映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「銀の匙 7」 荒川弘 

2013年04月30日 | コミックス
エゾノーは、おまえに合わんようだな

銀の匙 Silver Spoon 7 大蝦夷農業高校生徒手帳つき特別版 (小学館プラス・アンコミックス)
荒川 弘
小学館


            * * * * * * * * *


待ちに待った第7巻。
今回、私はなんと物好きにも
「大蝦夷農業高校生徒手帳」付きの特別版を購入してしまいました。
それについては後のほうで・・・。


えーと前巻では過労で入院した八軒のもとに、
例のこわ~いお父さんがやってきた所で終わっていたのでした。

「エゾノーは、おまえに合わんようだな」

「彼らになら成績で抜かれる心配がないから、
心のどこかで彼らを下に見ていて安心しているだけではないのか?」

「友達とやらは誰か見舞いに来たのか?」


言いたいことだけ言って帰ってしまった父。
八軒は自分の思っていることをほとんどまともに答えられません。
トドメには、あのベーコンについての父のコメントの真相が、八軒を打ちのめします。
この父子関係の修復はまだまだ難しそうだ・・・。


さて一方エゾノー祭は大いに盛り上がっています。
皆は八軒があれほど一生懸命準備してくれたことを
最後までやり遂げよう、成功させようと必死。
だからお見舞いにもこられませんよね。
八軒は自分のことを過小評価しすぎです。
まあ、そんなところがいいところなんですが。


縦巻きロールの南九条さんは相変わらず良い味出ています。
単にタカビーの勘違い女かとおもいきや、
変人ではありますが、決して意地悪でも無責任でもなく、
変に浮いてるくせに馴染んでいるのが可笑しいですよね。


そしてエゾノー祭後の、ポッカリと授業の空いたある日の午後。
八軒は御影さんと待望のデートです。
せっかくふたりきりで神社へ行こうと思ったのですが、
考えることは皆同じ。
神社で友人たちと鉢合わせしてしまいましたが・・・。
御影さんはしっかりこれを「デート」と認識していたようですし、よかったね、八軒君。
・・・今時、なんて純情な高校生なんでしょ・・・。
でもまあ、北海道の田舎育ち。
無理もないですかね。


巻末のおまけ漫画では、八軒とお兄さんが
「なんでお父さんとお母さんが結婚したのかが最大の謎だ」と首をひねるシーンが。
実は私も、そう思っていたのですよね。
お母さんの方はごく普通と言うか、普通以上にぽわ~んとした感じですし。
そのお母さんへの「お父さんのどこが良くて結婚したの?」
という問の答えが、ますます謎を深めます。
いやはや・・・。


八軒は、エゾノーで様々な興味深いことを見つけますが、
まだ自分の将来像を描くことができません。
どんなことをやりたいと思うのかな。
我が息子のことのように、楽しみになってしまいました。


さて、エゾノー生徒手帳。
すばらしい!
確かにリアルに生徒手帳です。
校訓は「勤労」、「共同」、「理不尽」
校歌があって、生徒心得があって、
服装頭髪等の規定まであったりする。
しかし、この字の大きさは中高年には殺人的・・・。
でも目を凝らしてよく見ると
「お祝いごとの乾杯は、ジョッキに牛乳で行うこと」とか
「学校敷地内にトリカブト・大麻が自生していることがあるが、手を出さないこと」とか、
書いてあったりするので笑えます。


「銀の匙 7」荒川弘 少年サンデーコミックス
満足度★★★★☆

藁の楯

2013年04月29日 | 映画(わ行)
四面楚歌、疑心暗鬼



            * * * * * * * * *

孫娘を殺害された政財界大物・蜷川(山崎努)が、
新聞に、犯人の顔写真に「この男を殺してください」と添えて広告を出した。
その賞金がなんと10億円。
身の危険を感じたその男、清丸(藤原竜也)は、福岡県警に自主。
警視庁警備部SPの銘苅(大沢たかお)、白岩(松嶋菜々子)ら5名が、
東京の警視庁まで清丸の護送の任務に就くことになる。



本作は予告編を見た時から、是非見ようと思いました。
凶悪犯を命をかけて守らなければならいという矛盾。
この設定自体が、面白さを約束しているようなものです。
これを見ずしてど~する!!と、思わせられます。



さて、予想通り、まず一般市民が清丸を狙ってきます。
殺人未遂でも相応の報酬を出すと蜷川が表明するので、
余計にエスカレート。
しかし、銘苅はいいます。
「何の訓練も積んでいない一般市民は怖くない。
恐ろしいのは、訓練を積んでいるプロだ。」
…つまり、犯人と彼ら5名を守るために周りを取り囲んでいる
パトーカーの警官、機動隊・・・、
それこそが最も危険というショッキングな方向に話が進んで行くわけです。



法を守るための警察だとて人の子。
お金のためなら・・・。
もちろん、全部がそうではありません。
でも大勢の中にはそんなことを思うものが一人や二人・・・、
絶対います。
彼ら護送チームは、やむなく護送車による大編隊から離れるのですが、
なぜか彼らの現在地が筒抜けで、ネットで流されているのです。

この5人の中に内通者がいる・・・!



