映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「ののはな通信」三浦しをん

2021年07月31日 | 本(その他)

性格は真逆でも、魂の形は同じ

 

 

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最高に甘美で残酷な女子大河小説の最高峰

ののとはな。
横浜の高校に通う2人の少女は、性格が正反対の親友同士。
しかし、ののははなに友達以上の気持ちを抱いていた。
幼い恋から始まる物語は、やがて大人となった2人の人生へと繋がって……。

* * * * * * * * * * * *

 

「ののはな通信」、何やらほのぼのとした題名なのですが、
実のところシビアでしんどい気持ちにもさせられる作品。

 

“のの”こと野々原茜と、“はな”こと牧田はなは、高校の同級生で親友同士。
本作は、すべてこの2人が交わした手紙から成り立っています。
手紙ばかりでなく、授業中に回したメモや、うんと後の時代にはメールも。

 

はじまりは昭和59年。
「日出処の天子」は傑作、などという話題から始まるのが、
私にはガッチリのツボでした。
そうなんです。
このすごさを語り合える人となら、私も親友になれると思う。

 

まあ、そんな他愛のない女子のトークから始まる手紙のやりとりなのですが、
ののは、はなに友だち以上の感情を抱いていたのです。
やがてその気持ちは通じて、2人は友だち以上の関係に。
けれど、そんな蜜月のような時もつかの間、
やがて苦い別れの時が来ます。

 

でも2人の手紙のやりとりは、そこまででは終わりません。
学生時代に、また少し友人付き合いと手紙のやりとりが復活。
けれどそれも、はなが結婚に踏み切ろうとするところでまた、途切れてしまいます。

 

その後の中断が約20年。

ののはライターの仕事をしていて、
はなは、外交官の妻としてアフリカのゾンダという内紛の絶えない小国にいます。
遠く離れた地にいても、このときにはメールという手段が使えるので、便利。
しかしそんな時に、この国でまた新たな内紛が持ち上がり・・・。

 

それぞれの地で、全く別の生活をしながらも、
2人は互いにすぐそばにいるような気がするのです。
相手に向けて言葉を紡ぐことで、自分の考えを整理しているようにも見受けられる。
すぐ近くにいなくても、互いにわかり合い、支え合っている。
2人はそのように確信していく。

それだからはなは、それまでのはなでは考えられない決断をするのです。

人と人との絆には性別なんか関係ないし、体の関係の有無も関係ないなあ
・・・と、納得させられる作品であります。

この2人は、性格はそれぞれだけれども、
多分魂の形が同じなのだろうと思いました。

 

「ののはな通信」三浦しをん 角川文庫

満足度★★★★☆

 


ライトハウス

2021年07月30日 | 映画(ら行)

心の闇を照らし出す、灯り

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全編35ミリ白黒フィルム、スタンダードサイズ。
と言われてもそういうことに全然詳しくない私ですが、
まさしくすべてモノクロで、いかにもクラシカル。
というのも舞台が1890年代ということで、
そういう生々しく古い因習めいた雰囲気がたっぷりです。

ニューイングランドの孤島に4週間灯台と島の管理を行うために
2人の灯台守がやって来ます。
ベテランのトーマス・ウェイク(ウィレム・デフォー)と、
未経験の若者、イーフレイム・ウィンズロー(ロバート・パティンソン)。

トーマスはまるで暴君のように威張り散らし、イーフレイムをこき使います。
イーフレイムは、掃除や石炭運びなどの雑用ばかりをさせられ、
肝心の灯室には入れてももらえません。
どうにもソリが合わず、不信感ばかり募らせていく2人。

やがて、凄まじい嵐が島を襲う・・・。

そもそもこの島への上陸時からすでに不穏で、
おどろおどろしい雰囲気が立ちこめています。
ときおり響く霧笛の音は、まるで地の底の怪物が放つ咆哮のよう・・・。
登場人物はこの2人のみ。
外界とは断絶されたこの小さな島で起こることは幻想か、狂気か・・・。

ライトハウスといえば、日本では単に「灯台」ですが、
キリスト教では教会とか神のようなものをイメージすることがあるようです。
ゴスペルの歌詞に良く出てきます。
灯台の光は真実を照らす光であり、
私たちのような真理に対して盲目であるものを導く灯りでもある、ということで。

そして、この2人はそれぞれにある“罪”を隠し持っているのです。
普段はそんなことも自分では忘れたフリをしていますが、
胸の底では罪悪感を抱えていて、その罪におののいている。
そんな胸の奥底の暗がりを、灯台の光が浮かび上がらせるということなのでしょう。

