映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ちょっと思い出しただけ

2022年06月30日 | 映画(た行)

別れから出会いまで

* * * * * * * * * * * *

怪我でダンサーの道を諦めた照生(池松壮亮)。
タクシードライバーの葉(伊藤沙莉)。
この二人の出会いと別れを描きます。
ただし、順序が逆なのです。
照生の誕生日、7月26日。
毎年のこの日を遡りながら、描いていくストーリー。
すなわち、別れがあって、絶頂の幸福なときがあって、出会いがある。

 

映画の最初のシーンは、葉がふと立ち寄った劇場。
もう公演は終了して、後片付けも済んだようでほとんど人もいない。
照明も落とした薄暗いステージで、音楽もなくダンスをしている青年を見かけるのです。
それは、かつて彼女が愛して別れた恋人、照生でした。

実は、照生はもうダンサーは諦めて、舞台照明の仕事を始めたところなのでした。
まだ見習い中ですが。
こうしてみると照明というのも、そのタイミングとか合わせ方とか、大変そうですよね。
どんなステキな音楽も芝居も、これで台無しになることもありそう・・・。
まあ、そんなことでそれなりにやりがいも見出してはいるけれど、
でもやはりダンスのことは忘れられず、
人知れず、痛みのあるところがありつつも踊っている。
そんなシーンです。

さて、そういう所から時間を巻き戻していくわけです。
このとき2021年。
皆マスクをつけています。
そこから6年前まで、話は続きます。

気持ちが行き違うつらい別れのシーンがあって、そして不意に二人の絶頂の時が来ます。
互いを認め合い、求め合い、プロポーズも目前の二人。
無邪気に笑う2人の姿に、思わず泣きたくなってしまいます。
それは、その後に来る別れを私たちは知っているから。

順当な時に従う物語なら、こういうシーンで泣いたりはしませんよね。
この幸せなひとときがどんなに貴重なものなのか。
それを強調しています。

そしてまた、2人の出会いのシーンもなんとも初々しくてステキです。
そこはユーモラスでもありまして、いいなあ・・・と思える。

 

伊藤沙莉さんがなんといってもいいです。
ここは、美人女優とかアイドル女優ではダメなのです。
(あ、不美人と言っているみたい、スミマセン)
肩肘張らずしっかり自分で生きてる、ユーモアあふれて男に媚びない。
女から見てもこの人いいなあ・・・と思える存在。
彼女が登場すると、いかにも作り事のドラマが、
すっと現実味を帯びて身近なものになるような気がします。
だから、今は引っ張りだこなんですね。

さて、こうして出会いのシーンまで遡った後に、
きっと“今”の冒頭シーンに戻ってくるのだろう、という予想はその通りでした。

が、しかし・・・。
期待した終わり方にはなりませんでした・・・。
そこで本作の題名に改めて気づくわけなのです。
「ちょっと思い出しただけ」
くそ~、そういうことか。

 

でも、だからこそか、ずっと印象に残りそうな感じです。

毎年この日、公園で妻を待ち続ける男(永瀬正敏)も、
物語の良いアクセントになっていました。

 

<Amazon prime videoにて>

「ちょっと思い出しただけ」

2022年/日本/115分

監督・脚本:松井大悟

出演:池松壮亮、伊藤沙莉、河合優実、大関れいか、永瀬正敏、成田凌

 

出会いと別れ度★★★★★

満足度★★★★★

 


うみべの女の子

2022年06月28日 | 映画(あ行)

みずみずしさが恐い

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海辺の小さな町で暮らす中学生小梅(石川瑠華)。
憧れの三崎先輩に体だけもてあそばれてふられたショックから、
かつて自分のことを好きだと言ってくれた同級生・磯辺(青木柚)と関係を持ちます。
興味本位の互いに体だけの関係と割り切っていたつもりが、
小梅の中で、磯辺への思いが次第に大きくなっていきます。

さて、磯辺にはいじめを苦に自殺した兄がいて、そのことが心の重荷になっていました。
磯辺は小梅との関係を断ち切り、兄への贖罪から、ある行動に出ようとします・・・。

まずは“おばちゃん”の感想として、これが高校生ならまだしも中学生の話というのに、
ちょっとショックを受けてしまいまして・・・。
世の中はそんなに進んでしまっているのか。
いや、あまり信じたくないなあというのが正直なところ。
でも実はざらにあるのでしょうね。
小学6年くらいでも立派なカラダしてる子はたくさんいますもんね・・・。

さて、気を取り直して、そうは言ってもこのストーリー、
やはり中学生だからこそ成り立つというのには間違いありません。
心と体がまだアンバランス。
だからいきなり興味半分でもセックスに飛びついてしまうのはアリなのかも。
でもそんな中で、人を大事に思うということと体のつながりとは
さほど関係がないということが分かっていくのでしょう。
そして小梅のような経験を経ると、
その後の男子との関係の取り方が一段と成長する気がします。

作中、二人でお風呂に入りながら小梅は言うのです。

「してもしても、何か足りない気がするのは何でだと思う?」

そうなんですよ。
これぞ男と女の深淵だと思うのですが、
中学生にしてもうこんな極地に達するなんて。

そして、もう一つショックだったのはこの題名「うみべの女の子」なんですが、
当然この小梅を指していると思いますよね。
しかし実は、浜で拾ったメモリーカードに保存されていた写真があって、
そこ写っていた女の子を指していたのです。
磯辺は何度も体を重ねている小梅を差し置いて、
その女の子をカワイイといい、ついに実際に対面までしてのぼせ上がっている・・・。
そんなのアリですか?

