映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。

2019年02月28日 | 映画(は行)

太陽のような、母の愛

* * * * * * * * * *

子供の頃から、弱虫でお調子者のサトシ(安田顕)。
中学生の時、白血病で長い闘病生活を送りますが、
いつも明るく優しくパワフルな母親(倍賞美津子)の支えにより乗り越え、健康を取り戻します。
ある日、そんな母が、がんの告知を受けます。
母が回復するように、お百度参りや野菜ジュースづくり、なんでもやるサトシ。
しかし、彼の努力もむなしく、やがて母は最期を迎えます。

すっかり落ち込んでしまう父と息子たち。
しかし、サトシのもとに母から思いがけないプレゼントが届くのです。

とにかくサトシは母親が大好きで、大事で、そしてこの上なく頼りに思っていたのですね。
あまりにも堂々とてらいのないその“愛”の前では、
マザコンという言葉すら霞んでしまいます。
まさに太陽のような存在だった母。
夫と息子二人は母のいないその空虚感に押しつぶされそうになってしまう。
けれどもここの長男(村上淳)は、少しばかりしっかりしていて、
ある時父と弟を誘ってドライブに出かける。
彼らの気持ちの区切りの付け方がなかなか奮っていましたけれど。

安田顕さんのラストの号泣の姿には思わずもらい泣き。
ここまで、つくづく大きな愛の力を持ったお母さんだったんだなあ・・・と、
ひたすら思ってきたわけですが、ラストでは本当に驚くばかり。



漫画家宮川サトシさんのエッセイ漫画を原作としています。
実在したからこそ、力のあるストーリーですね。
いや、無理。
私には絶対こんな母にはなれないし、そもそも手遅れだし・・・
などと引き比べてもしょうがないことを思い、
でも、いいものを見たなあ、という満足感に包まれました。

<ディノスシネマズにて>
「母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。」
2019年/日本/108分
監督・脚本:大森立嗣
原作:宮川サトシ
出演:安田顕、倍賞美津子、松下奈緒、村上淳、石橋蓮司

母の愛度★★★★★
満足度★★★★☆


虹の女神 Rainbow Song

2019年02月27日 | 映画(な行)

本当の気持を知ったときは、すでに遅く・・・

* * * * * * * * * *


大学時代、自主制作映画を撮っていた智也(市原隼人)とあおい(上野樹里)。
どうにも将来を思い描くことができない智也は、卒業後バイトを転々としていましたが、
あおいの誘いによって彼女と同じ映像制作会社に入社。
入れ替わりに彼女は退職し、渡米するのですが、
そこで飛行機事故に会い、亡くなってしまうのです・・・。

重大なネタバラシのようではありますが、あおいの死は冒頭から明かされるので・・・。
ストーリーはそこから時間をさかのぼり、
智也とあおいの出会いのシーンから語られていきます。


いつも二人でつるんでいて、気楽に話ができる“友人”だった二人。
智也はあおいに恋の相談をしたりもします。
サバサバとして、思ったことはためらわずに実行する、
智也からみても「強い」と思うあおい。
しかしそんな彼女の本当の「思い」は、とてつもなく乙女・・・。
でもそれを智也が知ったのはもうどうにもならない時。
なーんて切ないのでしょ。
さすがに泣きました・・・。



「結婚しよう。」という言葉は、時を間違えば残酷でもあるわけですね。
本人が本気でなく投げやりのような気持ちでこれを言うようなときに・・・。
「半分青い」の律くんが小さな駅で思わずそれを言ったときも、そんな感じでしたよね。
だからスズメがその場で断ったのはやはり必然だったと思う次第・・・。


さてこれは、岩井俊二さんプロデュース作品でしたか。
なるほど。
トーンが抑えられて淡々と進められるストーリー。
けれど、実は心の波が渦巻いている感じ、好きです。
ちなみに彼らが学生時代に作っていた短編作が、ラスト付近で流されるのですが、
これがまた最後の一言に“逆転”のあるユニークな作品。
そしてこれがまた、あおいの運命を予言するようでもあり、切ないのです。
たった一度の口づけのシーンもあり、泣かされますねえ・・・。

全然知らなかったのですが、思わず拾い物をしたような一作でした!

虹の女神 Rainbow Song [DVD]
桜井亜美,齊藤美如
アミューズソフトエンタテインメント

<WOWOW視聴にて>
「虹の女神 Rainbow Song」
2006年/日本/117分
監督:熊澤尚人
プロデュース:岩井俊二
原案・脚本:桜井亜美
出演:市原隼人、上野樹里、蒼井優、酒井若菜

ラブストーリー度★★★★★
切なさ★★★★★
満足度★★★★.5

 


「仏陀の鏡への道」ドン・ウィンズロウ

2019年02月26日 | 本(ミステリ)

女性に裏切られることを期待している・・・?

仏陀の鏡への道 (創元推理文庫)
Don Winslow,東江 一紀
東京創元社

* * * * * * * * * *

1977年3月。
ヨークシャーの荒れ野に隠栖していたニールの元に仕事が持ち込まれた。
鶏糞から強力な成長促進エキスを作り出した有能な生化学者が、
一人の姑娘に心を奪われ、新製品完成を前に長期休暇を決め込んだらしい。
香港、そして大陸へ。
文化大革命の余燼さめやらぬ中国で、探偵ニールが見たものとは。

* * * * * * * * * *

ドン・ウィンズロウの「ストリート・キッズ」から始まる探偵ニールのシリーズ第二弾。


ニールは前作の事件の後、ニューヨークには戻らず

そのままイギリス、ヨークシャーの荒れ野で隠遁生活を営んでしたようです。
しかしそんな彼のもとに、ついに新たな仕事が持ち込まれる。
それは有能な科学者が中国人の姑娘に心を奪われ、仕事に戻らないので
説得して連れ戻してほしいという、意外にも簡単そうな依頼。

