるが、コメントを通した交わりも楽しく、定年退職後も一つのライフワークを見付けたと思う。あと100回の700回を投稿する頃、僕は定年を過ぎ、ココの成長記録をまとめているだろう。

修道院のミィーちゃん

2008-01-18 05:03:12 | Weblog
吉祥寺・井の頭公園近くの、女子修道院にミィーちゃんは暮らしている。この修道院では、ワン・ニャンを飼う事は、今はご法度。ミィーちゃんは修道院の男性にしか出来ない、小間使いのAさんご夫妻と、別棟に住んでいる。オチビの頃からAと一緒に住んでいた分けではない。一昨年の梅雨の頃、修道院に迷い込んで来たのを、Aさんが見付けて保護した。修道院の責任者のシスター(霊母)からは、当然のようにお小言があったと言う。しかし、Aさんは怯まず「この子だって、大切な命だ。生きる権利がある」と答えたという。ミィーちゃんは野良さんではなく、捨てられたのであろう。
交通の便の良いこの付近には、高級マンションが幾つも建っている。そこに済む人が引っ越す時、ニャンコさんを捨てて行く事が、よくあるという。何と言う無情。怒りを越えて悲しくなる。ミィーちゃんもそんな境遇だったのだろうと、家内は推測する。それ故、ミィーちゃんの年齢は定かでないが、クーと同じ4~5歳位だと思われる。
ミィーちゃんは、Aさん夫妻だけでなく、猫好きなシスターや家内のようにお手伝いをする方々、用事で訪れる司祭等にも可愛がられている。ミィーちゃんのフィールドは、広い修道院のお庭だ。晴れた日は、芝を敷き詰めたお庭で遊ぶと言う。修道院の建物には入らない。雨や雪の日はAさん宅で過ごすという。ミィーちゃんにも時々プレゼントがある。ニャンコさんを好きな方々から頂くという。家内も昨年の暮れ、クー&ココの首輪を買った際、ミイーちゃんのも一緒に買い、クリスマスプレゼントとした。
ワン・ニャンと一緒に暮らすのは、一時の衝動だけであってはならぬ。家庭にどんな異変が起きようとも、その子の生涯を看取る強い決心が必要だし、我が子を育てるような、真の愛情が求められる。昨日書いたが、ビートさんのように大震災にあっても、杏さん、白梅さんと苦楽を共にする事こそ、真の愛情であろう。
ミィーちゃん何時までも元気でね。

忘れられぬ日

2008-01-17 04:57:58 | Weblog
6400人余の方々と、統計はありませんが、多くの猫さん、犬さん等家族として可愛がっておられたペットが犠牲になった、阪神・淡路大震災から今日で13年が経ちました。犠牲になられた方々のご冥福を心よりお祈り致します。
今日の写真のココの後ろに居るのが、この震災を生き残り、今もビート家の最長老杏さんです。あの震災を経験し、今も元気に過ごしている、猫さん・犬さんは、大都市神戸でも少ないでしょう。一昨年ココを引取りにお伺いした際も、毛艶も良く元気でした。昨年の1月16日の当ブログでも、この震災の事にふれ、ビートさんから当日の様子をコメントで送って頂きました。それによれば、ビートさんご家族はマンションで被災され、お母様が家具の下敷きになり、弟様と一緒に助け出し、当時居たニャンコさんの杏さんと白梅さん(すでに天国に)の姿が見えず、探したようです。白梅さんは押入れから落ちた布団の中から見付かり、杏さんは本棚と壁の間に挟まり、失神していたのを助けたと言う事です。その後ビートさんは、2ニャンと家に残り、配給の食糧を分け合って過ごされたとあります。当時はまだペット専用の避難所設置と言う考えは全くありませんでした。詳しくは昨年の1月16日のブログのコメントをご覧下さい。
僕の父は、神戸・垂水の出身で、神戸の母と慕っている、義理の叔母とその母(神戸のおばあちゃん、既に天国に)や親類が多く暮らしております。テレビの情報も今よりずうっと遅く、携帯電話も前年にデジタル方式が発売されたばかりで、僕は前の月auの新機種を購入しましたが、一般には普及が始まったばかりでした。インターネットは一部の大企業にあるだけで、家庭には普及していませんでした。この年にウインドーズ95が発売され、新しい通信手段の黎明期でした。
安否を気遣い携帯から何回も電話を掛けましたが、何れも不通でした。そんな時公衆電話は生きているとの情報が入り、百円玉を数個握り締め、公衆電話に急ぎました。叔母の声を聞いたのは、地震から12時間以上たった、午後7時前でした。「みんな無事」の声を聞いた時、目から熱いものが落ちました。垂水は震央に近く、ビートさんのお住まいの、神戸市の東部より揺れが小さかったようです。この1月17日は、生涯忘れられぬ日です。