四面楚歌と疑心暗鬼のなか、銘苅はどのように任務を遂行するのか。
任務のためには、彼に襲いかかるものを倒さねばならず、
この殺人犯のために一人、また一人と犠牲者が増えていく。
こんな奴を守る意味があるのか。
いや、いっそのこと、このままこいつを殺してしまえば・・・と、
そういう気にならないほうがおかしいですよね。
しかし、いやしくも法治国家。
あくまでも法に委ねることこそが正義、と
最後まで己に言い聞かせることができるかどうか、
そういうことを問うているのです。


ひたすら寡黙で実直、冷静な銘苅が、最後に見せる激情。
う~ん、見せますね。
大沢たかおさん、さすがです。
松嶋菜々子さんもかっこよかったなあ・・・。
同じ女性としても憧れます。
そして、なんといっても犯人役の藤原竜也さん、
これぞはまり役。
しおらしくしているかと思えば、あどけなく笑ってみせたりもするけど、
それ、笑うところじゃないよ。
やっぱりどこか壊れていて、決して相容れることができない青年。
こういうのがぴったしハマってしまうんですねえ。
怖いですねえ。
というわけで、期待にそぐわず、
とても面白く拝見しました。


「藁の楯」
2013年/日本/124分
監督:三池崇史
原作:木内一裕
出演:大沢たかお、松嶋菜々子、岸谷五朗、伊武雅刀、永山絢斗、藤原竜也、山崎努

自己矛盾度★★★★★
サスペンス度★★★★☆
満足度★★★★☆

ハッシュパピー バスタブ島の少女

2013年04月27日 | 映画(は行)
“ヒト”が太古から生活してきたそのままに



            * * * * * * * * *

無名新人監督によるインディペンデント作品ですが、一躍脚光を浴び、
当時6歳のクワベンジャネ・ウォレスが
史上最年少アカデミー主演女優賞にノミネートされたことでも話題になりました。



米ルイジアナ州の湿地帯に、「バスタブ」と呼ばれる小さなコミュニティがあり、
みな、極貧生活ながら、毎日をお祭り騒ぎのように楽しく暮らしていたのです。
少女ハッシュパピーは父親と暮らしていますが、ほとんど野放し状態。
野生児です。

母親とは音信不通。
彼女は、身の回りに放し飼いになっている鳥や犬、動物たちの心臓の音を聴き、命を感じます。
自分と身の回りの世界の調和を感じるのです。
彼女は、はるか昔氷河に閉じ込められたオーロックスという獰猛な野獣が、
いつかすべてを奪いにやってくるのではないかと恐れています。
そしてある日、この地を大嵐が襲い、ほとんどが水没してしまいます。
また、彼女の父が重い病にかかっていることも知ります。
彼女の世界の調和は失われ、
今しもオーロックスが襲いかかろうとしているのですが・・・



世界の調和や脅威が
6歳の少女の目から見たそのままに描写されているところが、すばらしいですね。
忘れ去っていた心の底の何かが刺激される感じです。
始めのうち、このなんともみすぼらしい極貧生活を悲惨と思って見ていましたが、
後の難民(?)収容所の整然として清潔な様子などを見るにつけ、
なんとバスタブ島の世界の豊穣であったことか・・・と、感じるようになりました。
確かに厳しいけれども気まま。
生活は自然とともにある。
家と言うよりもむしろ“巣”でしょうか。
人類は太古から、ほとんどこんな調子で
ここまで生きていたのかもしれないと思えてきます。
手づかみでナマズを捕まえてしまうなんて、スゴイ!



少女がオーロックスと対峙するときの様子。
幼くしてすでに自立していこうとする逞しさ・・・。
ぐっと来ます。
クワベンジャネ・ウォレス、恐るべし。
ほとんどドキュメンタリーのようなファンタジーということになりますが、
映画の可能性をまた一つ見せつけられました。



「ハッシュパピー バスタブ島の少女」
2012/アメリカ/93分
監督:ベン・ザイトリン
脚本:ベン・ザイトリン、ルーシー・アリバー
出演:クワベンジャネ・ウォレス、ドワイト・ヘンリー

ワイルド度★★★★★
満足度★★★★★

ハンター

2013年04月26日 | 映画(は行)
絶滅種の孤独を重ねあわせて



            * * * * * * * * *


本作主人公はすご腕のハンター、マーティン(ウィレム・デフォー)。
うわーしぶいっ!
彼は人との関わりを避け、孤独に一匹狼のようにして生きてきたと伺われます。
このたび、レッド・リーフというバイオテクノロジー企業の依頼で
タスマニア島にやって来ました。
すでに絶滅したといわれているタスマニアタイガーが一匹だけ目撃されており、
その捕獲と内臓の摘出を依頼されたのです。

なぜタスマニアタイガーと?思うのですが、
バイオテクノロジー的に非常に貴重な成分を持っているというのです。
企業にとっては絶滅種も環境保護も関係なし。
ただその個体の持つ科学的成分だけが目的。
タスマニアの雄大な自然もさることながら、
この島の林業を営む人々と、環境保護を推進する人たちの確執が
とても緊張感を持って描かれていまして、
なんにしても一面的な見方をすべきではないと思わせられます。



さて、マーティンはベースキャンプ代わりの民家で、
そこで暮らす母親、子どもたちと少しずつ親しくなって行きます。
子どもたちの父親は環境保護の推進家で、
やはりタスマニアタイガーを探し求めていたのですが、
数カ月前に森に入ったまま行方不明で戻っていないのです。
幼い息子バイクはそのためか極端に言葉少な・・・
というよりは障害か?とも思えるくらい、
一言も発しません。
そんな子どもたちと接するうちに
次第にマーティンは自分の請け負った仕事に疑問をいだいていくのですね。
けれどこの作品には、そういった彼の心の動きの説明などは何もありません。
私たちはひたすら彼の行動を見守るのみです。



ラストでついにマーティンはタスマニアタイガーと対峙するわけですが・・・。
そこで彼がどう行動するか、というのが眼目であります。
この世にたった一匹生き残ったタスマニアタイガー。
その孤独をマーティンは感じ取っていました。
どこか自分と重ね合わせていたのかもしれません。
決して甘過ぎず、けれどきっぱりとしたマーティンの行動を心地よく感じます。



