映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男

2022年08月31日 | 映画(た行)

勇気の物語

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実話を元にしています。

1998年。
オハイオ州名門法律事務所で働く企業弁護士、ロブ・ビロット(マーク・ラファロ)。
ある日、場違いに現れた農夫に話を聞かされます。
ウェストバージニア州の農場で、大手化学メーカー、デュポン社の工場からの廃棄物によって
土地が汚染され、190頭もの牛が病死したというのです。



本来企業側につく仕事をしているにもかかわらず、
ビロットはこの調査を受けてしまいました。
デュポン社への情報開示請求をしてみれば、
嫌がらせのように届けられた大量の書類の山・・・。



しかしビロットは根気強く書類を調べ始めます。
やがて分かったことは、デュポン社が発ガン性のある有毒物質の危険性を40年間も隠蔽し、
その物質を大気中や土壌に垂れ流し続けたということ。
ビロットは7万人の住民を原告団とする一大訴訟に踏み切りますが・・・。
巨大企業相手の法廷闘争は、ロブを窮地に陥れます。

「ミナマタ」を思い出しました。
企業が大きければ大きいほど、こうしたときに企業は政府までもを味方につけて
自身を守ろうとします。
また、それが地元にとっての一大産業であったりすれば、地元住民をも分断する。
「正しいこと」を貫こうとすれば、身に危険も及びかねない。
どこでも、同じようなことになってしまうのですね・・・。
でも、損なわれた健康や命は取り返しがつかないのです。

結局この工場から廃棄される化学物質が人体にどのように影響をおよぼすか、
そのことが「実証」されなければならないわけですが、これがなかなか難しい。
状況からして明らかだろうとは思うのですが、
裁判ではそうした論理は通用しないというわけで・・・、
実のところは今も闘争中ということで、
この映画化にも何らかの圧力がかかる危険性もあったのだとか・・・。

ビロットは、大企業と闘うことのストレスとプレッシャーで
心身共にギリギリの状態に陥っていきます。
「真実」を求めるのにこんなにも勇気や覚悟、強さが必要だなんて。
恐ろしい物語です・・・。

 

 

「ダーク・ウォーターズ 巨大企業が恐れた男」

2019年/アメリカ/126分

監督:ドット・ヘインズ

出演:マーク・ラファロ、アン・ハサウェイ、ティム・ロビンス、ビル・キャンプ、ビクター・ガーバー

 

大企業の闇度★★★★★

勇気度★★★★☆

満足度★★★.5

 


キングスマン:ファースト・エージェント

2022年08月30日 | 映画(か行)

キングスマン誕生秘話

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第一次世界大戦を背景とした、スパイ組織「キングスマン」誕生秘話です。

1914年。
世界大戦を裏で密かに操る闇の組織に、英国貴族オックスフォード公(レイフ・ファインズ)と
息子コンラッド(ハリス・ディキンソン)が立ち向かいます。

オックスフォード公は戦わない、平和主義者。
なんとか交渉で戦争を収めたいと考えるタイプです。
それに対して、息子コンラッドは、さすがにその若さ故に
功を上げるため戦争に行きたくてたまりません。
でも父がそれを許しません。

コンラッドは、友人たちから「白い羽根」を送りつけられたりします。
そう、ヒース・レジャーの「サハラに舞う羽根」を思い出しました。
白い羽根というのは臆病者の印なのです。

しかし19歳になったコンラッドはようやく自分の意志で入隊します。
そしてその身分から、本来は前戦にでるようなことにはならないはずなのですが、
彼はあえて下級兵になりすまして激戦の地へ・・・。

この辺りが、すっかり戦争映画になっていまして、なかなか見所たっぷりなのです。
しかし、言葉をなくすような悲劇が私たちを待っています・・・。

謎の悪の組織の本拠地はそびえ立つ岩山の頂上にあります。
各国の重鎮を操作できる立場の者たちがそのメンバー。
その中にはロシアの怪僧ラスプーチンもいて、
この人物が、確かに並外れて奇々怪々。
この人物とオックスフォード公、コンラッドとの対決シーンもあってこれがまたスゴイ。

イギリスとドイツ、そしてロシアの国王が親戚同士。
本作中は3人をすべてトム・ホランダー一人で演じていました。
この3人がガッツリと戦争状態に突入しているというのがなんとも皮肉な歴史の一幕ですね。

終盤の、レイフ・ファインズのアクションシーンには驚きました。
こういうこともする方だったんですねえ・・・。
というか、礼儀正しい英国紳士が見せるアクション。
これがこのシリーズのウリなのだった!!

