映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

「その話、諸説あります。」ナショナルジオグラフィック編

2020年07月31日 | 本(解説)

まだ正解のない問い

 

 

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この世界はわかっていることよりも、わかっていないことの方が多い。
研究者たちは仮説を立て、検証を繰り返して、事実に迫ろうとする。
そこではそれぞれに説得力のあるさまざまな説が入り乱れ、謎は容易に解けない。

本書では、さまざまなジャンルで提唱されている“謎"と、
その解明に迫る“諸説"を紹介する。
事実と認定されたものは教科書や参考書に掲載されるが、
本書で紹介するのは、まだ教科書に載せられるほど定説が定まっていないものや、
いったんは教科書に掲載されたものの異論が唱えられて書き換えられてしまったもの、
あるいは定説が定まっていないために、各論が併記されているものなど。
そうした謎に満ちた世界を、わかりやすく、楽しく味わえる。
「世界史」「日本史」「科学」「動物」「宇宙」の5ジャンルからテーマを集め、
文系でも理系でも気軽に読める内容に構成されている。

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この本には、様々なジャンルで提唱される「謎」と、
その解明に迫る「諸説」が紹介されています。

 

私などの年代が子どもの頃には十七条憲法や冠位十二階を制定したのは聖徳太子と習ったものですが、
今の教科書では 聖徳太子は厩戸皇子(これについては、「日出る処の天子」ファンの私は大いに納得)、
そしてこれらをすべて1人でこなしたわけではない、ということになっているそう。
すなわち、検証を繰り返すうちにやがて圧倒的な説得力を持った隙のない検証結果が見つかることがあって、
そうなるとその「説」が「事実」として世に受け入れられるようになるわけなのですね。

そこでこの本に紹介されているのは、まだどれも「事実」としては受け入れられていないものたち。

 

例えば、

★ケネディ暗殺の黒幕は?
諸説としては、
①オズワルド単独犯行説、②ソ連陰謀説、③カストロ陰謀説、
④CIA陰謀説、⑤マフィア陰謀説、⑥ジョンソン陰謀説

なんだか、小説のネタになりそうです・・・。

 

★明智光秀はなぜ本能寺の変を起こした?
①遺恨・怨念説、②野心説、③朝廷黒幕説、④四国説

「麒麟が来る」ではどの説が中心となるのか・・・、楽しみです。

 

ぐっと趣は変わって

★「つわり」はなぜ起こる?
①自律神経の乱れ説、②イオンバランスが崩れる説、
③ホルモンバランスの乱れ説、④免疫による反応説

つわりには私も悩まされた口でして、つい気になってしまう。
でもこんな理屈はともかくとして、
「まだ流産の危険性の高い妊娠初期に、
妊娠に気づき、常に自ら意識して過激な運動をしないように、との注意信号」
なのではないかと、私は理解しておりましたが・・・・。

 

★巨大ブラックホールはどのように生まれた?

・・・四つほど諸説は揚げられていますが、どれについても、よくわかりません・・・

 

などなど・・・とても興味深くはありますが、結局どれが正解かの答えはありませんので、
なんだかそんなところで少しモヤモヤします。
将来解き明かされることがあるのかもしれませんので、それを期待しましょう・・・。
私の生存中にはムリかも・・・。

 

図書館蔵書にて

「その話、諸説あります。」ナショナルジオグラフィック編 日経ナショナルジオグラフィック社

満足度★★★☆☆

 


名もなき生涯

2020年07月29日 | 映画(な行)

己が正しいと信じる道

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テレンス・マリック監督による実話に基づいたストーリー。

第二次世界大戦時、ドイツに併合されたオーストリア。
山と谷に囲まれた平和な美しい村で、フランツは妻と3人の娘たちと暮らしていました。
ところが、ヒトラーへの忠誠と兵役を拒んだために、収監されてしまいます。
フランツは妻から愛のこもった励ましの手紙を受け取りますが、
実はその妻も「裏切り者の妻」として村人から孤立し、ひどい仕打ちを受けているのでした。
そしてやがて、裁判が行われ・・・。

村の人々は皆親ナチス。
どうもドイツ政権下の方が暮らしが良くなったと思う人が多いようです。
フランツは長く軍事訓練も受けていたのですが、
その時に実際の「戦争」がどんなものなのか身をもって理解したのかもしれません。
それでいよいよドイツのために招集されそうだ、というときに兵役拒否を宣言。
ヒトラーへの忠誠心を表さなかったことで、村人から非国民と言われ、孤立していきます。

災いなどどこにもなさそうな、美しい村。
ここで、たった一人がヒトラーに忠誠を誓わなかろうが、戦争に行きたがらなかろうが、
誰も困らないですよね。
日々の農作業がきちんと進みさえすれば、これまでと同じ営みを続けることができる。
それなのに・・・、人の世、社会というのは
どうしてこうも面倒で理不尽で、そして時には残酷なのでしょう・・・。

それを知っているからこそ、本当はヒトラーについて疑問を抱く人も、
形だけでも「ハイル・ヒトラー!」と挨拶を交わすのです。
役人も、神父も、フランツには忠告します。
「信念はどうであっても、形だけでいいんだ。誰も気にしない。」
ところがフランツはどうしても自分を偽ることができない。
たとえそれが命に関わることになっても・・・。