マーティンは一見むさ苦しいのですが、
かなりのお風呂好きとみました。
是非日本の温泉に入れてあげたい・・・。
骨太の中にも理想がある。
納得の一作。

ハンター [DVD]
ウィレム・デフォー,フランシス・オコナー,サム・ニール,モルガナ・デイヴィス,フィン・ウッドロック
ポニーキャニオン


ハンター [Blu-ray]
ジュリア・リー,アリス・アディソン
ポニーキャニオン


「ハンター」
2011年/オーストラリア/100分
監督:ダニエル・ネットハイム
原作:ジュリア・リー
出演:ウィレム・デフォー、フランシス・オコナー、サム・ニール
男の渋み度★★★★★
現実の混迷感:★★★★☆
満足度★★★★☆

リンカーン

2013年04月25日 | 映画(ら行)
結局は“正しい”ものが強い



            * * * * * * * * *

どなたもご存知のアメリカ合衆国第16代大統領、
エイブラハム・リンカーンの物語ですが、伝記ではありません。
1865年。
リンカーンは大統領に再選されたばかり、そして南北戦争4年目。
この時、リンカーン大統領が最も重要と考えていた、
奴隷解放のための合衆国憲法修正第13条が下院議院を通過するかどうか、
焦点はそれ一本です。



リンカーンは、この法案が成立することに自らの政治生命をかけていたわけですが、
どうしても南軍との講和以前にそれを成立させる必要があったのです。
しかし、講和が遅れればまたそれだけ多くの若者の命が失われてします。
しかし人類の未来の為に、
なんとしても修正13条を成立させなければならない。
彼の中で葛藤が繰り返されるのですが・・・。



冒頭、戦闘シーンがあったくらいで、
後は延々と政治工作や議会のシーン。
実に地味なのですが、
ピンとはった緊張感で最後まで引っ張っていくのはさすがスピルバーグ監督。
はじめ20票足りないとされていたものが
様々な裏工作を行い、少しずつ変化していきます。
ここに描かれている限りでは、リンカーンはそうしたことが好きではなさそうなのですが、
なりふり構わず、とにかく法を成立させたいということなのです。
ですがリンカーンのその理念を貫こうとするブレない姿勢、人柄、
そうしたものに周りの人も協力したくなるのですよね。
まさに、リーダーシップの見本といえましょう。



最後の評決のシーンは思わず一喜一憂。
そもそも、結論はわかっていることなのに・・・、
嘆息してしまいます。
「アメイジング・グレース」という作品も
同様に奴隷解放のための法(英国)をテーマとしたものでしたが、
その時にも感じました。
強固に反対する者も多い。
けれども結局は“正しい”ものが強いのではないかと。
そういうことで、なんだかまだ「人類」を信じられそうな気がする・・・。



それから、議員にも頑固な人、優柔不断の人、信念の人・・・、
色々いるのがまあ、当たり前ではありますが、面白いですよね。
はじめから「人種による区別なく、人はみな平等」と訴えていた
スティーブンス(トミー・リー・ジョーンズ)の渋さもステキだし、
彼がなぜそこまでこだわるのかという謎解きが最期にあるのもいい。
しかし、当時そこまで言うのはあまりにも過激、
「法の下では平等」と言い換えなければならなかった、
という無念さもにじみます。



「黒人が選挙権を持つことになるんだぞ、そしたら女性もか?」
そんな反対派のヤジに思わず苦笑させられます。
が、これが今、“苦笑”で済むのは、
まさにこの法のおかげなんですよね。
人類にとって最も偉大な法かも知れません。
選挙権どころか、黒人が米国大統領就任という事実に、
また改めて感慨を覚えてしまいます。
でも、ここまで来るのに150年かかったということなんですね・・・。



「リンカーン」
2012年/アメリカ/150分
監督:スティーブン・スピルバーグ
出演:ダニエル・デイ=ルイス、トミー・リー・ジョーンズ、サリー・フィールド、ジョセフ・ゴードン=レビット、デビッド・ストラザーン

歴史再認識度★★★★★
緊張感★★★★★
満足度★★★★☆

「シティ・マラソンズ」三浦しをん、あさのあつこ、近藤史恵

2013年04月23日 | 本(その他)
風を切って走る爽快感があふれる一冊

シティ・マラソンズ (文春文庫)
三浦 しをん,近藤 史恵,あさの あつこ
文藝春秋


            * * * * * * * * *

社長命令で、突然ニューヨークシティマラソンに参加することになった安部広和。
かつて家庭教師をしていた社長の娘・真結を監視しろというのだ。
(「純白のライン」三浦しをん)
ニューヨークで、東京で、パリで。
彼らは、ふたたびスタートラインに立った―。
人気作家がアスリートのその後を描く、三つの都市を走る物語。


            * * * * * * * * *

三浦しをんさんで、マラソンがテーマとくれば
思い出すのが「風が強く吹いている」。
(こちらは駅伝ですが)
そんなことでこの本を手にとって見れば、
他にあさのあつこさん、近藤史恵さんの
共にマラソンをテーマとした短篇集ということで、興味をそそられました。
どなたも好きな作家です。


三浦しをん「純白のライン」ではニューヨークマラソン、
あさのあつこ「フィニッシュゲートから」では東京マラソン、
そして近藤史恵「金色の風」ではパリ・マラソンが舞台となっています。
けれど、躍起になってタイムを伸ばそうとか
少しでも上位を目指そうなどと思ってはいません。
主人公たちはかつて何かしらの頂点を目指していたけれども挫折。
中途半端に終ってしまった夢に、
何か後ろめたさを抱えているのです・・・。
考えてみれば、何においても頂点に立つのはほんの一握りの人々。
殆どの人は、手が届かないか挫折した夢と
なんとか折り合いをつけながら生きていくんですよね。
本巻の主人公たちは、いろいろな人との出会いの中で、
モヤモヤした思いをふっきり、
人と競うのではなく、ただ自分が好きだから"走る"ことをしようと思うのです。
これぞシティ・マラソン。
風を切って走る爽快感があふれる一冊。


