映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「静かな炎天」 若竹七海

2016年08月30日 | 本(ミステリ)
タフで、不運。かっこわるくてカッコイイ。

静かな炎天 (文春文庫)
若竹 七海
文藝春秋


* * * * * * * * * *

ひき逃げで息子に重傷を負わせた男の素行調査。
疎遠になっている従妹の消息。
依頼が順調に解決する真夏の日。
晶はある疑問を抱く(「静かな炎天」)。
イブのイベントの目玉である初版サイン本を入手するため、翻弄される晶の過酷な一日(「聖夜プラス1」)。
タフで不運な女探偵・葉村晶の魅力満載の短編集。


* * * * * * * * * *

若竹七海さんの女探偵葉村晶シリーズ、大好きです。
短編集で当文庫オリジナルとのこと。
ウレシイですねえ。


タフでクール、しかしいつも満身創痍のイメージがありますが、
本作、まずはゆっくりとスタート。
一ヶ月に一作ずつというテンポで話は進みます。


「青い影」では彼女が大きな交通事故の現場に遭遇するのですが、彼女は無事。
ふー、やれやれ、良かった・・・。
その混乱した現場で、葉村は小型車からバッグを取り出して走りだす女性を目撃しますが・・・。


表題の「静かな炎天」
珍しく葉村のもとに次々に仕事の依頼が入るのですが、
それがまたどれも拍子抜けするくらいに、簡単に片付いてしまいます。
楽勝の物語?
いえいえ、ここで彼女を襲う災難はなんと「四十肩」。
腕が上がらずひどい痛み・・・。
うーむ、葉村さんも、もう若くはありませんねえ。
しかし本作、そもそもこんなに次々と依頼が舞い込むのもちゃんと理由があり、
結局葉村はたったひとつのヒントから、依頼されていない事件まで解き明かしてしまう。
たくらみに満ちた物語。
う~ん、面白い。


「副島さんは言っている」
以前葉村と同僚だった村木が、
何故か入院先の病院で人質に取られた(?!)という事件が発生。
葉村はその犯人・副島と村木からの電話を受け、
副島が巻き起こしたと思われる事件を推理します・・・。
なんともユニークな舞台設定。
とにかく副島が納得できるストーリーを葉村はでっち上げたわけですが、
しかし実はそれはあながちでっち上げではなく・・・?


ラスト「聖夜プラス1」
クリスマスイブの日。
葉村はある作家の元へ一冊の本をうけ取りに行きます。
その日はその仕事一つだけで終了、のはずでした。
ところが行く先々で用事をことづかり、一日中アチラコチラへと移動して歩くはめになります。
おまけに風邪気味で体調がひどく悪い。
これだ、これでこそ葉村晶。頑張れ葉村晶! 
しかし彼女はこんな中でも、けしからん強盗の裏をかいてみせたりする。
四十肩でも、くたびれてヘロヘロでも、
やっぱりカッコイイ、葉村晶なのでした。
コンパクトにまとまっていて、タフだけれど不運続きというユーモラスな展開、
などと思っているうちに、葉村さんの一歩先をゆく推理に驚かされる。
葉村シリーズ入門にも最適、おススメの一冊です。


巻末で、葉村晶のバイト先であるミステリ専門の古書店、店長富山氏が
作中に登場するミステリの解説をしていますが、
多くは海外ミステリで、そちらはほとんど読んでいない私、ちょっと残念でした。

「静かな炎天」若竹七海 文春文庫
満足度★★★★★


愛しき人生のつくりかた

2016年08月29日 | 映画(あ行)
おばあちゃん思いの青年がステキ



* * * * * * * * * *

マドレーヌ(アニー・コルディ)は、パリの小さなアパルトマンに夫と共に暮らしていました。
ところが夫に先立たれ、一人暮らしになってしまいます。
彼の息子・ミシェル(ミシェル・ブラン)は母の一人暮らしを心配するあまり、
マドレーヌを老人ホームに入れてしまうのです。
それでも、ミシェルの息子、つまりマドレーヌの孫・ロマン(マチュー・スピノジ)は、
おばあちゃんが心配で、度々様子を見に現れます。
おばあちゃん思いの優しい青年であります。
ところが、資金不足から、ミシェルはマドレーヌのアパルトマンを売却してしまい、
そのことでショックを受けたマドレーヌはホームから失踪。
祖母は生まれ故郷のノルマンディに行ったらしいと見当をつけたロマンが、
ノルマンディに向かいます。



マドレーヌがノルマンディを出たのは、まだ彼女が小学生の頃。
戦争のためでした。
それ以来一度も彼女は故郷に戻っていなかったのです。
祖母の生きた年月が重く感じられるロマン。
でもちゃっかり自分の恋愛模様もプラスしてしまうところが、さすが現代の青年。



さて、ところでちょっとひどい息子に思えるミシェルの方ですが、
彼ものんきにしているわけではないのです。
ちょうど長年勤めた郵便局を定年退職したところ。
それで、どうにも調子が出ないのです。
「夫はもう情熱を失ってしまっている」と感じている妻ともギクシャク。

文学部の学生で、ホテルの夜勤のアルバイトをしているロマンは、
祖母や両親2世代の大人たちを見つめ、優しくいたわります。
両親が離婚?!と、ゴタゴタし始めてもやんわり受け止めて、
そっと気持ちを聞き出すあたり、う~ん、いい奴だなあ・・・。
こういう息子が育つもの、やっぱりきちんとした親だからなんじゃないでしょうか。
本作を見ているとほんとにそう思います。



ロマンの変人の友人がまた、いい味出しててステキ。
ロマンの勤め先のホテルの主人役を務めていたのが、監督さんだったんですね!