映像は実に淡々と、主に彼と妻の手紙を読み上げながら続いていきます。
フランツが自己の主張を周囲に声高に述べたりはしません。
ただひたすら静かに自分の思いを貫くばかりです。
・・・それで気がつけば本作ほとんど3時間の長さ。
いや、でもそんなに長かったような気がしない・・・。

 

私はフランツの強さを、宗教をよりどころにする強さのように思いました。
形だけでもヒトラーに忠誠を誓う事を拒むのは
まるで、踏み絵を拒むキリシタンのようでもあり、
確実に死が待っているというのに屈しない姿は、
ゴルゴダの丘へ自ら歩むキリストのようでもある。
だからといって、キリスト教ではない人が見てピンと来ないかというとそうではありません。
「神」すなわち「己が正しいと信じるもの」とすれば、
誰にでも納得できるのではないでしょうか。

でも実話であるこの人物のことは、戦後になっても誰もヒーローとして取り上げもしなかった。
この度たまたまこのような映画化で、知られることになったわけですが・・・。
まさに、「名もなき生涯」。

強くて、美しいです。

でも夫の信じるものを認め、それを支え続けた奥さんもすごいです・・・。
愛だなあ。
「あんた、もういい加減にしなさい。」私なら絶対言う。

 

<J:COMオンデマンドにて>

「名もなき生涯」

2019年/アメリカ・ドイツ/175分

監督:テレンス・マリック

出演:アウグスト・ディール、バレリー・パフナー、マリア・シモン、トビアス・モレッティ

 

信念の強さ★★★★★

満足度★★★★☆

 


君に届け

2020年07月28日 | 映画(か行)

三浦春馬さん、追悼

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三浦春馬さん追悼の意味をこめて、10年前の作品ですが拝見。

いつも自信なさげにうつむいていて、いかにも暗いので
「貞子」と皆から呼ばれている爽子(多部未華子)。
けれど彼女は人一倍けなげで純粋。
人知れず掃除をしたり、ペットボトルのフタを外して集めたりしているのです。
そんな彼女は、クラスの人気者で、いつも明るく爽やかな風早(三浦春馬)に憧れているのですが・・・。

引っ込み思案の爽子に友人ができ、彼女を気遣う風早とも交流するうちに、
徐々に変わっていく彼女の姿を描きます。
10年前というよりほとんど昭和かと思えるくらいに、うぶで純粋な高校生のラブストーリー。
確かに、今時の高校生は進んでいるというのが私の印象ではありますが、
大半はやっぱり昔と変わらずに、恋の入り口付近で戸惑っている
「かわいい」子たちなのかもしれません。

さて、本作で爽子を見てまず思ったのが「のぶた」そっくり!!ということ。
おどおどしていて暗くて・・・。
ついこの間まで再放送で見ていたので、その印象が非常に強い。
まずそのロングヘアをどうにかすれば、せめて「貞子」とまでは呼ばれないのに
・・・と余計なことを思ったりして。

でも本作は、風早や友人たちが彼女をプロデュースして人気者にするというのとはちょっと違う。
いつもけなげで人のことを思う爽子が、
友を得てそんな自分に自信が持てるようになっていくのですね。
まあ、そのあたりの運びはとても納得のいくモノでした。

しかるに、風早のことが私は少し納得いかない。
いかにも明るく爽やかで自分を表現することに何のためらいもなさそうなこのコが、
意外にも自分の恋心を相手に伝えられない。
口に出さずとも、この思いが「君に届いて」ほしい・・・。
こんな奥ゆかしさが、ちょっと意外に思えてしまう。
印象としてはもっと気軽に告白できそうな感じなんですけどね・・・。

というところで、今だからこそか、私は思う。

そうか、いかにも明るくて爽やか。イケメン。
多くの人が望んでも得られないモノをいくつも持っている人・・・。
あまりにもまぶしくて、私たちはついその外側だけを褒めて憧れて、
その内面を見ようとしないのかもしれません。
内面は、そんな見かけでわかるものではないのに。

もしかすると、三浦春馬さんの中にも
ただ明るくて爽やかと思われることの苦しさがあったのかなあ・・・などと思ったりします。
それにしても、なんとも残念です。
もっと今後も活躍を拝見したかった・・・。

 

それとあまりにも私の認識不足ですが、
井浦新さんが以前「ARATA」名で仕事をしていたのをこれまで知りませんでした・・・。

 

 

「君に届け」

2010年/日本

監督:熊澤尚人

原作:椎名軽穂

出演:多部未華子、三浦春馬、蓮佛美沙子、桐谷美玲、富田靖子、ARATA(井浦新)

 

初恋のもどかしさ★★★★☆

三浦春馬さんを偲ぶ度★★★★★

満足度★★★★☆


サンブンノイチ

2020年07月27日 | 映画(さ行)

本当に信じられるのは誰?

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人生の一発大逆転を掛けたコン・ストーリー。

本作は銀行強盗を成し遂げた3人が、その分け前のことで仲間割れをはじめるところから始まります。

キャバクラ「ハニー・バニー」の雇われ店長シュウ(藤原竜也)。
ボーイのコジ(田中聖)。
そして常連客の健さん(小杉竜一)。

始めから、銀行強盗で手にした数億円の大金は3人で3分の1ずつ山分けするはずだったのですが・・・。
謎の女やら闇の帝王やらが現れ、騙し合いが繰り広げられます・・・。

くるくると入れ替わるピンチとチャンス。
誰が敵で誰が味方なのか。
本当に信じられるのは誰か。
自分が生きるためには、仲間を裏切るのもやむないことなのか・・・。

 

でも、わたしたちのゆらぐ思いも、
ラストにはちゃんとすっきりさせてもらえるので大丈夫!!