そしてこれがまた、とてつもない高所の崖の上での死闘。
スリルたっぷり、しかもユーモアも交えていて、いかにも洒落ています。
この時代性と、アクション、ユーモア、そしてアンビリーバブルな悲劇。
とにかく心を揺さぶられます。
私はこのシリーズの中ではこれが一番気に入りました。

・・・こうして、ロンドンの紳士服の店がキングスマンの本拠地となる。

納得、納得。

 

<Amazon prime videoにて>

「キングスマン:ファースト・エージェント」

2021年/アメリカ/131分

監督:マシュー・ボーン

出演:レイフ・ファインズ、ハリス・ディキンソン、ジャイモン・フンスー、
   ジェマ・アータートン、リス・エバンス、トム・ホランダー

 

歴史発掘度★★★★☆

アクション度★★★★☆

ユーモア度★★★★☆

悲劇度★★★★★

満足度★★★★★


「あした出会えるきのこ100」荒井文彦

2022年08月29日 | 本(解説)

あしたは会えるかな?

 

 

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あしたの散歩が、今日よりもっと楽しくなる、いちばん身近なきのこ図鑑が誕生!
ヤマケイの図鑑新シリーズ「散歩道の図鑑」 。
街中の道端や公園などで出会える、身近なきのこ100種を選抜しました。
各種のキャッチフレーズで特徴をわかりやすく知ることができ、
解説には雑学や食毒など、きのこの魅力が満載。
お家で読んでも楽しめる図鑑です。

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私、きのこ好きなので、きのこの図鑑も大好きです。
本巻は、身近なきのこ100種が紹介されています。

 

写真と解説文を寄せているのは荒井文彦さん。
ウェブサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」で「きのこの話」を連載中です。
姿・形・色。
ひとりぽっちだったり、群れをなしていたり。
ごくごく小さかったり巨大だったり・・・。
どれもそれなりにユニークで楽しい。
そんなきのこの魅力を、美しい写真で紹介してくれる本です。
私もまだまだお目にかかったことがないモノもあるので、
いつか会う日を夢見て、ページを繰るのもいいものです。

 

「あした出会えるきのこ100」荒井文彦 山と渓谷社

満足度★★★★☆

 

 


沈黙のレジスタンス ユダヤ人孤児を救った芸術家

2022年08月27日 | 映画(た行)

真のレジスタンスとは

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パントマイムの神様と言われたフランスのアーティスト、マルセル・マルソーが
第二次世界大戦中ユダヤ人孤児を123名救ったエピソードの映画化です。

1938年、フランス。
アーティストを夢見る青年、マルセル(ジェシー・アイゼンバーグ)。
兄アランや従兄弟ジョルジュ、そして密かに思いを寄せるエマらと共に、
ナチスに親を殺されたユダヤ人の子どもたちの世話をしています。
彼はパントマイムを通して、子どもたちの笑顔を取り戻します。

1942年、ドイツ軍がフランス全土を占領。
子どもたちの身にも危険が迫ってきます。
マルセルは子どもたちを安全なスイスへ逃がすため、アルプス越えを決意します。

マルセル自身もユダヤ人で、本来は別の名前だったものを、
フランス風にマルセル・マルソーと変えたのですね。

マルセル・マルソーは、私は名前を知っているくらいのところでしたが、
ナチス占領下のフランスでこんな活動をしていたなんて、ちっとも知りませんでした。
フランスからアルプスを越えてスイスに入るという、
こんなドラマは他にも多いですが、
いづれにしてもその緊迫感はハンパありません。

マルセルは子どもたちに緊急時のためにといって、訓練を積んでいて、
木に登り身を潜めるやり方もその一つ。
木になりきること。
多少見えていてもかまわない。
木の一部として同化すること・・・。
この訓練が役に立つ日が来るとは・・・。
しかし本当にドキドキします。

ナチスの目的はユダヤ人を絶滅させること。
ならば、一人でも多くユダヤ人の命を救うことこそが真のレジスタンス・・・、
そう言って、小手先の襲撃や目先の復讐心にはやらないようにしたやり方こそが、
まさしく沈黙のレジスタンスですね。

ジェシー・アイゼンバーグのパントマイムシーンがいくつかありますが、
その表現力がハンパなく素晴らしくて、なんだか泣きそうでした。

 

<WOWOW視聴にて>

「沈黙のレジスタンス ユダヤ人孤児を救った芸術家」

2020年/アメリカ・イギリス・ドイツ/120分

監督:ジョナタン・ヤクボウィッツ

出演:ジェシー・アイゼンバーグ、クレマンス・ポエジー、マティアス・シュバイクホファー、フェリックス・モアティ

 

緊迫度★★★★★

残忍度★★★★☆

満足度★★★★.5


ディア・エヴァン・ハンセン

2022年08月26日 | 映画(た行)

ウソの重さ

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トニー賞、グラミー賞等授賞に輝くブロードウェイミュージカルの映画化です。
ミュージカルとはいえ、すべてが楽曲ではなく通常のセリフも多いので、
ミュージカルが苦手という方も馴染みやすいかも知れません。

