映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

TAKING CHANCE 戦場のおくりびと

2020年08月31日 | 映画(た行)

死者を悼む心は本物

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イラクの戦場から帰国し、内勤の任務に就いた海兵隊員マイケル(ケビン・ベーコン)。
イラクの戦死者リストの中に、チャンスという自分と同郷の若者の名を見つけ、
その遺体をワイオミングの家族の元に届ける任務に志願します。

本作は、チャンスの遺体が清められ、
飛行機や車で移動する際も十分に敬意を払われて両親の元に届けられ、
葬儀が行われるまでを丁寧に描いています。

 

通常は戦死者の護衛をするような立場ではないマイケルなのですが、
今は兵を送り出す側の身として、一度護衛を担当してみたいという思いがあったのでしょう。
実際、体験しなければわからないことですが、
マイケルはその一部始終を見届けることになります。

 

戦地からまずはアメリカの基地に送られた遺体は、
担当者により丁寧に清められ、また血や泥で汚れた遺品等もピカピカに磨き上げられます。
厳重に封印された棺は車や飛行機で国内を移動。
その間移送に関わった人々や、それと知った通りがかりの人々でさえも、
死者と護送のマイケルにも十二分な敬意を払います。
そんな様子に、マイケルは心を打たれ、なお一層敬虔な心持ちにさせられます。
そして私たちも・・・。

 

国のために命を捧げた若者。
彼と彼の行為・運命に人々は敬意を払い、悼み、祈りを捧げます。
美しく心洗われる光景です。

ではありますが、若干あまのじゃくな私は少し思うところもあります。

この若者は、生きているときにこんなにも人々から熱い思いを向けられたことがあっただろうか・・・。
生きているときはおざなりで、死んでからこんなに大事にされてもなあ・・・と、
まあ、死者は物思いはしませんが、もし彼の体から抜け出た魂があれば、そう思うかも。
本当は生きている人こそが大事ですよね・・・。

 

だから本作、結局戦争賛美と受け取る人もいるのだろうな・・・と。
私はそうは思いませんけれど。

ともあれ、死者を悼む人々の心は真実と思えました。

 

<Amazon prime videoにて>

「TAKING CHANCE 戦場のおくりびと」

2009年/アメリカ/79分

監督:ロス・ケイツ

出演:ケビン・ベーコン、トム・アルドリッジ、ニコラス・リース・アート、ブランチ・ベイカー

 

敬虔さ★★★★★

満足度★★★★☆

 


「闇の守り人」上橋菜穂子

2020年08月30日 | 本(SF・ファンタジー)

バルサ自身の物語

 

 

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女用心棒バルサは、25年ぶりに生まれ故郷に戻ってきた。
おのれの人生のすべてを捨てて自分を守り育ててくれた、養父ジグロの汚名を晴らすために。
短槍に刻まれた模様を頼りに、雪の峰々の底に広がる洞窟を抜けていく彼女を出迎えたのは――。
バルサの帰郷は、山国の底に潜んでいた闇を目覚めさせる。
壮大なスケールで語られる魂の物語。
読む者の心を深く揺さぶるシリーズ第2弾。

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守り人シリーズ第二弾。
女用心棒バルサが、養父ジグロとともに国を出て彼に武術を習ういきさつは、
前巻でも簡単に触れられていました。
本巻では、そのことが本筋のストーリーとなります。

 

バルサは、25年ぶりに生まれ故郷カンバル王国に戻ってきます。
この王国には迷路のように張り巡らされた地下洞窟があり、そこにはまた別の世界が広がっています。
人は通常そこに足を踏み入れることはありません。
けれどあえてバルサは闇の洞窟を抜けて、カンバル王国入りをします。
というのも、ジグロは王国から追われる身となったまま没しており、
自分の身の上が明らかになることは良くないと考えたから・・・。

ところがさっそくその洞窟の暗闇の中で、彼女は謎の人物と闘うことになる・・・。
このストーリーの中で、始めにこんなシーンを置くという、何と大胆な構成。
これこそが、終盤でとても意味のあるシーンである訳で・・・。

 

カンバル王国でずっと守られてきた伝承。
そして、渦巻く陰謀・・・。
それらを交えながら、己の信念に従い突き進んでいくバルサの強さがなんとも心強い。

 

ラストの戦いのシーンには胸を打たれます。
自分の生き方を信じ実行しながらも、胸奥にはやはりそうではない思いが渦巻いているものなのですね。
こいつのせいでこうなった・・・。
こいつさえいなければ・・・。
他者から見ても自分でも、それは「正しい道」なのだけれど、
そのためにとてつもない苦しみを抱くことになる、ということはあります。
そんな時、自分はあえてそのことを考えないようにしてはいても、
実はこんなことになったことを誰かのせいにしてしまいたくなる・・・。
人間なら当然ある感情ですね。
そんな心の闇に、鋭く踏み込んでいく物語。
恐れ入りました・・・。