ヤダヤダ、この年になってもそういう男性心理ってよく分からない。
私、小梅にも全然およばない 疎いおばちゃんだった・・・。

みずみずしすぎて恐いくらいの作品。

 

エンドロールを見て驚いた。
磯辺役は青木柚さん?
先の朝ドラに出ていましたよね。
坊主頭しか見ていなかったので、全然気づきませんでした。
今度また別の作品で見たいです。

 

<WOWOW視聴にて>

「うみべの女の子」

2021年/日本/107分

監督:ウエダアツシ

原作:浅野いにお

出演:石川瑠華、青木柚、前田旺志郎、中田青渚、倉悠貴、村上淳

 

青さ★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「カザアナ」

2022年06月27日 | 本(その他)

古来から日本にいた、不思議な力を持つ人々

 

 

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監視ドローン飛び交う息苦しい社会で、元気に生きる母・姉・弟の入谷ファミリー。
一家は不思議な力を持つ"カザアナ"と出会い、
人々を笑顔にする小さな奇跡を起こしていく。
読めば心のびやか、興奮とサプライズに満ちた著者待望の長編エンターテインメント

* * * * * * * * * * * *

後白河法皇や平清盛の登場する平安の世と、
監視ドローンの飛び交う息苦しい近未来が交互に語られる、
ちょっと不思議な物語。

その平安の世までには、“カザアナ” と呼ばれる不思議な能力を持つ一族がいました。
天気のことに詳しかったり、石のことに詳しかったり・・・。
ささやかであまり役に立たない能力であったりもしますが、
人々のほんの少しの力になりながら過ごしていたのが、
この時代に貴族に珍重されるようになり、
そしてやがては忌み嫌われて、滅ぼされてしまう。
そんな悲しい一族。
しかし、ごく一部に生き残り、その力は潜伏しながら子孫に受け継がれていく・・・。

 

さて、千数百年を経て、3人の身の上にその力が覚醒します。
その時代は、様々な要因からすっかり経済的に落ちぶれた日本。
その日本が起死回生をかけて、観光革命に打って出るのです。

日本の「いにしえ」を再現。
西洋的なものは排除。

まあ、その辺の発想までは悪くはない気もしますが、
問題なのはすっかり統制社会となっていて、
空には監視ドローンが常に飛び交い、規制に反する者は排除されてしまうというところ。
今も世界の中にはこんな国が多くあると思いますが、
この日本がそうならないとは限りません。

でも本作は、そんな世の中を根底から覆そうとする大胆なストーリーではなくて、
そんな中でも少しでも住みよい社会にしたいと奮闘する、
ファミリーと、カザアナたちの物語です。

監視社会は論外ですが、経済大国ではないあり方を考えてみてもいいのかなあ
・・・と思ったりします。

 

「カザアナ」森絵都 朝日文庫

満足度★★★.5


オールド

2022年06月26日 | 映画(あ行)

みるみるうちに老化する海岸

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とあるリゾート地を訪れた家族4人。
通常は立ち入り禁止となっているプライベートビーチに特別に案内するといわれ、
他の数家族と共にそこを訪れます。
しばらくすると、子どもたちに異変が現れます。
急速に成長しているのです。
また、怪我をしても瞬く間に治癒。
なんとここは、生命活動が異常に早く進む場所で、
30分が1年に相当するのです。

大人たちも次第に年老いはじめて行きます。
そして、この場を離れようとすると意識を失ってしまい、脱出不能。
ここで一日をすごせば50歳年齢が進んでしまう・・・。
果たして彼らは、ここを出ることができるのか・・・?

