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「クラゲのように漂って生きているだけの国家」を神は許していない

2018年03月22日 | 政治・経済

日本が変わらなければいけない原点の問題は、吉田茂が戦後に敷いた「吉田ドクトリン」という考え方にあるということです。吉田茂の考えのもとになったものに、戦後政治がずっと引っ張られている状況にあります。

 

確かに、私たちは、教科書等でそれを正しいこととして教わってきましたし、初期のころは、ある程度当たっていた面もあったのかもしれません。

 

しかし、ズレがだんだんに大きくなってきて、今や、「日本の国の政治の在り方」や「哲学」、「基本的な理念」というものが、国際社会のなかにおいては、はるかに後れたものになっているのではないでしょうか。ここが問題なわけです。

 

そして、マスコミ等や野党の一部が、「吉田ドクトリン」的な基本理念を未来社会のあり方であるかのように捉えて、「それを広げればいいのだ」という感じの“お題目”に変わっています。

 

実はここに、「危機の本質」があるのではないかと考えています。

 

ただ、「吉田ドクトリン」と言っても、簡単には分からないかもしれません。

吉田茂は終戦後の総理大臣であり、いわゆる、現在の日本国憲法を公布・施行した人です。憲法九条を定着させ、国防はアメリカ頼みで、経済発展だけを目指す方向にシフトしました。

 

その後、警察予備隊や保安隊、自衛隊が組織されましたが、基本的に、「戦力不保持」ということを主張していた首相なのです。

 

ですから、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のマッカーサー等が再軍備を要求してきたときにも、それをはねつけています。

 

つまり、「GHQの言うことをはねつけてやることが日本の独立だ。アメリカは日本の番犬様だから、アメリカに守らせておけばいい。日本は経済に邁進して金儲けをしていればいいのだ」と言うような考え方である「吉田ドクトリン」をつくったのは、この吉田茂なのです。

 

また、彼は「吉田学校」といわれる政治グループを形成しました。そこから、池田勇人や佐藤栄作などの首相等がたくさん出てきており、現在まで、その流れのなかにあるわけです。

 

この流れのなかに、「自衛隊というのは、せいぜいセコムかALSOK(綜合警備保障)であり、本来は要らないのだ」という考え方が入っているのです。

 

そのため、日本にとっては、憲法九条が戦後の宗教に代わる“基本教義”となり、吉田茂そのものが“憲法九条の守護神”になっているという状況が起きています。

 

要するに、70年間、この「吉田ドクトリン」を粉砕できた人がいないわけです。戦後は、これがよいということでずっと続いてきて、すべてがこれに基づいて行われてきました。

 

「現在の自衛隊が中国と戦った場合、ミサイル等の弾薬は3日で尽きる」とも言われています。「弾薬が3日で尽きたら困るではないか」と思いますが、その間にアメリカが助けに来るだろうという考えなのでしょう。

 

ですから、戦後は、「ミサイル等は3日ほどで切れるが、その他の戦いは半月ぐらい、2週間ぐらいはもつのではないか。だいたい、その間にアメリカが何とかしてくれるだろう。太平洋を渡って助けに来てくれるのではないか」という価値観でもって出来上がっているわけです。

 

これが、吉田茂が首相のころに出来上がった考え方だと思います。

私も学校の教科書で教わりましたが、「その結果、日本は、軍事に金をかけずに経済に邁進したことで高度成長をすることができ、経済大国として世界第2位まで上がることができた」と、褒めたたえるような論調で、ずっと来ています。

 

また、今GDP(国民総生産)が国の経済活動の指標となっており、「日本の国民総生産の1パーセント以内に自衛隊の予算を抑える」ということが、ずっと議論されてきました。

 

「自衛隊」というのは、消防隊と同じような感じがして、どうも、「軍隊ではない」という響きがあるのです。

 

戦後、マッカーサーから押しつけられた憲法を護り続け、その5年後に「再軍備」を勧められたにもかかわらず、それをはねつけました。「はねつけることが独立だ」と思っていたようなところはあったのだと思います。

 

しかしながら、そのときに、「それが、一つの国としての自主権であり、独立国家としてのかたちをつくるためのチャンスである」ということを彼が見抜けなかったという不明のところが、その後、何十年も祟ることになるとは、おそらく、本人も思っていなかったのではないでしょうか。

 

その考えが戦後もずっと続いてきたことで、経済力のわりには、国際的なリーダーとして何らかの指導力も発揮しない状態が続いてきているわけです。

 

生前の吉田茂元首相は、「最後は、非武装中立でもよい」というような考え方まで持っていたとも言われています。その「戦力不保持、交戦権の放棄」、そして、「もう二度と戦争をしない国をつくる」といったことはよいことのように言われていますし、今でも、ノーベル平和賞の対象にもなりやすい考え方ではあるのですが、その考えでもって政治を行ってきた人が、死後、自分自身が地獄に墜ちているのです。

 

ということは、論理的に見れば、「立憲民主党、共産党、社民党等に投票なされるような方は、みな、地獄に行かれる方」という結論につながってくるわけです。ところが、そういう考え方を主張してきた政治家らは、その理由が分からないために、いまだに迷っているし、また、それを応援するようなマスコミの人たちも、おそらく、同じような精神性を持っているのではないでしょうか。

 

そして、ここで明らかになってきたことは、「神は、『クラゲのように漂って生きているだけの国家を許してはいない』と、はっきりと言っている」ということです。

 

やはり、国があるのにはあるだけの理由があり、その国それぞれの責任と、向かうべき方途というものが、しっかりとあるわけです。日本という国が、国民が世界人口70億人余りのなかの1億人程度しかいないとしても、あるいは、面積は世界の0.3パーセントほどしかないとしても、明治以降、アジアの国のなかでこれだけ大きな力を持ち続けてきたというのは、そこに一定の使命があったのだと思われます。

 

だからこそ、私たちは、今、「『先の戦争で敗れたから、その前に行われていたことはすべて、100パーセント間違いであり、その正反対が正しい』という考え方のなかに、間違いがあったのだ」ということを知るべきなのです。

 

もちろん、調整やバランスの問題はあるでしょうが、戦前がすべて間違っていたわけではありません。吉田茂の考え方のなかに、「日和見的な生き方」と、「責任を取らない考え方」があり、さらに、「神様のいる国としての国家運営という『神国日本』的な考え方が、スポッと抜け落ちていた」ということです。

 

これが、戦後の「無神論国家」、「神様のいない国家」が、経済的にのみ繁栄した理由でもあります。この罪には、やはり、“マルクスに次ぐぐらいの悪さ”があるのではないでしょうか。

 

マルクスを“教祖”とするような共産主義は、一時期は地球の半分ぐらいに広がったことはあるものの、今では、だんだんと“骨抜き”になりつつあるところですが、そのマルクス自身も、あの世ではまだ成仏できずにいます。

 

これらは同じことであって、要するに、政治・経済関係に関しては、いわゆる犯罪人が犯罪を犯したことによる善悪のようなものではなく、その指導者は、「その思想によって、多くの人々が正しく生きられたか、間違って生きたか」ということへの責任が問われるのだということを意味しているのです。

 

---owari---

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