特に、三浦しをんさんのニューヨークマラソンで、
クイーンズボロブリッジからマンハッタン沿道に入る付近の記述には思わず胸が熱くなりました。

・・・前方のマンハッタン島から地響きが聞こえてくる。
最初はなんの音だかわからなかった。
橋を下りて視界がひらけた途端、
広和も真結も思わず、「うわあ」と声を上げた。
沿道には大観衆が押し寄せていた。
地響きの正体は、見物人の声援と拍手と足踏みの音だった。


ニューヨーカーはクールな印象がありますが、
こうして走者に心からの声援を送る人情味は、日本でもどこでも一緒なんですね。


ところでこの本の読後に、
ショッキングな事件が起こりました。
ボストンマラソンでの爆破事件。
ゴール付近の出来事でした。
先に引用した文にもあるように、
おそらくたくさんの人たちが、応援につめかけていたに違いないのです。
こんなにも暖かな感動に包まれるべきはずの場所で
こんな卑劣な行為が行われるなんて・・・
残念でなりません。
事件の背景はまだ明らかではありませんが、
こんなことが二度とないよう、祈るばかりです。


「シティ・マラソンズ」三浦しをん、あさのあつこ、近藤史恵 文春文庫
満足度★★★★★


コズモポリス

2013年04月22日 | 映画(か行)
空虚と孤独に満ちたリムジン



            * * * * * * * * *

ニューヨークの青年投資家エリック・パーカー(ロバート・パティンソン)。
彼は28歳にして巨万の富を築き、今や愛人たちとの快楽に耽る日々。
その日彼は、2マイル先の床屋へ行くために
彼の真っ白い大型リムジンに乗り込みました。
ところがその日は、米大統領がニューヨークを訪れたり、
そのためのデモ行進があったり、
ビッグアーティストの葬儀行列があったりで、道路は大渋滞。
ほとんど車は動きません。
彼を訪ねていろいろな人がこの車に乗り込み、
仕事がらみの話をしたりセックスをしたり。
時々は外に妻の姿を見つけて車を降り食事をともにしたりする。
こんなふうにほとんど車の中で過ごす1日を描写しています。
そうこうするうちに、彼の暗殺者が現れたり、
中国「元」の動きの読み間違いで、膨大な損害を受けていることがわかってきますが・・・。



エリックは自分で額に汗して働いたわけではない。
パソコンに向かって数字を打ち込むだけで得てしまった富。
本作に彼のオフィスは出てこないのですが、
このリムジンの中に、パソコンの装備があり、
実はここですべての仕事が片付いてしまうのです。
「コズモポリス」はニューヨークのことですが、
このリムジンの中こそが彼の世界そのもの。
彼はこの中で健康診断さえ受けるのですが、
そこで医師に「前立腺が非対称」だといわれます。
彼の中では、美しく対称形をなす理論こそが正義だったのかもしれません。
自らの中に、非対称があると言われ、激しく動揺し始めるとともに
彼の築いた現実の中の“美しい理論”の崩壊が始まるのです。



エリックは、リムジンを訪れる女性たちをほしいままにするのに、
肝心の妻の心を捉えることができません。

巨万の富を築いても、居場所と思えるのはこのリムジンのみ。
始めは真っ白なそのリムジンも、終盤には暴徒に襲われ、
傷つき、落書きだらけになてしまいます。
空虚と孤独が、彼の心を蝕んでいく、そのことを象徴するかのように・・・。



さてと、こうして振り返ってみると
なかなか良くできた作品なのですよね。
しか~し!!
その会話の内容は殆ど抽象的で、字幕で追うにはちょっとつらい。
なんというか、私は迫り来る睡魔と戦いつつ、ひたすら忍耐の2時間弱・・・。
つくづく政治経済テーマのドラマが苦手な自分を再認識してしまいました。
ロバート・パティンソンといえばもちろん、あのトワイライトシリーズを思い浮かべます。
しかし、私ははじめの3作ほどを見ただけで、その後は必要性も感じず、見ておりません。
だから今回も彼に釣られてみたというわけではなく、
どちらかと言えば監督に興味を持っていたわけですが・・・、
もう少しスリリングに楽しめるかと期待していましたが、みごとに沈没しました。
つくづく私はミーハーな映画鑑賞者なのでした。


「コズモポリス」
2012年/フランス・カナダ/110分
監督・脚本:デビッド・クローネンバーグ
原作:ドン・デリーロ
出演:ロバート・パティンソン、ジュリエット・ビノシュ、サラ・ガンドン、マチュー・アマルリック、ジェイ・バルチェル

退廃度★★★★★
満足度★★☆☆☆



帰郷

2013年04月21日 | 西島秀俊
故郷への旅は、心の異郷の旅



            * * * * * * * * *

本作の冒頭、いいですね。
帰宅すると母から届いていた一枚のはがき。
なんと本人の結婚式の案内だっ!
何も聞いていなかった晴男(西島秀俊)は、ただボー然。
・・・というわけで、久々に故郷へ帰る晴男。物語はここから始まる。


母の結婚式はこじんまりと何事もなく過ぎるのだけど、
久々に幼なじみと飲みに行った店で、
晴男は思いがけない人物と再会するんだね。
8年前にたった一度関係を持った深雪(片岡礼子)。
彼女はその翌日町を出て行ってしまい、それ以来音信不通だった。
晴男はずっと彼女を思っていたことが見て取れます。
しかし、彼女はシングルマザー、つまり子持ち。
8年前に別れて、今いる娘が7歳? 
しかも名前はミハルで、晴男のハルと同じだなんて彼女は言う。
それって、あの時に出来た自分の娘??? 
そう思って動揺する晴男に、明日、自分の家に来て欲しいとだけ言う深雪。
ところが、次の日彼女の家を訪ねてみれば、子供はいるけれど深雪の姿が見えない。
置き去りにされたミハルを放ってもおけず、晴男はミハルを連れ歩くことに・・・。