内気で人付き合いが苦手で友だちもいない高校生のエヴァン・ハンセン(ベン・プラット)。
シングルマザーのため仕事で不在がちの母ともあまりうまくいっていません。
そんな彼がセラピストの助言により
「ディア・エヴァン・ハンセン」と始まる自分への手紙を書き始めます。
ところがある日、その手紙を同級生のコナーに持ち去られてしまいます。
コナーは変人のワルとウワサされていて、彼もいつも一人でいるのでしたが、
その後自ら命を絶ってしまうのです。

コナーが持っていたエヴァンの手紙を両親が見つけて、
息子とエヴァンが親友同士だったと思い込み、エヴァンを家に招待します。
エヴァンは両親を落胆させたくなくて、話を合わせ、
ありもしないコナーとの想い出を語り始めます・・・。
それだけならばこのウソもあながち悪いことではないのかもしれない。
けれど、この話はSNSで校内のみならず世界中に広まってしまいます。
特に、コナーの妹とはこのことで交流も深まり、
エヴァンは彼女に好意を抱くようになりますが、
そもそもがウソから始まった付き合いなのです。
エヴァンは次第に自分のウソの重みに押し潰れそうになって・・・。

なんとも重苦しいテーマ。
通常ミュージカルに向くとは思われないのですが、
意外と曲調は重くなりすぎず、静かに語りかけるようです。

アメリカの高校生といえば常にイケイケドンドンっぽいけれど、
やはりこんな風に内向的で人となじめない子も多いのでしょうね。

ウソがどんどん雪だるまのように肥大して、余計に引き返せなくなってしまう。
それを断ち切るにはとてつもない勇気が必要です。
けれど今後自分が生きていくためには乗り越えなければならいこと・・・。
そんな勇気はどうすれば、どこから出てくるのだろう・・・。
私たちは息を潜めて見守るほかありません。

エヴァンの母にジュリアン・ムーア、
コナーの母にエイミー・アダムスが当たり、
ガッチリと固めています。

 

<WOWOW視聴にて>

「ディア・エヴァン・ハンセン」

2021年/アメリカ/138分

監督:スティーブン・チョボウスキー

出演:ベン・プラット、ジュリアン・ムーア、ケイトリン・デバー、
   エイミー・アダムス、コルトン・ライアン、ニック・ドダーニ

 

ウソの重圧度★★★★★

生きづらさ度★★★★☆

満足度★★★.5

 


「あとは切手を、一枚貼るだけ」小川洋子 堀江敏幸

2022年08月25日 | 本(その他)

水にたゆたう私と僕

 

 

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きみはなぜ、まぶたを閉じて生きると決めたの――

かつて愛し合い、今は遠く隔てられた「私」と「ぼく」。
消えた産着、優しいじゃんけん、湖上の会話……
十四通の手紙に編み込まれた哀しい秘密に
どこであなたは気づくでしょうか。

小川洋子と堀江敏幸。
二人の作家が互いの言葉に耳を澄ますと、思いもよらぬ謎が浮かび上がる。
こよなく美しく、胸を震わせる小説世界。
唯一無二の作品の執筆過程を振り返る、文庫版のための著者対談を収録。

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小川洋子さんと堀江敏幸さんの共著。
「私」と「僕」がやりとりしている「手紙」という体裁で
物語は進んでいきますが、ちょっと不思議な手触り。

なにしろ、一番初めに「私」は、
「まぶたをずっと閉じたままでいることに決めた」というのです。
それではそもそも手紙などやりとりしようがないではないか・・・
という素朴な疑問を置き去りに、手紙は進んでいきます。

そうしていくと次第に分かってくるのですが、
どうやらこの2人はかつて愛し合っていたけれど、今は離ればなれにいるらしい。
そして「私」は、まぶたを閉じたままでいることを決意とはいうものの、
実際もう、まぶたの開け閉めも難しいほどに
全身が動かない病に冒されているらしい、ということ。

そして手紙の文中に、「水」に関わることが多く出てきます。
この2人が別れることになるきっかけもまた、水と無関係ではないようなのです。

そして、「僕」は・・・。

 

手紙とは言いながら、これは実際に便せんに書かれたものでも、
切手を貼ってポストに入れられたものでもないようなのですね。
病にある「私」が、内なる自分に語りかけ、
その奥底にたゆたう「僕」の声を拾っているようでもあります。

 

驚くべきは、この物語は、著者2人が登場人物や話の筋立てを何も相談せずにはじまった、ということ。
それにしては、随所に様々な暗示が潜んでいるようでもあり、
思いがけない結末もあらかじめ用意したようでもあり、感服するばかりです。

 

「あとは切手を、一枚貼るだけ」小川洋子 堀江敏幸 中公文庫

満足度★★★.5

 