重い腰を上げつつ向かったサンフランシスコで、
ニールはなんとかこの二人との対面を果たします。
しかし、ニールは出会ったばかりの李藍(リ・ラン)に一目惚れ。
(彼女は娼婦などではなく画家でした。)
しかしそのポーッとなった直後、一発の弾丸がニールをかすめる。
李蘭と研究者ペンドルトンはその後直ちに逃亡。
怪我はなかったけれど置いてきぼりを食らったニールは、
あくまでも二人を探し出そうと今度は香港へ向かうのですが・・・。


決して行くべきではなかった、香港、そして中国の本土。
この後ニールは壮絶な苦難の旅を続けることになります。
一作目ではそれほどまでに感じなかったドン・ウィンズロウ色を
ここでは強く感じ始めました。
作中の中国は毛沢東の文化大革命が終焉を迎えた直後。
そのことが詳しく描かれています。
この文革によって中国の国土や人々がどんなに混乱し壊滅状態に陥っていったのか・・・。


ニールを巡る状況は様々な利害関係にある人々の思惑でくるくると変わり、
誰が味方で敵なのやら見当もつかない。
李藍にしても、その心はペンドルトンにあるのかそれともニールにあるのか、謎なのです。
そんなぐちゃぐちゃの状況で、ニールは結局、己の良心・正義を信じて行動することにする。
はっきりとペンドルトンの意見を聞こう。
中国に残って研究を続けたいのか、それとも故国アメリカに戻りたいのか。
そういう潔さがなんとも心地よいのです。

それにしてもニールくん、前作でも捜査対象の女の子にポーッとなっていましたよね。
結局きれいな子なら誰でもいいのか・・・などと思っていたら、
注目すべきシーンがありました。
それはニールをよく知る3人の"大人"たちが、ニールについてのことを語り合っているのです。

「ケアリーの場合、意中の女性などというものは存在しません。
心理学的にやつはそういう深い感情を持ちえないのです。」
「君も同じ意見か?」
「ニールが女一般に恨みを抱いてて、信用していないってことならまああたっています。」
「信用してないどころじゃない。ニールは裏切られることを期待している。」

・・・なるほど~、と思いましたね。
彼の母親はつまりヤク中の売春婦だったので・・・。
となればこの度のニールの恋の行方も想像がつくし、
この先の別のストーリーでも同じようなことになるのか・・・と、
ニールが気の毒になってしまった次第。


著者はこんなところでネタバラシをしてしまったわけですが、
それがまるでフーテンの寅さんみたいに惚れっぽくて、
つい人を好きになっては振られるという
彼の「真実」をはっきりさせているのが潔く感じます。

全く、死んでもおかしくなかったニールは、辛くも生き延びましたが、
結局本作でも故国に戻ることはありません。
やはりここでは止められません。
そのうちに続きに行きますね。

「仏陀の鏡への道」ドン・ウィンズロウ 東江一紀訳 創元推理文庫
満足度★★★★☆


ビール・ストリートの恋人たち

2019年02月25日 | 映画(は行)

ビール・ストリートは見ていた

* * * * * * * * * *

1970年代ニューヨークのハーレム。
ティッシュ(キキ・レイン)とファニー(ステファン・ジェームス)は、
幼馴染で愛し合っており、仲睦まじく微笑ましい二人。
ところがある日、ファニーは身に覚えのないレイプ犯の罪で逮捕されてしまいます。
その後ティッシュは妊娠していることがわかり、
やりきれない思いに囚われながらも拘置所でガラス越しの面会を繰り返し、
愛を確かめ合う二人・・・。

 

ファニーが逮捕された経緯というのが、
単に一人の警官から気に入らないヤツと目をつけられていただけのようなのです。
こんな理不尽なことがまかり通っていいのかと、義憤に駆られます。

ファニーについた弁護士はまだ駆け出しで経験が浅く、
だからこそ彼も到底ファニーが犯人だとは思えず、
この不当逮捕に怒りを感じどうにかしたいと思います。
しかし、彼の前にはとてつもなく高く分厚い差別の壁がある・・・。
ティッシュの父母と姉は妊娠した彼女を祝福し、なんとかファニーの釈放のために力を尽くしたいと思う。

しかしファニーの母親は狂信的なキリスト教徒で、
ティッシュが結婚もしていないのに妊娠したことを責めるばかり・・・。
この家族の温度差もすごいです。
二人が幼馴染なだけに、ティッシュの家族もファニーのことを子供の頃からよく知っており、
彼が罪など犯すはずがないことを心から信じているのです。
ファニーにとっては、ティッシュの実家の家族のほうがよほど「家族」と思えそうです。
ティッシュの家族たちはギリギリの生活ながら、
なんとか裁判や行方不明になった被害者を探し出す費用を工面しようと必死になります。
そんななかで、ティッシュの母が、レイプ被害者の居所を尋ねる場面があります。
ファニーを犯人だとした証言をなんとか撤回してもらいたいと思ったのです。
彼女は故郷のプエルトリコにいました。
「どうして、プエルトリコに来たの?」とティッシュの母が問うと、
彼女はなんでわからないのかというように答える。
「故郷だからよ!」
そこで母親は黙ってしまいます。


辛いことがあれば逃げ帰るための故郷・・・。
自分にはそんな場所があるのだろうかと彼女は思ったに違いありません。
常にいわれなき差別にさらされ、女は白人男性の視線が怖いし、
男はファニーのように、どんなつまらないきっかけで傷つけられることになるのかわからない。
黒人にとっては全く安全な地ではないその場所。
だけれども、他に行くところはないのです。
そこが故郷なのだから・・・。



近頃流行りの法廷もののテレビドラマなら、1時間足らずで冤罪がはらされるところなのでしょうけれど・・・。
本作はそうはならず、諦めがあるばかり。
このように本作はアフリカ系アメリカ人たちの抱き続ける「諦念」を描き出します。
けれども、ラストシーンを見て思う。
彼らの帰る場所は、「家族」なのだろうと。
土地としての「故郷」はないのかもしれないけれど、彼らには帰るべき「家族」がいる。