小さな宝物

2008-01-16 05:38:22 | Weblog
僕の宝物は家族である。家内、息子夫婦、孫の晃、猫のクーとココ、息子の家のマイク。お互いに支え合って暮らす。猫達だって僕を支えてくれる。ありがたい限りだ。
今日は700字程書いた文章が消えてしまった。真に残念。時間切れだ。楽しみにされた方には申し訳ないが、これで終わり。
クーの可愛い写真だけ。申し訳ない。ごめんなさい。
明日は、阪神震災記念日。杏さんの写真と共にその時の事を綴る事にしようと思っている。

やんちゃ大好き

2008-01-15 05:50:14 | Weblog
昨日は寝ない猫と書きましたが、昨日は午後5時に夕ご飯を食べ終わると、ココは僕の布団の上で、グッスリと寝てしまいました。しかし、午前1時前になると起き出して、障子を叩きながら「お父さん起きてよ」と大きな声を何回も出します。布団を頭から被ると、今度は僕の身体に乗り、耳元で大きな声を出します。仕方なく障子を開けると、廊下のトイレで用をたし、駆け足で戻ると、チュー君のおもちゃを咥えて僕の顔の前に置き、これで遊ぶのと言う仕草。追いかけたり、飛び上がったりと。僕は完全に目が覚めてしまいました。
2時半になり、起き出して、クーに食事をさせると、ココが何時ものように、襖をがたがたと叩きながら「ぼくも遊ぶの」と大きな声が聞こえて来ました。部屋に入ると、クーの迷惑等無関係に顔を付けての挨拶です。3回ほど続けたので、クーからシッーと言われ、退散しました。
今朝は教会の長老信徒の方に手紙を書いておりましたが、ココは画面をのぞいたり、印刷を始めると他の遊びを止め、飛んで来ます。そして、印刷用紙を取ろうとします。僕と攻防が始まりましたが、プリンターから1枚抜き取ると、咥えたままソファーの上で、ケリケリをしながら遊び始めました。
食卓からココが飛び降りるドスンと言う音が聞こえました。見に行くと、ふりかけの袋を咥えて、一目散に自分の部屋に走って行くところでした。「こら!待て」と追いかけましたが、その逃げ足は速く、僕はかないません。ふりかけは海苔と鰹節で猫が食べても害はありません。やっとの袋を取り上げると、洋間で水を飲みに行くクーを追い掛け始めました。
このやんちゃは何時になったら治るのでしょうか。クーに怒られても、尻尾を振るだけで、全く気にしていません。今もモニターの上で、クーにチョッカイを出しています。

寝ない猫

2008-01-14 10:02:51 | Weblog
ものには常に例外がある。猫は1日の3分の2、つまり16時間位は寝ていると、本には書いてある。我家で16時間以上寝るのはクーだ。ココはそんなには、寝ていない。12時間も寝るだろうか。特に僕が休みの日には、絶えず側に居たがり、洋間に居ても、お気に入りの場所で、マッタリと休む事はあっても、深く寝る事はしない。今も箱座りをして目を閉じてはいるが、僕が台所に飲み物を取りに行くと、付いて来て「お父さん何飲むの」と言う顔をしている。一寸した音にも敏感に反応して、直ぐに目を開け、キョロキョロと見回す。
ココが寝ないのは、今に始まった事ではない。東京に連れ帰って以来の事である。最初僕達夫婦は、新しい環境に慣れないからだとばかり思っていた。3ヶ月、半年経っても変わらない。昼間陽射しの入る時、廊下に出して「ココ君ここでお昼寝しよう」と言って寝かしつけるが「ぼく、眠くない。もっと遊ぶの」と言って付いて来る。
今日は寒いようだ。暖房を点けていても、室温は16度にしか上がらない。その温風が適度に来る、お気に入りの小物入れの上で、ココがお昼寝を始めた。クーは出窓のある部屋で、暖かな風に当たりながら、何時ものようにお昼寝をしている。少し位の物音には、全く反応せず、少し身体を撫ぜても、目を閉じたままである。ココは一寸撫ぜても起きてしまうので、家内が帰宅するまで僕は本を読む事にしよう。