 

この地下の世界もまた、「サグ」と「ナユグ」のように、
目には見えない二重世界があるというのもまた興味深いところでした。
本巻でやっとバルサの「自分探し」がなされたわけで、今後の展開がまた期待されます。

 

図書館蔵書にて

「闇の守り人」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

 

満足度★★★★★


「精霊の守り人」上橋菜穂子

2020年08月28日 | 本(SF・ファンタジー)

女用心棒バルサが行く

 

 

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女ながら、腕のたつ用心棒である、バルサは、
新ヨゴ皇国の皇子チャグムの命をすくうだが、
このチャグム皇子は、ふしぎな運命を背負わされていた。
“精霊の守り人”となったチャグム皇子を追って、ふたつの影が動きはじめ
バルサの目にみえぬ追手から命がけでチャグムを守る…
野間児童文芸新人賞。産経児童出版文化賞。路傍の石文学賞受賞。

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アニメ化もTVドラマ化もされた本作。
著者にはすでになじみがありますし、私はこれまで見ていなかったので、
この際長く楽しめるはずと思い、読み始めました。

 

なるほど・・・、人気があるのもよくわかります。
いきなり登場するのが、女ながら凄腕の用心棒バルサ。
この、全然女っぽくない、サバサバとした物言いのバルサに
まずさっそく引きつけられて、ファンになってしまいます。
私、こういう女性大好き・・・♡

 

本巻では、彼女が新ヨゴ皇国の皇子チャグムの命を守り抜くというストーリー。
この舞台仕立てがなんとも不思議でステキです。
同じ場所に、私たちが生きる人の世「サグ」と、全く別の「ナユグ」という世界が
重なり合って存在しているというのです。
次元が違うとでもいうのか・・・。
別個の存在ながら、時として互いに影響し合う・・・。
普通の人間にナユグの世界を見ることはできないけれど、
特別な呪術師であれば、つかの間垣間見ることができる。

バルサはそんなナユグの世界からサグへ突如現れる怪物と闘うことになりますが・・・。
スペクタクルです!! 
ここはアニメでぜひ見たいところではある。

 

過保護に育てられたチャグムが、運命に翻弄され、
いきなり皇国を追われてしまうのがなんとも哀れだし、
でもたくましく変わっていくのもいいですね。

バルサと幼なじみのタンダとの関係性も、今後楽しみ。

満足いっぱいの、守り人シリーズ第一作でした!!

 

図書館蔵書にて

「精霊の守り人」上橋菜穂子 軽装版偕成社ポッシュ

満足度★★★★★

 


グッバイ、リチャード!

2020年08月27日 | 映画(か行)

本当に「生きて」みる。

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場所を移転して、新装オープンとなったサツゲキ。
この度やっと初めて行きました。さすが、新しくて気持ちがいい!!

 

さて本作、ジョニー・デップ主演なので、これは見逃せません。
奇人、変人ではないジョニー・デップを待っていたんですよ・・・。

大学教授、リチャード(ジョニー・デップ)は医師から余命宣告を受けます。
家族にそのことを告げようとしたその日、
娘は自分がレズビアンであることを、妻は不倫をしていることをカミングアウト。
リチャードは自分のことを言い出せなくなってしまいました。

それはともかく、彼は考える。
死を前にして、残りの人生を謳歌しよう、と。
ルールや立場に縛られずに自分らしくありのままに生きる・・・。
そんな彼の自由な言動は、周囲にも影響をおよぼしていきます。

彼は文学の教授なのです。
そこで、本気でやる気のある学生たちだけを、ふるいにかけて残して言います。

「人は必ず死ぬ。そのことがわかっているのに、なぜ“生きて”いないのか。」

周囲のことなんか気にしないで、自分のやりたいことをやれ!!
というのですね。
それは今回のことでやっと彼が気づいたことだったのですが。

 

始めに奇人・変人ではないジョニー・デップと描きましたが、
いや、でもやっぱり基本的に彼は普通ではないですよね。
世間一般の規範には収りきらない、そこが彼の魅力です。

余命宣告を受けた人が死ぬ前にやりたいことのリストを作って一つずつ実現していく、
というのがよくあるパターン。
でも本作はそれとは違うのです。
彼は「死ぬ」ために何かをするのではなく、一層「生きる」ためにやりたいことをするのです。
癌患者のためのグループセラピーなんかくそ食らえ!!

