「つまり、土地の代わりになるものを考え出そうということだ」
「土地の代わりになるもの?」
「そうだ」
「銭でございますか?」
「ちがう」
「ほかに土地の代わりになるものがございましょうか?」
「ある」
そういって信長は笑った。五人は顔を見合わせた。依然として信長のいっていることがわからない。
信長はいった。
「なぜ、このことをおまえたち五人に頼むのか考えろ」
「なぜでございましょう?」
「おまえたちは、他の者のように土地を欲しがらない」
「はい」
「代わりに大切にしているのは何だ?」
「心、風流の道でございます」
「それだ」
「は?」
「わしが新しい考え方にしたいというのは、その風流の心だ」
「...」
「まだわからぬか?わしが土地の代わりにしたいのは、茶の道だ」
「茶の道?」
長益(ながます)が驚いて口を開いた。
長益は、信長の弟だ。父信秀の入男とも、十一男ともいう。しかし、武人の家に生まれながら、あまり合戦が得意ではない。京都の本能寺で信長が襲われたとき、長益は信長の兄の信忠といっしょに、二条城にこもった。が、自分からそうしたのか、あるいは幸運だったのかわからないが、信忠たちが全員殺されてしまったのに、長益だけは脱出した。不思議な男だ。
彼は、のちに有楽斎(うらくさい)と名乗る。そして江戸に屋敷を構えた。数寄屋づくりの茶室をつくったので、この有楽斎という彼の号と、数寄屋づくりの茶室とが、そのまま現在の東京の地名になっている。
有楽町という町の名と、数寄屋橋という橋の名は、ふたつともこの有楽斎にちなむものである。
信長は頷(うなず)いた。
「わしが茶の道を大事にしたいというのは、そうなれば茶の道だけで済まなくなるからだ。必ず、関わりのある産業をにぎやかにするはずだ。茶の道を盛んにするのは、やがて限界がくる日本の土地の問題を解決するだけではない。わしは茶に関わりを持つ品物や、あるいは行事などに新しい価値を与えて、まず、わしの部下たちが、土地よりも茶に関わりを持つ物を、大切にするような気風を生みたいと思っている。
しかし、それが何のためか、ということをきちんとしないと、部下も信用しない。だから、茶の道をひとつの価値あるものとして、いわば新しい文化として位置づける必要があるのだ」
(『歴史小説浪漫』作家・童門冬二より抜粋)
---owari---
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