いたチョコ

2008-01-11 05:03:46 | Weblog
おはようココだよ。元気だよ。朝はぼく一番楽しいの。何故って、広いお部屋で遊べるからだよ。今朝もネ、クーちゃんとチャチャイ合戦を少ししたよ。僕が茶箪笥の上から、次は何で遊ぼうかニャーって探してたら、お父さんにピカッってお写真写されちゃったの。今日のお写真がそれだよ。茶箪笥の上から飛び降りた時、お父さんの胸に衝突しちゃった。ぼくは痛くなかったけど、お父さん「グー」だって。少し痛かったみたいだよ。広いお部屋に戻って、年賀状を止めてあるゴムを見付けたの。ゴムでチャチャイして遊ぶの大好きなんだ。お手てと口でゴムをはずそうとしたら、年賀状を下に落としちゃった。おはがき床にばらばらになったよ。お父さん一生懸命まとめながら「この、いたチョコ」って言ううんだ。チョコチョコしながら、悪戯するからだって。でも僕にとっては悪戯じゃなくて、遊んでいるだけなのにニャー。
おもちゃに出来るのは、広いお部屋だけじゃないよ。お台所にも一杯あるよ。昨日はお餅を咥えて、お廊下まで持って行って遊んでたら、お父さんに見付かって、怒られたんだ。今朝だって、出窓のお花を取って遊んだよ。ぼくは何でもおもちゃにするんだ。
お父さんがコーヒーを入れに行く時、本箱の上で寝ているクーちゃんの頭を撫ぜたら、クーちゃんに「シャッー。煩いわね」って怒られてたんだ。その後コーヒーに牛乳を入れてたから、ぼくが一寸舐めたら、ぼくのお茶碗にも牛乳入れてくれたよ。お水で薄めるの待ちきれなくて、舐めようとしたら「良い子だから、待ってろ」だって。牛乳は何時飲んでも美味しいよね。
ぼく、いたチョコじゃないよネ。何でもおもちゃに出来る天才なんだけどニャー。バイバイ。

チャチャイ合戦

2008-01-10 04:51:52 | Weblog
昨朝ブログを書いている時、モニターの前に居たココの姿が見えなくなった。物が落ちる音がしたので振り向くと、茶箪笥の上から紙箱が畳の上に落ちていた。茶箪笥の上にココの姿が。そこに立ち上がり、クーの休んでいるお尻に手を出していた。ビックリしたクーが振り向くと、ココは身を乗り出して、クーの手を触ろうと、自分の手を出した。クーも負けてはいない。座り直すと右手を上げて応戦する。クーは耳を寝かし「シッアー」も言わず、優しく楽しそうなめであった。二人は盛んに手を出し合って、チャチャイ合戦を楽しんでいた。カメラを向け、フラッシュを光らせても、二人は合戦を止めず、10分以上続けていた。
ココの乗った茶箪笥は、畳敷きの茶の間の隅に置いてあり、クーのお気に入りの本箱とは、何時も開けたままの、襖風の仕切り戸を隔てて、7~8cmしか離れていない。ほぼ同じ高さである。茶箪笥に上がる道が無いのに、どうやって上がったのか不思議でならなかった。今朝良く見ると、茶箪笥の前に缶詰入ったのカートンが積重ねてあり、そこに登ってから飛び上がったのだろう。しかし、茶箪笥の上には、紙箱が3段重ねてあり、飛び上がる角度は、20度位の垂直に近く、150cm以上の高さがある。ニャンコさんの跳躍力にただ・ただ驚くばかりである。オチビだと思っているココも、その運動神経は大変優秀である。
今朝もココは、本箱の上に上がり、クーに顔を付けて挨拶をした。無論クーも自分から顔を伸ばし、お鼻チューンである。そしてココは、昨日と同じ茶箪笥の上に上がった。クーはそれを見ていて、ココが手を出すと、自分も手を出して、チャチャイ合戦の2回戦目を楽しんでいた。