ベルファスト

2022年08月24日 | 映画(は行)

この世界の片隅で、それは常に起こっている

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俳優や監督として活躍するケネス・ブラナーが、
自身の幼少期の体験を投影して描いた自伝的作品です。
その、監督の出身地というのが、北アイルランド、ベルファスト。

9歳の少年、バディはこのベルファストで生まれ育ちました。
1969年8月。
プロテスタントの武装集団がカトリック住民への攻撃を始め、
穏やかだったバディの世界は変容します。
住民すべてが顔なじみで一つの家族のようだった町。
しかしこの日をさかいに人々は分断され、
暴力と隣り合わせの日々となってしまうのです。
こんな中、家族は故郷を離れるか否かの決断を迫られます。

冒頭、いかにものどかな町の様子が一変。
カメラの向きをバディの視点と一致させて周囲を描き出しますが、
それはこれまでバディが見たことも想像したこともない、
大人たちのむき出しの憎悪と暴力の有様でした。
バディが恐れおののく様もありありと描き出されます。
まさに、子どもには見せたくない大人たちの姿。
・・・けれどこれが現実。



バディの一家はプロテスタントではありますが、
特にカトリックへの偏見がある訳ではありません。
バディのお父さんは仕事でロンドンへ出稼ぎに出ていて
家へは2週に一度しか戻って来ません。
でも、戻ってくるなり、カトリックへの攻撃集団から仲間に加わるよう迫られるのです。
そんなだからいっそ家族でロンドンへ移住しようと思うわけなのです。
でもお母さんは、長く住んで馴染んだこの地を離れたくありません。
新しい土地での人間関係が不安だし、
言葉の訛りで差別を受けるかも知れないし・・・。

バディも友だちと離れるのはイヤだし、
何よりもおじいちゃんおばあちゃんと別れることになるのも考えられないこと・・・。

けれど町はいよいよ危険な様相を増してきて・・・。

私、正直なところ北アイルランドのプロテスタントとカトリックの
複雑な事情についてよく分かっていません。
でもそれぞれの主義主張によって人々が分断されているという状況についてはよく分かります。
こんな、殺伐とした世界を本作はモノクロ画面で描いているのです。

ただ、カラーのシーンがちょっとだけあって、
それはバディや家族が映画や舞台を見ているその映画、舞台自体。
それだけがイヤなことを忘れて没頭できる夢の世界。
それはその後の監督自身の進路へと反映されていくことになるということの証し。

69年といえば、アポロ11号が人類初の月面着陸を成し遂げた年。
だから私にも印象深い年なのですが、
そんな時にも地球上のどこかでこんな風に恐ろしい出来事が起こっていたわけですね。
それはその年にかかわらず、いつだって、そして今も同様。
そういうことを忘れずにいたいと思います。

 

「ベルファスト」

2021年/イギリス/98分

監督・脚本:ケネス・ブラナー

出演:カトリーナ・バルフ、ジュディ・デンチ、ジェイミー・ドーナン、
   キアラン・ハインズ、コリン・モーガン、ジュード・ヒル

 

歴史発掘度★★★★☆

少年の見た紛争度★★★★★

満足度★★★★★

 


いとみち

2022年08月23日 | 映画(あ行)

もえもえ、キュン

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弘前の高校に通う16歳、相馬いと(駒井蓮)。
祖母と亡き母から引き継いだ津軽三味線が特技です。
いとは強い津軽弁と人見知りのせいで、本当の自分を人に見せることができません。
特技の三味線も、大きく足を開いた演奏スタイルがかっこ悪いと思い、
最近は遠ざかってしまっているのです。

そんな彼女はさすがにこのままではまずいと思ったのか、
思い切ってメイド珈琲店でバイトをすることに。

思いのほかまっとうで心優しいカフェのスタッフに囲まれ、
ひとまずカフェは彼女の“居場所”となっていくのですが、
カフェのオーナーが何やら怪しげな人で・・・。

 

糸道とは三味線を弾くときに爪にできるミゾのこと。
“いと”の歩む“道”をも表わしているわけです。
もちろん、いとという名前も三味線の糸を意識してつけられた名前ですね。
私は吉田兄弟ファンなので、津軽三味線は大好きです。



この伝統芸能が「メイドカフェ」と結びつくところが本作の面白い所。
あの、「ご主人様、お帰りなさいませ」とか、「萌え萌えキュン」の、メイドカフェ。
それも、いとが言うと津軽弁なまり。
逆にイケてます。

本作は本当に津軽弁が多用されていまして、時々意味が分からないところも。
でもまあ、いいかって感じです。
青森の小さな町という舞台がリアルにそこにあるわけで。
さすがにいとの家がある町にメイドカフェはなくて、
青森市までバイトに通うのですが。

