かなり前に自分で作った
「きものおしゃれのルール」。
そのなかで、
きものにも洋服にも一生ものはないと思う、
との意見をアップ。
頭から出ているのはツノにあらず。
北斎美術館を訪れたとき、
久しぶりに大島を着たので、
思い出し、今更ですが、
この疑問点を考えてみたいと。
「大島紬や結城は一生もの」
との声はよく耳にします。
しかし、これはいまや遠い話。
きものを着る機会が少なくなっている昨今だからこそ、
大島、結城といった「いい着物」でさえ
一生ものにならない。
このきもの母のモノです。
前に着たのは、
知人の写真展で。2年半前。
昔のモノだけあって、
艶といい、肌触りといい、着心地といい、
とてもいい。
サイズさえあえば、一生どころか二生でも、
娘がその気になれば三生?でも。
でもそのためには、箪笥のなかで、
「また日の目の見る日は来るのかしらん」
と長い、長いあいだ不安に慄くことでしょう。
大島、結城さえ、もう一生ものではない。
そんなワタシの意図を察知してか?
発売中の「美しいキモノ」は
大島、結城のこんな特集。
はい、「今、新しい!結城紬&大島紬」
これはもう、大島や結城にも流行、はやり
廃れがあることを高らかに?宣言している
ようなものですね。
「都会の社交着」とあります。
どんな一生モノにも流行り、廃りはある、
当たり前ですね。
ベイズリー柄やら~~。
どんなに高級なきものも、
いや、高級きものこそ、
今や一イットキの栄光??
一生のうちに、何度か袖を通してもらえば、
そのきものはシアワセもの。
あとは箪笥のなかで眠る覚悟が必要。
こちらは藍大島、3年半も前よ。
3年前は若いね。そっちかい。
でも、一方ではこうも思います。
こういう「いい着物」を数少なく持って、
とにかく着て、着て、着倒す。
現代でも、そんな風に着れたら、
理想だなとは思うの。
だって、大島も結城も元来
普段着、日常着だもんね。
しかし、今回、色的にやはり地味。
全体的に色が地味目なので、
ミントの色大島を。
「竹の秋コーディ」
で、今回のまとめ。
① 大島・結城でさえ、いまや一生モノではない
②しかし、仕立て直す覚悟なら永久保存?
③こういういい着物を着倒すのはステキ。
娘着ないかなあ、着ないだろうな。
だって、「座敷童(ざしきわらし)みたいだって」
違うでしょう。
「座敷シニア」だよね。
というわけで、大島・結城について
考えてみました。
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