なんとも空恐ろしい設定であります。

一番ゾッとしたのは、幼い子どもたちが見る間に成長していって、
突然ムラムラとこみ上げるものがあって、いたしてしまったら、妊娠。
妊娠から出産までは約25分。
みるみるお腹が膨らんで・・・。
始めから老人だった者は、まもなく亡くなってしまいます。
そして、中年の者たちはどんどん老化が進む。

主人公一家の夫妻は、不仲で喧嘩ばかりしていたのですが、
こんな事態で協力し合うようになっていったということもあるかもしれませんが、
老夫婦となるにつれ、気持ちは落ちついて行き、
こんなキレイな場所で共に死ねるならそれも良かった・・・などと話し合うようにまでなる。
肉体の変化と共に、気持ちも変わっていくようです。
悲惨な事態ではあるけれど、悪いことばかりでは無いなあ・・・
等とほろりとさせるあたり、ちょっとニクいですね。

さて、問題はこんな家族たちの様子を離れた崖の上から監視しているらしき人物の存在。
そう、彼らは勝手にここに迷い込んだわけではなく、
うやうやしく案内されてここに来たわけなんですよね。
いったい誰のどんな意図で、こんなことになっているのか。

最後にそれが明かされるわけですが、
なるほどー、それこそM・ナイト・シャマラン的。
納得です。

氏の監督作品のうちでも、良いできの方なんじゃないでしょうか。

 

<WOWOW視聴にて>

「オールド」

2021年/アメリカ/108分

監督:M・ナイト・シャマラン

出演:ガエル・ガルシア・ベルナル、ビッキー・クリープス、
   アレックス・ウルフ、トーマシン・マッケンジー、ケン・レオン

 

不可思議度★★★★☆

種明かしのどんでん返し度★★★★★

満足度★★★★☆

 


女子高生に殺されたい

2022年06月25日 | 映画(さ行)

完全犯罪として本気で殺されたい・・・?

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題名を見ただけでえっ?!と思う、ヤバそうな作品。

「女子高生に殺されたい」という欲望を抱える高校教師の物語です。
その教師・東山春人を演じるのが田中圭。
爽やかで人が良さそうなイメージの田中圭さんが、
いかにこのヘンタイ教師を演じるか、というところが見所であります。

春人は、女子高生に殺されたいという思いを叶えるために、
精神科医師への道を曲げて高校教師になったのです。
彼の願望には、きっちりとした条件付きで、
まずは、完全犯罪であること、そして全力で殺されること。

つまり、殺人者となる少女には本気で殺されたい。
しかし、少女が犯罪者として逮捕されるようなことがあってはならないと、
かなりハードルが高いのです。
そのため、彼はとある少女に目をつけて、9年間にわたり完璧な計画を練り上げ、
いよいよ実行の日が近づいていく・・・。

いったいどうすればそんな都合のいい状況を作ることができるのか、見当もつかないのですが、
春人が目をつけたのは「解離性同一障害」の少女。

なるほど~、それで春人が精神科医になるべく学んでいたということにも意味があるわけですね。
作品では候補となりそうな少女が何人か登場して、
実際に春人が誰を標的としているのかなかなか明かされません。
そんな作りが、うまいですね。

少女を見守る雪生(細田佳央太)の存在もいいし、
春人のモトカノとして登場するスクールカウンセラー、五月(大島優子)もいい感じ。

単なるヘンタイ男のホラーかと思いきや、なかなか練られたナイスな作品でした。

<Amazonプライムビデオにて>

「女子高生に殺されたい」

2022年/日本/110分

監督・脚本:城定秀夫

原作:古屋兎丸

出演:田中圭、南沙良、河合優実、莉子、細田佳央太、大島優子

 

ヘンタイ度★★★★☆

スリル度★★★★☆

満足度★★★★☆


PLAN75

2022年06月24日 | 映画(は行)

後期高齢者は生き続けてはいけない?

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75歳以上の者が自らの生死を選択できる制度が施行された近未来の日本。

 

一人暮らしの78歳、角谷ミチ(倍賞千恵子)は、ホテルの客室清掃の仕事で生活しています。
ある日、高齢を理由に解雇され、住居も退去を言い渡されています。
職も、住居も、この年齢ではどこも新たには受け入れてもらえません。
やむなく、75歳以上であれば安楽死をさせてくれる「プラン75」の申請をしますが・・・。

一方、市役所の「プラン75」窓口で働くヒロム(磯村勇斗)は、
普通に仕事として真面目に取り組んでいましたが、
ある時、叔父が申請したことを知り・・・。

そしてまた、死を選んだお年寄りに、
その日が来るまでサポートするコールセンターのスタッフである瑤子(河合優実)。
規定を犯し、角谷ミチと実際に対面してしまい・・・。

この日、上映初日でしたがかなり人が入っていました。
私同様、年配の方がほとんどです。
やはり本作の衝撃的設定が、気になるのでしょう。

 

高齢者が長生きすることにより、若年層に多大な負担がかかっている。
そのため若者が高齢者を「狩る」事件が多発している・・・というような世の中。
そんなことの解決のために「プラン75」がうち立てられたのです。

死を選ぶかどうかは全く自由意志。
とはいうものの、長く生きている人は肩身が狭いというか、
まるでいつまでも死なないわがままな人と思われているような気がしてしまう。
というか、実際その通りなのでしょう。