始めは子供にどう話しかけていいのやらもわからず、戸惑う晴男が、
次第に互いに打ち解けて心の距離感を縮めていくさまがよく描かれていたよね。
まあ、ほとんど自分の子供と信じていたので必死ではあったよね。
「言っても、言っても、聞こえないものはなーんだ。」
ミハルのなぞなぞの答えは、「心の声」。
だけど、二人は一日を共に過ごして、心の声が聞こえるようになってくる。
たった一泊の帰郷のつもりが、晴男にとっては実に長い「心の旅」だったわけだねえ。
東京に帰れば何も変わらない毎日なのだろうけど、
でもきっと彼の中で何かが変わっていると予感させられるね。
不器用で、ちょっとぼーっとしている感じ。
いつも深雪に翻弄されてしまうという、心優しき独身男。
いい感じでした。


だけどね、このポスターですごく損をしてると思う。
そうなんだよねー、もっと西島さんがステキな表情をしているシーンが沢山あるのに、
なんでこの写真なんだって、思う。
この雰囲気はほとんど「寅さん」とか「幸せの黄色いハンカチ」だよ・・・。
あまりにも生活じみてる感じがする・・・・
いや、確かに、生活感あふれる作品だし、山田洋次監督は好きだけどね。
今、西島さんめぐりの中でやっと見る気になったわけだけど、
そうでなければ見ようとは思わなかったかも・・・
いや、今の西島さんを知っていればこそ、もっとライトな感覚を期待してしまうわけだけどね・・・
2004年作かあ・・。こんなもんですかね。
あ、でも子役が変に可愛らしすぎない(?)ところは良かった。

帰郷 特別篇 [DVD]
西島秀俊,片岡礼子,吉行和子
ジェネオン エンタテインメント


「帰郷」
2004年/日本/82分
監督:萩生田宏治
出演:西島秀俊、片岡礼子、守山玲愛、高橋長英、吉行和子

ロードムービー度★★★☆☆
西島秀俊の魅力度★★★★☆
満足度★★★☆☆


「とんび」重松清

2013年04月19日 | 本(その他)
日本的、昭和的、熱きオヤジ像

とんび (角川文庫)
重松 清
角川書店


         * * * * * * * *

昭和三十七年、ヤスさんは生涯最高の喜びに包まれていた。
愛妻の美佐子さんとのあいだに待望の長男アキラが誕生し、
家族三人の幸せを噛みしめる日々。
しかしその団らんは、突然の悲劇によって奪われてしまう―。
アキラへの愛あまって、時に暴走し時に途方に暮れるヤスさん。
我が子の幸せだけをひたむきに願い続けた不器用な父親の姿を通して、
いつの世も変わることのない不滅の情を描く。
魂ふるえる、父と息子の物語


     * * * * * * * *

TVドラマ化されたものですが、見ていなかったので遅まきながら・・・。


本作の父親、ヤスさんはとにかく熱い!!
冒頭、奥さんを大好きだし、もうすぐ子供が生まれる。
幸せで、幸せで困ってしまう。
そんなシーンには、私、正直ちょっと引き気味でした。
こういう熱い親父さん、苦手・・・。
などと思っているうちに、
事故で奥さんが亡くなってしまいます。
取り残された夫とまだ幼い息子アキラ。
特にアキラくんが不憫で不憫で、思わずもらい泣き・・・。


本作はこの事故の原因を最後まで息子に隠し通そうとする
ヤスさんの心意気がひとつの芯となって展開していきます。
反抗期で口数も少なくなってきたアキラが、
やがて東京の大学へ進み、東京で就職。
若くてバリバリのヤスさんにも老いが見えてきます。


このストーリーのようなドラマチックなことはないにしても、
親が子供を思う気持ちは同じだなあ・・・と、
そこまで熱くはなれない私も感じ入るのでした。
普通の家庭に、普通におこる親子の愛憎。
遠く離れて暮らしても決して途切れることのない絆。
ちょっぴり懐かしい昭和の時代を背景とした、
父と息子の絆の物語なのでした。
ハリウッド映画的「父と息子の確執」というのとはちょっと違いますね。
なにしろ、表題の"とんび"は、
「とんびが鷹を生む」の"とんび"。
予想外に出来の良い子供ができちゃった・・・という。
でも、その不器用な父親の、ただひたすらに息子を守りたいという愛情の発露、
いかにも日本的で、受け入れやすいです。
まあ、そんな熱さも有りかな、と。

「とんび」重松清 角川文庫
満足度★★★☆☆

マノレテ 情熱のマタドール

2013年04月18日 | 映画(ま行)
愛と生への執着

            * * * * * * * * *

スペインの国民的英雄闘牛士マノレテの伝記的作品です。
闘牛士の家庭に生まれたマノレテ(エイドリアン・ブロディ)は、
10代にしてその才能を開花、
瞬く間にスターの座に上り詰めます。
闘牛士の掟に「生への執着が起こる」からとして、
「女と付き合わない」というのがあるのですが、
それに反してマノレテは、奔放な美女ルペ(ペネロペ・クルス)を見初め、
激しい愛を交わす仲となります。


闘牛士としての身のこなし、美しいものだなあ・・・と思いました。
たとえ心は恐怖でいっぱいだったとしても、
背筋を伸ばし、優雅に布を振る。
エイドリアン・ブロディがかっこいい。
彼は闘牛場の外ではなんだか情けない感じなのですが、
牛と向き合うとスッと無心となり凛として見えるのです。
剣豪が真剣勝負の時に見せる気合いのような感じ。