映像に映し出される光景はゾッとするくらいに不潔で不衛生。
当時の離れ小島でのことなので、こんなものなのかもしれません。
そして嵐になれば外と変わらぬほどの雨漏り、
ついには大波が部屋の中まで押し寄せてきます。
こんな混乱の中で彼らは憎悪をむき出しにしていく。
その幻想感は白黒の映像で一層の効果を上げているようです。

ときおり映し出される異様なシーンはおそらくギリシャ神話に由来するものだと思います。
もっとギリシャ神話をよく知っていれば良かった、と思ってしまう。
残念。
一番最後のシーンはおそらく「プロメテウス」でしょう。

 

ロバート・パティンソンとウィレム・デフォーは
そうと言われなければわからないくらいに、粗野な灯台守になりきっています。

ただただ、圧倒されてしまう作品でした。

 

<シアターキノにて>

「ライトハウス」

2019年/アメリカ・ブラジル/109分

監督:ロバート・エガース

出演:ロバート・パティンソン、ウィレム・デフォー

 

時代性★★★★☆

おどろおどろしさ★★★★★

満足度★★★★☆


太陽は動かない

2021年07月29日 | 映画(た行)

どんな過酷なシステムだよ。

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本作、TVドラマは見ていたのですが、劇場版は見ていなかったので、この際、拝見。

秘密諜報組織、AN通信。
この組織のエージェントは心臓に爆弾が埋め込まれ、
24時間ごとに連絡を入れないと死の危険が迫る、
という過酷な状況下で任務を果たしています。
本作では、「全人類の未来を決める次世代エネルギー」の情報入手に、
鷹野(藤原竜也)と、田岡(竹内涼真)が挑みます。

なかなかハードなアクションの合間、とある美しい島で
高校生男女の初恋めいたストーリーが挿入されます。

AN通信のエージェントたちは、幼少期に親の虐待を受けていたと言います。
そんな親から引き離され、安全な暮らしをした上で、
希望するものがAN通信の諜報員への道を歩むという・・・。
こののどかな島で、エージェントとなる前の鷹野こそが、この高校生だったんですね。

海外を舞台としたハードなアクションドラマの中で、
この高校生の平和な光景がなんとも美しく貴重なものに思われ、
物語に深みが出ていたと思います。

それにしても、24時間ごとに連絡を入れないと死ぬというのは、
あまりにもリスクが大きい。
どうにも無駄なシステムに思えて仕方ないのですが・・・。
確かにスリルたっぷりではありますけどね。

<Amazon prime videoにて>

「太陽は動かない」

2021年/日本/110分

監督:羽住英一郎

原作:吉田修一

脚本:林民夫

出演:藤原竜也、竹内涼真、ハン・ヒョジュ、ピョン・ヨハン、市原隼人、日向亘、加藤清史郎、南沙良

 

アクション度★★★★☆

淡い初恋度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 

 


スーパーノヴァ

2021年07月27日 | 映画(さ行)

最後まで自分自身でありたい、と思う心

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ピアニストのサム(コリン・ファース)と作家のタスカー(スタンリー・トゥッチ)は
20年来のパートナーとして共に生活しています。
ユーモアや文化を愛し、彼らのことを理解する家族・友人に恵まれ、
穏やかで平和な毎日でした。

ところが、タスカーが認知症を患うのです。
まだタスカーの意識が確かなうちに旅をしようと思い立った2人は
キャンピングカーで、2人の出会った故郷の地へ向かいます。

このまま行くと、まもなくタスカーはサムとのことも忘れ、
そしてしまいには自分が誰かもわからなくなってしまうだろう・・・。
口には出さなくても、互いにそんな不安が胸中に渦巻いています。

そのことを恐怖に思いながら、
でも、自分は最後の最後までタッカーのそばにいて見守ろうと思うサム。

でも、タスカーはそんな惨めな自分を
サムの最後の記憶として残して欲しくない、と思う。
自分がサムの負担になるのもイヤなのでしょう。
だから、タスカーはそんなことになる前に自死しようと考えていた・・・。

 

どんなパートナー同士にでもありうる話です。
でも意外と、男女の夫婦間でどちらかが認知症が進んでいくときに
自死をしようとする展開はあまりなかったのではないか。
本作が男性同士だからそういう展開になるのかどうか・・・? 
興味深いところではありますが、その答えは見当もつきません・・・。
ただ、男性の方がプライドが高い、と言うことはあるのかも。

本作結局タスカーとサムがどういう決断を下したのかは描かれておらず、
見るものの想像にすっかり任されています。

私はおそらく最後のサムのピアノ演奏の場に、
すでにタスカーはいないと想像するのですが、皆様はいかに・・・?

