持ち物を忘れることは誰しもよくある。列車に忘れられた蝙蝠傘(こうもりがさ)がその典型的な一例だが、中にはどうしたら忘れるのか? と首を傾(かし)げたくなるものまである。入れ歯、お骨箱などがそれである。^^ お骨箱だと、おそらくは故郷(ふるさと)の墓地へ納骨するために列車やバスに乗車されたときの忘れ物だろうが、忘れるということ自体、希有(けう)で考えられない事態と思える。あんた、何するために乗車されたの? と、思わずお訊(き)きしたくなる。^^ それ以上に入れ歯は、お食事どきに口元がご不自由だろうと、ついつい心配になってしまうのだが…。^^
とある地方鉄道の車内である。一人の老人がモゾモゾと自分の持ち物を探している。
「どうされました? お探し物ですか?」
座席に対峙(たいじ)して座る乗客が、見かねて声をかけた。
「ははは…そうですばい。な~に、そう大した物じゃありません…」
「失礼ですが、何をっ?」
「息子夫婦に食わせてやろうと、田(いなか)から持ってきた漬物(つけもの)ですばい!」
老人は自慢げに言った。
「お漬物ですか? …そういや、少し臭(にお)いますね?」
「匂(にお)いますかのう?」
「ということは、この近くにある! ということになりますが…」
「妙じゃのう? 私の服に染(し)みついとる匂いじゃ、ありゃ~せんですか?」
「いやいや、そんなことは…。ご乗車前に、どこかへ置き忘れられたとか?」
「ははっ! そげんこつぁ、絶対にありましぇんっ!」
「ははは…断言(だんげん)されましたねっ!」
「はいっ! 団子(だんご)でもなんでもしますばいっ!」
「団子じゃない、断言です!」
「はい、そげなことですばいっ!」
そこへ鉄道乗務員がやってきた。
「乗車券を拝見いたします…」
老人は首からかけていた紐(ひも)つきの小袋から切符を取り出した。
「切符はお忘れにならないんだ…」
「へぇ! これがねえ~と着きゃ~しませんでのう!」
対峙して座る乗客は、切符がなくても着くがなぁ~…と瞬間、思ったが、言わずに留(とど)め切符を乗務員に見せた。
『まもなく、馬糞塚(ばふんづか)、馬糞塚でございます。牛毛(うしげ)線は乗換えとなります…』
そのとき、流暢(りゅうちょう)な車内アナウンスが流れた。
「おおっ! これは偉(えれ)ぇこつばいっ! 降りねばなんねぇ~!」
「お探しのお漬物はっ!?」
「諦(あきら)めるしか、なかでっしょ!」
列車は馬糞塚駅へスゥ~っと滑(なめ)らかに停車し、老人は慌(あわ)てて駅ホームへ降車した。対峙して座る乗客は、まだ臭う漬物の臭いを不審に思いながら車窓に映る老人を見つめた。そして徐(おもむろ)に車窓上の荷物棚を見た。そこには、紛(まぎ)れもなく老人の持ち物と思(おぼ)しき漬物の袋があった。それに気づいた乗客は、慌てて車窓を開け、その漬物袋をホームへ放り投げた。
「お、おじいさ~~ん!! ありましたよぉ~~っ!!」
列車は緩(ゆる)やかに動き出そうとしていた。
「おおっ! これはこれはぁ~~!!」
老人の持ち物は忘れ物にならず無事、老人の手元に戻(もど)った。めでたし、めでたし…。^^
自分の持ち物は置き忘れることのないよう、よく確認しておきたいものだ。^^
完