しかし、りっぱな施設に入所し、思うさま介護を受けて過ごす人もいる。
その経済効果もバカにはならないという・・・。

つまりはこれ、お金持ちはより快適に、お金のない人は否応なく死を選ぶしかない、
と、そういう制度であることが浮かび上がってきます。

なんとも殺伐とした近未来・・・。
そんななかでも、わずかに人間性を取り戻し、抗おうとする人々の物語であるわけです。

現代の姥捨て山物語。
でも、そんな風に年寄りを施設に隔離してしまうのではなく、
いろいろな年代の人が混じり合い、それぞれできることをして互いに補い合う・・・
そういう世の中ならいいな、と常々思う。

私はこれ以上世の中の悲惨を見たくないので、
こんな制度があればさっさと申し込んであの世に行きたい、
などと思うのですが、
いやいや、こういうヤツこそいぎたなくいつまでも生きていそう・・・

<シネマフロンティアにて>

「PLAN75」

2022年/日本・フランス・フィリピン・カタール/112分

監督・脚本:早川千絵

出演:倍賞千恵子、磯村勇斗、たかお鷹、河合優実、ステファニー・アリアン

 

戦慄の未来度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「キネマトグラフィカ」古内一絵

2022年06月22日 | 本(その他)

映画業界の形態は変わったけれど

 

 

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あの頃思い描いていた自分に、いまなれているだろうか――
老舗映画会社に新卒入社し、“平成元年組”と呼ばれた六人の男女。
今はそれぞれの道を歩む彼らが、とある地方映画館で思い出の映画を鑑賞しながら、
二十五年前に起きた“フィルムリレー”に思いを馳せる。
フィルムはデータに、劇場はシネコンに……
四半世紀の間に映画の形態が移り変わったように、
映画と共に生きた彼らの人生もまた変化していった。
働く人すべての心を熱くする、傑作エンターテイメント。

* * * * * * * * * * * *

映画会社に入社した6人の男女の物語。

映画会社というと、つい映画製作のことを思い浮かべてしまいますが、
本作はそうではなくて、主に映画の営業畑のこと。
これまでになかった題材です。

しかも時代は平成初期。
単館の映画館で、フィルムの映画を上映していて、
そしてまもなくシネコンやデジタル作品に移り変わっていくという
狭間の時期なんですね。
映画はビデオのレンタルが全盛となり、映画館としては大変厳しい状況です。

 

私も本作で初めて知りましたが、35ミリフィルムの作品、
2時間くらいのものだとその総重量は30キロにもなるのですって!! 
それを貸し出す先の映画館までは通常は運送業者が運ぶわけですが、
25年前のある時、手違いで同作品の予約が重なってしまい、
彼ら自身でスケジュールすれすれのフィルムリレーをすることに。

 

物語は同窓会的に久々に集まった彼らの、
25年前当時のこと、そして現在のことを交互に描き出します。
中でも、この会社で女性初の営業職についた咲子さんのストーリーに私は感じ入ってしまいました。
仕事ができなければ「女だから」と言われ、
やりすぎれば「女のくせに」と言われる。
女性であることの足かせやら重圧やら、
並みの男性以上の苦労を強いられるということで、
それでも頑張り抜いた25年後の咲子さんに拍手!!ですね。

 

札幌の街でも私が当ブログを始めた頃にはまだ単館映画館があって、
けれどシネコンもできて、どんどん映画館が閉館に追い込まれていった・・・
そんな時代の変遷をまさしくこの目で見てきました。
かと思えば、コロナ禍でまたあおりを受けて、
リニューアルオープンしたサツゲキさんがまた何やら危機的状況に陥ったりして・・・。
映画業界、厳しいですね・・・。

私も今や半分以上は配信サービスにお世話になっているけれど、
でも映画館で見る映画は格別です。
これからも、お世話になります!

私の興味のど真ん中を行く本作、面白く読みました。

 

「キネマトグラフィカ」古内一絵 創元文芸文庫

満足度★★★★☆

 


峠 最後のサムライ

2022年06月21日 | 映画(た行)

中立の覚悟もむなしく・・・

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徳川慶喜による大政奉還で、260年の江戸時代が終焉を迎えた時・・・。
越後、長岡藩牧野家の家老、河井継之助(役所広司)の物語。

長岡藩としては、継之助の主導により、幕府側、官軍側、どちらにも属さず、
中立と独立の立場を目指そうと方針を固めます。
しかし官軍は、自軍に恭順しないものは敵とみなして攻撃を始め、
否応なく戦闘状態に・・・。

長岡藩家老の河井継之助は、実在の人物。
江戸や長崎に遊学し、世界を見据えるグローバルな視野を身につけています。
このたび中立の立場を目指しながらも、
近代兵器を備えるなど、武装も怠りません。
スイスのような、武装中立を目指したのです。

しかし敵軍が攻撃を仕掛けてくれば、応戦するほかありません。
状況は圧倒的に錦の御旗をかかげる官軍に有利。
しかし、これまで幕府より受けた多大な恩義に応えるために、
あえて、会津藩などと手を結び、闘う道を選ぶ継之助。
死を覚悟で戦いに挑む。
これぞ、「最後の侍」なのでした。