ああ、やっぱり私も死ぬなら癌で死にたいなあ・・・なんてね。

 

<サツゲキにて>

「グッバイ、リチャード!」

2018年/アメリカ/91分

監督:ウェイン・ロバーツ

出演:ジョニー・デップ、ローズマリー・デウィット、ダニー・ヒューストン、ゾーイ・ドゥイッチ

 

自由度★★★★☆

ジョニー・デップの魅力度★★★★☆

満足度★★★.5


ターミネーター ニュー・フェイト

2020年08月26日 | 映画(た行)

ターミネーター2の正当な続編

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「ターミネーター」の通算6作目ではありますが、「ターミネーター2」の正当な続編と歌われる本作。
このシリーズは大好きなのですが、本作はまだ見ていなかったので拝見。

 

「ターミネーター2」において、人類滅亡の日である「審判の日」は回避されました。
そんな少し後の話・・・。

メキシコシティで父・弟とごく平凡な生活を送っていた21歳ダニー(ナタリア・レイエス)。
あるとき突然、未来から送られた最新型ターミネーター「REV-9」が現れ、彼女の命を狙います。
そこに現れたのが、同じく未来からやって来た女戦士グレース(マッケンジー・デイビス)。
彼女がダニーを守るため、REV-9と闘うのです。
そしてまたそんなところへ、あのサラ・コナー(リンダ・ハミルトン)が現れる・・・。

先にサラ・コナーが阻止した「スカイネット」とは別のAIが支配する未来から、
今回のターミネーターが送り込まれてきたのでした。
つまり、その未来において人類による抵抗軍中の重要人物が、この、ダニーなのです。

ターミネーター1・2を踏襲するパターン。
この2重構造がなんとも心憎い。
「正当な続編」というのも、大いに納得です。
「闘う女」が際立つのもいいですしね。
いずれにしても結局人類はAIに支配される、というところもまた切ないですけれど・・・。

年齢を重ねたサラ・コナー(=リンダ・ハミルトン)も、ますます風格が出てかっこよく、
こんな風に年をとりたいと、思う見本。

そしてシュワちゃんもちゃんと出てきますので、彼のファンも納得でしょう。

<WOWOW視聴にて>

「ターミネーター ニュー・フェイト」

監督:ティム・ミラー

制作:ジェームズ・キャメロン

出演:リンダ・ハミルトン、アーノルド・シュワルツェネッガー、
   マッケンジー・デイビス、ナタリア・レイエス、ガブリエル・ルナ

 

続編としての正当度★★★★★

満足度★★★★☆

 

 


あの日のオルガン

2020年08月25日 | 映画(あ行)

疎開保育園

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第二次大戦中に実際に行われた「疎開保育園」を題材にしています。

学童疎開の話はよく聞きますが、保育園児に対しても行われたことがあったのですね。
1944年、保母たちが幼い園児たちと共に、埼玉の荒れ寺で疎開生活をはじめるのです。
おそらく小学生でも親が恋しいと思うでしょうけれど、幼児ならばなおさら。
年端の行かない子どもと離れるのは忍びなく、この疎開については親の方にも抵抗があったのですが、
いよいよ東京にも空襲が始まり、
少しでも安全なところで子どもを過ごさせたいと思うようになったのです。
(もちろん、参加は希望者のみですが)
本作では、この疎開の提案者、バリバリのやり手保母・楓(戸田恵梨香)と、
新米のドジ保母・光枝(大原櫻子)を中心に話が進みます。

最大の保母さんたちの悩みは、親から離れて精神の安定しない子どもたちにオネショが増えてしまったこと。
布団乾燥機もない当時なら、オネショは本当に大変だったろうなあ・・・。
さすがに、常に保母の目が行き届く態勢で、まだ子どもたちも幼いとあって、
学童疎開でよく聞く「いじめ」がなかったのは幸いでした・・・。
ただ、必ずしも地元で温かく受け入れられたわけではない、というのもちょっと切ない。
保母の一人と地元の青年がちょっと会話を交わしたくらいで、
その仲を疑われて中傷を受けたりもします。

そんな中、ついには東京の大空襲で子どもたちの家族が亡くなったりするのです。
両親の亡くなったことを子どもに伝えなければならない・・・。
そんな時のつらさ。
まさに、涙、涙・・・。

戦時中の銃後の女たちにとっても、やっぱり日々の生活は「戦争」だったのだなあ・・・。
どこにぶつけていいのかわからない楓さんの「怒り」が際立ちます。

<WOWOW視聴にて>

「あの日のオルガン」

2018年/日本/119分

監督:平松恵美子

原作:久保つぎこ

出演:戸田恵梨香、大原櫻子、佐久間由衣、堀田真由、福地桃子、田中直樹、橋爪功

 