小気味のよいストーリー。
こういう役はやっぱり藤原竜也さんに似合うわあ・・・。
窪塚洋介さんの、ほとんど切れててヤバい感じ、これもいい。

池畑慎之介さんの、超弩級のサド婆さん・・・、やってくれます!!

まあ、楽しめます。

<WOWOW視聴にて>

「サンブンノイチ」

2013年/日本/119分

監督:品川ヒロシ

出演:藤原竜也、田中聖、小杉竜一、中島美嘉、窪塚洋介、池畑慎之介

 

絶体絶命度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 

 


「ホワイトラビット」伊坂幸太郎

2020年07月26日 | 本(その他)

緻密にくみ上げられた鮮やかなストーリー

 

 

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兎田孝則は焦っていた。
新妻が誘拐され、今にも殺されそうで、だから銃を持った。
母子は怯えていた。
眼前に銃を突き付けられ、自由を奪われ、さらに家族には秘密があった。
連鎖は止まらない。
ある男は夜空のオリオン座の神秘を語り、警察は特殊部隊 SIT を突入させる。
軽やかに、鮮やかに。
「白兎事件」は加速する。
誰も知らない結末に向けて。
驚きとスリルに満ちた、伊坂マジックの最先端!

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「伊坂マジック」、確かにその通り。

本作の骨子を言えば、
「新妻を誘拐された兎田が、妻を取り返すために、ある家庭に立てこもる」
ということになるのですが、それでは語り尽くせない様々なことが平行して進行しているのです。
これをワケがわからなくならずに、しかも緊迫感を持って、
多少の順不同も臆せずに語るこの手腕こそが、
まさに伊坂マジックといえましょう。

しかも、最後まで読者を驚かすネタを隠し持っている。

ほとんど、快感です。

 

作中、オリオン座のことが何度も出てきます。
ヤケにオリオン座に詳しくてつい演説を始めてしまう人物が登場する。
そんな中で、オリオン座に由来する神話も語られます。
ところがこれがとても大切な伏線の一つとなった。

最後の最後、兎田の妻がそれと知らず夫を銃殺する寸前、
彼女がふと思い出すのはこの神話。

いやあ、私は感動しました。
本作中での私の一番のツボはここです。

多分読む人によって、それぞれのツボがあるのではないかな?
とにかく読んでみて・・・としか言いようがない本なのです。

 

「ホワイトラビット」伊坂幸太郎 新潮文庫

満足度★★★★★

 

 


劇場

2020年07月25日 | 映画(か行)

ダメ男は女が作る

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又吉直樹さん原作の本作、コロナ禍で公開延期になっていたのですが、
この度ミニシアターで封切り、そしてAmazon prime videoにて配信が始まりました。
プライム会員なら何と無料!! 
いよっ、太っ腹!!(思わずCMになってしまった。)

というわけで、さっそく見たわけです。

中学からの友人と立ち上げた劇団で脚本家兼演出家を担う永田(山崎賢人)。
しかしあまりにも前衛的なその作品は酷評を受け、劇団員にも見放され解散寸前。

そんなある日、永田は自分と同じスニーカーを履いている沙希(松岡茉優)を見かけ声をかけます。
沙希は服飾を学ぶ学生で、かつては女優の夢を持ってもいました。
そして2人の恋が始まります。
やがて、お金のない永田が沙希の部屋に転がり込んできて、
しばしは「ここが一番安全な場所」と思える日々が続きますが・・・。

やがて互いに大切に思いながらも、傷つけ合う事になる・・・。

私、本作で悟りました。
「ダメ男」は女が作るのだと。

永田は自意識過剰で自分が傷つくことを極端に恐れるメンドクサイ男なのです・・・。
それがわかるから、沙希はいつも優しく笑って(元々はそういうヒトでした)彼をうまく受け入れていた。
でも、次第にあえて言葉を選ぶようにもなる。
まるで母親のように、沙希は永田を肯定的にとらえて優しくします。
・・・でも多分それがね、男をダメにするような気がする。
甘やかしちゃダメなのですよ・・・。

やがて沙希は2人の生活を支えるために学校はやめて、昼も夜もバイトをはじめます。
永田はヒモ状態。
作中で沙希が「せめて光熱水費を出してもらえないかな・・・」とおずおずと言うのですが
「ここは沙希の家なのに何で俺が光熱水費を出すんだ?」という永田。
ほんっと、クズだわ、この男!!