題名「スーパーノヴァ」は、タスカーが天体観測好きなこともあるのですが、
太陽のような恒星がその寿命を終える時に大爆発を起こして強い光を放つことを言います。
タスカーの人生の終焉を例えた言葉でもあるのでしょう。
とすれば、やはり・・・。

 

名優、コリン・ファースとスタンリー・トゥッチの静かな演技が光ります。

 

<シアターキノにて>

2020年/イギリス/95分

監督・脚本:ハリー・マックイーン

出演:コリン・ファース、スタンリー・トゥッチ、ピッパ・ヘイウッド、ジェームズ・ドレイファス

 

生を考える度★★★★☆

満足度★★★.5


「月まで三キロ」伊与原新

2021年07月26日 | 本(その他)

人生と科学

 

 

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この先に「月に一番近い場所」があるんです――。
樹海を目指した男が、そこで見たものは?
「月は一年に三・八センチずつ、地球から離れていってるんですよ」。
死に場所を探してタクシーに乗った男を、運転手は山奥へと誘う。
「実はわたし、一三八億年前に生まれたんだ」。
妻を亡くした男が営む食堂で毎夜定食を頼む女性客が、
小学生の娘に語った言葉の真意。
科学のきらめきが人の想いを結びつける短篇集。

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伊与原新さん、私には初めての作家さんです。

 

「月まで三キロ」? 
何かの書き間違いかと思いますね。
人生に行き詰まり、富士樹海にでも行こうかとタクシーに乗り込んだ男。
男を乗せたタクシーの運転手は、この先に「月に一番近い場所がある」という。

その謎は単純なことながら、なかなかユニーク。
そんな中で、月は一年に3.8㎝ずつ地球から離れていっている。
だから太古の原始人は今よりももっと大きな月を見ていただろう、
などという話が語られます。
科学です。

 

実は本作、一篇ごとにこのような何かしら科学的なエピソードが語られ、
それと人々の人生模様がうまく絡まって描かれているのです。

例えば「星六花」では気象や雪のこと。

「アンモナイトの探し方」ではそのままズバリ、化石、アンモナイトのこと。

「天王寺ハイエイタス」では、堆積物から地球の気候変動の変遷を探ること。

 

あらら、この感じつい最近見たことがある、と思ったら
先日読んだ川端裕人さんの「空よりも遠く、のびやかに」の中の
「地学」の研究分野と重なるのでした。
こんな風に意図せず読む本の内容がシンクロすることがたまにあります・・・。

 

さて、著者・伊与原新さんは神戸大理学部卒業後、
東大大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻とあります。
ガチガチの理系の方なんですね。
そして横溝正史ミステリ大賞を受賞し、ミステリ作家を目指していたのですが、
早々に路線変更して、本作のような「科学」をからめた人間ドラマの方向に進んでいる、と。

実は私、理系の方の描く小説と言うか文章にはちょっと苦手感があるのですが、
本作はまったく問題なく楽しい読書時間を持てました。

今後もまた読んでみたいと思います。

 

「月まで三キロ」伊与原新 新潮文庫

満足度★★★★☆

 

 


うなぎ

2021年07月25日 | 映画(あ行)

うなぎを友とする男

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97年カンヌ国際映画祭にて、パルムドール賞受賞の作品。
その時に見逃していたのを、今さらですが、やっと見ました。

 

1988年、サラリーマン山下(役所広司)は、妻の不倫現場を目の当たりにし、
激しい怒りに駆られて妻を刺殺してしまいます。
その8年後、刑務所を仮出所した山下。
保護司の住職の世話で、小さな理髪店を開業します。
そんなある日、山下は、睡眠薬自殺を図り倒れている女性・桂子(清水美沙)を発見。
なりゆきで桂子が店を手伝うようになって、次第に店も繁盛し始めます。
そんな時、以前の刑務所仲間の高崎(柄本明)が現れる・・・。

 

山下は、妻を殺害した後すぐに自主。
刑務所でも模範囚で通し、その間に理容師の資格を取ったわけです。
先に廃業した理髪店のおんぼろ家屋を自身で改修して、開業。
実に地道でつつましい。
彼は一匹の“うなぎ”を飼っていて、ときおりうなぎに語りかけます。
そのうなぎだけが彼の友人であり、家族なのです。
殺人を犯し元元受刑者が、なぜうなぎなのか。
そんなところが、みょうにユーモラスでもあります。

