映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

花束みたいな恋をした

2021年04月30日 | 映画(は行)

手押し信号、ありがとう

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坂元裕二さん脚本の本作。
坂元裕二さんといえば、テレビドラマ、今やほとんど伝説的名作「東京ラブストーリー」、
割と最近では「カルテット」、そして今やっている「大豆田とわ子と3人の元夫」、
大好きなので、こちらも興味を持っていました。

えーと、公開開始は1月だったんですね。
なんとなく見逃していましたが、
ロングランをやっているシネマフロンティアさんに感謝!です。

本作は、偶然な出会いから始まった恋の5年間の行方を描きます。

東京、京王線明大前駅で、終電を逃してしまった大学生、
山音麦(菅田将暉)と、八谷絹(有村架純)。
好きな音楽や映画、本がほとんど同じということから
互いに好意を持ち、恋に落ちます。
大学卒業後、フリーターをしながら同棲をスタート。
日々の現状維持を目標に就職活動を続けますが・・・。

やはり二人の恋のはじまりのシーンが楽しいですね。
「天竺鼠」、「今村夏子」、「ゴールデンカムイ」などという
二人の共通のお気に入りの具体名が、リアルに二人の世界観を想像させます。
3日も二人でイチャイチャしながら過ごしても飽きない。
本当に、若くて「花束」のような恋なのでした。

ところが、二人が学校を出て「人生」を歩まなければならなくなってくると、
どうしても歩調が合わなくなってきます。

絹は、生活のためきちんとした就職をし、
麦はイラストで多少の収入はあったのですが、生活のために彼もやがて就職。
すると忙しくなり、ゆったりと二人で過ごす時間も持てません。

好きだった本も読まず、ゲームもしなくなり・・・。
次第に遠くなっていく2人の心。

確かにこれはラブストーリーには違いない。
けれど、かつてあったラブストーリーは男女が出会い結婚して終わるというものだったのが、
今は全くそうではないということに、今さらながら気づかされたように思います。

出会いは結婚とは別物で、自分の人生を歩もうとする時に、
必ずしもパートナーは必要というわけではない。
でもそれだからこそ、互いを好きで一緒にいる時間は、
なんの打算もなく純粋で、「花束」のようなのかもしれません。

「手押し信号、ありがとう」は、2人の恋のはじまりの時の1シーンの麦のセリフ。
どういう状況でこのセリフとなったのか、ぜひ実際にご覧ください。

 

<シネマフロンティアにて>

「花束みたいな恋をした」

2021年/日本/124分

監督:土井裕泰

脚本:坂元裕二

出演:菅田将暉、有村架純、古川琴音、押井守、オダギリジョー

 

花束度★★★★★

満足度★★★★★

 

 


「三途の川で落とし物」西條奈加

2021年04月29日 | 本(SF・ファンタジー)

あの世から、「生きる」ことを考える

 

 

 

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大きな橋から落下し、気づくと三途の川に辿り着いていた小学六年生の叶人は、
事故か自殺か、それとも殺されたのか死因がわからず、そこで足留めに。
やがて三途の渡し守で江戸時代の男と思しき十蔵と虎之助を手伝い、
死者を無事に黄泉の国へ送り出すための破天荒な仕事をすることになる。
それは叶人の行く末を左右する運命的なミッションとなった。

* * * * * * * * * * * *

 

西條奈加さんのファンタジー。
小学6年の叶人は気がつくと三途の河原にいます。
どうやら死んでしまったらしい・・・。
しかし、橋から落下したということはわかっているけれど、
それが事故なのか、自殺なのか、それとも他殺なのかわからないということで、
そこで足留めされてしまうのです。
そして、三途の川の渡し船の手伝いをすることに。
死者たちの中にはあまりにも生きていたときの念が強すぎるものもいて、
時には叶人は、相棒の十蔵、虎之助と共に生者の世にもどり、
死者の思いを解きほぐすことも・・・。

 

そんな中で、十蔵や虎之助自身の生前の出来事を知るようになり、
そしていよいよ叶人自身の死の事情へと話が進んでいくのです。

戦争では何十人を殺しても罪にはならず、むしろ英雄視されるのに、
戦争でないところで殺人を犯せば大罪なのは何故なのか。
地獄に送られた人の本当の責め苦とは・・・。
死をテーマにすることはすなわち、生をテーマとすることでもあるのでした。

地獄の事務処理もパッドで行う、今のあの世。
豊かなイマジネーションも楽しめます。

 

「三途の川で落とし物」西條奈加 幻冬舎文庫

満足度★★★☆☆

 


ステップ

2021年04月28日 | 映画(さ行)