いえ、実のところそう言いながら、永田本人も傷ついているワケではありますが・・・。

結局、女の優しさが男をダメにする。
そしてそのダメさが自分に跳ね返ってきて、女もダメになっていく・・・。
そういうことなのだと思います。

おばちゃんが外から分析すればそういうことなのですが、
もちろん、若い当の本人たちはそんなことはわからない。
互いに大切な存在であるにもかかわらず、傷つけ合ってしまうという、
理不尽さ、切なさがリアルに胸に迫ります。

そして、最後に驚きかつ感動のラストシーンがありまして、
でもこれ、原作ではどうだったのだろう?と思わず考えてしまいましたが・・・。
もちろんこんなシーンは映画でなくてはできるモノじゃありません。
これは原作にはなくて、行定監督の手腕によるものだそうです。
ブラボーです!! 
原作を読んだという方も、ぜひ見るべきです。

山崎賢人さんのやさぐれたのも悪くないなあ・・・と思いつつ見ていましたが、
イケメンでもやっぱりダメ男はダメ男!!と思うようになり、
ここまでのダメさを出せたというのは、やはり演技力のたまものといっていいかもしれません。
ミーハー作品から脱却できたのではないでしょうか。 
逆にファンになりました。

 

さてそれにしても、作中でも出てきた小劇場のシーン。
あの小さいながらも満席の状態というのは、今となっては夢のようです・・・。
多くの劇団の関係者が困り果てているだろうと思うと切なくなります。

時間はかかっても、いつかかつての日常が戻ってきますように・・・。

 

<Amazon prime videoにて>

「劇場」

2020年/日本/136分

監督:行定勲

原作:又吉直樹

出演:山崎賢人、松岡茉優、寛一郎、伊藤沙莉、浅香航大

 

ダメ男度★★★★★

傷つけ合い度★★★★☆

満足度★★★★☆


サウルの息子

2020年07月23日 | 映画(さ行)

部品ではなく、人間

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カンヌ映画祭グランプリ、アカデミー外国語映画賞受賞という実力派作品。

アウシュビッツ解放70周年を記念して制作されたという本作、重いです。

 

ユダヤ人の強制収容所で、死体処理に従事するユダヤ人、サウル(ルーリブ・ゲーザ)。
このように、同胞の死体処理を行う特殊部隊は「ゾンダーコマンド」と呼ばれ、
数ヶ月仕事をした後、人員を入れ替え(すなわち前任は処刑)していたようなのです・・・。

そんな中の一員サウルは、ある日、ガス室で辛くも生き残った少年を見ます。
しかし少年はその場ですぐ処刑されてしまいました。
でもサウルはその少年を自分の息子だと言い、なんとか手厚く葬ろうと奔走するのです・・・。

本作、カメラはほとんどサウルの顔だけをとらえていて、
その背景は焦点が合わずぼんやりしています。
音は遠い音もはっきり聞こえてくる。
冒頭、連行されてきたユダヤ人たちが「シャワーを浴びるから・・・」と言われ、
ぞろぞろと歩くシーンでも、
人々の諦めたようなつぶやきや、ドイツ兵のかけ声のようなものがつぶさに聞こえてきます。
サウルはこの人たちの運命をもちろん知ってはいるのですが、
ひたすら無表情で黙って付き添うように歩いて行きます。
そんな時も、人々の姿はひたすらぼんやり。

つまりカメラはほとんどサウルの視点と同じ。
画面に出てくることはすべてサウル自身が体験することで、
情報も、彼が知りうることだけ。
ガス室の中の阿鼻叫喚は映し出されず、でもその断末魔の声が忌まわしく響きます。

さて、ゾンダーコマンドたちはユダヤ人の死体を「部品」と呼びます。
それを「人」だと見なすと仕事ができない・・・。
あえて、「モノ」扱いすることでかろうじて正気を保っている。
そのサウルが、たった一人「生きて」いた少年を見たとき、
彼だけは「部品」にしたくないと思ったのでしょう。
おそらくそれは彼の本当の息子ではない。
(真偽は作中でも語られません)。
けれども、モノではなくて、正当な愛を注ぐべき身内とみなし、
ユダヤ人として当然の弔いをすることで、
彼自身が救われるように思ったのかもしれません。
それはもう、妄執と呼ぶべきモノなのですが・・・。

彼はまず解剖されそうな少年の遺体を盗み出し、
コマンドかあるいは収容者の中から「ラビ」を探し出そうとします。
少しでも怪しい動きがあれば即処刑されるに違いない場所・・・。
全くハラハラさせられます。
そしてまたちょうどその時、ゾンダーコマンドたちの中で脱走を試みようとする者たちがいて、
なぜかサウルも無理矢理仲間に引き入れられてしまう。

目を背けたくなるような重いテーマながらも、
こうしたドキドキハラハラ感もあって、なかなか侮れない作品なのです。
でもやはり、お気楽なラストにはなり得ないモノでしたが・・・。

 

<Amazonプライムビデオにて>

「サウルの息子」

2015年/ハンガリー/107分

監督:ネメシュ・ラースロー

出演:ルーリブ・ゲーザ、モルナール・レベンテ、ユルス・レチン、トッド・シャルモン

 

アウシュビッツ追悼度★★★★★

満足度★★★★★

 


大脱出2

2020年07月22日 | 映画(た行)

チームワークで勝負

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前作で「面白くなくはないけど、あえて見るほどでもない」などと言いながら、続きを見てしまったのは、
まあ、なりゆきなのでご勘弁を。
実は「3」までありまして、ついでなのでそれも見る予定・・・。

 

さて前作では、ブレスリン(シルベスター・スタローン)はセキュリティ会社の一員だったのですが、
今回は自分で興した会社のCEOとなっていました。
あーあ、孤独な一匹狼でないスタローンなんて・・・。
もうそこのところでイヤになってしまったくらいですが・・・。

まあとにかく、一流のスタッフを集めた警備会社を新設し、
ブレスリンは後進の育成に当たっているわけです。
その中での一番弟子がシュー(ホアン・シャオミン)という中国系の青年で、
カンフーの使い手っぽい、シャープな動き、カッコイイ!!