 

殺人犯で刑務所に入っていたことは、周囲の人々には知らせていません。
まあ、それは当然ですね。
無愛想で口数少ない山下の元に、近所の川の漁師や、UFOを呼ぼうとしている青年が
ちょくちょく遊びにやってくる。
そして桂子も何かとお節介をやく。

同じく刑務所帰りで、しかし何をやってもうまくいかない高崎は、
そんな山下の様子を見てうらやましくてしょうがないのです。
そんなことから不穏な展開になっていく。

 

こんな、実直でおとなしそうな男が、瞬間的な怒りで人を殺してしまう。

うなぎだけが友だちのような男にも、親しく語りかける人々がいる。

生きていくのにやっとくらいの収入で、ようやく何人かと親しく口をきく程度の男を、
激しく妬み憎む男もいる。

愛憎入り乱れた様々な人間模様が、結局ほんのりとした人の絆に収束していく様が、
なかなか心地よい物語です。

 

<WOWOW視聴にて>

「うなぎ」

1997年/日本/117分

監督:今村昌平

原作:吉村昭

出演:役所広司、清水美沙、柄本明、田口トモロヲ、倍賞美津子、市原悦子

 

人間模様度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


ハードキャンディ

2021年07月24日 | 映画(は行)

あわわ・・・

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14歳の少女ヘイリー(エレン・ペイジ)は、
出会い系サイトで32歳カメラマンのジェフと知り合います。
3週間のチャットを経て、実際に会うことになり、ジェフはヘイリーを自宅へと招き入れます。

 

おバカな大人ぶった少女が、男の餌食になるストーリーかと思いきや・・・!
予想を超える戦慄の展開が待ち受けています。

 

その後、舞台はこの男の家の中のみ。
密室で1対1で対峙する2人を描くサスペンス。

このポスター、赤ずきんちゃんが罠にはまるところですね・・・。
しかし、ここに登場する赤ずきんは、そう易々とロリータ男の罠にかかったりはしない。

 

イヤなものを見ちゃった・・・というのが正直なところ。
でも、この強烈なインパクトにはただただ圧倒されます。

結局ヘイリーは何者だったのでしょう。
過去から現在まで、男に乱暴された無数の女たちの怨嗟が人の形を持ったもの・・・なのかも。
多くは語るまい。
男性こそ見るべきだけれど、見ない方がいいですよ、とも言いたくなる。

 

<Amazon prime videoにて>

「ハードキャンディ」

2005年/アメリカ/103分

監督:デビッド・スレイド

脚本:ブライアン・ネルソン

出演:エレン・ペイジ、パトリック・ウィルソン、サンドラ・オー

 

衝撃の展開度★★★★★

満足度★★☆☆☆

 

 


キャラクター

2021年07月23日 | 映画(か行)

実在の殺人鬼をモデルに・・・

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漫画家となることを目指し、アシスタント生活を送る山城圭吾(菅田将暉)。
ある日、一家殺人事件とその犯人を目撃してしまいます。
警察の取り調べに「犯人の顔は見ていない」と、
思わず言ってしまったのですが、実は見ていたのです。
圭吾は、その自分だけが知っている犯人(Fukase)をキャラクターとして
サスペンス漫画「34(サンジュウシ)」を描き始め、それが大ヒットします。
そんな中、「34」で描かれた惨殺シーンを模した殺人事件が次々と発生し・・・。

SEKAI NO OWARIのボーカル、Fukaseが犯人役という注目作です。

山城は、絵はうまいけれど人物が描けないと編集者から評されており、
漫画家の道を諦めかけたところでした。
それが、「いかにも凶悪」ではない人物、しかも本物をモデルとした作品を描く。
キャラクターにリアリティにあふれるのも当然です。

この犯人・両角(モロズミ)は、
おかしな宗教のコロニーに生まれ育ち、戸籍も持たない。
4人家族を「幸福の象徴」と捉えていて、
彼の犯罪の対象となるのはいかにも幸せそうな4人家族のみ、
というところが大事な伏線になっています。
圭吾には一緒に暮らしている相手・夏美(高畑充希)がいて、
彼女が妊娠するのです。