楽しんで見られるハートウォーミングストーリーです。

愛しき人生のつくりかた [DVD]
ジャン=ポール・ルーヴ,ダヴィド・フェンキノス,ダヴィド・フェンキノス
アルバトロス


「愛しき人生のつくりかた」
2014年/フランス93分
監督・脚本:ジャン=ポール・ルーブ
原作:ダビド・フェンキノス
出演:ミシェル・ブラン、アニー・コルディ、シャンタル・ロビー、マチュー・スピノジ、ジャン=ポール・ルーブ

ハートウォーミング度★★★★★
満足度★★★★☆

シング・ストリート 未来へのうた

2016年08月28日 | 映画(さ行)
やりたいことをやってみようよ!



* * * * * * * * * *

「はじまりのうた」、「ONCE ダブリンの街角で」等でお馴染みの
ジョン・カーニー監督の半自伝的作品とのこと。
ロンドンは歴史ある街ではありますが、
アイルランドに住む若者にとっては、
新しい文化の発信地でもあるロンドンが憧れの地だったのでしょうね。



14歳コナーは、父の失業のため荒れた公立校に転校をしたところです。
両親は毎日喧嘩。
家庭崩壊の危機にあります。
そんな彼の唯一の楽しみは、音楽マニアの兄と、英国のミュージックビデオを見ること。
イカす音楽とポップな映像に憧れているのです。
そんなある日、コナーはラフィーナという魅力的な女の子に一目惚れ。
つい自分のバンドのPVに出演しないか?と誘ってしまいます。
おっと、冗談じゃない。
憧れてはいるけれど、もちろんバンドなんてやってない。
しかしコナーは急遽メンバーを集め、曲を作って猛練習。
無事、一回目のビデオ撮影までこぎつけますが・・・。



いかにも適当なメンバー集めのようでいて、なかなか決まっています。
かっこいいから黒人を入れようなどと言って、スカウトしてしまう。
80年代の音楽は私などにも馴染みがあって耳に心地よい。
こんな風にすんなりと「音楽」に入ることができたら、楽しいだろうなあ・・・。


本作で、コナーの兄がなかなかステキなのです。
音楽のこと、ガールフレンドとのこと、
いつも弟を見守り的確にアドバイスし、励まします。
でも、さてこの人は一体何をしている人?と思うのですよね。
最後のほうで良き兄貴が、ついにキレるシーンがある。
両親の不和と母親の過剰な愛によって、家出してでもやりたかったことを果たせず、
結果、弟の応援団になってしまっている。
イヤイヤ、まだ若いんだからさ、あなたももういい加減やりたいことをやってみれば・・・?
と、オバサンとしては背中を押したい気持ちになりました。


そうそう、コナーの学校の校長にも一言。
靴の色なんかどうでもいいから、この学校のイカレた風紀をなんとかすれば・・・?
が、コナーの方も、ミュージシャンきどりでいきなり学校にメイクをして、髪を染めていく
というのはあまりにも、ガキっぽいと思うけどね・・・。



まあ、楽しめた作品ではありました。

「シング・ストリート 未来へのうた」
2015年/アイルランド・イギリス・アメリカ/106分
監督:ジョン・カーニー
出演:フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、ルーシー・ボーイントン、マリア・ドイル・ケネディ、エイダン・ギレン、ジャック・レイナー

音楽性★★★★★
満足度★★★★☆

「ホビットの冒険 上・下」J.R.R.トールキン

2016年08月26日 | 本(SF・ファンタジー)
ゆきてかえりし物語

ホビットの冒険〈上〉 (岩波少年文庫)
J.R.R. Tolkien,瀬田 貞二
岩波書店


ホビットの冒険〈下〉 (岩波少年文庫)
J.R.R. Tolkien,瀬田 貞二
岩波書店



* * * * * * * * * *

ひっこみじあんで、気のいいホビット小人のビルボ・バギンズは、
ある日、魔法使いガンダルフと13人のドワーフ小人に誘いだされて、竜に奪われた宝を取り返しに旅立ちます。
北欧の叙事詩を思わせる壮大なファンタジー。(上)

魔法の指輪を手に入れたビルボとその一行は、
やみの森をぬけ、囚われた岩屋からもなんとか脱出に成功。
ビルボたちは、いよいよ恐ろしい竜スマウグに命がけの戦いを挑みます。
『指輪物語』の原点といわれる、雄大な空想物語。(下)


* * * * * * * * * *


すでに映画版の「ホビット」三部作は見ているのですが、
この度、原作の方を読んでみました。


私、この本はぜひ子供の頃に読むべきだったなあ・・・とつくづく思いました。
もともと本好きの夢見がち(?)なコドモでしたが、
空想をふくらませるのは、ファンタジーではなくSFの方向へ行ってしまっていたように思います。
映画も悪くはないんですよ。
でも、映画はすべて受動的で、空想の余地が無い。
そういう「楽さ」故に、実のところ私、
本作のあらすじも あまり残っていませんでした。
映画の後に本を読むと、キャラクターとか、それぞれの情景とか、
イメージしやすくていいのですが、
それもしっかり「型」にハメられてしまうような感じ。
なにも予備知識がないところでこれを読んだら、
冒険は自分の胸の中で膨らみ、
さぞかしワクワクドキドキ、夢中でページを繰ったのではないかなあ・・・と思いました。
だから、もしお子さんをお持ちの方がいたら、
先にビデオを見せてしまわないで、本を読むように薦めるといいと思います。
そういうことで読書好きの子どもが誕生します。


というわけであえてストーリーを紹介するまでもないかと思うのですが、
映画を見ただけでは気づかなかったことを幾つか。


主人公にホビットという小人を充てたのは、
小さくてすばしっこいけれど、ちょっぴり意気地なし。
多少そそっかしいところもある。
けれど好奇心旺盛で、結局誘われるまま危険な冒険の旅に出てしまう
・・・という人物像が、子どもが自分自身と重ねあわせやすいということなのかもしれません。