怒り度★★★★☆

満足度★★★★☆


2020年08月24日 | 映画(あ行)

縦の糸は菅田将暉、横の糸は小松菜奈

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たまたまですが、公開初日に見てしまいました。
さすが、人気の菅田将暉さん出演ということで、平日にもかかわらずほぼ満席。
といっても、コロナ対策で一つおきの座席ではありますが・・・。
つまり満員でも1/2の入り。
大丈夫か、映画館

さて、本作は1998年にリリースされた中島みゆきさんのヒット曲「糸」をモチーフとした作品です。

 

平成元年生まれの高橋漣と園田葵。
北海道で育ち、13歳の時に出会って恋をします。
しかしまもなく葵は母親に連れられて北海道を去ってしまいます。

8年後、21歳。
友人の結婚式が東京で行われ、そこで再会した漣(菅田将暉)と葵(小松菜奈)。
昔の思いはなくなっていないものの、
どうやら葵にはすでによい相手がいるらしく、肩を落とす漣。

漣は北海道・美瑛でチーズ職人の道を歩み、
葵は恋人と共に沖縄で暮らしたものの、結局は別れて、
ネイルサロンの仕事のためにシンガポールへ渡ります。
もう交わることのない別々の道を行く二人でしたが、
さらに時が過ぎて、平成最後の年・・・。

平成元年に生まれた男女の18年間を、
リーマンショックや東日本大震災など、平成史を絡めながら綴られていくふたりの物語。

まだ13歳の2人は、葵の家庭環境の劣悪さ故に、
ほとんど駆け落ちまがいの事になるのですが、所詮まだ中学生。
漣は葵を守り通すことができません。
そんな心の傷を引きずりながらの再会は、ドギマギするものでしたが・・・。

思いと実人生は別物。
2人はそれぞれの生活の中で大切な人を見出し、共に暮らしたり結婚したり。
初恋は記憶の彼方に薄れていくのですが・・・。
けれどもまた運命は巡り巡っていく・・・。

2人の出身地が北海道上富良野と美瑛というのはあまりにもできすぎのような気がしますが、
ま、いいか。
北海道、というのは中島みゆきさんの出身地なので、そのリスペクトでしょうね。
沖縄やシンガポールという、場所の広がりもなかなかいい。

菅田将暉さんが21歳と30歳の頃を演じますが、
どう見ても、それぞれの年齢に見えてしまうというのがすごい!! 
始めに登場した彼はチーズ工房の仕事もいささか投げやりで、
見ていても「もっと誇りを持って、しっかりやりなよ」と思えてしまったのですが、
それでも彼は着実に力をつけて、頼もしいチーズ職人に、そして一女の父親になっていくのです。
そういうことに全然違和感がありません。
この方は、チンピラ役も気弱な兄ちゃん役も、
どんな役でも自分のものとしてしまうのが本当にすごい。
演技もよし、歌もよし、ルックスもよし・・・
ラジオ番組でドリカムのマサさんが、生まれ変わったら菅田将暉になりたいとおっしゃっていました・・・

一方、カツ丼をわしわし食べるシーンで人を泣かせるという、
小松菜奈さんにも驚かされました。
シンガポールで事業に破れて、日本食堂で1人カツ丼を食べるのです。
ただひたすらに食べ始め、やがて本人も泣きながら食べるのですが、
その前に、私の方が泣いていましたもの。

 

心憎い豪華キャストと巡り行く時と人の物語。
ほんと、泣かされて、その余韻に長~く浸りました。

 

<ユナイテッドシネマ札幌にて>

「糸」

2020年/日本/130分

監督:瀬々敬久

原案:平野隆

脚本:林民夫

出演:菅田将暉、小松菜奈、山本美月、高杉真宙、倍賞美津子、榮倉奈々、斎藤工、成田凌

 

巡り会い度★★★★★

お涙度★★★★★

満足度★★★★★

 


「マカロンはマカロン」近藤史恵

2020年08月22日 | 本(ミステリ)

無自覚なバイアスを織り込んで

 

 

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下町のフレンチ・レストラン、ビストロ・パ・マルはカウンター七席、テーブル五つ。
三舟シェフの気取らない料理が大人気。
実はこのシェフ、客たちの持ち込む不可解な謎を鮮やかに解いてくれる名探偵でもあるのです。
突然姿を消したパティシエが残した謎めいた言葉の意味は?
おしゃれな大学教師が経験した悲しい別れの秘密とは?
絶品揃いのメニューに必ずご満足いただけます。