シングルファザー

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結婚3年目、30歳。
一人娘・美紀は1歳半。
こんな時に突然妻・朋子に先立たれてしまった健一(山田孝之)。
妻の父母に美紀を引き取ろうかとも言われたのですが、
妻の気配の色濃いこの家で、新しい2人の生活を始めようと決意します。
美紀の保育園から小学校卒業までの10年間、
様々な壁にぶつかりながら、父と娘はゆっくりと歩みを進めていきます。

一歳半の娘を残して妻が亡くなり、男手一つで子どもを育てる・・・、
この設定だけで私は泣きそうになります。

シングルマザーの子育ての苦労話はよくあるけれど、
シングルファザーとなるとますます悲壮感が漂うのは何故でしょう。
できないことではないのですけれど・・・。

でも、母親のいない幼な子は、父親のいない幼な子よりも
不幸そうに見えてしまうのは確かかもしれません。
仕事は早く切り上げて帰ることのできる総務部のフレックスタイムに変えてもらい、
保育園の送り迎えや家事のすべてが健一1人にのしかかります。
仕事にも集中できず育児も自信がない・・・、
気持ちが落ち込んでしまう健一。
う~ん、涙なくして見られない感じ。
こんな健一の気持ちを少しでも楽にしてくれたのは保育園の保母さん(伊藤沙莉)でした。
よかった・・・。



また、そんな健一を気に懸けてくれたのは、妻の実家の両親。
常なら遠慮しあう間柄ですが、次第に実の親子のような関係になっていきます。
やはり、シングルファザーとはいえ、協力してくれる人は必要なわけで。
子どもの成長と共に、親もまた成長していくものですね。

美紀は小学校一年の時に、皆の前で
「お父さんがご飯を作ったり洗濯をしたりします。
お母さんもいます。」
と言ってしまいます。
教師は「ウソ」は良くないと言うのですが、
健一は家の中には常に多くの母親の写真があり、
自分も美紀も、亡き朋子の気配に包まれているような気がする・・・。
だから美紀はウソを言ったわけではないのだ、と思います。
ステキなエピソードでした。

これがシングルマザーの話ならドラマにはならないけれど、
シングルファザーだからドラマになる。
うーん、時代はまだまだ男女平等においつきませんね。

 

<WOWOW視聴にて>

「ステップ」

監督・脚本:飯塚健

原作:重松清

出演:山田孝之、白鳥玉季、田中里念、伊藤沙莉、川栄李奈、広末涼子

 

シングルファザー奮闘度★★★★★

満足度★★★★☆

 


エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ

2021年04月27日 | 映画(あ行)

クラスで最も無口な子だけど

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生まれたときからウェブサイトやSNSが存在する
ジェネレーションZ世代のティーンを描きます。

8年生、すなわち中学校生活最後の1週間を迎えたケイラ(エルシー・フィッシャー)。
内気で、人と接するのがちょっと苦手です。
親しい友人もいません。
“クラスで最も無口な子”に選ばれてしまう始末。

そんな彼女が、SNSで「自分らしく、自信を持って」と
人にアドバイスする内容の動画をアップするのですが、
誰も見てくれません。
人に呼びかけているようで、実は彼女自身に言い聞かせている言葉でもあるのですね。
自分でそう言ったのだから・・・と、
勇気を振り絞り憧れの男子や女の子たちに近づこうとするケイラですが・・・。

自意識過剰で内気、自分に自信が持てない13歳。
まもなく中学を卒業し高校生となることへの恐れ。
多かれ少なかれ、誰でもこんな気持ちに陥ったことがあるのでは・・・。

大丈夫、と、ぎゅっと抱きしめたくなってしまいます。
それはかつての自分のような気がするから・・・。
ジェネレーションZ世代、といっても
結局私のようなおばちゃんの思春期とあまり変わらないのではないかな?

ケイラの父母は離婚し、母親が家を出て行ってしまったようです。
だからケイラは父親と暮らしているのです。
男手一つで思春期の女子を相手にするのは大変そうです。
心配すればするほどイヤがられる。
食事中もスマホから目を離さない娘を扱いかねている・・・。
彼の心許なさと心配と戸惑いが身にしみます・・・。
私の年代ではやはりどうしてもこの父親目線になってしまいます。

でも、たとえケイラがどんな存在であろうとも、家族としての愛は変わらない。
常にケイラの幸福を願っている。
たった一人のそんな存在が結局はケイラを支えるのでしょう。
これもまた、世の中がどんなに変わっても、変わらないことの一つかもしれません。

 