金銀財宝を貯めこみ抱え込んでいた竜のスマウグが倒れて、
めでたしめでたしとなるのかと思えば、
それこそが新たなとんでもない災いの始まりだったというところがやはり凄いです。
著者は2つの世界大戦を生き抜いた後にこの物語を書いたのですね。
ドワーフやエルフ、ゴブリンなどそれぞれの種族間で、財宝をめぐって壮絶な殺し合いをする・・・
というところは、もちろん戦争のことをそのまま投影しているというわけなのでした。
そしてまた、自分自身戦争の悲惨さを知りながら、
まるで透明になってしまったかのようになにもできず、
黙って見ているしかなかった・・・ということが
もしかするとビルボと重なっているのかもしれません。


苦難の旅の末、懐かしい故郷に帰り着いたビルボは、
けれども決して英雄として讃えられたりはしません。
むしろ「変人」として、村人たちからは少し距離をおかれるようになってしまうのです。
しかし、これこそが一人の人間(ホビットですけど)の内面の旅の結末として
ふさわしいのだろうと思いました。
自分の成長は人にひけらかすものでもなんでもない。
それは自分の中にしまっておくだけで良い、ということなのでしょう。


今後もう少し、「ファンタジー」を読んでみようかと思います。

「ホビットの冒険 上・下」J.R.R.トールキン 瀬田貞二訳 岩波少年文庫
満足度★★★★☆

ひつじのショーン バック・トゥー・ザ・ホーム

2016年08月25日 | 映画(は行)
羊の数を数えてみれば・・・



* * * * * * * * * *

クレイアニメ「ひつじのショーン」初の長編劇場版。
とはいえ、私はこれまで全然なじみがなかったのですが、
本作を見て、ショーンとその仲間たちの大ファンになってしまいました。



牧場に暮らし、毎日毎日、スケジュールに沿った同じことの繰り返しに
うんざりしているショーンたち。
ある日、ショーンは自由な時間を作るため、
牧場主を眠らせ、キャンピングカーの中に寝かせます。
ところが、車が勝手に走りだし、都会へ向けてまっしぐら。
その末に事故を起こして、牧場主は入院。
家で、始めはやりたい放題のショーンたちでしたが、
いつまでたっても牧場主は帰ってきません。
だから、ご飯ももらえません。
だんだん淋しくて、悲しくなってきます。



ショーンたちは、牧場主が大好きなんですよ。
生まれた時から世話をしてもらってるし、一緒に音楽を聞いて踊ったりもする。
ただ、あまりにも退屈な日常がイヤになってしまっただけ。
さて、そこでショーンは、牧場主を探しに都会へ繰り出します。



この作品にきちんとしたセリフは出てきません。
話をするシーンは、ひつじも人も、「ムニャムニャ・・・」と、言葉らしき音が出るだけ。
だから万国共通で字幕なし。
これはいいですね。
とぼけたショーンたちの表情や動きを見ているだけでも、笑ってしまいます。
けれどもまた、牧場主を思う切ないシーンなどはホロリとさせられる。
う~ん、よいですねえ。



ひつじたちが、牧場主を眠らせるシーンがまた、おかしいんですよ。
彼らが一匹ずつ柵を飛び越えてみせる。
それをエンドレズで何度も何度も。
そのひつじの数を数えているうちに、ぐっすり眠り込んでしまうという次第。
万国共通であり、老若男女共通。
満足間違いなしの傑作でした。



ひつじのショーン ~バック・トゥ・ザ・ホーム~ ブルーレイディスク+DVDセット [Blu-ray]
ウォルト・ディズニー・ジャパン株式会社
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「ひつじのショーン バック・トゥー・ザ・ホーム」
2015年/イギリス・フランス/85分
監督:マーク・バートン、リチャード・スターザック

ユーモア度★★★★★
満足度★★★★★

ストリート・オーケストラ

2016年08月24日 | 映画(さ行)
音を合わせることは心を合わせること



* * * * * * * * * *

ブラジル、スラム街の子どもたちによって結成された
クラシック楽団「エリオポリス交響楽団」誕生の実話です。



バイオリニストのラエルチは、サンパウロ交響楽団のオーディションを緊張のあまり失敗。
生活のため、気は進まないものの、スラム街の学校で音楽教師の職につきます。
ところがオーケストラのメンバーとして集まった生徒たちは、どうにもオンボロ。
そもそも音楽をやる気がほとんどありません。
ある時、ラエルチは襲われたギャングの前でバイオリンを演奏。
そして、ギャングは引き下がった。
このことがウワサで広がり、生徒たちは音楽とラエルチを見なおしたんですね。

カッコイイ!! 
暴力でなくてもそんなことができるのか、と。

そこで生徒たちがやる気を出したのはいいのですが、
座り方も、楽器の持ち方も滅茶苦茶で、なんと楽譜も読めない。
ラエルチは、うんざりしながらも、ごく初歩から子どもたちに音楽を教え始めます。
そしてラエルチはまた、子どもたちの生活環境の酷さも目の当たりにします。
親からネグレクトを受けるもの、カード詐欺の手先をするもの・・・。
こんな中でも必死に練習に励む子どもたちを見て、
失意のラエルチもまた、音楽への情熱を取り戻していくのです。



はじめ、聞くに耐えなかった彼らの演奏が、次第に上達し、
しっかりと聞き惚れるまでのものになっていく様子がとても心地よいです。
しかも本作はクラシックだけではなく、スラムを意識して、
ヒップホップが挿入されていたりするのも、すごく楽しい。
生徒たちにとってクラシックは堅苦しく高級なものではなくて、
一つの音楽のジャンルと、普通に受け入れている感じがします。
そういう逆の偏見がないのもいいです。
そして本作のエンディング曲がやはりクラシックではなくて、
ブラジルの伝説的ラッパー、サボタージの曲というのが、なんとも聴かせる。



実は今期のテレビドラマ「仰げば尊し」に、なんだか似ているなあ・・・
と思いながら見ていました。
が、まさか、あんな事件が起こるとは!!
予測していなかったのでショックでした。
でも、そのために皆の気持ちが一つにまとまったというところはあるのでしょうね・・・。
ステキな作品でした。