ルペは、「あなたは私よりも死に魅入られている」というのですが、
今作の場合は、ルペこそがその魅惑の“死”から彼をこの世に引き戻しているのです。
というのも、あるときルペが姿を見せない闘牛場で
彼は負傷してしまいますし、最後の闘牛の時も・・・。


マノレテは、ルペと二人だけの時に彼女を「マミータ(お母さん)」と呼びます。
彼にとっては、共にいて至福の相手が「マミータ」なのでしょう。
けれど、彼女のことをそう読んでいることを他の人には言わないで、とも言います。
まあ、それはわかりますね。
マノレテは最期の場面で、「マミータ」と呼ぶのですが、
周りの人は「お母さん」を呼んでいるのだと思います。
ルペは彼との約束とプライドを守るために、
彼のそばへ行くことができません。
彼を深く愛するがゆえのこと・・・
切なさがこみ上げる名シーンでした。


単に闘牛の名手というだけでなく、
このようなナマの愛と人の姿を描いたというところで
成功している作品だと思います。
それにしても、ペネロペ・クルス。
美しく妖艶。
情熱的。
そして奔放。
こういう役には実にドン・ピシャリですよねー。
女ながら、つい見入ってしまいます。

マノレテ 情熱のマタドール [DVD]
エイドリアン・ブロディ,ペネロペ・クルス
パラマウント ホーム エンタテインメント ジャパン


「マノレテ 情熱のマタドール」

2010年/スペイン・イギリス・フランス・アメリカ・ドイツ/92分
監督:メノ・メイエス
出演:エイドリアン・ブロディ、ペネロペ・クルス、サンティアゴ・セグーラ、フアン・エチャノベ、アン・ミッチェル


情熱度★★★★☆
満足度★★★★☆

偽りなき者

2013年04月17日 | 映画(あ行)
真実を抱く者は強い



            * * * * * * * * *

親友テオの娘クララの作り話が元で、
変質者の烙印を押されてしまったルーカス。
いくら彼が真実を叫んでも、人々は先入観に凝り固まり聞く耳を持ちません。
仕事も友人も失い、
石を投げつけられたり、店での買い物を断られたり・・・、
事態はなすすべもなく悪化を辿ります。





全く理不尽な出来事。
一方的なある一人の発言から始まって、
いわれない中傷や非難が集中してしまうという、
昨今時々耳にする恐ろしい風潮を思い起こします。
こんな時には、本人が何をいっても聞き入れてはもらえない。
作中では、クララが真実を告げてすらも
人々はそれをも聞き入れようとしないのです。
こんな困難をルーカスはどのように乗り越えようとするのか・・・。
息詰まる思いで彼の行動を見守ってしまいました。


しかしこんな中で、彼の息子だけは彼の無実を信じていました。
これは心強いですね。

ハリウッド映画なら、まず息子から見放されたりするのですが・・・。
ルーカスは幼稚園の職員なのです。
実に子供の心をひくのが上手い。
そんなところを見ると、たぶん息子マルクスとも、
小さい時から信頼関係で結ばれていたであろうことが伺えるのです。
そもそも、クララのウソも、実はルーカスを「好き」なことの裏返しでしたよね。



とにかく実証もないことなので、
警察に出頭したルーカスはすぐに放免されるのですが、
町の人達は納得しないのです・・・。
彼に向けられる嫌がらせと言うか、すでに“悪意”ですが、それは深まるばかり。
実際こんなことがあったら、すっかり自暴自棄になってしまいそうです。
嫌になって町を去るという選択もあったかも。
けれど“自分は無罪である”というプライドが彼を支え続けたのでしょう。
歯を食いしばっても日常の生活を続けようと、彼は思ったのでしょう。
また、彼の怒りはクララに向かったりはしません。
大人だなあ・・・。
はい、こういうのを本当の大人というのだと思います。
でも、彼が耐えられなかったのは親友テオに信じてもらえなかったこと。
クリスマスの教会で、彼の強い視線がテオを射抜きます。



結局は真実を抱くものが強いのでしょう。
けれども、一度芽生えた悪意は容易に消えるものではないという
ヒンヤリとした感触を残しつつ・・・。
非常に見応えのある作品でした。

P.S. ワンちゃんが・・・(T_T)

「偽りなき者」
2012年/デンマーク/115分
監督:トマス・ヴィンターベア
脚本:トマス・ヴィンターベア、トビアス・リンホルム
出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、アニカ・ビタコプ、ラセ・フォーゲルストラム、スーセ・ウォルド
理不尽度★★★★★
満足度★★★★☆

「月の恋人」道尾秀介

2013年04月15日 | 本(恋愛)
TVドラマとは別物として楽しんでみては・・・?

            * * * * * * * * *

不甲斐ない彼氏と理不尽な職場を捨て、
ひとり旅に出た弥生は、滞在先の上海で葉月蓮介と出会う。
蓮介は、高級家具を扱うレゴリスの若き経営者として注目される存在だった。
一方、この街に住むシュウメイは、美貌を買われ、
レゴリスのCMモデルに選ばれるも、それをきっぱりと断っていた―。
恋は前触れもなく、始まった。
道尾秀介があなたに贈る、絆と再生のラブ・ストーリー。


            * * * * * * * * *

道尾秀介さんの文庫本新刊!ということで、購入してから気付きました。
そういえばこれ、TVドラマ化されていたものですね。
私、普段あまりTVドラマは見ないので忘れていました。
本作は、小説家が書きおろしでストーリーを作り、
それをもとに連ドラを制作、
そのドラマの放映とほぼ同時に原作本を刊行する
・・・というコラボ企画で書かれたもの。
しかもラブ・ストーリーということで、
道尾秀介作品としてはかなり異色です。
でも、これが面白かったのだな・・・。