<WOWOW視聴にて>

「エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ」

2018年/アメリカ/93分

「世界でいちばんクールな私へ」

監督・脚本:ボー・バーナム

出演:エルシー・フィッシャー、ジョシュ・ハミルトン、エミリー・ロビンソン、ジェフ・ライアン

思春期度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 


るろうに剣心 最終章 The Final

2021年04月26日 | 映画(ら行)

苦悩する剣心

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「るろうに剣心」は、前作が2014年作品だったので、7年ぶりということになります。
というか、続きがあるとは思っていなかったのですが、
せっかく以前のところまでは見たので、この度も拝見。
この度も、完結編2部作となっていて、まずは第一弾。

えーと舞台は確か明治12年。
何者かが東京中心部に攻撃をかけるのですが、
それは上海の武器売買を牛耳るマフィア、雪代縁(えにし)(新田真剣佑)の仕業。
彼は剣心(佐藤健)に強い恨みを抱いているのです。

縁は、なんとかつての剣心の妻(!)の弟であるという。
姉・巴(有村架純)の死について、縁は剣心に憎しみを抱いているのです。
また、剣心の頬の十字傷もそのことと関係があるらしい。

剣心は、自分が原因で多くの人々が次々と襲われ、
命を落としていくことに苦悩しますが・・・。
不殺の誓いを胸に、敵地に乗り込んでゆく剣心・・・。

また一段と、スピーディでキレのあるアクション、
そして登場人物がみな、カッコイイですよね~。
佐藤健さんはもちろんですが、江口洋介さんの斎藤一、
そして、真剣佑さんの縁。
ホレボレします。
最後の方に、神木隆之介さんも出てくるのがウレシイ!

まあとりあえず本作は、こんなところが楽しめれば、ヨシとするべきでしょう。

ラストは、絶体絶命、いくら何でも敵が多すぎる・・・。
ではありますが、多くの人が応援に駆けつけてくれるのがなんともウレシイじゃありませんか。
こういう人々の信頼の絆がまた、本作の良いところでもあります。
そしてこんな時でも剣心の逆刃刀は健在。

まずは、満足でした。

次作は6月ですね。
しかしなんと、最終章にして「Beginning」ということで、
剣心のはじまりの物語になるわけです。
楽しみです。

 

<シネマフロンティアにて>

「るろうに剣心 最終章 The Final」

2021年/日本/138分

監督・脚本:大友啓史

原作:和月伸宏

出演:佐藤健、武井咲、新田真剣佑、青木崇高、蒼井優、伊勢谷友介、
   土屋太鳳、有村架純、江口洋介、神木隆之介

 

満足度★★★★☆


「ニャン氏の憂鬱」松尾由美

2021年04月25日 | 本(ミステリ)

今度は実業家だニャ

 

 

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製缶会社の総務部に勤めつつ、余暇にロックバンドで音楽活動をしている茶谷歩くん。
ある日、大株主の実業家が来社するという。
音楽をやっている社員に会いたいと訪ねてきた、丸山と名乗る男性は、
尻尾をぴんと立てた猫を連れていた!?
猫缶を開ける時の、“音楽的な響き"についての話しが思わぬ方向に逸れ……。
学生時代に茶谷が経験した、ヨウムが密室からいなくなった不思議な出来事について説明していると、
丸山と猫がまるで会話をするように謎を解いていく――。
新たなパートナーを加えて、アロイシャス・ニャン氏の事件簿、第三弾なのだニャ!

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ニャン氏のシリーズ第3弾

1・2巻とニャン氏とその秘書丸山氏に関わる主人公がバトンタッチをしていきまして、
今回は製缶会社職員で、余暇にロックバンドで音楽活動をしている茶谷くん。
これまで同様、茶谷は何故か行く先々でこの猫のニャン氏と丸山氏に遭遇。
ちょっとした謎を解いていくことになります。

茶谷が属しているロックバンドのリーダーとの関係の謎解きが、2話連続なのが面白い。
茶谷の音楽愛がうかがえます。
でも、自分にさほどの才能があるわけではないとわかっていて、
メジャーデビューしたいと思っているわけでもない。
いつも近くに音楽があって、時々楽しむことができればいい。
妙にギラギラしていないこういう感じ、好きです。

それで、例によってまた、ニャン氏から茶谷くんがスカウトされるのですが・・・。
予想通りの結末。

なんだか、丸山氏が少し疲れてきているようにも感じられ、
気の毒になってきました。

どなたか、丸山氏の力になってはくれまいか・・・。

 

「ニャン氏の憂鬱」松尾由美 創元推理文庫

満足度★★★★☆

 


mellow

2021年04月24日 | 映画(ま行)

ありがとう。でも、ごめんなさい。

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以前から録画してあって、なんとなく見そびれていた本作品は、
そもそも洋画なのか、邦画なのかもわからず、とりあえず見てみて驚いた。
今泉力哉監督作品じゃありませんか。
前日「街の上で」を見たばかり。
本作はその一つ前の作品ということのようです。