つつましく美しいラブストーリーでありながら、
同時に、強く世の「差別」を問うている作品でもあるのです。

 

<シアターキノにて>
「ビール・ストリートの恋人たち」
2018年/アメリカ/119分
監督:バリー・ジェンキンス
原作:ジェームズ・ボールドウィン
出演:キキ・レイン、ステファン・ジェームス、コールマン・ドミンゴ、テヨナ・パリス、マイケル・ビーチ

信頼の置ける恋人度★★★★★
理不尽度★★★★★
満足度★★★★.5


死の谷間

2019年02月24日 | 映画(さ行)

人類滅亡の果てにもなおある、男と女の業

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核戦争で放射能汚染され、破滅した世界。
汚染を免れた小さな谷あいの村で、
アン(マーゴット・ロビー)はただ一人、愛犬を共として暮らしていました。

そんなところへ、宇宙服のような防護服を着たジョン(キウェテル・イジョフォー)がやってきます。
人恋しい二人は穏やかな共同生活を始めます。

そしてそこにまた一人の訪問者・ケイレブ(クリス・パイン)が現れます。
若い女性と男が二人。
3人には微妙な緊張関係が生じ始めますが・・・。

近未来SFという舞台立てながら、実の所はラブサスペンスですね。
ジョンは、二人で暮らし始め、アンに愛情を覚えながらも、
まだそんなに焦ることはないと思っていました。
時間はいくらでもある。
しかし、ケイレブが現れたことで、事態は一変します。
アンとケイレブがにこやかに話しながら散歩をしているのを見ただけでも湧き上がる嫉妬心。
彼は嫉妬という感情を覚えるに至って、
ようやくアンへの感情が燃え上がり始めるのです。
しかし、白人でイケメンのケイレブ相手ではどうにも自分に分が悪いとも思う。
それにもかかわらず、アンに対しては
「自分のことは気にしないで、ケイレブと仲良くすればいい」
などといいます。
・・・抑圧しすぎていて、この人ちょっと怖い、とも思う。
しかしその予感は確かで・・・。



肝心なシーンは映さないながらも、
確信を持って想像がついてしまうそのラストは、まさに怖いですね。
そして、それを勘付きながらも、淡々と受け入れるアンも・・・。

人類滅亡の果てでありながらも、男と女のサスペンスはこんなふうに繰り広げられるのか・・・。
人間の業ですな・・・。

死の谷間 ブルーレイ & DVDセット [Blu-ray]
マーゴット・ロビー,キウェテル・イジョフォー,クリス・パイン
ソニー・ピクチャーズエンタテインメント



<WOWOW視聴にて>
「死の谷間」
2015年/アイスランド・スイス・アメリカ/98分
監督:クレイグ・ゾベル
出演:マーゴット・ロビー、キウェテル・イジョフォー、クリス・パイン

男と女のサスペンス度★★★★☆
満足度★★.5


「ベルリンは晴れているか」 深緑野分

2019年02月23日 | 本(ミステリ)

廃墟のベルリンの空は・・・

ベルリンは晴れているか (単行本)
深緑 野分
筑摩書房

* * * * * * * * * *


総統の自死、戦勝国による侵略、敗戦。
何もかもが傷ついた街で少女と泥棒は何を見るのか。
1945年7月。
ナチス・ドイツが戦争に敗れ米ソ英仏の4カ国統治下におかれたベルリン。
ソ連と西側諸国が対立しつつある状況下で、ドイツ人少女アウグステの恩人にあたる男が、
ソ連領域で米国製の歯磨き粉に含まれた毒により不審な死を遂げる。
米国の兵員食堂で働くアウグステは疑いの目を向けられつつ、
彼の甥に訃報を伝えるべく旅出つ。
しかしなぜか陽気な泥棒を道連れにする羽目になり
―ふたりはそれぞれの思惑を胸に、荒廃した街を歩きはじめる。
最注目作家が放つ圧倒的スケールの歴史ミステリ。

* * * * * * * * * *

2019年本屋大賞ノミネート!
第160回直木賞候補
第21回大藪春彦賞候補

『このミステリーがすごい! 2019年版』 第2位! (国内編)
『週刊文春』 2018年 ミステリーベスト10 第3位! (国内部門)
「ミステリが読みたい!」2019年版 第10位! (国内編)

 

先に「戦場のコックたち」を読んで衝撃を受け、
そしてまた本作の輝かしい各所での注目度で、いても立ってもいられず、
奥の手の「ポイント使用」で、無料入手しました!!
どこまでも節約モードの私です。

前作で、欧州舞台の戦場描写、著者の力量に驚かされましたが、
本作では更にグレードアップ。
時代は前後しながらも、
ナチス党がどんどんのし上がっていき、欧州をほぼ手中に入れ、
しかしその後連合軍とソ連軍により追い詰められ、
ついに敗戦となるまでが、アウグステの視点からつぶさに描かれています。

語り手はドイツ人の少女アウグステ。
すでに戦争は終着しており、ベルリンは米ソ英仏の四カ国統治下にあります。
米国の兵員食堂に職を得たアウグステですが、
彼女の恩人である男性の死に関わるのでは?との疑いを受けてしまいます。
そしてアウグステは、ソ連内務人員委員部のドブリギン大尉の意を受け、
故人の甥に当たる人物を探すことになります。


アウグステは空襲で廃墟となったベルリンの町をさまよい歩き、様々な人々を見ることになる。
そんな中で、彼女と道連れになるのは、この戦争で心や体に傷を追ったポンコツのメンバーたち。
ほんの2日ほどの道行きですが、
合間にアウグステのこれまでの波乱と悲しみに満ちた半生が語られるのです。