つまり今回、スタローンの老化を彼のキレのよいアクションでかなり補っているわけ。

ところが、そのシューがあるとき急に姿を消してしまいます。
必死でその足取りを追うブレスリン。
そしてシューは監獄「ハデス」に拘留されていることを知ります。
そこはコンピュータ制御により、あの「墓場」より一層のセキュリティが敷かれているという・・・。

スタローンは友人デローサ(デイブ・バウティスーク)の協力の下、ハデスの攻略に挑みます。

今回のテーマは、言ってみればチームワーク。
獄中で信頼できる仲間を増やし、それぞれが何ができるか、互いにタイミングを計ってどれだけ動けるか、
そしてまた外界の動きとの協調も大事になっていて、まあ、そういうところが見所。
つまりもうスタローン一人では支えきれないということを露呈しています。

まあそれにしても、ハイテクになればなるほどつまらなくなるような気がする・・・。

そして本作、真の黒幕は登場せず、3作目へ誘うようなラストになっています・・・。😥

今回も、この監獄がどこにあるか、という謎があったのですが、さほどの驚きはありません。

私はもしや、宇宙空間?などと思ったのですが、そうではありませんでした。

それより、こんな施設を作るだけの価値がここに本当にあるのだろうか?という疑問が・・・。

ここにいるのは裁判の後の受刑者ではなく、拉致されてきた「価値ある」情報を握っている人々なのです・・・。
秘密を聞き出すためにこんな大がかりな監獄が必要なのかどうか、全然納得できない・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「大脱出2」

2018年/中国・アメリカ/97分

監督:スティーブン・C・ミラー

出演:シルベスター・スタローン、デイブ・バウティスーク、ホアン・シャオミン、ジェイミー・キング

アクション度★★★☆☆

満足度★★.5


「エディプスの恋人」筒井康隆

2020年07月21日 | 本(SF・ファンタジー)

矮小から無限大へ

 

 

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ある日、少年の頭上でボールが割れた。
強い“意志"の力に守られた少年の謎を探るうち、
テレパス七瀬は、いつしか少年を愛していた。

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筒井康隆さんの七瀬シリーズ第3作にして最終巻。

本作では唐突に七瀬は高校の教務課職員となっています。
前作からの続きの顛末は語られていません。
そしてあのとき親しんだノリオやヘンリーのことも、何も出てこない。
しかしそれには実は理由があって、ラスト近くでそれは明かされます。

 

七瀬は自分が勤務する高校の生徒・香川智広に異常に興味を覚えるのです。
彼の近辺に不可思議な出来事が起こるらしい・・・。
七瀬はそれが智広自身の力ではなく、
彼を守ろうとする何者か、大きな「意思」の力があるらしいと見当をつけますが・・・。

興味を持つあたりはまだよかったのですが、
後にこの二人は異常なほどの恋愛感情を持つようになります。
そのあたりから、私はちょっと引きました・・・。

 

エディプスというのはあの、「エディプスコンプレックス」を指します。
つまり、智広はマザコン・・・といってしまうと安っぽすぎるか。
彼の母は彼がまだ幼い頃に失踪してしまっているのですが、
その母はもはや「母」という存在を超えた偉大な何か、
大いなる意思とでも言うべきものに変貌している。
しかしそれでも智広の「母」であることには違いなく、
その、息子へ向ける愛も半端なものではない・・・。

矮小から宇宙ほどの無限大への変幻があまりにも唐突で、
ちょっと私にはついて行けません。

そこがいいと思えるかどうか、そこが好みの分かれ道。

 

残念ながらシリーズを通して私は七瀬に感情移入ができなくて、
結局あまり好きな作品とは言いがたい・・・。

「エディプスの恋人」筒井康隆 新潮文庫

満足度★★.5

 

 


大脱出

2020年07月20日 | 映画(た行)

スタローン&シュワルツェネッガー

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ランボーを見たついで・・・というノリで見てみました。
ランボーの4作目が2008年。
本作2013年作品なので、なるほど、確かにさらにスタローンは老いていました。
(それを言っちゃあおしまいヨ・・・)

脱獄のプロで、セキュリティ・コンサルタントとしての仕事をしているレイ・ブレスリン(シルベスター・スタローン)。
すなわち、あちらこちらの監獄に自ら入り込み、脱獄をしてみせることで、
その監獄の弱点を突いて見せ、今後のセキュリティに役立てるという仕事をしているのです。

そんなある日、CIAがらみの依頼で、一度入ったら絶対に出られない、
「墓場」と呼ばれる監獄での仕事を依頼されます。
・・・しかしそれは実は罠だったのです。

ブレスリンは、監獄の中で信頼できそうなロットマイヤー(アーノルド・シュワルツェネッガー)と手を組むことにしますが・・・。
何とその監獄は想像を絶する場所にあった・・・!!

シルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーのタッグとなればもう、怖いものなし。
これでうまくいかないわけがありません。

しかしここでもブレスリンの敵は、獄中の監視等直接的な者たちの他に、
この監獄の外、すなわち一般社会の中にいる・・・という二重構造。
ランボーでもあったパターンです。
ただここでは力ずくはもちろんですが、周囲の観察とか、洞察とか・・・、
ブレスリンの年相応の「知恵」も重視されている、とそういうことですね。

それと一番の驚きは、この監獄の場所。
確かにこれは通常では脱獄不可能かもしれません・・・。
アルカトラズにも似ていますが・・・。
けどそれを気づかないなんて事があるだろうか?とやはり思ってしまいますけれど。

面白くなくはないけど、あえて見るほどでもない、という感じでしょうか。

<WOWOW視聴にて>

「大脱出」

2013年/アメリカ/116分

監督:ミカエル・ハフストローム

出演:シルベスター・スタローン、アーノルド・シュワルツェネッガー、
   ジム・カビーゼル、カーティス・“50セント”・ジャクソン

 

アクション度★★★☆☆

満足度★★★☆☆

 


ベン・ハー(2016年)

2020年07月19日 | 映画(は行)

二番煎じは、やはり・・・

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ベン・ハーといえばやはり1959年、チャールトン・ヘストン主演の
あの「ベン・ハー」があまりにも印象が強い。
しかしあれ、222分もあって、なかなかもう一度見ようという気にはなりません。

そこでこの度目についたのが本作で、でもこれは日本未公開なんですね。

 

エルサレムの名家に生まれたベン・ハー(ジャック・ヒューストン)は、
義兄弟であるメッサラ(トビー・ケベル)の裏切りにより、
ガレー船送りとなり、死ぬまで奴隷として船をこぐ運命を背負わされます。
それから5年・・・。
乗っていた船が転覆し、ベン・ハーは辛くも脱出。
謎の族長イルデリム(モーガン・フリーマン)に命を救われます。

数年ぶりに故郷へ戻ったバン・ハーは戦車競争出場の機会を得て、
復讐心を心に秘め、メッサラと宿命の対決に挑みます。

 

本作は、イエス・キリストの物語のサイド・ストーリーでもあると言えます。
この壮大・壮絶な運命の物語を描くには、やはり222分必要なのかもしれません。

そうした長さの末の、あの競技場の戦車対決。
だからこそ、盛り上がったわけですねえ・・・。

 

いえ、本作もなかなかの迫力でした。
ガレー船での戦闘シーン、船同士の激突、てんやわんやのうちの沈没・・・。
そして怒濤の戦車対決。
前「ベン・ハー」を見た方ならおわかりと思いますが、4頭立ての一人乗りカートという感じでしょうか。
すごいスピード感でした。
あの車を曳くなら馬一頭で十分と思えますが、4頭となるとその疾走感と迫力はタダモノじゃないです。
そうではありながら・・・、何というか、まあ普通に面白いアクション映画の一つ、になってしまった。

 

あの半端じゃない重厚感の漂う「ベン・ハー」にはやはり対抗できないようです。

イエス・キリストを描くにも、何か本来の信仰心に欠ける気がする。
テーマとしては今それを中心に据えるのは難しいのかもしれません。

 

<WOWOW視聴にて>

「ベン・ハー(2016年)」

2016年/アメリカ/130分

監督:ティムール・ベクマンベトフ

原作:ルー・ウォレス

出演:シャック・ヒューストン、トビー・ケベル、ロドリゴ・サントロ、
   ナザニン・ボニアディ、アイェレット・ゾラー、モーガン・フリーマン

 

アクション度★★★★★

満足度★★.5

 

 


ニューヨーク、最高の訳あり物件

2020年07月17日 | 映画(な行)

元妻と元々妻が同居!?

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モデルからデザイナーへの転身を図るジェイド(イングリッド・ボルゾ・ベルダル)。
初のファッションショーを成功させるため、準備に励んでいます。
しかしそんな時、スポンサーでもある夫・ニック(ハルク・ビルギナー)が
若いモデルと恋仲になり、離婚を申し出るのです。

ニックは慰謝料代わりに、ジェイドにマンションを残しましたが、
何とそれは彼の元妻マリア(カーチャ・リーマン)との共同名義。
さっそくマリアが家に乗り込んできて、微妙な関係の二人が一緒に暮らすハメに・・・。

元妻と元々妻。
その丁々発止よりも、本作はこの2人の女性のこれまでの生き方の差異に注目すべきでしょう。

マリアは、高学歴ながらも結婚し子どもができたが故に、仕事は持たなかった。
専業主婦。
確かにこの年齢ならそういう女性がほとんどかもしれません。
彼女が40歳くらいの時に夫をジェイドに奪われ、離婚となったわけです。
しかし娘一人と孫も一人、孤独な人生というわけではありません。

一方ジェイドは、若くしてニックをマリアから奪い取り結婚。
モデルの仕事は続けてきたものの、40歳近くなりさすがにモデルはムリになってきて、起業したわけです。
子どもナシ。
しかし、自分が前妻マリアを追いやったのと同じくらいの年齢になって、
夫はまたもや、若い女性に走る・・・。

離婚はしてもジェイドは仕事があって毎日が忙しい。

マリアは仕事をしたいと思いながら何のキャリアもなく、今さらいい勤め先も見つかりません。
やむなく文学の講座を開いて、数人の聴講生が集まったりはしますが・・・。
孫の世話を押しつけられたりもして、これまでの人生をむなしく思ったりもする・・・。

結局、女としての生き方を問う作品なのでしょう。
この場合、ジェイドは仕事に励み、
マリアは家事を分担するというのが合理的解決なのだろうな・・・やはり。
そこのところが当たり前すぎて少し面白くない。

それにしても、気軽に若い女性を求めて離婚する男。
最低のクズ男。
二人はその点では意見が一致しますが、それでもジェイドはまだ諦め切れていない。

悪びれずこのマンションに現れるニック。
どうにも、二人はこの男に甘すぎるような気がしますが・・・
情というのはそういうものでしょうか・・・。

わかるような、わからないような、ピントの合いにくい作品。
結局どちらにも感情移入できないからでしょうか・・・

 

ニューヨークが舞台ながら、ドイツ作品だった!!