この事件を追う刑事2人組を中村獅童さんと小栗旬さんが演じ、いい感じ。
が、しかし、思いも寄らないなりゆきに、唖然とさせられたりもして・・・。

残虐、血みどろのシーン多々。
でも、それが単なるこけおどしではなく、ストーリーがしっかりしているので、
結構のめり込んで楽しめる作品でした。

Fukaseさん、恐いっす。

<シネマフロンティアにて>

「キャラクター」

2021年/日本/125分

監督:永井聡

原作・脚本:長崎尚志

出演:菅田将暉、Fukase、高畑充希、中村獅童、小栗旬

 

残虐度★★★★★

ストーリー性★★★★☆

満足度★★★★☆


「模倣の殺意」中町信

2021年07月21日 | 本(ミステリ)

幻の傑作

 

 

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七月七日午後七時に服毒死を遂げた新進作家。
密室、アリバイ、盗作……様々な要素を絡め、著者が自信を持って仕掛ける超絶のトリック。
記念すべきデビュー長編の改稿決定版!

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あまりなじみのない作家さんだなあ・・・と思いつつ読み進み、
女性の言葉使いが「~ですわ。」などとなっているので、
かなり古い作品なのかと思い当たりました。

 

私、予備知識も何もナシに読み始めてしまいましたが、
本作、1971年、著者の長編デビュー作なのでした。
その後幾度か題名を変えて書き直され、現在の形の文庫版が出たのが2004年。
そして今、改めて「幻の傑作」として売り出されていました。
ちなみに、著者は2009年にすでに亡くなっています。

さて、ではどこが「幻の傑作」なのか。

 

坂井正夫という売れない推理作家が自死します。
けれどもそのことに納得がいかない編集者・中田秋子と、
ルポライター津久見伸助がそれぞれに別のアプローチで真相を探り始めます。

・・・というようなストーリーなのですが、
実は重大な「騙し」が仕組まれているのです。
著者から読者への目くらまし、というか騙し。
叙述トリックというヤツです。
しかも本作はそれが2つもしかけられている・・・。

 

叙述トリックは、昨今のミステリではそう珍しいものではありません。
でもこれ、先に挙げたとおり1971年の作品なんです。
「本格ミステリ」などという言葉のなかった時代。
推理小説といえば「社会派」が当たり前だった時代。
私的に叙述トリックの代表と思っているのは殊能将之さんの「ハサミ男」なのですが、
それは1999年に出されたもの。
その約30年も前にこんな作品が書かれていたというのは、なんとも驚きなのです。
だからおそらく当時の読者は『なんだこれ?変な話』と思ったことでしょう。
だから特に話題にもならなかったと思うのです。
しかし、今にしてみればその価値がよくわかる・・・ということなんですね。

 

・・・という歴史的価値をかみしめつつ読む作品であったわけですが、
何も知らず読んでしまった私は「ふ~ん」と思っただけという、
締まらないハナシでした・・・。
だって結局細かいところがよくわからなかったし・・・。

 

「模倣の殺意」中町信 創元推理文庫

満足度★★★☆☆

 


トゥモロー・ウォー

2021年07月20日 | 映画(た行)

エイリアン+タイムリープ

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2051年からのタイムトラベラーが現代に突然現れ、
人類は30年後に未知の生物と戦争になり、やがて敗北する・・・と、告げます。
人類が生き残る唯一の方法は、現代から兵士や民間人を未来に送り込み、戦いに加勢すること。
彼らは最後の希望をかけて、30年を遡って来たのでした。
未来での戦士の一人に選ばれた元軍人で高校教師のダン・フォレスター(クリス・プラット)は、
幼い娘の未来のために力を尽くそうと思い、未来へ旅立ちます。

しかし、アクシデントでタイムリープが予期せず早まってしまい、
多くは戦闘の訓練もほとんどないままに未来へ行くことになってしまった。
しかもかなりの高度のところに放り出されて・・・と、
始めから波乱含みでストーリーが始まります。
ダンは兵役経験があるので、チームの中でもリーダー的存在になります。

そして、闘う相手のエイリアンは、始めなかなかその姿がはっきり映し出されず、
恐いもの見たさが募ります・・・。
それにしてもそれは、そう大型ではないにしてもいかにも不気味な姿形、
動きは俊敏、そして凶暴。
さらには、イヤになるほどうじゃうじゃいる!!
まさに、絶望的・・・。