「ストリート・オーケストラ」
2015年/ブラジル/103分
監督:セルジオ・マチャド
出演:ラザロ・ハーモス、カイケ・ジェズース、エイジオ・ビエイラ、サンドラ・コルベローニ、フェルナンダ・フレイタス

音楽の魅力度★★★★☆
満足度★★★.5

「ダンジョン飯 3」 九井諒子

2016年08月22日 | コミックス
絶妙なバランスで保たれる生態系

ダンジョン飯 3巻<ダンジョン飯> (ビームコミックス(ハルタ))
九井 諒子
KADOKAWA / エンターブレイン


* * * * * * * * * *

地下4階は、強敵揃いの水のフィールド。
人魚、ウンディーネ、大ガエル--
水の下から急襲してくるモンスター達をライオス一行はどう倒す? 
どう食べる!? 
かつての仲間・ナマリも登場し、物語が大きく動く第3巻!


* * * * * * * * * *

待望の第3巻です。
前巻に引き続き、水の階層地下4階。
水の階層だけあって、魚介祭り!となっていますよ。
もう、さすがのマルシルも、モンスターを食すことにほとんど抵抗がなくなっている様子。
・・・とはいえただ一つのタブーは残しているようなのです。
それは、亜人型には手を出さないということ。
つまり人と似た形のものは食べない。
それで、「人魚」はどうなのだ、という話になったりします。
さすがに、ヒトを食べてはまずいか・・・。


それから、この地下の魔物に満ちた迷宮も、
絶妙な食物連鎖で生態系が維持されていることがわかります。
だから、むやみと殺しすぎてはいけないと、センシは言う。
食に関することなら実に博識のセンシなのですねえ。
モンスターはただヒトを倒すためにいるのではなくて、
自分たちなりの秩序の中で生きているということか。
では、そもそもこのダンジョンがどのように発生したのか?
知りたいところです。


巨大なイカ・タコの合体のような"クラーケン"は、
さぞかし食べがいのあるごちそうのように思えるのですが、
残念ながらその身はエグみがひどくて、とても食べられたものではなさそう。
しかしなんと、センシはそこに寄生していた寄生虫を蒲焼きに調理してしまう。
ゲゲゲ・・・。
恐るべし。


ところでこのライオス一行は、ライオスの妹を救い出すために
ダンジョンの旅をしているわけですが、
これまでその妹ファリンのことにはほとんど触れられていませんでした。
本巻にはようやく過去のエピソードとしてファリンが登場。
マルシルと親しかったということで、
だからこんなに頑張っているというところもやっと納得ですね。
そのマルシルも、魔力が弱まり、一時は戦線離脱か?というところまで行ったのですが、
なんとか回復できたようです。


続きが待たれます。


「ダンジョン飯 3」九井諒子 ビームコミックス
満足度★★★★☆

黄金のアデーレ 名画の帰還

2016年08月21日 | 映画(あ行)
ユダヤの人権を取り戻す裁判



* * * * * * * * * *

グスタフ・クリムトの名画「黄金のアデーレ」をめぐって
実際に起こった裁判とその数奇な物語を映画化したものです。


カリフォルニアに住む82歳、マリア・アルトマン(ヘレン・ミレン)が、
オーストリア政府を相手に裁判を起こしました。
現在オーストリアにある彼女の叔母の肖像画「黄金のアデーレ」は、
かつて自分の家にあり、ナチスに略奪されたものなので、返還してほしい、と。





先に、「ミケランジェロ・プロジェクト」でも、
そんなふうにナチスがユダヤ人から略奪した数多の美術品の物語を見たばかりでした。
このマリアも、オーストリア、ウィーンで生まれ育ったユダヤ人なのです。
家はかなり裕福でした。
華やかで幸福の絶頂ともいうべき彼女の結婚式の後まもなく、
ナチスドイツがオーストリアを占拠。
ユダヤ人の受難が始まります。
意外にもオーストリアの人々は、ドイツの旗を降ってナチスを歓迎して受け入れます。
子供たちはこぞって、「ハイル・ヒトラー」のポーズ。
そして、これまでとは手のひらを返したように
ユダヤ人を蔑み、差別を始めるのです。



ユダヤ人の豊かさを妬む人々も多かったのだろうなあ・・・。
だからといって、何もかもを奪い収容所送り・・・というのはあまりにも理不尽です。
歴史の暗部に、気持ちが暗澹としてきます。
それでも命からがら間一髪で、
マリアは夫ともにアメリカへ脱出することができたわけですが・・・。



マリアの裁判に力を尽くしたのが、若き駆出しの弁護士ランドル・シェーンベルグ(ライアン・レイノルズ)です。
彼自身もオーストリアから亡命したユダヤ人の孫。
彼の祖父母とマリアは交友があったのです。
始めのうち、ランドルはこの高額な絵画の裁判を、お金目当てで弁護を引き受けたのですが、
マリアとともにオーストリアへ渡り、彼女が体験した苦悩を知るうちに本気になっていきます。
はじめマリアはオーストリアへ渡ることさえ拒否していたのです。
懐かしい故郷のはずなのに、昔の記憶が蘇ることが怖いのです。
だからこの年まで一度も故郷へ帰ったことはない。
そんな気持ちをランドルは深く理解するようになります。



けれど事情はわかっていても、オーストリア政府は決してその絵を手放そうとしません。
この絵はいわばフランスにとっての「モナリザ」のようなもの。
あまりにも自国の象徴的なものとなっているために、意地でも手放したくはない。
裁判は長引き、さすがにマリアは、
「もういい。諦めて元の平和な生活に戻りたい・・・」
というのですが、ランドルは絶対に諦めない。
そのように立場が逆転していくのもいいところ。
彼の奥様がまた、普通なら「そんなバカな仕事にはもうかかわらないで」
と言うところですが、夫を励ますんですよ。
泣かせますねえ・・・。