花屋を営む夏目誠一(田中圭)を中心とした恋愛群像劇。

独身で彼女ナシ、「恋人は花」と人には言う夏目。
そこにはいろいろな人がお客としてやって来たり、
また個人の家へ花を配達して活けたりもしています。
夏目に憧れているらしい中学生の女の子や、
変な恋愛感情を持ってしまったらしい人妻。
花を扱う男性に、ちょっと憧れた気持ちを抱いてしまう感じ、
なんとなくわかる気がします。

そんな夏目が、実のところ最も意識しているようなのは、
父親から代替わりして廃業寸前のラーメン屋を切り盛りする、木帆。
さて、この恋模様はいかに・・・?

作中、様々な人々の不器用な片思いを描き出していきます。
概ね、女子たちは果敢に告白をします。
そして、「ありがとう、でも、ごめんなさい。」そんな言葉が返ってくる。
それでも、皆、結構満足そう。
気持ちを伝えるということで、大方のエネルギーを使い果たしてしまうのかもしれません。
夏目は実に大人の男性で優しくて、確かにいい感じです。

が、いい男過ぎるし、全体にもほんわか良い話すぎる気もします。
それだから私はやはり、「街の上で」の方が好き。

が、改めて考えてみると私、今泉力哉監督作品、ほとんど見ています。

少し前の「his」や「愛がなんだ」もよかった。

今後も注目します!!

<WOWOW視聴にて>

「mellow」

2020年/日本/106分

監督・脚本:今泉力哉

出演:田中圭、岡崎紗絵、志田彩良、松木エレナ、白鳥玉季、ともさかりえ、山下健二郎

 

それぞれの片思い模様度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


街の上で

2021年04月23日 | 映画(ま行)

ゆる~い日常のおかしみ

 

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下北沢を舞台に、一人の青年と4人の女性たちの出会いを描きます。

古着屋で働く荒川青(若葉竜也)は、仕事帰りに居酒屋へ行ったり
ライブをのぞいたり、古本屋へ行ったり、
ほとんどこの下北沢内でだる~い日々を過ごしています。
そんな彼が恋人の雪(穂志もえか)から一方的に別れを言い渡されてしまいます。
どうにも納得がいかず未練たらたらの青。
そんなある日、青が自主映画の出演依頼を受けるという非日常的出来事が・・・。

特別な事件が起こるでもなく、ほとんどが何気ない会話のやりとりで、
ゆる~い日常が描かれていきます。
その会話のやりとりを聞いているだけでなんだか面白い。

始めの方で、古着屋のカウンターで、
客の男女ペアの変な会話を聞いている青が描かれています。
ただ聞き逃せない、なんだか変な引っかかりを覚えるような日常の会話。
それを私が傍らでただ黙って聞いているような、
全体がそんな雰囲気の作品なのです。

終盤の路上で繰り広げられる4・5人のこんがらがった会話にはもう、笑うばかり。
随所にクスッと笑えるシーンがちりばめられていますが、
ここばかりは本当に笑ってしまいます。

成田凌さんが『「朝ドラ」に出演している有名俳優』役で登場したのにも笑ってしまいました。
しかも、ちょっとトホホな役柄なんですよ。

エンディングとなったときには、このゆる~いストーリーをもっとずっと見ていたかった、
と残念な気がしたくらいです。
こんな気持ちになるのはめずらしい。

今泉力哉監督、ファンになりました!

 

<サツゲキにて>

「街の上で」

2019年/日本/130分

監督・脚本:今泉力哉

出演:若葉竜也、穂志もえか、古川琴音、萩原みのり、中田青渚、成田凌

 

ゆるさ★★★★☆

満足度★★★★★

 

 


「網内人」陳浩基

2021年04月22日 | 本(ミステリ)

網に絡め取られて・・・

 

 

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ネットいじめを苦に女子中学生が自殺。
姉のアイはハイテク専門の探偵アニエの力を借りて、妹の死の真相に迫る―。
『13・67』の著者がいま現在の香港を描き切った傑作ミステリー。
著しい貧困の格差、痴漢冤罪、ダークウェブ、そして復讐と贖罪。
高度情報化社会を生きる現代人の善と悪を問う。

* * * * * * * * * * * *

著者は香港在住の方。

実は読みにくいのではないかと、若干敬遠していたところでもあるのですが、
いざ読み始めるとそんなことは少しもありませんでした。
むしろカタカナ名前がちっとも覚えられない欧米の本よりも読みやすい。

 