本作は、単にエイリアンものというだけでなく、
タイムリープを絡めるというところで、ぐんと面白みが増しています。

ダンが30年後にであった人物とは・・・!
そして、そもそもこのエイリアンはどこから来たのか。
例えば宇宙船などでやって来たというのなら、その瞬間をとらえて攻撃すれば良い。
30年前にリープできるならば、場所や時間の情報を伝えることだってできるはず。
ところが、どう調べても、エイリアンが侵入した形跡がない、というのです。
ロシアあたりから出現したらしいのはわかっているのですが、
その後あっという間に地球上に広まってしまった。
このあたりは、新型コロナウイルスにも似ていて、不気味ですね。

その謎が最後に解かれて、ラストにまた一波乱。
物語の造りとしても良くできています。
そしてそれは、地球温暖化が引き金でもあるというのもしゃれています。

また、父と息子、父と娘の家族の物語でもあり、なかなか、見所満載。
そしてダンが現在高校教師だったということも、ステキな伏線となっています。
私は好きです。

こんな大作なのに、いきなりAmazon Prime Videoにて独占配信。
prime会員で良かった・・・。
(CMか!?)

<Amazonプライムビデオにて>

「トゥモロー・ウォー」

2021年/アメリカ/138分

監督:クリス・マッケイ

出演:クリス・プラット、イボンヌ・ストラホフスキー、J・K・シモンズ、ベティ・ギルピン

 

エイリアンの造形度★★★★☆

ストーリー性★★★★☆

満足度★★★★☆

 


竜とそばかすの姫

2021年07月19日 | 映画(ら行)

魅了される

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細田守監督の最新作、初日に見ました! 
あと一週間遅れだと夏休みに突入し、混雑が予想されると思ったもので・・・。

 

舞台は高知県の自然豊かな田舎町。
そして、ネット上で全世界に圧倒的な広がりを見せている仮想世界「U」もまた、舞台です。
この関係、細田守監督の「サマーウォーズ」にもよく似ていて、
その大ファンである私は、それだけでもう、心ときめかずにはいられません。

17歳高校生すずは、幼い頃に母を事故で亡くし、父と暮らしています。
母と一緒に歌うことが大好きでしたが、
母の死をきっかけに歌うことができなくなってしまっています。

あるときすずは、全世界で50億人以上が集う仮想世界「U」に参加。
「ベル」という<As(アズ)>(アバター)で「U」の世界に足を踏み入れます。
この世界ですずは、「ベル」の姿で自然と歌うことができ、
自作の歌を披露するうちに世界中から注目される存在に。
そして、「U」の世界で恐れられている竜の姿をした謎の存在と出会う―――。

これは、「美女と野獣」が下敷きになっているのですね。
乱暴な振る舞いにお尋ね者のようになっている竜の、孤独を知るベルは、
なんとか彼を救いたいと思う・・・。

美しく豪華なビジュアルと歌に、なんだか泣けて来ました・・・。

ちょうどその日の朝にテレビ番組でベルの衣装が実際に作られて、
作画の参考にされていたというのを見ていまして、
そのベルの“バラの衣装”がなんともステキでした。

ただ、竜の正体についての部分が、なんだか尻つぼみの感なのが残念かな?
アザがあるというところで、私はその境遇がなんとなく想像付いてしまいましたが。
でも、ベルは「U」の世界ではスーパースター、しかしその本体・すずは地味な女の子。
ということからみると、竜の正体もまた、どこにでもいそうな地味な人物、
というのは自然な流れか・・・。

Asは、単にユーザーの希望する人物造形となるわけではなく、
ネット上のアバターでありながら、現実の自分を多く反映している
というところが興味深いのです。
そうであるなら、プライバシーに関わるセキュリティもかなり重要になってきますが。

悪意のコメントや、炎上。
現実の世界以上に「U」の世界では人より目立つことにリスクがあるのです。
でも、現実世界ではしっかりすずを守ろうとする人々がいる。
どんなにその仮想空間が巨大になろうとも、
仮想世界と現実という2つの世界で、引き裂かれることなく、
周囲の人々の力を得ながら成長していく主人公の姿をこそ、
監督は捉えたかったのでしょう。

やや見る年代層を選ぶ前作「未来のミライ」よりも、本作の方が万人受けしそうです。

 

事前リサーチほとんどナシに見た私、
声の出演者を推量しながら見ていました。

成田凌さん、染谷将太さん、
役所広司さん(お父さんとしての声にしては老けすぎ!)はわかったのですが、
佐藤健さんがわからなかった! 
クヤシイ・・・。
それとおばさま方の合唱隊も、豪華な方々だったんですね!