アウグステの両親はヒトラーの思想には反感を持っていました。
しかし、国内でヒトラーはぐんぐんと人気を得てのし上がり、独裁政権を築きあげていく。
そんな中ではナチスに批判的な意見を口に出すだけでも犯罪者扱い。
そんなことで、アウグステは両親だけではなく、
妹のように思っていた子供までもを亡くしてしまうのです。
親しかったユダヤ人の家族が辛い目に会うのも目撃。
しかし、自分が生きるためには見て見ぬふりしかできなかった・・・。


このあたりの描写は「あのころはフリードリヒがいた」を彷彿とさせます。
日に日にユダヤ人の生きる場が失われていく様。
そしてドイツの一般の人々は同情を見せることもなく、なお彼らに辛く当たるばかり。


このようなあからさまな戦中のドイツの国の事情を語りながらも、
本作はちゃんとミステリ仕立てになっているという・・・、
なんともすごい作品なのでした。
しかも後味が極めてよろしい。
アウグステの真っ直ぐで強い心が、周りの人々をも変えていくようです。
きっと彼女が見上げるベルリンの空は晴れているに違いない。

この時代のドイツと日本の事情がとても良く似ていると、改めて思いました。
ナショナリズムに国中が突き動かされることの危険性。
それは当時ばかりでなく現在でこそなお、心に留めなくてはなりません。
若い人には特に、本作、読んでほしいと思います。

「ベルリンは晴れているか」 深緑野分 筑摩書房
満足度★★★★★


ウォーキング・ウィズ・エネミー ナチスになりすました男

2019年02月22日 | 映画(あ行)

制服だけで入れ違ってしまう立場

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実在した、ビンチャス・ローゼンバウムをモデルとしたストーリー。



1944年、ハンガリー。
ハンガリーはナチスドイツと同盟関係を結んでいたため、戦火を免れていました。
しかし、国家元首ホルティが連合国との講和を模索していることに気づき、
ナチス軍がブダペストに侵攻を始めます。
それまでユダヤ人は差別を受けることがあるものの通常の生活を営むことができていたのですが、
アイヒマン指揮下で、ハンガリーでもユダヤ人一掃作戦が始まります。
労働奉仕として収監されていたユダヤ青年エレクは、辛くも収容所から脱走。
しかし故郷の我が家はすでに家族はいなくなっており、
近所の家族が大きな顔をして住み着いているのでした・・・。
離散した家族や仲間を探し出そうとするエレクは、ブダペストの地下組織に加わります。
そしてある時、ナチス将校の制服を手に入れ、
ナチスになりすまして収容所へ送られる寸前のユダヤ人を救い出しますが・・・。

 

ユダヤ人だろうとドイツ人であろうと、制服を着てしまえば皆同じ・・・。
差別って一体何なのかと、そうした皮肉をつくづく感じます。
以前見た映画にもこうしたシーンがいくつかありました。
それにしても、あまりにも危険ななりすまし。
ヒヤヒヤしますね。



ナチスによるユダヤ人迫害については、
ポーランドやチェコスロバキア、フランスを舞台としたものが多く、
ハンガリーが舞台というのは私には初めてかもしれません。
とにかくヨーロッパ中がかき回されたということでありましょう。
ナチス支配下となった国々は、ナチスの戦略に協力しなければならず、
否応なくユダヤ人弾圧を始めるわけです。

本作中ではハンガリーの内部で率先してナチスに協力する
「矢十字党」などという組織が出来上がったりしています。
恐ろしいことです・・・。

そしてまた本作では、ハンガリー元首が、早く連合軍に降伏してしまおうと画策しています。
このままナチス支配下にあるよりも、連合国に降参したほうがマシと思えたのでしょう。
敗戦を望むという矛盾した事になってしまっています。
しかしこのことは矢十字党にとってはとんでもない裏切り行為でもあり・・・、国内も分裂。
混乱を極めています。

 

いくつもこの時代の映画はありますが、まだまだ知らなかったことも多いのです。
飽きずに作り続けていただきたい。

ウォーキング・ウィズ・エネミー ナチスになりすました男 [DVD]
ジョナス・アームストロング,ハンナ・トイントン,ベン・キングズレー,チャールズ・ハベル,ウィリアム・ホープ
アメイジングD.C.


<WOWOW視聴にて>
「ウォーキング・ウィズ・エネミー ナチスになりすました男」
2014年/アメリカ・カナダ・ルーマニア・ハンガリー/113分
監督:マーク・シュミット
出演:ジョナス・アームストロング、ハンナ・トイントン、ベン・キングスレー、チャールズ・ハベル、ウィリアム・ホープ

歴史発掘度★★★★☆
勇気度★★★★★
満足度★★★★☆

 


女王陛下のお気に入り

2019年02月21日 | 映画(さ行)

ドロドロの女の愛憎

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18世紀イングランド、アン女王の時代。
イングランドはフランスとの戦争下にあります。
アン女王(オリビア・コールマン)の幼馴染であるレディ・サラ(レイチェル・ワイズ)は、
病身の女王に気に入られ、絶大な権力を持っていました。

当時議会はあったのですが、最終決定権は女王にあり、
結局女王の意見を左右するレディ・サラがキーパーソンとなっていたわけです。
そんなある日、没落貴族の娘で、サラの従姉妹・アビゲイル(エマ・ストーン)が
宮中に職を求めてやってきます。
始めは厨房の下働きだったアビゲイルですが、女王のお気に入りになりたいがために画策し、
ついに女王の侍女となることができます。
そして、女王の一番のお気に入りの地位を得るために、サラとアビゲイルは火花を散らすようになり・・・。
戦争を巡る政治駆け引きのために、
サラ側につく議員とアビゲイル側につく議員がいて、宮中が真っ二つ・・・。

 