結局ランドルは「絵」を取り戻そうとしたのではない。
過去にナチスとオーストリアの人々に奪われたマリア、そしてユダヤ人の
「人権」を取り戻すための裁判であったように思います。
オーストリアの人々が今でもユダヤ人に差別的というわけではありません。
ちゃんとオーストリアの「良心」的存在として、
彼らの手助けをする青年(ダニエル・ブリュール)が配置されています。
深く心に訴える物語でした。

黄金のアデーレ 名画の帰還 [DVD]
ヘレン・ミレン,ライアン・レイノルズ,ダニエル・ブリュール,ケイティ・ホームズ,タチアナ・マズラニー
ギャガ


「黄金のアデーレ 名画の帰還」
2015年/アメリカ・イギリス/109分
監督:サイモン・カーティス
出演:ヘレン・ミレン、ライアン・レイノルズ、ダニエル・ブリュール、ケイティ・ホームズ、タチアナ・マズラニー

歴史発掘度★★★★☆
満足度★★★★★

栄光のランナー 1936ベルリン

2016年08月20日 | 映画(あ行)
政治とオリンピック



* * * * * * * * * *

オリンピック開催中の今、グッドタイミングの鑑賞でした。
1936年、ベルリンオリンピック時の実話です。


アメリカ黒人の陸上競技選手、ジェシー・オーエンス(ステファン・ジェームス)は、
オハイオ州立大学でコーチのラリー・スナイダー(ジェイソン・サダイキス)と出会い
オリンピックを目指して練習に励みます。

ベルリンオリンピックは、ナチスがその威力を世界に見せつけるために開かれるような大会でした。
そのため、アメリカはナチスに対抗し、
ベルリンオリンピックをボイコットしようとする機運が高まっていたのです。
それでもなんとか、米国も出場が決定。
ジェシー・オーエンスも実力で出場権を得たのですが、
黒人地位向上委員会から、出場しないようにとの要請があるのです。
ナチスの人種差別政策に反対の意向を示すためものでした。
そのことの意義はわかる。
でも、折角のチャンスでもある。
出るべきや否や。
ジェシーは苦悩します。



黒人への差別はなにもナチスだけの問題ではありません。
アメリカ国内にも当たり前にそれはあるのです。
黒人は、シャワーを使うのも白人の後。
バスには黒人専用席があって、
ホテルも裏の黒人専用出入り口から入る・・・。
そんな中で、金メダルを獲ってみせることこそが、
自分たちの存在を国内外へ知らしめることなんですね。



巨大な競技場には、ほとんどがヒトラーを偉大な総統として仰ぐドイツの人々があふれています。
ジェシーは、競技場へ踏み込むとき、緊張というよりもむしろ恐怖を感じてしまう。
しかし、競技用の靴を履き、コースの土を整えるうちに次第に心が静まってくるのが伺えます。
ただ、無心で走ればいい。
そう思い定めたようでした。
ここのシーンが凄く印象深く残っています。


実際の出来事なので、ネタばらししてしまいますが、
結局彼は100m、200m、走り幅跳び、そして、4✕100mリレーの
4冠達成という偉業を成し遂げたのです。



素晴らしく感動的な物語でした。
ところで、この時リレーには本当はユダヤ人2名が出場するはずだったのに
急遽メンバーが入れ替わり、ジェシーが出場することになったのです。
このことから、後のIOC会長であるブランデージ氏が、
反ユダヤ・親ナチと言われるようなのですが、
その真相というか、まあ、本作での解釈も面白いところでしょう。



いずれにしても、オリンピックと政治は表裏一体。
先日読んだ「街場の五輪論」ではありませんが、
結局4年後の東京オリンピックも現政権の表看板であることは否めないですね・・・。
ではありますが、実際にオリンピックの試合を見ていると、
やっぱり日本人選手たちの健闘に胸が熱くなってしまうのですが。


ところで、これも先日見た「不屈の男」のルイス・ザンペリーニも、
このベルリンオリンピックに出場しているのですよね。
え~と、5000m走で8位入賞を果たしています。
同じ選手団にいたというわけだ・・・。
そうそう、ついでにですが、映画中に気づいたのですが、走り幅跳びの表彰式シーン。
2位がジェシーに好意的だったドイツのルッツ・ロング。
で、3位の選手が日の丸をつけていたのです。
後で調べてみたら、本当に日本人の田島直人さん。
なかなか興味深い大会ですねえ。



「栄光のランナー 1936ベルリン」
2016年/フランス・ドイツ・カナダ/134分
監督:スティーブン・ホプキンス
出演:ステファン・ジェームス、ジェイソン・サダイキス、ジェレミー・アイアンズ、ウィリアム・ハート

歴史発掘度★★★★★
スポーツが呼ぶ感動度★★★★☆
満足度★★★★★

「八月の六日間」 北村薫

2016年08月18日 | 本(その他)
山で開放される、鬱屈した自分

八月の六日間 (角川文庫)
北村 薫
KADOKAWA/角川書店


* * * * * * * * * *

雑誌の副編集長をしている「わたし」。
柄に合わない上司と部下の調整役、パートナーや友人との別れ…
日々の出来事に心を擦り減らしていた時、山の魅力に出会った。
四季折々の美しさ、恐ろしさ、人との一期一会。
一人で黙々と足を動かす時間。
山登りは、わたしの心を開いてくれる。
そんなある日、わたしは思いがけない知らせを耳にして…。
日常の困難と向き合う勇気をくれる、山と「わたし」の特別な数日間。


* * * * * * * * * *

北村薫さんの本作は、今までとは少し異なる題材で、
それは「山行き」です。
「九月の五日間」 「二月の三日間」・・・というような章立ては、
それぞれ、彼女の山行きの期間を示しています。
しかも単独行。