いとはおばあちゃんと、父(豊川悦司)との3人暮らし。
父は東京出身ですが、妻亡き後もこの地に住み着いています。
作中終盤で、いとと父が大げんか。
いとはさっさと荷物をまとめて家出しようとしますが、
そこへ大きなリュックを背負った父が、
「俺が山にこもるから、おまえはおばあちゃんと家にいなさい」という。
ナイスな父ですよね~。
トヨエツの魅力満載。

ところが、そこでまた祖母が言う。
「2人とも出てけ。私は一人で大丈夫。」
このおばあちゃんもいさぎよくて好き~。

おばあちゃんは、いとが落ち込んだりしているときに何も言わず、
あるものを差し出して「け」というのです。
つまり「食え」と言っているのだけれど、
四角くて平べったくて二個分がヒモで繋がっているその食べ物は一体何なのだろう・・・? 
私には分かりませんでした・・・。

なにやらほんわか温かでさわやかでもある、ステキな作品です。
地元で生きるのもまた良しですね。

 

<WOWOW視聴にて>

「いとみち」

2021年/日本/116分

監督・脚本:横浜聡子

原作:越谷オサム

出演:駒井蓮、豊川悦司、黒川芽以、中島歩、古坂大魔王

 

郷土愛度★★★★★

青春度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「ヴィオラ母さん 私を育てた破天荒な母・リョウコ」ヤマザキマリ

2022年08月21日 | 映画(あ行)

この母がいてこその、ヤマザキマリさん

 

 

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「生きることって結局は楽しいんだよ」
音楽と娘と自分の人生を真摯に愛する規格外な母リョウコの
まるで朝ドラのような人生!
「リョウコ」とは、漫画家・ヤマザキマリの今年で86歳になる「規格外」な母親のこと。
昭和35年、リョウコが27歳の時、勝手に仕事を辞め、
新設された札幌交響楽団で 音楽をやるため、半ば勘当状態で家を飛び出した。
新天地・北海道で理解者となる男性と出会い結婚するものの早逝され、
シングルマザーとしてふたりの幼い娘を抱えることとなる。
戦後、まだまだ女性が仕事を持つのが難しかった時代。
ヴィオラの演奏家という職業を選び、家族を守るために、大好きな音楽を演奏するために、
リョウコが選んだ道は平坦ではなかった。
鼻息粗く自分の選んだ道を邁進し、 ボーダレスな家庭の中で子供を育てあげた
破天荒・母リョウコの人生を、娘マリが語る。
見本となるような「いい母親」ではなかったけれど、
音楽と家族を愛し、自分の人生を全うする、ぶれないリョウコから 娘マリが学んだ、
人生において大切なこととは?
昭和を駆け抜けたリョウコの波瀾万丈な人生!

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過日、ヤマザキマリさんの講演を拝聴する機会があり、
その中でヤマザキマリさんのお母様のことにも若干触れていました。
私はこの本のことを知っていて、そういえばまだ読んでいなかったと思い出して、
この度手に取った次第。

 

ヤマザキマリさんの人生自体波瀾万丈の物語なのですが、
この娘を育てた母が、またすごかった。

 

リョウコさんは東京のいい家の出なのですが、
ある時突然、北海道の札幌交響楽団の設立にあたってヴィオラ奏者となるべく、
単身で新天地・北海道にやって来ます。
そこで指揮者の男性と恋仲になって結婚。
やがてマリさんが誕生しますがまもなく夫は病死。
以後リョウコさんはシングルマザーとしてヴィオラ奏者を続けながら奮闘。
(後にリョウコさんは再婚して、妹さんが誕生しますが、まもなく離婚します。)

今ならともかく、当時、しかも北海道の地では
シングルマザーのまま仕事を続ける女性という存在自体が
希有のものだったのではないでしょうか。

仕事柄リョウコさんは長期に家を空けることがあったり、
学校の参観日や行事にほとんど来たことがないという、
今なら「ネグレクト」として通報されかねない状況。
確かに、淋しいことはあったようなのですが、
それでもこの姉妹は母の生き様をそのまま受け止め、
根底の母の愛を信じてもいて、
近辺の人たちの助力もあってたくましく成長していくのでありました。

中でも、まだ中学生のマリさんを単身でヨーロッパを旅させる
と言うエピソードは、スゴイですよね。

そしてその後、マリさんが未婚で産んだ子を連れて実家に帰ったときには
「孫の代までは私の責任だ」と満面の笑みで言い切ったという・・・。

強くて独特の愛すべき方です。
その圧倒的な存在感にはちょっと憧れますが、とてもマネはできません。

そしてマリさんもこの資質をそっくりそのまま受け継いでいるように思われるのも面白い所。

図書館蔵書にて

「ヴィオラ母さん 私を育てた破天荒な母・リョウコ」ヤマザキマリ 文藝春秋

満足度★★★★.5

 

 