先にみた「ヴィクトリア女王最後の秘密」でもそうでしたが、
こちらでも女王の孤独が浮かび上がります。
アン女王は痛風に苦しんでいました。
王族ならではの病ですね。
当時はその原因もわからず、さしたる治療法もなく、さぞかし大変なことだったでしょう・・・。
政治のことなどよくわからないのに重大な決断をくださなければならないし、
体は思うようにならず、心を許せるのはサラのみという状況だった女王。
なんでも思うがままの立場のようでいて、結局何一つ思うようにはならない、という身の上。
他にすることもないので居室でうさぎを飼っていたりする・・・。
そんな彼女が哀れです。



そんな中で、彼女にとってはサラだけが頼り。
サラにとって女王が必要な以上に、女王にとってもサラが必要。
そんな関係を崩したのが、アビゲイルです。
二人の仲に割り込んだ彼女は、なおもサラを蹴落として女王を独り占めしようとする。
女王にとっては、二人がやきもちを焼いて争っているのが面白くて仕方がない。
今までそんなにも自分を必要とされたことがないものだから・・・。
実のところ、体の関係まで持って女王の気持ちを引きつけようとする熾烈な女の闘いはもう、
傍観者としては笑ってしまうほかありません。
ドロヌマのような女の闘い。
冒頭で、馬車から落ちて泥まみれになって現れたアビゲイルが
その後の彼女を予言していました。



一見したイメージでは、サラのほうが冷たく強硬のように見えます。
そしてアビゲイルのほうが無邪気で癒し系のようでもある。
が、しかし! 
人は見かけで判断してはいけません。
サラは思ったことをずけずけ言うし、おべんちゃらなんか言わない。
けれど少なくとも嘘はいいません。
それに反してアビゲイルは・・・。



仕方ないですよね、女王という身の上では、人を見る目なんてこれまで養う場もなかった・・・。
この熾烈で滑稽な三つ巴の女の愛憎。
・・・いや、そこにほんとに「愛」などあったのだろうか。
彼女らが本当に求めていたのは何だったのか。
ふと考えてしまうラストでもありました。

<シネマフロンティアにて>
「女王陛下のお気に入り」
2018年/アイルランド・イギリス・アメリカ/120分
監督:ヨルゴス・ランティモス
出演:オリビア・コールマン、エマ・ストーン、レイチェル・ワイズ、ニコラス・ホルト、ジョー・アルウィン

ドロヌマ対決度★★★★★
満足度★★★★.5


「ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語」 津島佑子

2019年02月20日 | 本(その他)

過酷で壮大な旅の物語

ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語
津島 佑子
集英社

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アイヌの母と日本人の間に生まれたチカップ。
幼くして孤児となった少女はキリシタンに出会い、
兄と慕う少年・ジュリアンら一行と共に海を渡り、新天地をめざす。
母から聴いたアイヌの歌を支えに、異国からまだ見ぬ故郷のえぞ地に想いを馳せる。
強く、ひたむきに生きる女性の一生を、壮大なスケールで描いた著者渾身の叙事小説。

* * * * * * * * * *

津島佑子さんは私にははじめての作家なのですが、なんと本作が遺作とのことで・・・。
もっと早くに知っておくべきでした。


1600年代、蝦夷地のマツマエから発する壮大で、哀愁に満ちた物語です。

アイヌの母と日本人の間に生まれたチカップ(アイヌ語で鳥の意味)。
幼くして母を亡くし、見世物の親方に買われて旅をする途中、
キリシタンのパードレに拾われます。
そしてツガルの村で、キリシタンであるがゆえに京都を追われ流されてきた人々と出会うのです。
このときはまだ、キリシタン即死刑とまでにはならなかったのですね。
その村の少年ジュリアン(洗礼名)は、
なんとかマカオまで行ってパードレの資格をとって戻って来たいという夢をいだきました。
行き場のないチカップも、むしろマカオのほうが住みやすかろうとジュリアンと同行することに。
しかしもちろん当時のこと。
いくつもの舟を乗りつぎながら、ナガサキまでたどり着きますが、そこから先が難しい。
ナガサキで数年がたちますが、ある時ついにマカオへゆくという船に乗り込むことができます。
これまでの長い旅や逗留、子供のジュリアンとチカップだけでやり通せるわけがありません。
それぞれの地でキリシタンの仲間たちが匿い、世話をしてくれたのです。
マカオへの船旅もまるで拷問のようなひどい旅。
実に、当時の船旅は命がけなんですね・・・。

命からがらたどり着いたマカオは、明の領地ではありながら、ポルトガルが居住権を有しており、
日本から逃れてきたキリシタンたちも多く住み着いています。
チカップはこの地でしばし平穏な日々を過ごしますが・・・。
やがてついに日本人がこの地を退去しなければならない時が来ます。
パードレになるための勉強を続けているジュリアンと共に残り、修道尼になることはできる。
それともここで親しくなった人々とともに、マニラへ逃れるか・・・。
なかなか決心がつかないチカップ。
しかし、ここで彼女は改めて自分の名前の由来に気づくのです。
チカップー鳥-。
修道尼では名前が変わってしまう。
自分は鳥のように自由にどこへでも行けるのだ、と。
これはまた、自身のアイヌの出自をも再確認することなのです。
名前とアイデンティティの結びつき。
実の兄と思い親しみ、辛い時間をもともにしてきたジュリアンとの別れは、
それはそれは辛いものでもありましたが・・・。
そこからチカップは思いがけず、バタビア(今のインドネシア首都ジャカルタ)まで流れていき、
そこで長い生涯を閉じることになります。

それでも彼女は幼い頃母が歌ったであろうアイヌの子守唄を繰り返し思い出します。
遠い遠い、遥か北にあるエゾの地を思いながら。
けれど、全く意表を突くやり方で、彼女はエゾへ帰る方法を思いつくのです。
無謀というか恐ろしいと言うか・・・。
しかしまあ、これこそが"チカップ"なのかも。