40歳、雑誌の副編集長をしている「わたし」は
以前から登山をしていたわけではありません。
でも、仕事上のストレスや、別れた恋人とのこと、親友の死・・・
多くの鬱屈を抱えている時に、職場の友人から登山に誘われ、
登ってみれば心が開放される気がします。
それ以来山の虜になった「わたし」は、
忙しい中なんとか休暇をとって、時折山に出かける。
それでようやく心のバランスをとっているようなのです。


とは言え、まだ初心者に毛の生えた程度。
無謀にも槍ヶ岳に挑戦したりもするのですが、
足はガクガク、ヨレヨレ、ライトを持ち忘れたり、道に迷いかけたりと、
かなり危ない目にも遭います。
それでも時が経つとまた、山に向かいたくなってしまう。
そんな山の魅力も十分に感じさせられる一作です。


でも、これは登山の入門書でも山の魅力を語る本でもなく、
読み進んでいくと、以前別れた恋人とのことに、
心の整理がついていくという流れが根底の方にあるのです。
その昔の彼と、思いがけない再開をした「わたし」が、
彼とどのような会話を交わしたのか。
…その結末をちょっぴりあと引かせせているのが心憎い。
実際に語りかけたのはほんの一言。
けれどもその一言は、
彼女が、もう以前のことにはこだわっていなくて
彼の今の境遇を祝福しているようにも感じられる。
なんとも絶妙な一言なのでした。


女一人で生きていく、そんな潔さと山の単独行が重なりあってきます。
ステキな一冊でした。
けれど、読めば読むほど、やっぱり私には山は無理・・・と思えてきてしまいましたが。


さて、ということで、これまで聞いたことはなかったけれども、
著者も登山の趣味がおありだったのだなあ・・・と、思ったわけですが、
巻末の解説にネタばらしがありました。
著者は、登山経験のある編集者に取材したり、資料やDVDを参考にしただけで、
実際には山には登っていないそうです。
だから、これを読んだ初心者の人が、
自分にも簡単に行けると思われると困る、一人では行かないほうが良い、
と書いてありました!!
それにしてもさすが作家。
まるで自分が体験したかのように、いきいきと山の描写がされているのには驚かされます。
凡人には、実際に山に行ってさえも、こんな風には書けないですよね・・・。


「八月の六日間」 北村薫 角川文庫
満足度★★★★☆

いしぶみ

2016年08月17日 | 映画(あ行)
ひとりひとりの生活に寄り添えば



* * * * * * * * * *

1969年に広島テレビが制作した原爆ドキュメンタリー「碑」という番組があり、
2015年に同局が戦後70周年特別番組として「碑」を蘇らせ、
「いしぶみ 忘れない。あなたたちのことを」を制作。
本作はそれを劇場用に再編集したものです。



昭和20年8月6日。
広島の中心部、本川の土手で建物の解体作業にあたっていた
旧制広島ニ中の1年生321人。
その朝、そこから500m先に原子爆弾が投下されました。
ほとんど爆心地のその場所で、3/1ほどの生徒はその場で命を失い、
また、かろうじて命を取り留め、
救護所に運ばれた者や、なんとか自力で自宅まで帰り着いた者も、
数日のうちに亡くなってしまっています。
遺族の手記に残された生徒たちのその時のことを、
広島出身の綾瀬はるかさんが、切々と読み上げます。


朝、美味しそうに水を飲んで出かけて行ってそのまま帰らなかった息子のこと。
ようやく探し当てた我が子が、顔が火傷でパンパンに腫れ上がり、
胸の名札でしか判別ができなかったこととか・・・。



8月6日は本来なら夏休みの時期ですが、
戦時中で、中学生も駆りだされて作業に当たらなければならなかったのですね。
家にいれば助かったかもしれないのに・・・。
映像は殆ど綾瀬はるかさんが朗読している姿を映し出すのみなのですが、
時おり、亡くなった子供たちの写真も映しだされます。
まだあどけなさの残る少年たちの顔を見ると、
この理不尽な死が一層いたましく感じられます。
原爆で亡くなった人は何名・・・などと聞かされても、
それは大変なことだとは思うのですが、なかなか実感が伴いません。
けれどもこうして、ひとりひとりの生活に寄り添って話を聞くと、
その重みが胸に迫ってきます。


私たちの当たり前の日常が、一瞬にして崩れ落ちてしまう。
そういう出来事なのでした。
また、本作中にはジャーナリスト池上彰さんの、
少年たちの遺族や関係者へのインタビューも挿入されています。
中でも、たまたま体調が悪かったり電車に乗り遅れたりして、作業に行けず、
そのために助かり、存命している方が、
何か罪悪感のようなものに囚われているということが印象的でした。
どうして自分だけが生き残ったのか・・・、と。
生きてさえも、苦しみを抱え続けなければならないという
残酷な出来事なのですね。



私は数年前に広島の平和公園を訪れたのですが、
この少年たちの「碑」には、気付きませんでした。
もしまた訪れることがあれば、必ず手を合わせて来たいと思います。

「いしぶみ」
2016年/日本/85分
監督:是枝裕和
出演:綾瀬はるか、池上彰

歴史発掘度★★★★★
メッセージ性★★★★★

1001グラム ハカリしれない愛のこと

2016年08月16日 | 映画(さ行)
生き方を見直すとき



* * * * * * * * * *

本作の主人公、マリエが勤めているのはノルウェーの計量研究所。
そこにはノルウェーの1kgの基準となる大事なおもり「キログラム原器」があったりします。
マリエはそこの研究員。
ということで、え~、こんな世界があるのかという、
なんとも専門的かつオタクな舞台。
だから難しくて退屈かと思えば、
なるほど、次第にこのストーリーとこの仕事の密接な関係が浮き上がってくるので、
なかなか興味深く見ることができました。