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近藤史恵さん、先日のお口直し(失礼!)という感じで、本作。
フレンチ・レストラン、「ビストロ・パ・マル」のシリーズ第3巻。

 

はい、堪能しました。
やはりいいです、このシリーズ。
レストランで見聞きした不可思議な謎を、三舟シェフが解き明かすという短編連作。
一作一作が、おいしい料理を食べた後のような満足感。

 

どうしてだろうと、我ながら不思議な気がしましたが、
巻末の解説で若林踏氏が「無自覚なバイアス」という言葉を使っていらっしゃいました。
例えば昨今、マスメディアやSNS上で差別的表現をして炎上することがあるけれど、
それについて発信者は「差別的な意図はなかった」とか「傷つける気持ちはなかった」などと謝罪します。
でも本当の問題は「差別的な発言を誘発しかねない価値観が内在していること」だというのですね。
このような、無自覚な差別意識=無自覚なバイアスを、近藤史恵さんが作品に織り込んでいるのです。

本巻では、トランス・ジェンダーのこと。
開発途上の外国人のこと・・・。
こうしたところが、納得のいく読後感につながっています。
今後も続いてほしいシリーズです。

 

「マカロンはマカロン」近藤史恵 創元推理文庫

満足度★★★★☆

 

 


「わたしの本の空白は」近藤史恵

2020年08月21日 | 本(ミステリ)

 こんな人をあなたは愛し続けられるか・・・?

 

 

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気づいたら病院のベッドに横たわっていたわたし・三笠南。
目は覚めたけれど、自分の名前も年齢も、家族のこともわからない。
現実の生活環境にも、夫だという人にも違和感が拭えないまま、毎日が過ぎていく。
何のために嘘をつかれているの?
過去に絶望がないことだけを祈るなか、胸が痛くなるほどに好きだと思える人と出会う…。
何も思い出せないのに、自分の心だけは真実だった。

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私、近藤史恵さんのファンではありますが、すべてを読んでいるわけではありません。
今回は、図書館予約ですぐに借りられる本・・・ということだけで選びましたが、
何と、本当にそれだけのものだったかも・・・。

 

南という女性が主人公。
彼女が病院のベッドで目を覚ますところから始まりますが、
何と彼女は記憶を失っていて、自分が誰なのかもわからない。
しかし幸い身元はわかっていて、「夫」が見舞いにやって来ます。
見知らぬ他人が「夫」だと名乗り、家では義姉と義母との同居だという。
他に行く当てもない南は、退院し、見知らぬ家へ帰ります。
夫や家族に対面しても何も思い出せず、愛着すら感じません。
しかし彼女の夢の中には懐かしく愛すべき男性が登場するのです。
間違いなく自分はこの人を愛している・・・。
そう確信する彼女ですが、どこの誰ともわからないし、
そもそも自分には夫がいて、なぜ・・・?

 

・・・と、謎めいたストーリーはまずまず。
本作は時系列の通りに描くとつまらないかもしれません。
記憶喪失ということでストーリーとしては佳境になるべき部分から始まったのが効果的です。
けれども、自分を騙し続けお金も剥ぎ取った憎むべき男が、
ただ表面「優しげなイケメン」と言うことだけで愛情を持ち続けることができるのかどうか・・・。

そこのところにリアリティを感じ納得・共感できるかどうかが、好悪の分かれ道なのかも。
私はダメでした・・・。
いかに「ミステリ」であってもそういうところは大事なような気がします。
短編ならいざ知らず・・・。

図書館蔵書にて

「わたしの本の空白は」近藤史恵 角川書店

満足度★★☆☆☆

 


ボーン・コレクター

2020年08月20日 | 映画(は行)

ベッド上の探偵役と現場担当のワトソン役

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本作は公開時劇場で見た記憶がありますが、ブログ開始以前なので、再見。
原作がジェフリー・ディーヴァーで、かなり猟奇色の強い恐ろしい作品だった記憶が・・・。

 

ニューヨーク市警刑事ライム(デンゼル・ワシントン)は、4年前事故で脊髄損傷を負い、
片手と首から上以外は付随、寝たきりの生活となっています。
けれどその能力を買われ、捜査協力を続けているのです。

一方、警官アメリア(アンジェリーナ・ジョリー)は、
パトロール中に受けた無線で、1人事件現場へ向かいます。
そこで、無残な男性死体を発見しますが、意味不明な証拠物件を素早くカメラに収めます。
その迅速で機転の利いた判断に感心したライムが、彼女を自分の助手に任命。
ベッドから無線でアメリアに指示を送る2人のタッグが始まります。

 

・・・と、このような2人のいきさつも面白いのですが、
この事件は連続殺人としてまだ続いていくのです。
それがもう、目を背けたくなる残虐な殺人現場・・・。
しかもわざわざ、次の殺人場所の予告を残しておくなど、
ライムへのメーセージがこめられていそうでもある・・・。
探偵小説ではありがちですが、手遅れで、被害者を救えないということが二度、三度・・・。
恐ろしげな廃墟の殺人現場へただ1人歩み行くアメリア・・・。
ホント、ドキドキしますが、犯人の真の目的は意外なところにあった!!