その後ジュリアンがどうなったのか、チカップの目論見がどうなったのか、記述はありません。
いずれにしてももう遠い時の彼方の出来事・・・。


この壮大な物語を読み終えて思わずほう・・・と大きく息を吐きました。
無論フィクションではありますが、
南の地へ逃れていって、そこに骨を埋めたキリシタンは実際にいたわけですね。


さて、題名の「ジャッカ・ドフニ」は、
かつてあったサハリン少数民族・ウィルタ出身のゲンダーヌさんが
網走で作った資料館の名前。
先のチカップの物語とは別に、現代、オホーツクを旅する女性のことも語られているのです。
もしかしたら、チカップの思いともつながっているかもしれないアイヌの地としての北海道を。

時を忘れて読みふけってしまう本です。

図書館蔵書にて (単行本)
「ジャッカ・ドフニ 海の記憶の物語」 津島佑子 集英社
満足度★★★★★


ファントム・スレッド

2019年02月19日 | 映画(は行)

心がざわつく

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1950年代、ロンドン。
英国ファッションの中心的存在として社交界から注目を浴びるレイノルズ・ウッドコック(ダニエル・デイ=ルイス)。
別荘地のレストランでウエイトレスをしていたアルマ(ビッキー・クリープス)を気に入り、屋敷に招き入れます。
この時点ではレイノルズがアルマに恋をしたというわけではなく、
彼女の体型が彼の理想そのものだったということなのですが。
神経質で、仕事も屋敷の中の全ても、自分の思う通りにならなければ気の済まないレイノルズなのですが、
アルマと共に暮らすようになり、彼の整然として完璧な日常が崩れていきます・・・。

レイノルズは独身主義で、ドレスのモデルたちを愛人にし、
しばらく共に暮らした後、飽きては放り出すということを繰り返してきたようなのです。
アルマもその一人となるはずでした。
しかしアルマは、普段はそっけないレイノルズも、
体調の悪いときだけはアルマに甘え、頼りっきりになる事に気づきます。
なんとしても彼の「妻」の座に付きたいと思うアルマは、あることを実行に移す・・・。



華やかなドレスがシックな色調で映し出される、風雅な愛の物語かと思えばとんでもない。
だんだん怖くなってきます。
これはもしかして被虐と嗜虐の物語・・・?とも思ったのですが、
いやもう少し奥が深そうです。



レイノルズは明らかにマザコンなのです。
自らの上着の中に、亡き母親の髪の毛を縫い込んでいたりするほどに。
母性というのは“優しく包み込む”意味合いがありますが、
過度になると“がんじがらめに支配する”ということにもなるのです。
レイノルズは身の回りすべてを自分の思うようにコントロールし、
支配しているつもりではあるけれど、
自分でも意識しない胸の底では、
何もせずすべてを誰かに(特に母親)に委ねてしまいたいと思っているわけです。
そこが、アルマの思惑と合致したのです。
というか、アルマが強大な母性を体現する人物であるというべきか。
折しも、レイノルズのデザインが流行から遅れて人気も下降気味、そんな時期でもありました。

レイノルズは全てから逃げ出したい・・・、
ますますそんな気持ちが大きくなっていたのかもしれません。

 

見ているうちに次第に心がざわついてきます。
単に、女は怖い、というところで終わらない、凄みのある作品。
ちなみにファントム・スレットは幽霊の糸とか幻の糸の意味。
男が母性の糸に絡め取られていく・・・
というようなイメージを私は持ちましたが・・・。



ファントム・スレッド ブルーレイ+DVDセット [Blu-ray]
ダニエル・デイ=ルイス,ヴィッキー・クリープス,レスリー・マンヴィル
NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン


<J-COMオンデマンドにて>
「ファントム・スレッド」
2017年/アメリカ/130分
監督:ポール・トーマス・アンダーソン
出演:ダニエル・デイ=ルイス、ビッキー・クリープス、レスリー・マンビル、ブライアン・グリーソン

ざわつき度★★★★☆
満足度★★★★☆


ファースト・マン

2019年02月18日 | 映画(は行)

50年前の危険なミッション

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人類初、月面に足跡を残したニール・アームストロングの実話です。



1969年米国アポロ11号により、人類初の月面着陸が成功。
ちょうど50年になるのですね。
その時私は中学生・・・。もちろんその時、夜中の生中継も見ましたよ!
今の若い方は、人が月へ行ったと言われてもピンとこないかもしれませんが・・・。
その時、科学技術はここまで進んだのだと感動したわけですが、
本作を見ると、まだまだ未開発。
ほとんど賭けのようなものだったのかもと、驚かされます。
コンピューターはやっと開発が始まったばかり。
多分その頃のマシンよりも、一人一人のポケットに入っている今のスマホの方が機能は上でありましょう。
50年というのはそういう歳月の流れでもあるわけです。

さて、ニール・アームストロング。
宇宙飛行のためのパイロットとして数々の危険なテスト飛行をこなし、
ついには初の月面着陸の任務につく。
それまでには失敗もあり、多くのパイロットの犠牲も見ている。
だからその危険性を誰よりもよくわかっているのですが、
彼はその内心の不安を押し隠し、ほとんど淡々としています。
元来人前で喜怒哀楽をオーバーに表現するタイプではないわけです。
けれど、彼の幼い娘が病死したシーンで、その熱い胸中を垣間見せる。
わりと日本人的かもしれません。



私はラストシーンで夫婦のリアルな関係性を強く感じました。
ニールは地球に戻ってからもしばらくは検疫のために隔離され、家に帰ることができなかったのです。
そのため、帰還後妻と会うのも、分厚いガラス越し。
だからまあ、抱き合うことができないのは当然ですが、
この二人はガラスがなくても抱き合わなかったのではないかと思う。
始めは硬い表情の二人。
おずおずとニールが口元に当てた指を差し出して・・・。
不安に押しつぶされそうだからなおさら不機嫌になってしまっていた妻。
そういう二人の有り様が凄くリアル。