マリエは現在夫と離婚調停中。
広い家にただ一人で暮らしています。
淡々と仕事をこなしますが、終始難しい顔をしています。
同じ職場に勤める父は、仕事上でも頼りになる大先輩。
時おり父の家を訪ねたりしながら単調な毎日を過ごします。
そんなある日、マリエは、病に倒れた父の代わりに、
パリで行われる国際セミナーに出席することに。
大事な「キログラム原器」を持ってパリへ出かけたマリエは、
そこである男性と出会います。



舞台立てはかなり特殊ですが、つまりは一人の女性の再生の物語なのです。
敬愛していた父親が亡くなり、
同時に大事なキログラム原器まで損なってしまう。
つまりは、彼女の人生の基準である「父」とキログラム原器が重ね合わされているのです。
が、その基準を失った彼女は、
また新たな基準を見出して生きていく・・・。
終盤、あれほどまでに頑なだった彼女の顔つきが、すっかり和らいでいくのがいい。



以前「21グラム」という映画作品がありましたが、
ここでもそのことに触れられていて、
つまり、人の魂の重さが21グラムだというのです。
マリエは、父の遺灰をこっそり職場に運び、その重さを図ってみる。
1022グラム。
ところが見ているうちにどんどん軽くなっていくのです。
数字が小さくなっていって止まったところが1001グラム。
その差分はどうしたのか?
父親の魂が今解放されたのだ、と思うマリエの表情に注目です。


マリエの愛車の電気自動車が可愛かったなあ・・・。
副題、「ハカリしれない愛のこと」は、
むしろ「ハカリしれない人生のこと」というべきかもしれませんが、
まあ、それではいかにもカタいでしょうか。



「キッチン・ストーリー」とか、「ホルテンさんのはじめての冒険」とか、
やはり好きな監督さんです。

1001グラム ハカリしれない愛のこと [DVD]
アーネ・ダール・トルプ,ロラン・ストッケル,スタイン・ヴィンゲ
KADOKAWA / 角川書店


「1001グラム ハカリ知れない愛のこと」
2014年/ノルウェー、ドイツ・フランス/91分
監督・脚本:ベント・ハーメル
出演:アーネ・ダールトルプ、ローラン・ストーケル、スタイン・ビンゲ、ヒルデグン・リーセ
人生を考える度★★★★☆
満足度★★★★☆


「太宰治の辞書」北村薫 

2016年08月14日 | 本(その他)
知的好奇心

太宰治の辞書
北村 薫
新潮社


* * * * * * * * * *

水を飲むように本を読む"私"は、編集者として時を重ね、
「女生徒」の謎に出会う。
太宰は、"ロココ料理"で、何を伝えようとしたのか?
"円紫さん"の言葉に導かれて、"私"は創作の謎を探る旅に出る―。
時を重ねた"私"に会える、待望のシリーズ最新作。


* * * * * * * * * *

北村薫さんの「円紫さんと私」シリーズ、16年ぶりに出たという新作。
この度ようやく図書貸し出し予約の順番が回ってきて、読むことができました。
お馴染みの「私」の立ち姿のイラストの表紙。
これがいいんだなあ・・・。


このシリーズ、女子大生の「私」が編集者の職を得た辺りで終わっていたはず。
(その内容は、なにも覚えていなかったりする・・・)
そして本作、年齢を重ねた彼女は、編集の仕事もベテランの域。
そして、結婚していて中学生の子供もいる。
え~、そこのくだりはバッサリ省略ですかあ。
そこのところが一番気になるところではあるのですが・・・。


さて、彼女の知的好奇心は若いころのまま。
彼女が太宰治の「女性徒」を読んで、気になるところが出てくる。
太宰は実際の女子高生の日記を元にして、本作を書き上げたのですね。
その中に「ロココ料理」という言葉がある。
当時あまり一般的ではなかったはずの「ロココ」という言葉。
太宰はどういう意味を込めてこの言葉を用いたのか。
当時太宰が愛用していたという「辞書」を探り当て、
実際に現存するその「辞書」を探し求めて、ちょっとした旅にまで出ます。


別に論文を書いたり、どこかに発表しようとしているわけではない。
あくまでも自分の興味、知的好奇心に駆られて行動する彼女。
これだけの年令になっても、そういうふうに行動できる彼女が眩しく感じられました。
確かに、あの女子大生の「私」の、年齢を重ねた姿だと思います。
彼女の行動原理は、
「こうして調べたことを円紫さんに報告する。
そして幾ばくかの評価をいただき、さらなる課題をいただく」
こういうことに尽きるのではないでしょうか。
一生を通しての師匠がいるというのもいいですよねえ・・・。
何か一つのことに興味を持つと、
そのことに連鎖するように、色々と関係したことが耳に入ったり、起き上がったりする。
身の回りにもたまにあるように思います。
つまりは、ふだんは耳に入ってもそのまま抜けていくようなことが、
何かを気にしている時には、急に引っ掛かりを持つ。
脳の中で無意識のうちに検索機能が働いているのでしょうね。


さて、ということで興味深くは読んだのですが、
本作について言えば、あまりにも「文学」でした。
文学の講義でこれを聞けば面白いと思うでしょうけれど、
わざわざ本で読みたい内容ではないかも・・・と、思えてしまいました。
私の知的好奇心はかなり劣化しているのかも・・・。

「太宰治の辞書」北村薫 新潮社
図書館蔵書にて

満足度★★★☆☆

裸足の季節

2016年08月13日 | 映画(は行)
何十年も前ではない、“今”の話。



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本作は、何十年も前の話?と思えてしまうのですが、
いえ、現在の話でした!