 

ベッドから動けないライムは、コンピュータを駆使して推理を繰り広げます。
約20年前。
声でのパソコン操作、その当時は多分「へえ~」と思う革新的なテクノロジーと思えたでしょうけれど、
今となっては当たり前。
分厚いブラウン管のパソコンが、レトロです。
アメリアは、事件現場の近くにいる子どもに「インスタントカメラを買ってきて」と頼み、
そのカメラで写真を撮るのですが、今ならスマホであっという間。
その写真も瞬時で送ることができます。
時の流れを感じますねえ・・・。

 

この頃、アンジェリーナ・ジョリーはまさに、売り出し中。
魅力的です!!

いろいろな意味で、なかなか見応えのある作品ではあります。

 

「ボーン・コレクター」

1999年/アメリカ/117分

監督:フィリップ・ノイス

出演:デンゼル・ワシントン、アンジェリーナ・ジョリー、
   クイーン・ラティファ、マイケル・ルーカー、ルイス・ガスマン

 

スリル・サスペンス度★★★★☆

アンジェリーナ・ジョリーの初々しさ★★★★☆

満足度★★★★☆

 

 


ルーシー・イン・ザ・スカイ

2020年08月19日 | 映画(ら行)

宇宙の深淵から精神崩壊まで

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実在するNASA宇宙飛行士リサ・ワックによる実話を元にしたストーリーです。

NASAの宇宙飛行士ルーシー(ナタリー・ポートマン)が、
宇宙でのミッションを終え、地球に帰還します。
しかし、宇宙の深淵・神秘を実際に見た彼女にとって、
地上での日常はあまりにも単調で、現実感が得られません。
人のいい夫(ダン・スティーブンス)がバカのようにも見えてしまう。
そんな中、ルーシーは同僚のマーク(ジョン・ハム)に惹かれていきますが、
彼はプレイボーイで、彼女とのことは本気ではなさそう。
でもルーシーは本気で、思い詰めた彼女は次第に精神が不安定になっていき・・・。

実際に自分で宇宙に行き、その深淵や、宇宙からの神秘な地球を目にしたら・・・、
その後の人生は確かに変わるかもしれない。
そんな気がします。
地上のルーシーの精神が徐々に崩壊していくさま、なかなか見事。
そして怖いのでした。

元々の彼女が、祖母に厳しく育てられたことにより、完璧主義となった、
という背景もまた説得力があります。

「ルーシー・イン・ザ・スカイ」と言えば、ビートルズのあの「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」で、
本作中でもカバーですがその曲が使われていました。
しかも、祖母が危篤となり、いよいよルーシーの心のタガが外れていくシーン。
なんとも心憎い演出。
そして、お荷物っぽいティーンエイジャーの姪が、
実はルーシーを見守るポジションだったというのもいい。
日本で劇場公開はなかったのですが、なかなかいい作品だと思います。

おっと、夫役は、ダン・スティーブンス?! 
マシューじゃありませんか。
全然イメージが違うので気づかなかった~!!

 

<J:COMオンデマンドにて>

「ルーシー・イン・ザ・スカイ」

2019年/アメリカ

監督:ノア・ホーリー

出演:ナタリー・ポートマン、ジョン・ハム、ザジー・ビーツ、ダン・スティーブンス

 

精神崩壊度★★★★☆

満足度★★★★☆

 

 


ハニーボーイ

2020年08月18日 | 映画(は行)

父親だけど「父」ではない

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シャイア・ラブーフが自らの経験を元に脚本を手がけ、
主人公の父親役で出演という話題作。

ハリウッドで活躍する俳優22歳オーティス(ルーカス・ヘッジズ)は、
泥酔して車を運転し、事故を起こします。
そして更生施設へ送られ、彼にはPTSDの兆候があると診断されるのです。
戦争に行ったわけでも、大きな事故に遭ったわけでもないのに・・・と、彼は愕然としますが、
彼は自己の過去の記憶をたどってみるのです。
特に、父親のこと・・・。