青葉家のテーブル

2022年08月20日 | 映画(あ行)

新たなライフスタイル

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ECサイト「北欧 暮らしの道具店」で配信された
短編ドラマ「青葉家のテーブル」を長編映画化したもの。
ということで作中の家に出てくる家具などは、ここの商品のようなのですが、
どれもしゃれていてステキでした。
ショールームにあるように無機質的ではなくて、生活の中に馴染んでオシャレ。
好きな感じです。

さて、青葉家。

シングルマザーの春子(西田尚美)と息子リク(寄川歌太)。
春子の飲み友だち・めいとその恋人で小説家のソラオ。
こうしたメンバーが同居する不思議な生活形態なのです。
まあ、シェアハウスだと思えばそう不自然でもないでしょうか。
そしてそこに新たに春子の旧友・知世(市川実和子)の娘、優子(栗林藍希)が
美術予備校の夏期講習へ通うため、居候として加わります。

優子の母、知世というのはちょっとした有名人で、テレビで見かけることも多いのです。
そんなスーパーウーマンを母に持つ優子は、
これまですべて母のプロデュースで生きて来たようで、その支配が息苦しいのです。
それで、唯一自らやりたいと思った美術の方向へ進もうかと思ったのですが、
どうやらその方面の才能は乏しいと、この度思い知ってしまう・・・。
母という成功例を目の辺りにして、自分はこの先どの方向へ生きて行けばいいのか・・・。
悩める青春であります。

一方、春子は実は以前知世とけんか別れしたきりずっと会っていませんでした。
この度、優子を預かったことをきっかけに、会ってみようかと思い・・・。

優子から見ると、とてもかなわないと思う母。
そして大人として自立している春子。
けれどその昔、若き日の知世と春子は、やはり今の自分と同じく遠い理想と迷いの中にいた・・・。
さわやかな、家族と友人の物語。

<WOWOW視聴にて>

「青葉家のテーブル」

2021年/日本/104分

監督:松本壮史

出演:西田尚美、市川実和子、栗林藍希、細田佳央太、寄川歌太

 

新感覚生活度★★★★☆

母娘の確執度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 


クーリエ 最高機密の運び屋

2022年08月19日 | 映画(か行)

緊張に神経をすり減らす日々

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キューバ危機の舞台裏で繰り広げられた実話を元にしています。

1962年、米ソの対立が頂点に達し、キューバ危機が勃発。
英国人セールスマンのグレヴィル・ウィン(ベネディクト・カンバーバッチ)が、
これまで全くスパイとしての経験がないにもかかわらず
CIAとMI6の依頼を受けてモスクワへ向かいます。
ウィンは、これまで仕事で東欧へは幾度も足を運んでいて、
ソ連へ入ることもそう不自然ではない。
そしてこれまでCIAやMI6とのつながりもなかったことが逆に有利だと考えられたのです。

そしてソ連では、GRU(ソ連軍参謀本部情報総局)の高官オレグ・ペンコフスキーが国に背き、
ソ連の機密情報をウィンに渡す役を請け負います。
2人は表向き商用を装い、密かに機密情報の受け渡しをして、
ウィンは情報を西側へ運び続けたのでした。
その中にはソ連の核爆弾の情報など、非常に価値の高いものが含まれていたのです。

 

それにしても、ソ連側の監視の目もかなり厳しく、万が一ことが明るみに出ればまさに命がけ。
家族にも塁が及びかねません。
緊張の連続で、ウィンは人柄が変わったようになり、家では妻に浮気を疑われる始末。
夫がソ連へ行った後はいつも様子がおかしい・・・。
そのことに妻は気づいてはいたのです。

そしてまた、そんな緊張感を共有したウィンとペンコフスキーの間には友情が芽生えていきます。
互いを信頼しなければ乗り越えられない、
そうした感情がますます2人の友情を堅固なものにしていくのでしょう。

終盤、2人の動きが悟られている気配が漂い始め、
いよいよ任務を終了しペンコフスキーの亡命目前という時期に、
2人でバレエを鑑賞するシーンがあります。
実際にその舞台のできも良かったのでしょうけれど、
この緊張感の中で2人の感情も頂点に達し、感極まってステージに喝采を送る、
そのシーンが印象的でした。
言葉で確認しなくても通じ合う。
その時2人はそう確信していたのです。

その後の展開はドキドキハラハラ・・・、そして・・・。
まさか、そうだったんですか。
史実の重さをずっしりと感じます。

ベネディクト・カンバーバッチのやつれように、俳優の意地を見ました。

 

「クーリエ 最高機密の運び屋」

2020年/イギリス・アメリカ/112分

監督:ドミニク・クック

脚本:トム・オコナー

出演:ベネディクト・カンバーバッチ、メラーブ・ニニッゼ、レイチェル・ブロズナハン、
   ジェシー・バックリー、アンガス・ライト

 

緊迫感★★★★★

友情度★★★★★

満足度★★★★☆


「若き日の映画本 シアターキノ30周年記念出版」

2022年08月18日 | 映画(わ行)

シアターキノ様、お世話になります!

