小難(こむず)しいお話になるので恐縮するが、忘れる場合も自分の意思で態(わざ)と忘れる場合と意思に関係なく、本当に忘れる場合とに分かたれる。法律的に言えば、前者は意思がある作為で、後者は意思がない不作為ということになるだろう。結婚記念日の日にプレゼントを買い忘れた方もお有りだろうが、こういう場合に、『うっかり、買い忘れてさっ!』などと言い訳をされる場合、知っていたのにポケットマネーが…という言い訳は意思を持つ作為がある忘れる場合で、その日が結婚記念日だったことを本当に忘れていたなら、不作為で意思を持たない場合と区別できるだろう。まあ、倦怠(けんたい)期のご夫婦は意思を持って忘れる方が多いに違いない。^^
とある市場街にある一軒の店先である。朝からたいそう人通りが多く、結構、繁盛している。
「おっ! いい匂いだっ! この籠、安いけど新しいのかい?」
「ははは…お客さん! 馬鹿、言っちゃいけねえ。こちとら江戸っ子だいっ! 新しいかって? うちの品はぜぇ~~んぶ、新しいやねっ!」
「あっ! こりゃ、つまらないこと、訊(き)いちまった。悪く思わないでおくれよっ! これ、ひと籠もらおう!」
「まいどっ! 素直に謝ってもらっちゃ、値引きしねぇ~訳にはいかねぇ~な。ようがすっ! 半額でっ!」
「ええっ! そりゃ、いくらなんでも悪いよっ」
「いいってことよっ! こちとら、江戸っ子でぇ!」
客は半額で松茸を買い求めることが出来た。
さてこの場合、この店のご主人は半額で売る意思があったのか? という点が焦点(しょうてん)になる。事実は意思がなかった・・というのが正解で、気風(きっぷ)のよさが災(わざわ)いして、儲(もう)けを忘れることになったのだ。^^ 客は、この店の主人の性格を以前から通りすがりで知っていたから、安く買う意思があった・・ということになるだろう。意思は怖(こわ)いのである。^^
完