 

<WOWOW視聴にて>

「ニューヨーク 最高の訳あり物件」

2017年/ドイツ/110分

監督:マルガレーテ・フォン・トロッタ

出演:イングリッド・ボルゾ・ベルダル、カーチャ・リーマン、ハルク・ビルギナー、ティンカ・フュルスト

 

最低男度★★★★☆

満足度★★.5

 


トイレのピエタ

2020年07月16日 | 映画(た行)

昇華と昇天

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野田洋次郎さんつながりでさっそく見ました。

手塚治虫さんが死の直前まで綴った病床日記に着想を得た作品です。

 

美大を卒業したものの、画家への夢は破れ、
窓拭きのバイトで生活しているフリーター、園田(野田洋次郎)。
ある日突然倒れ、検査の結果ガンで余命3ヶ月と宣告されます。
その時、妹のフリをして一緒に医師の話を聞いたのが、
たまたま知り合った少女・真衣(杉咲花)。
戸惑う園田に、真衣は一緒に死のうと言うのですが・・・。

その時点で、園田はまだ余命宣言でさえ飲み込めていなかったので、
あっさり真衣の誘いを断ります。

しかし、次第に彼は思う。
夢もなく、今は絵を描くことすら止めている。
こんな状態で、一体今自分は「生きて」いるのだろうか。
生きていても死んでも同じではないのか・・・。



しかるに、真衣はなんとも口が悪くて、
「あんたはつらいかもしれないけど、私だってつらい」といって、
しきりに死にたいと口にするのです。
しかし、「簡単には死ねない」という彼女の奔放な行動こそは、
なんとも「生きる力」に満ちあふれている・・・。
園田にはそんな彼女が少しまぶしい。

この、なんとも茫洋とした感じの青年と、エキセントリックな少女の組み合わせが実によくて、
そして配役もバッチリ決まってステキです。

 

「ピエタ」というのはここではミケランジェロの「サン・ピエトロのピエタ」の彫刻をいっているのです。
磔刑による死の後、十字架から下ろされたイエス・キリストの亡骸を腕に抱く聖母マリア。
そのマリアの慈愛に満ちた表情。
園田はそのまなざしを真衣の中に見出し、なんとか絵にしたいと思うのです。

最後の力を振り絞り、トイレの壁に彼は絵を描く。
何でトイレなのかって、まあ、それは見ればわかります。
素晴らしいです。
その絵を描いている間、園田はまさに「生きている」と感じます。

「昇華と昇天」と彼はつぶやいてはいなかったか。
なるほど、生きることの価値は長さではないのだなあ・・・。

思い切った新人起用を埋めようと思ったためか、キャストは豪華実力派で埋められています。
でも確かに園田役は、イケメンのこなれた俳優ではダメだったような気がします。
佐藤健さんが、掃除人役でチョイ出には驚いた!!

 

<Amazonプライムビデオにて>

「トイレのピエタ」

2015年/日本/120分

監督・脚本:松永大司

原案:手塚治虫

出演:野田洋次郎、杉咲花、リリー・フランキー、市川紗椰、古舘寬治、大竹しのぶ、宮沢りえ、佐藤健

芸術度★★★★.5

満足度★★★★★


「黄金列車」佐藤亜紀

2020年07月15日 | 本(その他)

憎むべき任務の中で・・・

 

 

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ハンガリー王国大蔵省の役人のバログは、敵軍迫る首都から国有財産の退避を命じられ、
政府がユダヤ人から没収した財産を積んだ「黄金列車」の運行にかかわることになる。

バログは財宝を狙う有象無象を相手に、文官の論理と交渉術を持って渡り合っていくが、
一方で、ユダヤ人の財産である物品は彼を過去の思い出へといざなう。
かつて友誼を結んだユダヤ人の友人たち、妻との出会い、
輝くような青春の思い出と、徐々に迫ってくる戦争の影――。

ヨーロッパを疾駆する機関車のなか、現在と過去を行き来しながらバログはある決意を固める。

実在した「黄金列車」の詳細な資料を元に物語を飛翔させる、佐藤亜紀の新たな代表作!