 

 

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ホウ・シャオシェン、是枝裕和、岩井俊二、文月悠光、宇野常寛、谷川俊太郎…
札幌のミニシアター「シアターキノ」30周年を記念して
映画監督や俳優、詩人、評論家たち41名が綴る「若き日の映画」エッセイ集。
10代・20代に見てほしい「わたしの映画」がこの一冊に。

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我が愛すべき札幌のミニシアター「シアターキノ」30周年を記念して出された本です。

ホウ・シャオシェンさん、是枝裕和さんなどの映画監督や、
俳優、詩人など41人が、10代・20代の若い人たちに向けて、
見て欲しい映画についての文章を寄せています。
全然若くはない、私にとっても大変参考になります。
何しろ私がせっせと劇場に通って映画を見始めたのがこのブログを始めた頃、
せいぜいが2005年前後くらいからなので、
それ以前のものはほとんど見ていないわけでして。

 

それにしてもこの本、内容もさることながら、本の作り自体がとてもユニークなのです。
使われている紙がカラフル。
時には紙の質も違う。
活字は縦に組まれたり横に組まれたり、
字の色も紙の色によって変わります。
そして何よりこのカバー。
外して広げてみると大きな一枚の紙。
これが「天空の城ラピュタ」を思わせるようなアートワークとなっているのです。

これがまた、私もずいぶんお世話になった「くすみ書房」の
故・久住邦晴氏のご長女クスミエリカさんの作品ということで。
個人的にも愛すべき本なのでした。

 

今や、シネコンなどではチケットは自動券売機が当たり前。
けれどいまだに対面販売のミニシアターのそのぬくもりが近頃身にしみるのです・・・。
キノは2室だけの小規模なシアターとはいえ、いつ行ってもそこそこ人がいます。

ところが、ほど近い某映画館は、こちらが心配になるくらいにガラガラのことが多いです・・・。
ミニシアター向け的な、いい作品も多いのですが・・・。
ここは、チケットは自動券売機で購入し
入場時はチケットのQRコードを機械にかざすという徹底した省人員体制。
とりあえず私は大丈夫ですが・・・。
でも平日の観客は高齢者層も多いことですし、
いっそ高齢者に優しく、すべて人の手を通すように変えた方がいいのではないかと思う次第。
ここはバリアフリーどころか激しくバリアだらけの劇場なのですが、
せめてもう少しぬくもりが欲しい・・・。
あ、ものすごーく余計な話になってしまった。

 

だからシアターキノの今のシステムはぜひ変えずに続けて欲しいのです。
これからもお世話になります!!

 

「若き日の映画本 シアターキノ30周年記念出版」

満足度★★★★☆

 


メインストリーム

2022年08月17日 | 映画(ま行)

媚薬のようなSNSいいね

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ロサンゼルスに住むフランキー(マヤ・ホーク)はYouTubeを公開しつつ、
さびれたバーで働いています。
ある日、天才的話術を持つ風変わりな男・リンク(アンドリュー・ガーフィールド)と出会います。
フランキーは、作家志望の友人・ジェイク(ナット・ウルフ)も巻き込み、
本格的に動画作成を始めます。

破天荒でシニカルなリンクの活動を追った動画で、再生数はうなぎ登り。
彼らは一躍人気YouTuberに。
しかし絶頂期は長くは続きません。
そんな焦りが、いつしかリンクの人格を蝕んでいきます・・・。

はじめリンクはスマホさえも持たず、SNSなど気にもかけない人物でした。
そんなことから、彼らのチャンネルのテーマは
“SNSなんかに没頭するな”と言うことだったのです。

それをSNSで発信するというのが、そもそも大きな矛盾をはらんでいるわけなのですが。
そんなリンクなのに、次第に人気が出て注目を浴びるようになると、
自身がその蠱惑的な麻薬に溺れていく・・・。
元々センセーショナルな言動をする男だったけれど、
一層過激になり狂気をはらんでいきます。

アンドリュー・ガーフィールドはこうした自己肥大的な人物をやらせると
ピカイチのような気がします。

 

作中最もまともな神経の持ち主・ジェイクは、フランキーのことが好きだったのですが、
フランキーはジェイクと愛し合っていることを知り、
身を引き、YouTubeのチームからも離れていきます。
ホント、実にマトモ。
しかし、まともな人物は実はつまらないと暗に言っているようでもある・・・。

SNSでバズるというのは一体どういうことなんだろう。
時には立ち止まって考えてみてもいいのかも知れません。

 