年度末の忙しい時期で、
少しでも睡眠時間を確保したいと思っていたのに、
読み出すとなかなか止められず、眠くもならず、
結構なペースで読んでしまいました。
しかし、本巻のあとがきで著者が述べていますが、
この本とドラマはかなり内容が違い、
特にヒロインの人物像が大きく異なっているとのこと。
であれば、先にドラマを見たという方も、
ぜひ読んでみてはいかがでしょうか。
私は、この本の結局何がそんなに面白かったのだろうかと振り返れば、
このヒロインの飾らない人柄(一応見栄っ張りでもありますが)が親しみやすく、
つい感情移入して、先が気になってしまったのだなあ・・・と思ったのです。
会社経営のため"情"を捨て去ってしまったかのような蓮介が、
また人間味を取り戻していく、そのきっかけとなる彼女。
TVドラマでは、線香花火のコマーシャル映像などもあったのでしょうか。
それは見てみたかったと思います・・・。

「月の恋人」道尾秀介 新潮文庫
満足度★★★★☆

善き人

2013年04月14日 | 映画(や行)
大きな時代のうねりになすすべもなく・・・



            * * * * * * * * *

1930年代ドイツ。
ヒトラー独裁が進んできている時代です。
ベルリンの大学教授ジョン・ハルダー(ヴィゴ・モーテンセン)は、文学専門ですが、
過去に書いた小説がヒトラーに気に入られ、ナチ党に入党せざるを得なくなります。
家では母を介護し、家事が苦手の妻に変わって家事もこなす、
善良で平和を愛する一市民。
彼のかつての戦友で親友のモーリスは精神科医。
互いに遠慮のない仲ですが、彼はユダヤ人。
ナチスが文化人を取り込んで自らを権威づけようとする政策のお陰で
ジョンは昇進し生活も安定していくのですが、
モーリスは周りの人々から嫌がらせを受け、
国外逃亡もままならなくなってきます。
そしてついにはユダヤ人狩りが始まる・・・。


自分や家族の身を守るために、なすすべもないまま流されていくうちに、
加害者側に加担してしまっている自分。
何もドイツの、このジョンだけの話ではありません。
私達の周りにもこうしたことは多くあるような気がします。
どこで引き返せばよかったのか。
いや、それでもこうするほかなかった・・・。
自責の念、後悔と苦いあきらめ・・・。
呆然と立ちすくむジョンの姿に、私たちの思いも沈んでいきます。



おのれのナチス親衛隊の制服姿に呆然とするジョン。
それでも彼の良心だけは元のままであることが、たった一つの救いです。
でも、「良心」だけではなんの足しにもならないということか・・・・。
ナチスの本部には当時最新鋭の、ユダヤ人たちのデータカードが整然と並んでいます。
(今ならパソコンのデータベースで検索もあっという間なのですが。)
しかし、それでモーリスの行先だけはすぐに分かったものの、
現地へいけば、
「収容されているのは3万人で、個人を探しだすのは不可能」
とあっさりといわれてしまうのです。
そもそもそこまで厳密にデータを管理する必要もない、
人間扱いされていないということなのでしょう。
何度見ても聞いても理不尽なユダヤ人への迫害。
まさに人類の負の遺産と言うべきもので、忘れてはなりませんね。


本作はもともと舞台劇だそうですが、映画は場面の切り替えも多くて、
さほどその名残はありません。
ただ、ふとしたときにジョンの中で鳴り響く美しい音楽の描写に、
その片鱗がありますね。


無頼のヴィゴ・モーテンセンもステキですが、
こうしたインテリで線の弱い感じもなかなかですね。
と言うか、本作を見たら、こういうヴィゴ・モーテンセンのほうがホンモノに思えてしまいます。
“俳優”と言うよりも、“役者”という風格です。

「善き人」
2008年/イギリス・ドイツ/96分
監督:ビセンテ・アモリン
原作:C.P.テイラー
出演:ヴィゴ・モーテンセン、ジェイソン・アイザックス、ジョディ・ウィッテカー、スティーブン・マッキントッシュ、マーク・ストロング
歴史発掘度★★★★☆
満足度★★★★☆

「渡りの足跡」 梨木香歩

2013年04月13日 | 本(その他)
自分の居場所を求めて

渡りの足跡 (新潮文庫)
梨木 香歩
新潮社


      * * * * * * * *

この鳥たちが話してくれたら、
それはきっと人間に負けないくらいの冒険譚になるに違いない―。
一万キロを無着陸で飛び続けることもある、壮大なスケールの「渡り」。
案内人に導かれ、命がけで旅立つ鳥たちの足跡を訪ねて、
知床、諏訪湖、カムチャッカへ。
ひとつの生命体の、その意志の向こうにあるものとは何か。
創作の根源にあるテーマを浮き彫りにする、奇跡を見つめた旅の記録。


         * * * * * * * *

梨木香歩さんの、鳥の「渡り」にまつわる、ノンフィクションエッセイ。
先の「水辺にて」という、彼女のカヤックにまつわるエッセイの姉妹編と言ってもいいかもしれません。
エッセイというよりも・・・、
本巻の解説氏の言う"ネイチャーライティング"、
はい、この言い方が一番しっくりきますね。


梨木香歩さんは、本当に自然の営みの中にいるのがお好きのようです。
鳥たちを訪ねて知床、諏訪湖、カムチャツカ・・・。
様々な鳥についての知識も、なんと豊富なこと。
正直、雀とカラスの見分けくらいしかつかない私には、
鳥の名前を挙げられてもよくわからなかったのが残念。
でも、私も嫌いではないです。
登場する鳥についてはちゃんと解説も付いているのですが、
う~ん、図説も是非つけてもらいたかった、カラーで
・・・と、残念に思いながら読んでいました。
ところが読み進むうちに、
渡り鳥のことだけではなく、
二次大戦中のアメリカ在住の日系人たちのこと、
開拓のために知床へ渡った人々のことなどに触れていきます。
そうでした、鳥だけではなく、人もまた、
自分の居場所を求めて壮大な旅をするのでした。