さて本作、ネットに誹謗中傷をかき立てられた女子中学生が、
それを苦に自殺してしまいます。
その姉であるアイが、妹を責め立てる書き込みをした人物を突き止めるよう、
ハイテク専門の探偵アニエに依頼。
ちょっと変人っぽいタカビーの探偵アニエと、
妹の復讐に気持ちのはやるアイの、捜査が始まります・・・。

 

網内人の「網」は文字通りネットのこと。
インターネット内での出来事であり、
そしてまたオフラインにおいての入り組んだ人間関係も指しているわけです。
私には、標的を絡め取るための網のようでもあると思いました。

 

まずは、この探偵アニエの人物像が魅力的。
おそるおそるアイが訪ねた先は今にも崩れそうなぼろのビルで、
アニエの事務所(居所?)はゴミが散乱し、本人もいかにもだらしないスタイル。
でもヤケに態度がでかくて、
調査は自分が気に入った案件でなければ引き受けないという。
必死で頼み込むアイにアニエが示した調査報酬額は、なんとアイの預金残額とピッタリ同じ。
すなわち全財産を投げ出す覚悟がなければ依頼は引き受けない。
そして、わかるはずのない個人情報、
アイの預金残額をいとも簡単に調べ上げてしまうという、
その手腕が浮かび上がるところでもあります。

そんなわけで調査が始まり、
徐々にSNS掲示板に攻撃的な書き込みをした本人が割り出されて行きます。
このあたりの下りは、まあ通常のミステリの範囲内。

ところが本作がすごいのはその先なんですね。
今度はその犯人への復讐が始まります。
アイの妹がネットの書き込みによって孤立し、
恐怖に駆られ、死へと踏み出してしまったその感情を、
犯人もまた同じく感じることになる・・・。

使いようによっては人をも殺す武器となってしまうSNSの底知れない力に、
恐れおののいてしまいます。

そこまででもう十分に心震わせられたところへ、
さらなる仕掛けが用意されていまして・・・。
これぞ、本格ミステリという感じの、
著者から読者へ仕掛けられたミスリードが明かされるのです。

うわー。
何度も揺さぶりをかけてきますね。
とにかく面白くて、夢中になってしまう本なのでした。
今の香港の様子がうかがえるところも、興味深いです。

順不同となってしまいますが、この著者の前作、「13・67」もきっと読みます!

 

<図書館蔵書にて>

「網内人」陳浩基 文藝春秋

満足度★★★★★

 


ハルカの陶

2021年04月21日 | 映画(は行)

備前焼に魅せられて

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陶芸にまつわるドラマは、NHK朝ドラ「スカーレット」でおなじみ。
だからどうしても二番煎じの感が出てしまいますが・・・。

東京でOLとして働くはるか(奈緒)は、特別に仕事にやりがいを持っているわけでもなく、
このままでいいのかと、漠然と思っています。
そんなある日、デパートの展示で出会った備前焼の大皿に強く惹かれ、
岡山県備前市へやって来ます。
その大皿の作者は若竹修(平山浩行)。
まだ若手ではありますが、頑固でぶっきらぼうの職人気質。
はるかが弟子入り志願するも、全く相手にしてもらえません。
しかし、備前焼の人間国宝である陶人(笹野高史)の計らいで、
どうにか修行見習いの身となります。

本作は、はるかが修行を積んで、備前焼作家として独り立ちする
という物語ではありませんでした。
どのように備前焼という仕事に本気で向き合っていくのか、
備前焼に向き合う周囲の人々の思いを汲むようになっていくのか、
そうして成長していくはるかの様子を描きます。
独り立ちどころか、ようやくスタートラインに着くところまで、ですね。

修は、同じく備前焼作家だった亡き父の意思を継ぎたいと思うのですが、
陶人は、修には欠けているものがある、といいます。
はるかの存在が、修の気持ちをも変えていくというところがミソです。

備前焼、渋い色合いや肌感がステキです。
安価なものでいいので、欲しくなってしまいました。

<WOWOW視聴にて>

「ハルカの陶」

2019年/日本/119分

監督・脚本:末次成人

原作:ディスク・ふらい、西崎泰正

出演:奈緒、平山弘行、村上淳、笹野高史

 

陶芸愛度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 

 


スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼

2021年04月20日 | 映画(さ行)

いっそ小気味よい獄中の殺人鬼

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前作は見たのに、続編のこちらをまだ見ていなかった、ということで拝見。

 

前作の主役のお二人(田中圭&北川景子)は、
結婚式ということで冒頭のみの出演。
本作は前作の事件解決に当たった、刑事・加賀谷(千葉雄大)を中心にストーリーは進みます。