知識豊かで人望に厚く、おのれの覚悟もできている。
私たちが胸に抱く美しい「武士」の姿です。
それは滅びの美でもある。
ということで、日本人の美意識をくすぐる、まさしく正統派の時代劇。

まあ、そういうことに少し物足りなさを感じてしまうのは、
私があまのじゃくなためか、それとも、
その武士のあり方にうさんくささを感じているためなのか・・・。

どんなにみっともなくても生き残ることを考える人間くささも、
嫌いではないけどな・・・と、私は思う。

でも継之助は命をかけるのはあくまでも自分の思いとして、
周囲の人々には極力助かる道を指し示しています。
そういう所はやはりカッコイイ。

 

<シネマフロンティアにて>

「峠 最後のサムライ」

2022年/日本/114分

監督・脚本:小泉尭史

原作:司馬遼太郎

出演:役所広司、松たか子、香川京子、田中泯、永山絢斗、芳根京子

 

武士力度★★★★★

満足度★★★.5

 


前科者

2022年06月20日 | 映画(さ行)

罪と人

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罪を犯した前科者の更生・社会復帰を手助けする保護司。
本作は、同名漫画の映画化ですが、先にWOWOWでドラマが放映されていて、
私はそちらも見ていました。
テレビドラマでは主人公・阿川佳代(有村架純)が初めて保護司の仕事に就く所から始まっていて、
本作は、そのドラマの続きになっています。

保護司3年目の佳代。

保護司というのは、国家公務員でありながら、報酬はなくボランティア。
そのため佳代はコンビニ店員で生計を立てていまが、
それでも保護司の仕事にやりがいを感じています。

最近彼女が担当する一人、工藤誠(森田剛)は、順調な更生生活を送っています。
ところが、もう少しで社会人として自立の日を迎えるというところで、
忽然と姿を消し、再び警察から追われる身となってしまうのです。
自分は工藤のためになんの力にもなれなかったのかと、落ち込む佳代ですが・・・。

テレビドラマ版で、佳代が初めて担当するのが、斎藤みどり(石橋静河)。
そのときは、互いを理解するまでにかなり手こずったのですが、
その後みどりはなんとか更生して、ときおり佳代の家に遊びに来たりするようになっています。

そんなテレビ版でも語られなかったのが、
なぜ佳代が保護司の道を選んだのかということ。

本作で、いよいよその核心に触れていくことになります。

ということで、この物語は始めからテレビドラマ+映画ということで企画されたのですね。
通常ドラマの映画化というのは、そこそこドラマで人気があったので、
映画も作ってみようか、という感じなのだと思います。
でもこういう風に始めから2本立てで考えて作っているというのはいいですね。
より物語が深まる感じがします。

 

本作で初めて登場するのが、刑事・滝本(磯村勇斗)。
滝本はかつて佳代と同級生で、そのころ佳代との間で何かが起こり、
佳代が保護司となったことにも関係しているらしい・・・と、興味は深まります。

そもそもこの二人、有村架純さんと磯村勇斗さんは
かつての朝ドラ「ひよっこ」で、いい仲でしたよね。
心憎いキャスティング。
そして実際、佳代と滝本は高校生の頃にほのかに思いを寄せていたのですが、
とある事件でその恋は消滅していたのです。
そして、もしその後再会したとしても、そう簡単によりを戻せない複雑な事情が・・・。

受刑者は罪を償ってまた社会に戻ってくるわけですが、
そうは言っても社会は簡単には前科者を受け入れない。
私自身も、それを知ってしまったら、元受刑者をスンナリと受け入れる自信がありません。
そんな中を橋渡ししようとする保護司の仕事は重要だと思うのですが、
そうした気苦労に対して無償というのはしんどいな、という気もします。

いろいろな問題が浮かび上がる、貴重な作品。

工藤役の森田剛さんはもちろんのこと、
工藤の弟役、若葉竜也さんもまたいいんだ!!

 

<Amazon prime videoにて>

「前科者」

2022年/日本/133分

監督・脚本:岸善幸

原作:香川まさひと、月島冬二

出演:有村架純、磯村勇斗、若葉竜也、森田剛、リリー・フランキー、石橋静河、木村多江

 

社会問題をえぐる度★★★★★

満足度★★★★☆

 


クライシス

2022年06月19日 | 映画(か行)

薬物問題へ、3者それぞれのアプローチ

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本作の前提として、薬物依存症の問題があります。
今アメリカで社会問題になっているという、それは処方箋鎮痛剤オピオイド。
これが極めて依存性が高く、過剰摂取で命を落とす者が頻発しているそうなのです。

さて、ここからがフィクション。

そこで、ある製薬会社ではオピオイドよりも依存性が低く、すなわち安全な薬剤を開発。
まもなく認可を得て発売も近い・・・というところで、
その薬剤の研究を行っていた大学教授ブラウアー(ゲイリー・オールドマン)が、
薬剤の重大な欠陥に気づくのです。