北トルコ。
イスタンブールからは遠く離れた片田舎。
ある5人姉妹が、10年ほど前に両親を事故で亡くして以来、
祖母の家で叔父たちと暮らしています。
ある学校帰り、男の子たちと無邪気に遊んで帰ると、
いきなり一人ずつ呼ばれて祖母の折檻が始まります。
姉妹が「ふしだら」だというのです。
更に叔父はなおのこと怒り、彼女たちに家から一歩も出ないようにと言いつけます。
携帯も取り上げ、パソコンも片付けてしまいます。
そして毎日毎日親族のおばさんたちから料理を仕込まれる。



なんて退屈な毎日。
けれども、彼女たちのはちきれそうな若さやエネルギーを抑えこむことなんかできません。
彼女たちは、こっそり二階の窓から抜けだしたりもしていたのですが・・・。
やがて、一人、また一人と家族が勝手に決めた相手に嫁がされてしまいます。
そしてさらに、窓には鉄格子、家の周りには高い塀。
次第に簡単にはぬけ出すこともできない監禁状態になっていきます。


驚くべきことに、結婚の最大の条件が無垢、すなわち処女であること。
彼女らは病院で検査され、
初夜に婿の母がシーツについた出血具合まで確かめたりするのです・・・。
だからこそ、若い娘の行動に異常に反応してしまう叔父たちなのです。
しかし、秘め事は女一人でするものではありません。
必ず、相手の「男」がいるのです。
それなのに女性だけがせめられるなんて、そんな馬鹿なことがありますか?
今時の日本なら、あっという間に『セクハラ』で訴えられますねえ・・・。
しかし、この地ではこれが常識。
あまりにも女性にばかり不利な「結婚」ではありませんか・・・。



この5人の末っ子がラーレで、まだ13歳。
姉たちの悲惨な運命を見て、絶対に同じ目にはあいたくないと思います。
自由を得るため、車の運転を覚え、髪を切って身代わりの人形を作り、
いつか逃げ出すチャンスを伺います。
彼女の清々しいほどの自由への希求と行動力が、なんとも心地よい。



それにしても、自分の暮らす家なのに、
そこをぬけ出す時のあの緊張感やスリルが、とてもハンパではなくドキドキさせられます。
多分、世界では似たようなところがまだまだあるのではないでしょうか。
姉妹は学校で自由な女性像をも学んで知っているのです。
そういう知識と、実際の身の回りの人々の意識のギャップに
余計苦しめられてしまったのかもしれません。
世界中の女性たちの夜明けは、まだまだ遠いのかなあ・・・。
そんな女性たちに、ラーレが光を照らすようでした。

「裸足の季節」
2015年/フランス・トルコ・ドイツ/94分
監督:デニズ・ガムゼ・エルギュベン
出演:ギュネシ・シエンソイ、ドア・ドゥウシル、トゥーバ・スングルオウル、エリット・イシジャン、イライダ・アクドアン

女性の自立を考える度★★★★★
満足度★★★★★

信長協奏曲

2016年08月12日 | 映画(な行)
ぜひ原作を読んでください・・・!!



* * * * * * * * * *

本作、けなす言葉しか思い浮かばず、
紹介するのはよそうかと思ったのですが、まあ、せっかくなので・・・。


私、原作コミックの大ファンなので、TV版も見ていたのですが、
かなり原作を離れて、おこちゃま向きになってしまっていて、
映画も興味が半減していたので、公開時には見に行っていませんでした。
でも、あの問題の「本能寺の変」をどのように描いているのかだけは見届けたくて、
この度視聴した次第。



超歴史オンチの高校生サブローが戦国時代にタイムスリップ。
そこで出会った織田信長は、サブローと瓜二つ。
信長は病弱で戦国武将として生きる自信がなく、
サブローと入れ替わることを依頼したのです。
いくらなんでも高校生なら、
信長が明智光秀の謀反のため命を落とすことくらい知っていそうなものですが、
サブローは全然わかっていなかった。
何が何だかよくわからないままに、サブローは信長として生きることになってしまい、
しかし、飾らず率直で、しかも運動神経だけはいいことが幸いし、
武将としてどんどん頭角を現していき、天下統一寸前までこぎつける・・・と。
一方ホンモノの信長は、体調も落ち着き、
人々の人望を得ているサブロー信長に敬意を表し、
覆面をして「明智光秀」としてサブロー信長に仕えることになるのです・・・。



この辺りではまだ、信長と光秀の関係は良好。
それでどうして「本能寺の変」が起こるのか、というのがこの物語の眼目で、
原作コミックもまだそこのところに行き着いていません。


ただなんとなく私は、本能寺で死ぬのはホンモノの信長の方なんだろうなあ・・・
という予測は以前から持っていたのですが・・・。
まあ、やはり・・・。



本作はつまりこの「本能寺の変」編なのですけれど・・・。
タイムトラベルものは、そこだけは突拍子もないフィクションだけど、
後は、いかに史実と物語を絡ませるかというところで面白みが出るわけです。
でも本作、その史実があまりにもいい加減。
本能寺に光秀が襲いかかったその直後の現場に、どうして秀吉が現れるのよ。
それ、絶対無理でしょ・・・。
「戦のない平和な世の中を作るため」という大義名分でサブローは動きます。
平成の世のように・・・? 
冗談じゃない。そりゃいささか日本は平和ボケの感もありますが、
世界的に見れば決して「戦のない平和な世」なのではない。
あまりにもご立派で平板な目的意識。
これで納得できるのはせいぜい小学生まででしょう。
小栗旬さんもこの主演を務めたことをきっと後悔していると思う・・・。



ちなみに、原作はしっかり史実を踏まえており、
今後の展開が期待されます。
皆様、この映画を見て呆れたとしても、原作は読む価値ありですので、
くれぐれもよろしくお願いいたします。

映画「信長協奏曲」 スタンダード・エディションDVD
小栗旬,柴咲コウ,向井理
ポニーキャニオン


信長協奏曲 コミック 1-13巻セット (ゲッサン少年サンデーコミックス)
石井 あゆみ
小学館


「信長協奏曲」
2016年/日本/126分
監督:松山博昭
原作:石井あゆみ
出演:小栗旬、柴咲コウ、向井理、山田孝之

満足度★☆☆☆☆