<WOWOW視聴にて>

「メインストリーム」

2021年/アメリカ/94分

監督:ジア・コッポラ

出演:アンドリュー・ガーフィールド、マヤ・ホーク、ナット・ウルフ、ジョニー・ノックスビル

 

狂気度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 


キャッシュトラック

2022年08月15日 | 映画(か行)

裏切りと復讐



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2003年フランス作品「ブルー・レクイエム」のリメイクです。

キャッシュトラックとは、つまり現金輸送車のこと。
現金輸送を専門に扱う警備会社、フォルテコ・セキュリティ社に
新人のパトリック・ヒル(ジェイソン・ステイサム)が採用されました。

ここでは特殊訓練を受け、厳しい試験をくぐり抜けた者のみが採用され、
キャッシュトラックの運転に当たります。
パトリックは、まあ凡庸な成績で採用されましたが、
無愛想で同僚たちと馴染もうとせず、目立たないように努めているようでもあります。

そんな彼がある時、トラックを襲った強盗を驚くほどの戦闘スキルで阻止。
いったい彼は何者なのか・・・?

さて、やがて全米で最も現金が動くとされるブラック・フライデー。
この社に集まる1億8000万ドルの大金を狙う強奪計画が密かに企てられています・・・。

 

なんと言っても常に無表情を装い、いざとなればずば抜けた戦闘能力をのぞかせるこの男、
パトリック・ヒルとは何者なのか、というのが問題なのであります。

彼はある目的を秘めて、この会社に潜入したわけです。
それは決して警察組織とかではなく、あくまでも個人的な目的なのですが・・・。

裏切りと復讐の物語。

闇を背負う男の物語なのでした。
ふ~。

<WOWOW視聴にて>

「キャッシュトラック」

2021年/アメリカ・イギリス/118分

監督:ガイ・リッチー

出演:ジェイソン・ステイサム、ホルト・マッキャラニー、ジェフリー・ドノバン、
   ジョシュ・ハートネット、スコット・イーストウッド

 

裏切り度★★★★☆

バイオレンス度★★★★☆

満足度★★★.5

 


「鯨の岬」河﨑秋子

2022年08月14日 | 本(その他)

読書で北海道を満喫

 

 

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札幌の主婦奈津子は、鯨が腐敗爆発する動画を見て臭いを思い出す。
後日、釧路の母を訪ねる途中、捕鯨の町にいた幼い頃が蘇ってくる。
記憶の扉を開けた彼女は……「鯨の岬」。
江戸後期の蝦夷地野付に資源調査のため赴任した平左衛門。
死と隣り合わせの過酷な自然の中で、下働きの家族と親しくなり……
「東陬遺事」(北海道新聞文学賞受賞作)。
命を見つめ喪失と向き合う人々の凄絶な北の大地の物語。
全二編。

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北海道の誇る、河﨑秋子さん。
本巻を読んで、やっぱり好きだなーと再認識しました。

「鯨の岬」はこの文庫書き下ろし、
「東陬(とうすう)遺事」は、北海道新聞文学賞受賞作、という中編2作。

どちらも良くて、贅沢な文庫です。

 

「鯨の岬」は札幌に住む主婦奈津子が、釧路の施設にいる母の元を訪ねる途中、
捕鯨の町にいた幼い頃のことが甦り、なんとなくその町を訪れるのです。
そこで彼女は、思わぬ記憶の扉を開けることになる・・・。
予想外の展開。
ドラマチックでもあります。

 

「東陬遺事」は、江戸後期の北海道、それも道東、野付が舞台という特異な作品。
この地に資源調査のため、平左衛門が赴任してきます。
死と隣り合わせのような過酷な自然の中で、彼は下働きの家族と親しくなります。
そんな中のとある描写が、私は忘れられない。
流氷で埋まった内海を満月の夜に歩いて渡る父子。

「雲一つない夜空に浮かぶ満月は明るく空を群青に染め上げている。
 明るすぎて星は見えない。
 遮られるもののない月光を受けた氷原は光を反射して明るく、
 地平線の辺りでは空の色との坂井が分からないほどに、
 空も地も一面の青に染め上げられている。
 ―――静かだった。
 昼とはうってかわって空に鳥の気配はない。
 氷上を歩く獣もいない。―――」

 

おそらく吐く息がそのまま凍って散っていきそうなくらいにピンと凍り付いた空気。
この世のものとも思えないその壮絶に美しく凍り付いた景色の中で、
その父親は「魂消て」亡くなってしまうのです。

なんだかそんなこともあるかもしれない・・・と思ってしまう、壮絶に美しく冷たい世界。
これは北海道でも札幌に育った私には到底描写できるようなものではなくて、
やはり道東の厳しい大自然の中生きてきた著者だからこそ、
描けた世界だなあ・・・とつくづく思いました。

 

「鯨の岬」河﨑秋子 集英社文庫

満足度★★★★★