生物は帰りたい場所へ渡る。
自分に適した場所、自分を迎えてくれる場所。
自分が根を下ろせるかもしれない場所。
本来自分が属しているはずの場所。
還っていける場所。
たとえそこが、今生では行ったはずのない場所であっても。



本巻の解説は立教大学大学院教授、野田研一氏によるものですが、名解説です。

「他者とともに、他者の世界へ向かう試み。
それがひいては自己へ向かう試みである。」
とこの本のことを言っています。
それは上記のような文章でもうかがえるのですが、
そこが梨木香歩さんのエッセイのすばらしいところです。
だからやっぱりこの本には図解は必要ないのだな、と納得しました。
本書は鳥の図鑑ではないのですから。
・・・でも、後で図鑑で調べてみるのは悪くないですよね?


それにしても、「水辺にて」でも感じましたが、
このような自然に恵まれた北海道に住んでいるというのに、
札幌住まいの私は、ほとんど本当の北海道を知らないということに愕然としてしまいました。
恥ずかしく、残念なことです・・・。
せめてバードウォッチングくらいはじめましょうか?


ちょっと長くなりますが、梨木果歩さんの北海道の秋の森の描写。

カツラの枯葉のような甘さ、マツの類の香の清冽さ、
サケの死骸が土に還っていく寸前のような安心感、
茸やヤマブドウの実が生まれてくる、朽ちていく、分解されていく、発酵する、
それらが湿り気と、すぐにそれを相殺する乾いた風の繰り返しで、
なんとも透明感と深みのある凛とした空気を醸し出し、
何かの加減で、それが大気に紛れ消え去る前に一筋、
ふっと鼻孔をかすめることがあるのだ。
明るいもの悲しさ、と呼びたいような、秋の豊穣。


素晴らしい表現です。
私のよく知っている森が目の前にあるかのようです。
もしかすると、最近私は、彼女の物語よりも
こうしたネイチャーライティングのほうが好きかも。

「渡りの足跡」梨木香歩 新潮文庫

満足度★★★★☆

サヨナライツカ

2013年04月11日 | 西島秀俊
あの女は、会えば会うほどまた会いたくなる



            * * * * * * * * *

中山美穂の12年ぶりの映画出演。
しかも原作はご主人の辻仁成。
そして日本作品ではなく韓国作品、ということで結構異色作でした。
えーと、今作は原作を読んだんだよね。
そう、結構好きだったよ。
映画化され公開される少し前に読んで、ぜひ見たいとは思ったんだよね。
だけど、色々な映画評ではあまり芳しくなくて結局見ずじまいだった・・・。
今頃西島秀俊さん出演ということで、みることになるというのも予想外だけど。
ストーリーは、こちらを見てね・・・
→「サヨナライツカ」



それで、どうなんでしょう?
いや、もともと、「好青年」の豊が日本に婚約者がいながら、
バンコクで出会った謎の美女沓子と深い関係になっていく・・・
という設定は好きではなかったよ。
けど、映画はこの若い二人のシーンが非常にいい。
貪り合うように体を重ねる二人。
自由奔放な沓子に振り回される豊。
心の底には罪悪感を抱えつつ・・・。
異国だからこその開放感もあって、いい空気感がありますねえ・・・。





原作を読んだ時には、その部分より、実はその25年後の方が好きだったのだけれど・・・
なぜか映画では25年後、なんだか盛り上がらなかったなあ・・・
あれですか、フケメイクだから・・・
ちょっとわざとらしいよねえ・・・
西島秀俊さんは、この50代男性を演じるため体重を13キロも増量したそうなんですが、
結局その部分はカットされて使われなかったとかで。
ひゃー、苦労の割に報われない・・・。
ああ、違和感はそこにもあったかな。
好青年が出世した割にはなんだかちょっと貧相にもみえた・・・。
増量した西島さんもちょっと見てみたかったな・・・。
どういうわけか、妻光子だけが、異様に女ざかりで美しくなっていたりして・・・
ああ、そこだよね。
あの自由奔放、男の前では女王様みたいな沓子が、
光子の前では打ちひしがれて何も言えなかった・・・。
怖いシーンだったなあ・・・。
でもあそこではまだ婚約者でしょう。
だけどまあ、豊はとりあえず自分を嫌いではないし、
豊の思い描く出世には自分が絶対必要って、絶大な自信がある訳なんだなあ。



「あの女は会えば会うほど、また会いたくなる。
今も会いたくてたまらない、死にそうだ・・・」
そうつぶやく豊。
でも、自分の将来の方を大切にした・・・。
そのまま25年ね・・・。
そういう「思い」というのは、年月に関係ない気がするよ。
その凝縮した思いの現れというのが、
なんだか今作ではうまく表現しきれてなかったような気がして、ちょっと残念。
西島秀俊さん出演作品、ここのところずっとみてきたけど、
今作が一番面白くなかったなあ・・・。
そもそも、ストイックな役が多いでしょ。
しかもサラリーマンとかではなく。だからなんだか調子狂った。
でも、ひとつ言わせて。
はい、どうぞ。
沓子はつまり、“女の敵”のような存在だけどさ、私はそんな存在になってみたい。
男をまるで麻薬のように溺れさせる、そんな魔性の女に・・・。
うわ。よしなよ、全然キャラじゃないし~。
やっぱり・・・。あ、でもせめて30年前なら・・・
ムリムリ。


2009年/韓国/134分
監督:イ・ジェハン
原作:辻仁成
出演:中山美穂、西島秀俊、石田ゆり子、加藤雅也

異国情緒 ★★★★☆
西島秀俊の魅力度★★★☆☆
満足度★★★☆☆