慌(あわ)ただしい日々を過ごしていると、人はどうしても長閑(のどか)さを求めたくなる。雑踏を忘れて落ちつきたいっ! と脳内が深層心理で命じている訳だ。地方ならまだしも、都会の人々は特にそう思うに違いない。まあ、都会の人々といってもそれは人それぞれで、全員が必ず長閑さを求めたい訳ではないのだろうが…。私なんか、別に暇(ひま)という訳ではないが、時間を忘れるほど、ずぅ~~っと長閑さに取り囲まれている。^^
連休さ中のとある駅である。多くの観光客が別に出かけなくてもいいのにザワザワと出かけている。これでは人混みを見るだけで、とても長閑さは望めそうにない。だが、長閑さを求めることとは関係なく、どこかに連休≒観光という不等式が成立しているかのようだ。^^
一人の男が駅構内で倒れて呻(うめ)いている。
「どうされましたっ!」
近くにいた駅員が駆け寄って訊(たず)ねた。
「ぅぅぅ…もう、動けませんっ!」
「大丈夫ですかっ!」
「いや、ちっとも大丈夫じゃないんです。腹が減って減って! もう死にそうなんですっ!」
駅員は、なんだっ、病人じゃないのかっ! 腹は誰でも減るわっ! 私だって減ってるんだっ! …とは思ったが、そうとも言えず、手を貸してその男を立たせた。
「なにか食べればいいじゃないですかっ!」
「こういう長閑さのないところでは私、ダメなんですっ! 食べられんのですっ!」
「空腹なんでしょ? 怪(おか)しいじゃないですかっ!」
「いや、ほんとにダメなんですっ! …これで、食べる物を買って、私を人のいないところへ連れてってもらえませんか?」
男は駅員に紙幣を渡そうとした。駅員は、偉いのに捕(つか)まったな! と思ったが、そうとは言えず、「ははは…職務中ですからっ!」と、軽く遠ざかろうとした。
「そ、そこをなんとかっ!」
男は駅員を追おうとしたが、不意に立ち止まった。空腹感を忘れる尿意を突然、感じたのだ。こうなれば、長閑さもへったくれもない。男はトイレへと一目散に駆け出した。 長閑さはゆとりのある感情で、それを忘れるほど生理的欲求は強い訳だ。^^
完