一定期間までは依存性の低いその薬剤は、ある時から急激に依存性を増し、
実験に使ったマウスは、絶え間なく薬液を摂取するようになってすべて死んでしまう・・・。
この薬剤が発売されれば、今よりももっと危険性が増すことになる・・・。

しかし、製薬会社側は、そのことを無視しようとします。
これまでにかけた開発費用等をムダにできない、と・・・。
製薬会社から多額の寄付を得ている大学もその圧力には勝てない。
教授はこのまま主張を続ければ職も家も失うことになってしまう・・・。

一方、薬物の捜査官ジェイク(アーミー・ハマー)は、
合成鎮痛剤オピオイド「フェンタニル」の密輸に関わる捜査のため、
密売組織に潜伏しています。
そして、とある大きな取引を企て、組織の一網打尽を図るのです。

また一方、シングルマザーで建築家のクレア(エバンジェリン・リリー)は、
行方不明のあげく、薬物の過剰摂取で亡くなった息子の
死の真相を単独で探り始めます。

3者がそれぞれの立場で、薬物の問題に向き合い奮闘する物語。

自らの職を失っても正しいと思う道を行こうとする教授もみごと。
そして、ジェイクとクレアが図らずも最後に同じ敵と対峙するようになるあたりもお見事。

見応えたっぷりの作品でした。

<WOWOW視聴にて>

「クライシス」

2021年/アメリカ/

監督:ニコラス・ジャレッキー

出演:ゲイリー・オールドマン、アーミー・ハマー、エバンジェリン・リリー、グレッグ・キニア

 

社会問題度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「罪の轍」 奥田英朗

2022年06月18日 | 本(ミステリ)

高度成長とは無縁の男が、たどり着く先

 

 

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刑事たちの執念の捜査×容疑者の壮絶な孤独――。
犯罪小説の最高峰、ここに誕生!
東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年。
浅草で男児誘拐事件が発生し、日本中を恐怖と怒りの渦に叩き込んだ。
事件を担当する捜査一課の落合昌夫は、
子供達から「莫迦」と呼ばれる北国訛りの男の噂を聞く――。
世間から置き去りにされた人間の孤独を、
緊迫感あふれる描写と圧倒的リアリティで描く社会派ミステリの真髄。

* * * * * * * * * * * *

東京オリンピックを翌年に控えた昭和38年、東京を舞台として起こる誘拐事件。
ということで、本作は実際にあった「吉展ちゃん誘拐事件」に着想を得ています。
でもこれはあくまでもフィクションで、その事件とは別物。
とはいえ、当時の世間や警察の様子が実にうまく再現されています。
吉展ちゃん事件当時は私自身も子どもだったので、
そういう誘拐事件があったことは覚えていますが、詳しい内容は知りませんでした。

でも、本作を読んで、その事件がどれだけ世間の話題を呼んだのか
ということがよく分かります。

 

初めての報道協定。
当時ではまだ電話の逆探知ができなかったこと。
個人家庭に設置している黒電話はまだそう多くはなかったこと。
(そういえば我が家も当時はまだ電話はなくて、
近所の電話のある家から呼び出しをしてもらったりしていたかも。)
犯人の通話の音声が録音されて、後に公開されたこと。
それで、テレビなどのニュースがその話一色になるなどと言うのは、
今もよく見られる状況ではあります。

誘拐された児童の家族が身代金を指定された場所に置き、
しかし警察がその場を見張り始めるまでのわずかの隙に、
まんまと身代金は奪われてしまうという、警察の大失態。

これらのディティールが、非常にうまく配置されています。

 

そしてまた、本作の魅力は犯人像。

北海道、礼文島に住む宇野寬治は、窃盗犯として少年犯罪の前科もあり、
漁師の見習いのような仕事をしていたけれど、
やはり窃盗を繰り返し、島を出ることに。
そのいきさつも実は波瀾万丈なのですが・・・。
しかし彼は知能的に少し障害があって、
どうもそれは子どもの頃に父親から受けたDVに起因するものであるらしい。

そのためかどうかは分からないけれど、盗みは良くないというような、
正義感が欠如しているようではあります。
やがて寬治は東京にたどり着く。
そしてそこでも窃盗を繰り返していきます。
このあたりまではところどころ寬治の視点でも文章が描かれていているのですが、
さて、いよいよ誘拐事件の所は、寬治の視点はナシ。

 

警察側では、若き刑事・落合昌夫が主な視点となります。
彼は大学出、つまりは当時はまだそんな言葉もなかった「キャリア」の走り。
警察組織は旧態依然としていて、非合理な習慣のようなものがまだ残っているのですが、
作中に登場する落合の年配上司たちは概ね理解があり、
職務に前向きで、イヤな感じはありません。

落合は、誘拐犯として寬治の存在に目をつけ始めますが、
そのあたりでは読者にも真偽のほどは分からないのです。
窃盗犯ではあるけれど、寬治のことはどこか憎めないし、
子どもを誘拐するような人物とは思えなかったりもするので・・・。
私はどうか犯人は別の人でありますように・・・等と期待してしまったりしました。

 

しかし、その期待もむなしく・・・

ラストの逃走劇の所は圧巻でした!!