あの連続殺人事件と同じ現場から新たな死体が発見されるのです。
獄中にある浦野(成田凌)は、
この犯人は浦野が師と仰ぐ「M」という人物だと言います。
加賀谷は浦野の力を借り、「M」の正体をさぐろうとします。
そんな時、加賀谷の恋人・美乃里に、謎の男の影が・・・。

囚われの殺人鬼とはすなわち獄中にある浦野を指します。
この壊れた男を、成田凌さんが不気味さたっぷりに演じるのですが、
いっそ爽快なくらいに見せ場となっています。
警察の捜査に協力して欲しいと言ったところで、
この男が素直に言うことを聞くわけがない。
浦野は、ある交換条件を加賀谷に提案するのです。
加賀谷自身過去にある問題を抱えていて、
この浦野のもつ闇に引き込まれそうになってしまう・・・。

イヤもう、浦野の加賀谷に対する思いは、完全に「愛」ですな。
それで今回については、なんだかんだと言いながら
浦野がハッキング能力をフルに発揮して、事件解決に協力する話かと思えば、
それは甘い!!

殺人鬼は、やはり殺人鬼。
彼には彼の思惑というものがある。
そこの展開が面白い。

2番煎じにはならず、楽しめた一作でした。

<WOWOW視聴にて>

「スマホを落としただけなのに 囚われの殺人鬼」

2020年/日本/118分

監督:中田秀夫

原作:志賀晃

出演:千葉雄大、成田凌、白石麻衣、鈴木拡樹、音尾琢真、井浦新

 

スリル度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


アンモナイトの目覚め

2021年04月19日 | 映画(あ行)

潮風に吹かれて

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ケイト・ウィンスレット × シアーシャ・ローナンと言うことで、これはやはり見逃せません。

 

1840年代、イギリス、海沿いの田舎町。

メアリー・アニング(ケイト・ウィンスレット)は、
海岸でアンモナイトなどの化石を拾い、土産物として売ることで生計を立てています。
独身、母親との2人暮らし。
そんなところへ、裕福な化石収集家が訪ねてきます。
そして、気鬱の妻・シャーロット(シアーシャ・ローナン)をしばらく預かって欲しいという。

メアリーはお金のために渋々引き受けますが、美しく可憐なシャーロットに苛立ちます。
しかし、シャーロットが高熱で倒れ、その看病をするようになってから、
互いに少しずつ心を開き、親しみを抱くように・・・。

メアリーは子どもの頃に貴重な化石を掘り出し世間を賑わせました。
その化石は今も大英博物館に展示されています。
その後も地道に化石を発掘しているメアリーですが、
その存在は今ではほとんど忘れかけられているのです。
というのも、彼女は労働者階級でしかも女。
本来なら研究部門で相当な地位を得てもおかしくないところですが、
そんな彼女を気に懸ける人もいないのです。
遅れて化石ブームにはまったシャーロットの夫のような人以外は。

シャーロットの夫は化石に夢中で、妻のことは全く気に懸けません。
流産が原因で鬱になりかけたシャーロットを鬱陶しく思うのです。
子どもを産まない妻や、いつも暗い顔をした妻など、
役に立たないとでも言うように・・・。
実際上流階級の女性は、夫にそれくらいのことしか期待されていないのです。
家事はするべき事ではない。
だからシャーロットはメアリーの家では手伝おうと思っても何もできない。
男社会は女を子どもを産む機械か、あるいはただの飾り物としか見なさない。
でもそれは上流社会のこと。
下流の庶民は男女にかかわらず、家事を含めてとにかく一日中働き回らなければなりません。
特に男手のないメアリーのところでは。
つまり自立してお金を稼いでいるメアリーは、
当時としては「男性」に近い位置にいるのです。
女同士ではありながら、2人の心が接近していく背景には
そんなところもあるのかもしれません。
そして男が作った社会のルールなんか、知ったことではないというような
開き直りもあるのかも。

自立しているメアリーは、どうしたって「飼い犬」のようにはなれないのです。
貧乏だろうと仕事がきつかろうと、それは彼女自身の「自由」のため。
そして何より、お金のためとは言いながら、彼女は化石が大好きなんですよね。
自分自身の立場に納得はしていないけれど、
何者にも縛られず、化石の発掘をできることで良しとしている。
それがわからないシャーロットは、やはり男社会に染まった「女」なのでしょう。

田舎町で見るメアリーのりりしさの反面、
ロンドンの街で見るメアリーの貧しく心許ない様子。
このギャップはちょっともの悲しくもありますが・・・。
野に咲く花は、やはり野において見るべし!