リアルと言えば、まあこちらのほうが本筋なのでしょうけれど、
宇宙船内部の様子もすごいですね。
宇宙船というよりもほとんど鉄の棺桶のようにも思える狭苦しさで、
ドアを締めてロックされるシーンには恐怖すら感じます。
そして打ち上げ時の振動とか音とか、今にも空中分解してしまいそうで、怖い怖い・・・。
アポロ11号が無事任務を終えて帰還したことを知っていてさえも、
乗員の不安と緊張感をしっかり共有したと思います。
砂漠のような月面の光景、遠くに浮かぶ地球。
その絶対的な孤独をも共感できてしまう、力作。

それにしても、宇宙開発でソ連に大きく立ち遅れて焦りまくっているアメリカ。
そしてまた国内でも、莫大な予算をかけて人を月へ送ることへの社会の反発など、
かなり切羽詰まった当時の状況ですよね。
そんな中では、人が月へ行ったというのはインチキで、
実は砂漠で撮影していた、ということにも信憑性があるような気がしてしまいますね・・・。



<シネマフロンティアにて>
「ファースト・マン」
2018年/アメリカ/141分
監督:デイミアン・チャゼル
原作:ジェームズ・R・ハンセン
出演:ライアン・ゴズリング、クレア・フォイ、ジェイソン・クラーク、カイル・チャンドラー、コリー・ストール

リアル度★★★★★
時代再現度★★★★☆
満足度★★★★★


「この世にたやすい仕事はない」津村記久子

2019年02月17日 | 本(その他)

どこか不思議なお仕事小説

この世にたやすい仕事はない (新潮文庫)
津村 記久子
新潮社

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「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」
ストレスに耐えかね前職を去った私のふざけた質問に、
職安の相談員は、ありますとメガネをキラリと光らせる。
隠しカメラを使った小説家の監視、巡回バスのニッチなアナウンス原稿づくり、そして…。
社会という宇宙で心震わすマニアックな仕事を巡りつつ自分の居場所を探す、
共感と感動のお仕事小説。
芸術選奨新人賞受賞。

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津村記久子さんは「ポトスライムの舟」を読んで以来でした。
ずいぶんご無沙汰してしまった。
私は普段から「お仕事小説」が好きなので、本作を手にとったのですが、
考えてみると「ポトスライムの舟」も、仕事と向き合う内容でしたっけ。

本作は"燃え尽き症候群"のようになって長く続けていた前職を辞め、
しばらく休んだ後、新たな職探しを始めた<私>の物語です。
「一日コラーゲンの抽出を見守るような仕事はありますかね?」と半ば冗談のように言った<私>に、
職安の相談員はメガネをキラリと光らせて「あなたにぴったりな仕事がありますよ。」という。
それが、隠しカメラを使って小説家を監視するという仕事。
と聴けば簡単そうですが、毎日毎日録画映像とにらめっこ、
ほとんど変化のない映像ながら、ちょっとの間にも何が起こるかわからない、
となればいいかげんにもできないし、案外大変そうです。


で、本作はこんなふうに変わった仕事を紹介して、
その大変さを描くもの・・・かと思ったらそういうわけでもないのです。
<私>はもともと真面目で、どんなこともやり始めるとのめり込んでしまうようなのです。
本作中でも5つの仕事を転々としますが、
どうも「そこまでやらなくても・・・」と思ってしまうくらいに、彼女は一生懸命になってしまう。
けれど様々な仕事を体験するうちに、仕事と<私>との距離感を掴んでいく。
それと同時に、同じ職場の人々とのつながりがまた、彼女の力にもなっていく。

自分が自分らしくいて、それが仕事になっているというのは稀なことかもしれないけれど、
それも気の持ちようなのかな、という気がしてきました。
それにしても、現実的な物語のようでいて、どこか不思議な雰囲気をも漂わせる、
謎めいたストーリーでもあるのが面白い。

彼女がついた仕事の中で、私なら「大きな森の小屋での簡単なしごと」がいいなあ。
森の散歩は大好きだし、単純作業も好きです・・・!
そんな仕事があったら、紹介して!

「この世にたやすい仕事はない」津村記久子 新潮文庫
満足度★★★.5


ルージュの手紙

2019年02月15日 | 映画(ら行)

反発し合う母と娘

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パリ郊外に住むクレール(カトリーヌ・フロ)のもとに、
30年間音信不通だった血のつながらない母ベアトリス(カトリーヌ・ドヌーブ)から
「会いたい」との連絡が入ります。
ベアトリスは以前突然家を飛び出し、残された父はそれを苦に自殺していたのです。
そのためクレールは義母を許しがたく思っていました。
会ってみればやはり奔放すぎる母、クレールのいらだちはつのります。
しかし、ベアトリスが今になって会いに来たのには理由があり・・・。

助産婦をして息子を育て、一人生きてきたクレール。
男を渡り歩いて自由に生きてきたベアトリス。
この二人が次第に心の溝を埋めていくストーリー。

二人が反発し合うのは当然なのですが、
実は互いにないものを羨望する気持ちもあったのかもしれません。
助産婦として常に命の誕生を見届ける仕事をしているクレール。
老境に入り、死を意識するベアトリス。
けれどベアトリスの生き様を見て、仕事に多少行き詰まっていたクレールの行く手に
光が指すような・・・、そんな作品ではありました。

しかしまあ、言ってみれば凡庸かな・・・? 
カトリーヌ・ドヌーブが出演しているというだけで・・・。
これは血のつながらない母娘ではなくて、実の母娘としたほうが良かったような気がします。



ルージュの手紙 [DVD]
カトリーヌ・ドヌーブ
ポニーキャニオン

<WOWOW視聴にて>
「ルージュの手紙」
2017年/フランス/117分
監督・脚本:マルタン・プロボ
出演:カトリーヌ・フロ、カトリーヌ・ドヌーブ、オリビエ・グルメ、カンタン・ドルメール、ミレーヌ・ドモンジョ