 

<シネマフロンティアにて>

「竜とそばかすの姫」

2021年/日本/121分

監督・脚本:細田守

出演:中村佳穂、成田凌、染谷将太、玉城ティナ、森山良子、宮野真守、役所広司、佐藤健

 

ビジュアルと歌の美しさ★★★★★

仮想空間の魅力度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


まともじゃないのは君も一緒

2021年07月18日 | 映画(ま行)

普通って何?

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人とのコミュニケーションが苦手、数学一筋の予備校講師・大野(成田凌)。
このままずっと一人でいることに不安を覚えますが、
世間知らずで、「普通」がどういうことなのかわかりません。

教え子の香住(清原果耶)は、そんな大野をズバリ「普通じゃない」と指摘します。

香住は、近頃テレビ番組の出演なども多い文化人・宮本(小泉孝太郎)に憧れているのですが、
しかし、宮本には恋人・美奈子(泉里香)がいる。
この際、大野に恋愛体験をさせるという名目で、
美奈子と接近するよう策略を巡らしますが・・・。

香住は、大野が自分と話しているときは
トンチンカンな物言いをしてまともな会話にならないのに、
美奈子と話すときには会話もスムーズで楽しそうなことに嫉妬してしまいます。

なんだかんだ言っても、大野はやはり大人だし、
大人びたことを言っても、香住は高校生。

そんな様子が見えてくるあたりが、いい感じです。
そして、香住の憧れる宮本はそもそもしょーもない人物だった・・・と。
(ただし、香住が高校生であることを知って、手出しを止めるあたりは、
一応の良識を持っているわけで、そこはよかった。)

香住と大野はそれぞれに気づいていきます。
普通ってなんだ? 
普通じゃなくたって、自分は自分でいいじゃないか。

そうなんですよね。
けれど、普通じゃなくたっていい、と自分は思うのに、
世間がそれを認めないからつらくなる。

「普通」の壁を打ち壊すのはそう簡単じゃないけど、
互いをその人のままに受け入れられるような
世の中でありたいものです。

清原果耶さん、これまでのイメージと少し違うのですが、こういうのもいいです。

 

<WOWOW視聴にて>

「まともじゃないのは君も一緒」

2021年/日本/98分

監督:前田弘二

脚本:高田亮

出演:成田凌、清原果耶、山谷花純、小泉孝太郎、泉里香

 

ラブコメ度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


「本と鍵の季節」米澤穂信

2021年07月17日 | 本(ミステリ)

ちょっぴりビターな二人の日常

 

 

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堀川次郎、高校二年で図書委員。
不人気な図書室で同じ委員会の松倉詩門と当番を務めている。
背が高く顔もいい松倉は目立つ存在で、本には縁がなさそうだったが、
話してみると快活でよく笑い、ほどよく皮肉屋のいいやつだ。
彼と付き合うようになってから、なぜかおかしなことに関わることが増えた。
開かずの金庫、テスト問題の窃盗、亡くなった先輩が読んだ最後の本
──青春図書室ミステリー開幕!!

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米澤穂信さんの、新シリーズ。
高校生たちのストーリーで、本作は「古典部」ではなくて、「図書委員」。
高校2年の図書委員、堀川二郎と松倉詩門の二人が探偵役となります。

 

なぜか不人気な図書室で、図書委員はかなりヒマ。
そんな中、この二人に変な依頼をしてくる人たちが寄ってくる・・・。
いくつかの謎を解いた後、松倉詩門自身の問題になります。
何かしら問題を抱えているような松倉詩門の家族・・・。

ちょっと大人びた二人の会話がステキなのですが、
やはり米澤穂信さんのストーリーなのでちょっぴりビターです。

 

本作に限ったことではないのですが、登場人物の高校生二人は「小市民」であろうとしていると思います。
清く正しくなんて大上段に振りかざすものではないけれど、
そして法を守ることが必ずしも正義だと思っているわけでもないけれど。
それでも、友人にウソはつきたくないし、
世間に向けてまっとうな一市民でありたいし、
よい大人になりたいと思っている。
こういう感覚が、好きです。

 

彼らは図書委員でありながら、意外と文学的内容に絡んだミステリとなっていないのも面白いところ。
物品としての「本」と「鍵」に絡めたミステリ。
いいんです、それで。
私は「名作」と呼ばれるようなものはほとんど読んでいませんし。

 

「本と鍵の季節」米澤穂信 集英社文庫

満足度★★★★☆

 

 


弱虫ペダル

2021年07月15日 | 映画(や行)

坂道くんでも、りょーちんでも、OK

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近頃、朝ドラの“りょーちん”ファンになってしまった私は、
この際、やはりこちらの永瀬廉さんも見ておこうかと・・・。