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「スウィングしなけりゃ意味がない」で、見事に異国の混乱期を描き出した佐藤亜紀さん。
それはドイツが舞台でしたが、本作はハンガリー、
しかも主人公はお役人の中年おじさん・・・というなんとも地味な設定。
しかし題材は実際にあったという、ユダヤ人から没収した財産を積んだ「黄金列車」。
なんとも興味をそそられます。

作品は、財宝を積み込んだ列車がハンガリーからオーストリア方面へ向かうところから始まります。
主人公バログは荷物や人員配置、列車の運行状況などを管理する裏方。
もちろん、これらユダヤ人の財産没収などに関わっているはずもない。
しかし、彼及びこの任務に当たった他の官僚たちも、
この荷物がどういった忌まわしい方法で集められたかは理解しているのです。
でも今はひたすら、「荷物」を損なわず指示通りに運ぶことのみをやり遂げようと
自分を納得させています。


おりしもヨーロッパは、ドイツ軍が敗退をはじめ、ロシア軍と米軍がそれぞれに進出してきているところ。
ハンガリーはドイツと同盟を結んでいたはずが、いつの間にか政治もドイツに牛耳られ、
実質ドイツの統治下となっていました。
それ故に、やはり反ユダヤ主義を取らざるを得なくなっていたのです。

そんなハンガリーも今や指揮系統は乱れ、この任務中にも、
なんとかこのお宝を自らの手中にしようとする
上官やらならず者やら有象無象の連中が現れては、彼らを悩まします。
しかし文官である彼らは決してドンパチでそれを解決したりはしません。
規則を縦にとって、なんとかのらりくらりとやり過ごします。
賄賂を取ろうとするものからも、しっかり領収書を取っておく。
多少は必要経費と割り切ることも知恵のうち。

 

こんな殺伐とした日々の中で、バログはときおり回想するのです。
親友のヴァイスラーのこと。
そしてその妻と自分自身、自身の妻、4人の懐かしく穏やかな日々・・・。
そしてそれがどのように壊されていったのか・・・!

 

ヴァイスラーは祖母がユダヤ人というだけのことでした。
裕福でも気取らず、自由闊達で実に気のいい人物。
しかしそれでも、ユダヤ人とみなされた彼の人生は激変します。

でもそれは、ユダヤ人ではないバログにとっても同じ事。
かけがえのない人々を失われ、これまでの人生を失ったにも等しい・・・。
そんなバログの心中が次第にくっきりと浮かび上がってきます。

こんな時代を切り取った著者の手腕には脱帽。
この表紙のイラストがまた、実に雰囲気が出ていていい。

 

図書館蔵書にて

「黄金列車」佐藤亜紀 角川書店

満足度★★★★★

 


泣き虫しょったんの奇跡

2020年07月14日 | 映画(な行)

小学生の時、教師に褒められて・・・

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棋士、瀬川晶司六段の自伝的小説の映画化作品です。

小学生時代、特になんの取り柄もなかった晶司。
唯一好きなのは将棋。
そんな彼が小学5年の時の担任(松たか子)に将棋のことを褒められた事から、
プロの棋士になりたいと思うようになります。
親友の鈴木と切磋琢磨しながら腕を磨き、プロ棋士の登竜門奨励会に入会を果たします。
しかし、ここで26歳までに四段に昇格できなければ退会、
すなわちプロの道は閉ざされてしまうのです。
晶司(松田龍平)は年齢制限の最後まで粘りましたが、ついに三段から上になることができず、退会。
これまで将棋以外のことは何も考えていない。
これまでの人生は一体何だったのか・・・。
絶望感に囚われる晶司。

結局彼は大学へ入り就職をし、今度はアマチュア界で活躍をします。
アマチュア名人となり、プロ棋士と対戦する機会もあって、それにもよい成績を収めます。
そんな彼の才能を惜しみ、これまでの規定を見直し、
プロ棋士への道を開くという働きかけをしてくれる人が現れ・・・。

「小学校の担任教師の一言が、その人のその後の人生を決定づける」という話はよく聞きます。
今期のNHK朝ドラでも教師の「人より苦労しなくても楽にできることが、才能だ」
という一言に励まされて、主人公は作曲家の道を歩むことになる。
そう考えると、やはり教師というのは貴重な職業なのです。
どうぞ一人一人をよく見て、よいところをほめてあげてほしい・・・。

さてそれにしても、26歳で将来への道をたたれてしまうというのは、なんとも残酷です。
小学生の時からすべてが将棋を中心に回ってきていたのに、
それが全否定される気がすることでしょう・・・。
でも、やり直すにはまだ遅くないという年齢でもあるところが、
もしかすると温情なのかも、という気もします。
晶司さんも、その後大学の法学部に入って弁護士を目指し、でもなんだかちがう気がして、
結局システムエンジニアの仕事をするようになったそうで・・・。
(いずれにしても、やはり頭のよい方なんですね!!)

 

でもこんな体験をしたらもう二度と将棋をやる気にならなくてもおかしくはないと思うのですが、
やはり好きなのでしょう。
仕事の傍ら、アマチュアで頭角を現していく。
何が何でもこれだけ・・・というプレッシャーがなくなったのも、よかったのかもしれません。

 

規則なんて、現実に合わせて柔軟に変えてけばいい。
そうしたところも、ナイス。
特に、将棋界という伝統にうるさそうなところで、よくぞ道が開けたものです。

若干何を考えているのかよくわからないという風の松田龍平さんが、
この役にぴったりハマっています。
親友でライバルの鈴木役が今NHK朝ドラ出演でも話題の野田洋次郎さん。
恥ずかしながら、RADWINPSの人というのも私、この朝ドラまで知らなかったもので、
こんなところで拝見してビックリ。
彼の主演作「トイレのピエタ」もまだ見ていないので、近いうちに見ることにします。

 

<WOWOW視聴にて>

「泣き虫しょったんの奇跡」

2018年/日本/127分

監督:豊田利晃

出演:松田龍平、野田洋次郎、永山絢斗、染谷将太、石橋静河、松たか子、イッセー尾形、小林薫、國村隼

奇跡度★★★★☆

満足度★★★★☆