寒々しく波の打ち寄せる海岸の光景と、2人の女性。
印象的なシーンです。
かなりきわどいシーンもあるので、ロマンチックを期待したい方はご注意を。

<シアターキノにて>

「アンモナイトの目覚め」

2020年/イギリス/117分

監督・脚本:フランシス・リー

出演:ケイト・ウィンスレット、シアーシャ・ローナン、ジェマ・ジョーンズ、
   ジェームズ・マッカードル、アレック・セカレアヌ

 

性愛度★★★★☆

満足度★★★.5

 

 


「生きることの意味 ある少年のおいたち」高史明

2021年04月18日 | 本(その他)

すさんだ少年が見たもの

 

 

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父と兄に見守られて育った幼い日々は、学校に通うようになって、がらりと変った。
小さな肩に背負いきれないほどのつらい出来事が彼を襲う。
さまざまな衝突をくり返し、死を考える彼をささえたのは、人間のやさしさだった。
戦時下の日本に生まれ、敗戦を迎えるまでの
一在日朝鮮人少年のおいたちをたどりながら、
人間が生きることの意味を考える。

* * * * * * * * * * * *

著者は在日朝鮮人、高史明(コ・サミョン)氏。
この本は「ちくま少年図書館」の本として1974年に出されたものです。
つまりは児童書ですが、いやいやとんでもない、
大人が読んでも十分以上に感銘を受ける本。
恥ずかしながら私、この著者のことも何も知らなかったのですが、
私が受講している「絵本・児童文学研究センター」の講義で触れられていたので、
手に取ってみました。

 

著者の少年時代の自伝ですが、時代は昭和初期。
朝鮮併合によって日本へやって来た父親。
その次男として日本で生まれたのが著者です。
母親は早くに亡くなり、ほとんど男手一つで育てられましたが、かなり貧しい・・・。
それでも、回りの家もそんなものだったし、
特別に劣等感を持つこともなかったのです、小学校に上がるまでは。

ところが、学校に上がって、世界は一変する。
自分が朝鮮人であること、ひどく貧しいこと。
今まで意識しなかったことが、とてつもなく大きな問題となって立ちはだかります。

混乱し、荒れる心・・・。

そんな当時の自分の有様を、著者がつぶさに語り、
そのように感じた理由を掘り下げます。

彼は、キレやすくて乱暴で、はたから見ると手の付けようのない子どもだったようなのです。
もちろん、子どもの頃の自分には、自分がそうなってしまう理由もわからず、
ただただ苦しく悲しく、暗い穴に落ち込んだようだった。
そして、成長した自分が自分を振り返るのです。

朝鮮人として差別され、貧しく、父親との関係もうまくいかず、孤独・・・。
過酷な現実を思い出すことはさぞかしつらいだろうと思われるのですが、
このようなことを知ることで、世界を理解するようになる。
著者は思うのです。そのような中にも、
自分を包み込もうとする「やさしさ」があった。

過酷な現実の中にも、駆けつけ、共感を寄せるものがいる。
著者にとってはある教師がそんな存在でした。

こんなふうに自分を俯瞰して見る勇気は、なかなか持てないかもしれないけれど、
そうしたら今まで見えていなかった
「やさしさ」を保った誰かの存在も見えてくるのかもしれません。

 

ところでこの本、単行本で読みましたが、
昭和50年付けの札幌市図書館蔵書印が押してありました。
蔵書印自体が懐かしい、年代物。
市内あまたの図書館でも残存はこれ一冊のみ。
まあつまり、ほとんど貸し出しもないのでしょうけれど。
でも、戦前・戦中のリアルな日本の一面を残す大変貴重な本なので、
ぜひこのまま図書館の片隅で生き続けて欲しいと思う次第。
また、それこそが図書館の意義でもありましょう。
(「ちくま文庫」で出ているので、ちゃんと新しい本で読めます。)

 

 

図書館蔵書にて

「生きることの意味 ある少年のおいたち」高史明 筑摩書房

満足度★★★★☆


「ニャン氏の童心」松尾由美

2021年04月17日 | 本(ミステリ)

今度は童話作家だニャ

 

 

* * * * * * * * * * * *

田宮宴は中堅出版社の女性編集者。
新人ではないものの、編集長や同僚、さらには担当作家の代理で
お使いをさせられてばかりの日々だ。
こんな仕事ぶりでいいのか、と自問自答するある日、
偶然に迷い込んだ袋小路で、人が煙のように消えてしまった?!
――後日、宴は担当する童話作家のミーミ・ニャン吉先生の事務所で、
秘書の丸山との打ち合わせの合間に、その不思議な出来事を話すことに。
すると、タキシードを着たような黒地に白の賢そうな猫をかたわらに、
丸山が意外な解釈を語り始めて……。
愛すべきニャン氏の事件簿パート2、出来だニャ。