12歳オーティス(ノア・ジュプ)は、すでにハリウッドで人気子役として仕事をしていました。
そのマネージャー役をしているのが父ジェームズ(シャイア・ラブーフ)。
父は癇癪持ちで、思うように事が運ばなければ怒鳴り散らします。
実のところ、彼には前科があり、無職で、アルコール依存症でもある
(ただし、この時点では禁酒を続けています。)

オーティスはその父に気を使い、常に顔色を見ているようでもあります。
そして、そんな父子を周囲の人々が心配げに見守っています。

 

ジェームズは、実のところ息子の収入で生活していることに引け目を持っていたのではないかと思います。
だから余計に、すべては自分が仕切っている、自分が支配していると思おうとしていた・・・。
この頃、この父子はモーテル暮らしなんですね。
いくら子役でも、オーティスはそれなりの収入を得ていただろうと思えるのですが・・・。
そんなところも、父親の変なプライドが透けて見えます。
作中ではオーティスが暴力を受けているような状況ではなかったのですが、
この、恐るべき父親の圧力・支配力は、やはり心の傷になり得るのかもしれない、と思えるのでした。
でも家族というのは不思議です。
それでもやはり父親だから、オーティスは父を嫌いだとは思っていないし、
もっと愛されたいと思っているのです。
自分が父に支配されているとは思っていない。

この圧倒的支配力は、父親というよりもむしろグレートマザー的のような気がします。
ジェームズが「父」であれば、いつか息子は彼に反発するか乗り越えるかするものですが、
ジェームズは「乗り越える」べき「父親」になり得ていない。
ジェームズ自身が父親にも大人にもなりきれていないのでは・・・と、そんな風に思いました。
そんなことなので、オーティスは「父子の相克」を経ずして、ただただ支配されていた。
そこで生じた問題なのかもしれません・・・。

TVや映画で活躍する子役は、成長後いろいろな意味で苦労するという話はよく耳にします。
それは本人の問題でもあるけれど、
その家族もまた、人気者でお金持ちの子どもがいることでねじれていく、
そういう問題もあるのだろうなあ・・・。

ストーリー自体は割と単調で起伏がないのですが、
色々と世間をお騒がせしたシャイア・ラブーフさんのルーツがここにある
と思うとなかなか興味深い作品です。

 

<シアターキノにて>

「ハニーボーイ」

2019年/アメリカ/95分

監督:アルマ・ハレル

出演:ノア・ジュプ、ルーカス・ヘッジズ、シャイア・ラブーフ、FKAツイッグス

 

トラウマ度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 

 


「風と共にゆとりぬ」朝井リョウ

2020年08月16日 | 本(エッセイ)

自虐ネタ満載。けど、お尻の話はしんどい。

 

 

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『桐島、部活やめるってよ』で鮮烈のデビューを飾り、
『何者』で戦後最年少の直木賞受賞作家となった著者が、
「ゆとり世代」の日々を描くエッセイシリーズ。
雑誌・新聞連載のエッセイに加え、悶絶の痔瘻手術体験を綴った「肛門記」を収録。
後日談「肛門記~Eternal~」は文庫オリジナル。
ひたすら楽しいだけの読書体験をあなたに。

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朝井リョウさんのエッセイです。

何と、予想以上に面白い。
というか、ほとんど三浦しをんさんに匹敵する自虐ネタ満載。


中で、著者はさくらももこさんのエッセイの大ファン、という一文があり、
私には興味深く思われました。
実のところ、私、彼女のエッセイがあまりにも読後に「何も残らない」のが物足りなくて、
あまり評価していませんでした。
というよりむしろ否定していました。
けれども、著者はその「何も残らない」事を受け入れた上で、評価していたようです。
(私には、あまりお手本にしてほしくないところではある。)

 

でもまあ、こんなご時世なので、あっけらかんと笑って過ごす時間は大切かもしれません。
無用の用という言葉もありますしね・・・。

 

そして本巻で壮絶なのが「肛門記」。
著者の痔瘻手術体験記です。
痔瘻というのは痔よりももっと症状がひどいもので・・・、
まあ、読めばわかります。

その痛さに耐える壮絶な日々とか通院とか入院、手術のこと・・・
とにかく人にはあまり言いたくない話だと思うのですが、
赤裸々かつ壮絶な闘病のことが描かれています。

なんだか自分のお尻のあたりがチクチクしてくるような・・・。
あ~、ダメだ。
私すぐにこういうのに影響されてしまうのです・・・。

 

「風と共にゆとりぬ」朝井リョウ 文春文庫

満足度★★★☆☆


「京大変人講座 常識を飛び越えると、何かが見えてくる」酒井敏他

2020年08月15日 | 本(解説)