 

<図書館蔵書にて>

「罪の轍」 奥田英朗 新潮社

満足度★★★★★

 


SWALLOW スワロウ

2022年06月16日 | 映画(さ行)

彼女はなぜ、それを飲み込むのか

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ニューヨーク郊外、プールもある邸宅。
資産家の御曹司と結婚し、誰もがうらやむような生活を手に入れたハンター(ヘイリー・ベネット)。
しかし、どうも幸せそうには見えないのです。
まともに話を聞こうとしない夫。
彼女を見下す義父母・・・。
親しい友人もなく、広い家でひとりぼっちで過ごす毎日。

 

そんな彼女はある日、美しいビー玉を飲み込みたい衝動に駆られ、
そして、本当に飲み込んでしまいます。
すると、不思議に充足感に満たされるのです。
それからはちょっとした金属片や石ころを飲み込んでは快楽に浸ることを
人知れず繰り返すようになります。
彼女は後にトイレでそれを回収して鏡台に並べ、コレクションにしたりもします。
そのうちにヘイリーは妊娠。
そして病院でエコー検査を受け、
彼女がおかしなものを飲み込んでいることがバレてしまいます。

異物を飲み込んでしまうのは、「異食症」といって、稀にあることのようです。
精神障害の一種なんですね。
誰もができないようなことをすることで一種の達成感・充足感が芽生え、
多幸感を得るのでしょう。
そうなってしまう前提として、限りない自己肯定感の欠如があるようなのです。
そしてこの場合、ハンターには自らの出自という大きな要因があったことが分かります。

 

家族の中で誰からも愛されていない。
それは彼女が生まれたときからのこと。
そして結婚によりようやく1人の男性からの愛を得たのもつかの間、
もともと夫はハンターを生活の中の「お飾り」としか見ていなかったようで、
ハンターの異食症を知るともう、少しはあったのかもしれない愛も吹き飛んでしまいます。
ますます孤独に沈んでいくハンター。

確かに、ハッピーエンドにはなり得ない話・・・。
ビー玉を飲み込んで恍惚の表情を浮かべるハンターが、異星人のように不気味です。
しかしおそらく、彼女はこれまでの人物関係をかなぐり捨てて
別の世界で生きた方がいい。
そうした中で、自分を好きになることができればきっと
ビー玉を飲み込まなくても済むようになるのでは・・・。

 

<Amazon prime videoにて>

「SWALLOW スワロウ」

2019年/アメリカ・フランス/95分

監督・脚本:カーロ・ミラベラ=デイビス

出演:ヘイリー・ベネット、オースティン・ストウェル、エリザベス・マーベル、デビッド・ラッシュ

ミステリアス度★★★★☆

満足度★★★.5


はい、泳げません

2022年06月15日 | 映画(あ行)

体の力を抜いて、歩くように、無意識に

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大学で、哲学を教える小鳥遊(たかなし)(長谷川博己)。
水に顔をつけるのも恐くて、全く泳ぐことができません。
しかし、意を決して水泳教室に向かいます。
小鳥遊は、泳ぐことしかできないコーチ静香(綾瀬はるか)のもと、
主婦たちに混じり初心者コースのレッスンを受け始めますが・・・。

ということで、全く泳げない男が、頑張って泳げるようになるまでの物語?
かと思えば、それだけではありません。
小鳥遊は元々水が苦手だったのですが、実は水の事故で大切な人物を亡くしているのです。
そのことがあって、ますます水に対しての拒否感がある。
そしてまた彼はその事故以来、人生の歩みもストップ。
ただ機械的に仕事をこなし日々を過ごしていたのです。
しかしこのままではいけない、なんとか前進したいと思うようになり、
そのきっかけとして水泳教室に通うことにしたのですね。

静香は、水の中では威勢良くイキイキと輝いているのですが、
外、特に路上ではビクビクとして歩くのもやっと。
彼女は彼女でまた、何らかのトラウマを抱えているようではあります。

泳ぐことに関して、彼女は言う。
体の力を抜いて、歩くように無意識に体を動かせばいい・・・。

人生も同様なのかも知れません。
変に気張らず自然体で、自分の感じるままに歩めばいい・・・と。
などと思えるのは自分がこの年になったからこそかもしれませんが。

予想に反して、小鳥遊と静香のラブストーリーには発展しませんで・・・。
でも、静香さんのトラウマをもう少しでも減少させる、
いつもそばにいてくれる人が登場して欲しかったなあ・・・と、思いました。

<シネマフロンティアにて>

「はい、泳げません」

2022年/日本/113分

監督・脚本:渡辺謙作

原作:高橋秀実

出演:長谷川博己、綾瀬はるか、小林薫、阿部純子、麻生久美子

 