* * * * * * * * * * * *

 

猫が日常の謎を紐解いていく、松尾由美さん「ニャン氏」のシリーズ、第2弾。

前巻では、大学を休学中の配送会社アルバイト、佐多くんの視点で描かれていましたが、
今回の主役は、中堅出版社の女性編集者・田宮宴(うたげ)。
童話作家であるミーミ・ニャン吉先生の担当となります。
ミーミ・ニャン吉はすなわち、アロイシャス・ニャン氏のペンネーム。
宴は仕事ではもちろん、何故かその他の行く先々で、猫連れの丸山氏と出会い、
様々な謎が解き明かされていくのを何度も目の当たりにするのです。
そして、この猫こそがミーミ・ニャン吉先生だと言う事実(!?)を知る・・・。

 

「金栗庵の悲劇」は、雪の山荘が舞台で、家の見取り図まで出てくるという、
これぞ本格ミステリという舞台立てにワクワクしましたが、
実のところはちょっと肩すかしの結末。
でもそこのギャップが面白かった。
「金栗庵(きんぐりあん)」はすなわち、「キング・リア」。
シェークスピアの「リア王」にかけてあるのですね。
そしてこの話には、前巻の佐多くんの相棒だった岡崎が登場するのも見所の一つ。
何にしても楽しめるストーリーです。

 

そして本巻でも、最後に宴がニャン氏にスカウトされかけるのですが・・・。

さてどうなりますことやら。

 

「ニャン氏の童心」松尾由美 創元推理文庫

満足度★★★.5


楽園

2021年04月16日 | 映画(ら行)

楽園はどこにある?

* * * * * * * * * * * *

本作は、宮部みゆきさん原作の「楽園」かと思っていて、見逃していました。
(その原作に、あまりピンと来ていなかった・・・)
これは、そうではなくて、吉田修一さん原作の「楽園」でした。
となると、多分全く「楽園」ではない話なのだろうと想像は付きますが。

学校帰り、田んぼの中を行く道のY字路で別れた2人の少女。
その片方の少女が、その後行方不明になってしまいます。
直前まで一緒にいた紡(つむぎ)は、
行方不明になったのがなぜ自分ではなく、その少女だったのか・・・と、
罪の意識を抱き、心に深い傷を負ってしまいます。

それから12年後。
再び少女が行方不明となり、
町営住宅に住む孤独な男・豪士(綾野剛)が、犯人として疑われます。
豪士は最近紡(杉咲花)とわずかに心を通わせるようになっていたのですが・・・。
殺気だった町の人に追われて、豪士は思わず逃げ出し、
近くのそば屋に駆け込みますが・・・。

そしてそれからまた1年後。
限界集落で愛犬家と暮らす養蜂家の善次郎(佐藤浩市)は、
村おこし事業を巡る話のこじれから、村八分にされ・・・。

豪士は、幼い頃に母親に連れられて中国から日本に来たのです。
日本でもいろいろなところを転々としたけれど、
言葉がよく通じないこともあって、どこへ行っても差別され蔑まれる。
この世に「楽園」なんてどこにもないと、彼は思う。

 

一方善次郎は、都会生活に疲れて、故郷であるこの村にUターンしてきたのです。
始めはいい顔をしていた村人が、あるときからすっかり態度を変えてしまう。
何もかもから孤立。
楽園を夢見てきたはずのこの地も楽園ではなかった・・・。

少しでも異質なものを差別し、攻撃せずにいられないという、コミュニティの残酷さ。
この集団社会は、誰かを孤立させることで結束を保っているようでもある。
これは都会でも田舎でも何も変わらない、ということなんですね。

なんとも生きにくい世の中だ・・・。

しかしただ1人、こんなことを言う人がいました。

紡と同級で、数少ない地元残留組の1人、広呂(村上虹郎)。
彼はことあるごとに紡に言い寄ってくるウザいヤツではあるのですが

「母親の体から生まれ落ちたときに、明るくて、広くて、自由だと思った」
というのです。

そんなことがある訳がない・・・というのは置いておくとして、
この視点には捨てがたいものがある。
暗くて遠い魂の在処から、この世界に生まれ落ちたとき、
こここそが「楽園」と思うのは、アリかもしれない。
本作においては、このポジティブさに、救われる気がします。
どこにもあるはずのない楽園は、実はこの世界でもある。
「青い鳥」にも似ていますね。

 

<WOWOW視聴にて>

「楽園」

2019年/日本/129分

監督・脚本:瀬々敬久

原作:吉田修一

出演:綾野剛、杉咲花、村上虹郎、片岡礼子、柄本明、佐藤浩市