常識の枠を超えた自由な発想で

 

 

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常識を飛び越えると、何かが見えてくる。
京大の「常識」は世間の「非常識」。
まじめに考えると、人間も生物も地球も、どこかおかしい。
だから、楽しい。

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以前「東京藝大物語」という本を読みまして、
そこにはまさに様々な変人学生が紹介されていました。

そこでこの本もそれに類するものかと思ったのですが・・・。
いえいえ、こちらは至極アカデミックな教養の書でありました。

京大は「自由な学風」、「変人のDNA」が連綿と受け継がれているといいます。
すなわち、学生もそうであろうけれども、先生方も、
常識の枠を超えた自由な発想で、ユニークな研究に取り組んでいるということのようです。
本書は、その教授陣による「公開講座」の記録。

そのテーマは・・・

★毒ガスに満ちた「奇妙な惑星」へようこそ

  学校では教えてくれない! 恐怖の「地球46億年史」

★なぜ寿司屋のおやじは怒っているのか

  「お客様は神さま」ではない!

★人間は“おおざっぱ”がちょうどいい

  安心、安全が人類を滅ぼす

★なぜ、遠足のおやつは“300円以内”なのか

  人は「不便」じゃないと萌えない

 

などなど・・・、
ね、ちょっと興味をそそられるでしょう?

それぞれ、地球岩石学、サービス経営学、法哲学、システム工学という
ジャンルもバラバラの「学問」です。
私などのどシロウトでも大変読みやすくなっています。

 

そんな中で、今気になる「安心・安全」の話・・・。

安心・安全とは今盛んに使われる言葉ですが、

○安心と安全は別のものなのに、セットになってしまっている

○人任せ、国任せにしてしまいがち

○キリがない

・・・と、教授は警告しています。

そして、「自分の感覚を信じ、育てることをもう少し大事にしていい」
「未来が予測と違う方向へ転がりはじめたとき、起きたことをどう受け止めるか」
考えようということで・・・。

本巻はコロナ以前の書でして、
今このどうしようもなく「安全」でもなく「安心」でもない局面をどうしたものか、
今お話を伺いたいです・・・。

図書館蔵書にて

「京大変人講座 常識を飛び越えると何かが見えてくる」酒井敏他 三笠書房

満足度★★★★☆

 


ホワイト・クロウ 伝説のダンサー

2020年08月14日 | 映画(は行)

才能が呼び寄せる、特異な人生

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ソ連から亡命し、世界3大バレエ団で活躍した伝説的ダンサー、ルドルフ・ヌレエフの半生を描きます。
監督はレイフ・ファインズ。
ヌレエフの指導者役で出演もしています。

1961年、海外公演のためパリへやって来たヌレエフ。
23歳。若く、エネルギーに満ち満ちています。
初めて触れるパリの生活、文化・芸術を満喫。
ただしKGBの監視付き。
ヌレエフは過激で反抗的な性格で、当局に目をつけられていたのです。
そんな中で、フランス人女性クララ・サンとも親しくなります。

門限破りも平気で、パリの人々との交流を楽しむヌレエフに、
バレエ団上層部は危機を感じます。
そして、次の公演先ロンドンへの移動日、
ヌレエフは1人だけソ連行きの飛行機に乗せられそうになりますが・・・。

亡命シーンは、本当にハラハラドキドキさせられます。

当局は、「君の家族にも危害が及ぶぞ」と、はっきり脅しの言葉を吐きます。
何と言ってもそれが怖い!!  
でも、こうした人を救い、亡命を受け入れる制度があって本当に良かった・・・。
社会主義はやっぱり怖いです。

「ホワイト・クロウ」というのは、直接的には白いカラスという意味ですが、
「はみだしもの」とか、「異端者」という意味もあるのですね。
彼はシベリア鉄道の車中で生まれたというエピソードもさることながら、
その炎のような性格、たぐいまれな表現力は確かに「異端」であり、
ソ連の社会には馴染まなかったのも無理はありません。

そして、エイズの合併症で54歳の生涯を閉じたというのは映画上では言っていませんでしたけれども、
何から何まで、人並み外れた「異端」の人という気がします。

特別バレエに興味があるわけでもない私でも、十分興味を持って見ることができました。

 

<WOWOW視聴にて>

「ホワイト・クロウ 伝説のダンサー」

2018年/イギリス・ロシア・フランス

監督:レイフ・ファインズ

出演:オレグ・イベンコ、アデル・エグザルコプロス、セルゲイ・ポルーニン、レイフ・ファインズ

 

異端者度★★★★★

満足度★★★.5