「弱虫ペダル」は私がこのコロナ禍中にはまったアニメで、大好きでした。
でも実写版はかえって見ると白けそうな気がして避けていた次第。

運動が苦手で友人もいない、アニメおたくの小野田坂道(永瀬廉)。
ひょんなことから、高校の自転車競技部に入り、
自転車競技選手として思わぬ才能を発揮します。
そして、初めてできた仲間たちとともに、
自分の限界や壁を超えて走る喜びを見出していきます。

長い物語なのですが、本編ではインターハイ出場をかけた県大会のところまで。
坂道が「恋のひめひめぺったんこ」のアニソンを歌いつつ、
上り坂100人抜きをする名シーンが再現されます。

登場人物それぞれのキャラが立つ(立ちすぎる?)作品なだけに、
やはりアニメの方が見て楽しい。
けれど本作、永瀬廉さんがイケメン感を脇に置いて、
いかにも坂道くんそのものになっていたのはなかなかのものでした。
むしろ、伊藤健太郎さんの今泉くんの方がちょっとイメージが違うかな?

自分のためよりもチームの誰かのため、そして皆のために
走る方が力が発揮される坂道くん。
やっぱり好きです!!

でも、実写版はやはりここまででいい。
アニメがあんなに面白いのに、実写化する意味があまり見当たらない・・・。

<WOWOW視聴にて>

「弱虫ペダル」

2020年/日本/112分

監督:三木康一郎

原作:渡辺航

出演:永瀬廉、伊藤健太郎、橋本環奈、板東龍汰、竜星涼、柳俊太郎

 

原作再現度★★★☆☆

満足度★★★☆☆

 


生きちゃった

2021年07月14日 | 映画(あ行)

英語なら言えるのに、日本語だと・・・

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仲野太賀さん、若葉竜也さん、毎熊克哉さん、
最近私が個人的に注目している面々の出演作なので、これは見逃せません。

高校時代から仲のよい山田厚久(仲野太賀)、奈津美(大島優子)、武田(若葉竜也)。
厚久と奈津美は結婚し、5歳になる娘がいます。
ある日、厚久は奈津美の浮気を目撃してしまう。
そして彼女の方から離婚を切り出されたのです。
自分の何が悪かったのか・・・茫然自失状態の厚久。
奈津美はやがて浮気相手(毎熊克哉)と同居しますが・・・。
厚久のあずかり知らぬところで、奈津美の事態はどんどんと悪化しはじめて・・・。

厚久は武田と共に英会話を習っていました。
いつか外国相手の事業を始めたいなどと思っていたので。
その時に思ったのです。
日本語では口に出すのが恥ずかしいようなことでも、
英語なら話せる、と。

厚久は本当に奈津美と娘を大切に思っていた。
けれど、そのことは口に出して言ったことがない。
厚久は「自分が日本人のせいかな」などと言うのですが、
いやいや、そんなことを言っている場合ではない。
少なくとも、離婚を切り出されたときに、
自分の本当の気持ちを誠意を持って伝えるべきだった。

いくら思っていても、口にしなければ伝わらない。
奈津美は日々の生活の中で厚久の気持ちを汲むことができず苛立ち、不安に思っていたわけです。

その後、坂道を転がり落ちるようにどんどん立場が悪くなっていく奈津美。
確かにその後については厚久の責任ではない。
でも、そもそも離婚に至ってしまったことが原因なのだから、
厚久がきちんと自分の思いを奈津美に伝えようとしなかったことが間違いのもと、
とも言えるのです。

実のところ、日本人だからそう易々と愛の言葉なんて口にできない、
という厚久の思いは、心当たりもありますけどね・・・。
もう、いっそのこと英語でもいいから、ちゃんと口にしましょうよ!!

武田は実は彼も奈津美が好きだったのでは?と思えるのですが、
厚久と奈津美の幸せを願い、二人を影から見守るというスタンスです。

二個入りのパピコを厚久と武田が一袋ずつ買って、
それぞれ自分の分1個を取って、もう一つを奈津美に渡す。
つまり奈津美は2個を手にするという・・・。
そんな高校生時代のエピソード。
こんな他愛のない日々が、果てしなく貴重です。

 

「生きちゃった」

Amazonプライムビデオにて

2020年/日本/91分

監督・脚本:石井裕也

出演:仲野太賀、大島優子、若葉竜也、毎熊克哉、パク・ジョンボム

日本人度★★★★★

悲劇度★★★★☆

満足度★★★★☆