おみかん嫌ーい

2008-01-09 05:01:27 | Weblog
おはようココだよ。元気だよ。昨日は暖かだったね。昼間お母さんが修道院にお出掛けしている間、クーちゃんは出窓でお昼寝して、僕はお廊下のベットでお昼寝してたの。ぼく達良い子だからニャン。夜は何時ものように、お父さんのお布団に潜り込んで、寝んこしてたけど、暑くなったから、お布団の上で寝てたら「ココ重たいよ」って言われたんだ。ぼくってそんなに重たいのかニャー。同じ事してても、去年は言われなかったのにニャ~。
ぼく達早起きニャンズは、何時もの時間に起きて、クーちゃんは朝ご飯を食べたんだって。ぼくはクーちゃんの居る本箱に上がって「クーちゃんおはよう」をしたんだ。クーちゃんも「ココ君おはよう」って、お鼻チューンしたよ。それからネ、お父さんがキッチンに行ったから、ぼくは足音がしないように付いて行ったんだ。でも、テーブルに飛び上がる時高いから「セーの」って声が出ちゃって、ばれちゃった。テーブルに置いてあったパンの袋を咥えようとしたら、お父さんに「これでもか」っておみかんを、鼻に着けられちゃったの。ぼく、おみかんの匂い大嫌いだから「いやだよ」って広いお部屋に逃げたんだ。お父さんがパソコンでお仕事始めたから、大人しく側で見てたよ。
お父さんが珈琲を入れに行ったから、ぼくも駆けて付いていったの。お父さんは珈琲に一杯牛乳を入れるから、冷蔵庫から牛乳を出した時、ぼく思わず舌なめずりしたんだ。そしたらね、ぼくにも水で薄めた牛乳くれたよ。美味しかった。
今日もお日様ニコニコ暖かくなりそうだね。お廊下でお昼寝しょうっと。バイバイ。


時間の技

2008-01-08 05:09:17 | Weblog
昨朝僕があるブログにコメントを書き込みながら、本箱の方を何気なく見ると、ココが本箱の上に乗り、休んでいるクーに大接近した。ハラハラ・ドキドキしながら見守ると、ココはクーの顔に自分の顔を付け、“お鼻チューン”をしたのだ。クーは一寸ビックリしたようだが怒らない。その後、ココの手がクーの頭を触ろうとすると、流石にクーも手を出して「少し離れなさい」と返したが、耳をねかせ「シャッー」も出さずにいた。2ヶ月位前なら、これだけ近付くと怒りまくっていて、時には八つ当たりで、僕の頭にも猫パンチが飛んで来た。大きな変化である。5日の昼間も、クーはココに追いかけられ、テーブルに避難し、ココが下から手を出した。これにも応戦はするが、起こった様子は見られなかった。
クーとココは幼い頃の育った環境が全く違い、性格も正反対である。クーは一人っ子として育ち、好き嫌いがハッキリし、感情の起伏も大きい。一方ココは2ヶ月目迄、多くのニャンズ兄弟の中で育ったせいか、末っ子的な甘えん坊であり、寂しがり屋で、何時も誰かと一緒に居たいのだ。
昨年の正月、ココが洋間のおもちゃの入ったバケツで遊んでいる時、クーは遠くで見ていた。僕はクーが早くココを受け容れて、仲良しになれないかとイライラした。半年位迄はガラス戸越の対面をさせ、夏前に朝は一緒にさせた。クーが動き出すと、ココが追い掛ける。すばしっこいココは、クーの動きを読み、先回りする事もよくあった。静かにしていればクーも怒らない。ココの事を徐々に受け容れるようになって来た。秋になると、クーの残したカリカリをココが食べてしまっても怒らず、その後その茶碗で食べるようになった。そして昨日の光景である。僕は嬉しくなった。新年初出勤の朝、幸先の良さを感じた。出掛ける前、書棚に座っていたクーを抱きしめ「クータン有難う。良い子だよ」と言った。涙腺が緩み、押さえるのに苦労したのである。
これは真に時間の技である。性格の違うクーとココ、一緒に遊ぶ事は無理だろうが、家族として仲良く、これからも過ごして欲しいと願うのだ。