人生ドラマ度★★★★☆

成長度★★★★☆

満足度★★★.5


プロミシング・ヤング・ウーマン

2022年06月14日 | 映画(は行)

夜な夜な飲んだくれて男を誘う女

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ごく平凡な毎日を送っているように見えるキャシー(キャリー・マリガン)。
しかし彼女には周囲が知らないもう一つの顔があります。
夜毎外出し、バーで泥酔して、男を誘うのです。

プロミシング・ヤング・ウーマンとは、
すなわち明るい未来を約束された若い女性のこと。
医学部で優秀な成績を収め、まさに周囲にそう思われていたキャシーですが、
今はカフェでバイト。
そして夜な夜なの男あさり。
キャシーはなぜ、こんなことになったのか。

それは過去の出来事。
キャシーの親友で同じ医学部で学んでいたニーナにある事件があり、
その後自殺してしまったのです。
ニーナは男たちに泥酔させられ、もてあそばれてしまったのでした。
キャシーは自らのキャリアの道をかなぐり捨てて、男たちへの復讐を誓います。
泥酔したフリをして男をホテルや自宅に誘い込んだキャシーは、
冷酷な復讐の鬼となるのです・・・。

なかなかサスペンスフル。
私はこうした意志の強い女性が好きだわ~。
男にはなんの罪悪感もなく、遊びの延長なのかもしれない。
けれど女性にとっては生死に関わる問題なのです。
そして男にとってそのこと自体よりも、
そのことが公になり自らの社会的地位を失うことの方が問題。
だから、復讐するにはそこを突くのが肝心ですね。

さてそんな彼女に、この人となら恋もできるかもしれない、という男性が現れます。
誠実で信頼できる・・・。
しかし彼はあの医学部の同期で、
ニーナの事件の首謀者の友人でもある。

何やら少し不穏な雰囲気になっていきます。
恋の行方も気になる。
見所満載。

そしてまた本作、単なる復讐物語に終わらない、衝撃的な展開を迎えるのです。
これがまた、深い味わいを醸しています。
スゴイ・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「プロミシング・ヤング・ウーマン」

2020年/アメリカ/113分

監督・脚本:エメラルド・フェネル

出演:キャリー・マリガン、ボー・バーナム、アリソン・ブリー、
   クランシー・ブラウン、ジェニファー・クーリッジ

 

サスペンス度★★★★☆

女の復讐心★★★★★

満足度★★★★☆

 


「うつくしが丘の不幸の家」 町田そのこ

2022年06月13日 | 本(その他)

幸福か不幸かを決めるのは自分自身

 

 

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築21年の三階建て一軒家を購入し、一階部分を店舗用に改築。
美容師の美保理にとって、これから夫の譲と暮らすこの家は、夢としあわせの象徴だった。
朝、店先を通りかかった女性に
「ここが『不幸の家』だって呼ばれているのを知っていて買われたの?」
と言われるまでは――。
わたしが不幸かどうかを決めるのは、他人ではない。
『不幸の家』で自らのしあわせについて考えることになった
五つの家族をふっくらと描く、傑作連作小説。

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うつくしが丘にある三階建て一軒家。
この家に住む人々の物語です。

一番始めのエピソードは、築21年のこの家の一階部分を理髪店として改築し、移り住んできた夫妻。
ところが庭にある大きなびわの木は不吉だと言われ、
また、近所に住むらしい人は、ここは「不幸の家」だといわれているなどと言う。

それを聞いてすっかり落ち込んでしまう、美保理。
しかし、この家の隣に永く住む老婦人は言うのです。
びわの木は実がたくさんなっておいしいし、
葉もお茶にしたりやけどの薬になったり、お風呂に入れてもいいし、
役に立つことばかり。

そして確かにこの家に住む人は短い期間でまた越していってしまうことが多いけれど、
どの方も「不幸」そうではなかった。
それぞれの事情があったと思うけれど、それが不幸なわけではないでしょう、
という。

そんな話を聞くだけでも心が晴れていくような気がする美保理なのです。
多分それと同じように、不幸かどうかなんて人が決めることではなくて、
自分の考え一つなのだろうと、思えてきます。

 

さて、物語はこの家に住んだ人々のことを一話ずつ時間を遡りながら描いていきます。
それぞれの家族のそれぞれの事情。
そのことが語られて行きます。

家族の不和のこと、DVのこと、不妊治療のこと・・・
確かに大変なことは多いけれど、
それでもそれぞれが自分なりの答えを出して、前へ進んでいった。

家は、すなわち人生の舞台でもあるのです。

最後に、庭のびわの木の苗が植えられたエピソードがあるのもしゃれています。
びわの木はずっと人々を見守ってきていたのでしょう。

実は、うつくしが丘の「幸福の家」のお話でした!

 

「うつくしが丘の不幸の家」 町田そのこ 創元文芸文庫

満足度★★★★☆