満足度★★.5
(他の尺度が見つからない・・・)

 


七つの会議

2019年02月14日 | 映画(な行)

グータラ社員、八角の謎

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池井戸潤さん原作の物語は、登場人物たちがあまりにも濃いというか暑苦しいので、
見るのにちょっとひるんでしまうのですが、でも見ればやっぱり面白いですよね。

東京建電営業一課の万年係長・八角(本当はヤスミだけれど、みなはハッカクと呼ぶ)(野村萬斎)は、
会議は居眠り、定時退社、有休消化も怠りなく、グータラ社員として知られています。
ある日、目下の坂戸課長(片岡愛之助)から怠けぶりを叱責された八角は、それをパワハラとして告発。
しかしなぜか主張が通り、坂戸は左遷させられてしまいます。
後任の課長として原島(及川光博)が着任。
原島は八角の動向に不信を感じ、部下・浜本(朝倉あき)とともに、八角の周囲を探り始めます。
次第に明らかになる企業の秘密と闇とは・・・。

本作は原島目線で語られていまして、この及川光博さん、ミッチーの存在には実に癒やされます♡ 
何しろ周りが皆濃いので、彼のごく普通というかむしろ気弱なくらいの佇まいがすごく安心できるのです。
彼が「オニ」かと思う北川(香川照之)のあまりの重圧に、吐き気さえもよおしてしまう。
しかし、企業人としても実に誠実で真っ当なこの人が、
この会社にいてくれて本当によかった~、と思ってしまいます。
また、彼の助手的存在になって助けてくれるのが、社内不倫相手に騙されて退職することにした浜本。
この二人のコンビネーションがまたいい。

八角は以前は超がつくくらいのエリート社員。
しかしある時からすっかりグータラ社員に成り下がってしまった。
その時何があったのか。
そしてまた今、ネジの発注についての八角のあやしい動き。
またそのことを上層部も黙認しているらしい・・・。
いくつかの謎解きを中心に進んでいくストーリーに、引き込まれてしまいます。



予告編にもある野村萬斎VS香川照之のあつーい対決シーン。
けれど意外にもこの二人は同期入社でありライバルであったのが、
ある出来事で道を分かち、しかしその時の苦い思いは共有していたという・・・
完全に正義と悪、勝ちと負けの関係ではない、というところは気に入りました。

様々な企業隠蔽、表沙汰にしたときのその処理費用を思えば二の足を踏むのはわからなくもないですが、
でもその挙げ句に隠蔽がバレてしまったとき、さらなる最悪の事態に見舞われる
・・・ということを胸に刻むべきでしょう。
人命に関わることならばなおさらに。

池井戸潤原作の様々なTVドラマでおなじみの豪華キャストも楽しめて、
やはり一見の価値はあります。


<シネマフロンティアにて>
「七つの会議」
2019年/日本/119分
監督:福澤克雄
原作:池井戸潤
出演:野村萬斎、香川照之、及川光博、片岡愛之助、音尾琢真、朝倉あき

企業の闇度★★★★☆
顔面対決度★★★★☆
満足度★★★★☆


「エデン」近藤史恵

2019年02月13日 | 本(その他)

ドーピングの悲劇

エデン (新潮文庫)
近藤 史恵
新潮社

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あれから三年―。
白石誓は唯一の日本人選手として世界最高峰の舞台、ツール・ド・フランスに挑む。
しかし、スポンサー獲得をめぐる駆け引きで監督と対立。
競合チームの若きエースにまつわる黒い噂には動揺を隠せない。
そして、友情が新たな惨劇を招く…。
目指すゴールは「楽園」なのか?
前作『サクリファイス』を上回る興奮と感動、熱い想いが疾走する3000kmの人間ドラマ。

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近藤史恵さんの「サクリファイス」から始まる自転車ロードレースのシリーズ、
先日「スティグマータ」を読んだところです。
それで、私はこのシリーズをすべて読んだつもりでいたのですが、
ブログ記事を確かめると、2作目「エデン」が見当たらない。
読んだつもりになっていただけ・・・? 
いや、もし読んだとしても全然覚えてないわけだから、ぜひ読みましょう!
ということで、この度読んだ次第。

「スティグマータ」もツール・ド・フランスレース中のストーリーでしたが、
こちらも同じく、ツール・ド・フランス。
白石誓が初めて挑むツール・ド・フランスです。
3000kmを3週間に渡って走る過酷なレース。
誰もが出場できるわけではない、このレースに参加できたことだけでもラッキー。
けれど誓の所属するパート・ピカルディはこれ限りで解散が決まり、
誓は良い成績を残さなければ次の行き先もなく、
虚しく日本に帰国しなければならなくなるかもしれない・・・。
そんなプレッシャーもあるのです。


ある日誓は、街角で見知らぬ男から「ドーピング薬を買わないか」と声をかけられます。
競合するチームで誓とも交流のある若きエース、ニコラも使っているぞ・・・と。
無論誓は断りますが、しかしニコラに関するその話は信じがたくショックを受けてしまう・・・。


でも、ドーピングをしていたのは実は別の人物で、そのことが惨劇を招くことになる・・・。
「みんなでやれば怖くない」と言わんばかりに、
当たり前のようにドーピングをしていた時期が確かにあったようで、
でもそれはまたとても危険なことだったわけですね。
誓の思いの、こんな描写がありましたよ。

「ぼくがここにいるのはぼくだけの力ではない。
もしも、そんなものに手を出してまで勝とうとすれば、雷に打たれて死ぬだろう。」

カッコイイ~!
強い決意の表れる言葉です。
やっぱり面白いわー、このシリーズ。


図書館蔵書にて (単行本)
「エデン」近藤史恵 新潮社
満足度★★★★☆