磯のすーさん あれこれ

江戸から16里ほど離れた海辺の田舎に棲む地味で怠惰なオイチャンのあれこれ。 中身は勝手気まま=自然体で~す。

葵祭 指定席

2006-05-16 16:52:48 | 友人・縁者からの投稿欄
AT先輩から補足画像を頂戴しました。
指定の椅子席は別に用意されていたのですが、当日券は何と2000円
との事で(前売券の値段は不明)まだまだ若い(?)と自負する小生は
敢えて自由席を選んだ次第、とのことです。そうです、そのとおりです。
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葵祭 騎馬のお巡りさん

2006-05-16 16:52:20 | 友人・縁者からの投稿欄
葵祭は京都三大祭のひとつで、わが国の祭のうち最も優雅で古趣に
富んだ祭として知られています。平安朝の優雅な古典行列は平安貴族
そのままの姿で列をつくり、京都御所を出発、総勢500名以上の風雅
な行列が下鴨神社を経て、上賀茂神社へ向かいます。
行列の先頭は、男女各1名の騎馬警察隊?の様です。
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葵祭 (2)

2006-05-16 16:51:57 | 友人・縁者からの投稿欄
賀茂祭が葵祭と呼ばれるようになったのは、江戸時代の1694年(元禄7)
に祭が再興されてのち、当日の内裏宸殿の御簾をはじめ、牛車(御所車)、
勅使、供奉者の衣冠、牛馬にいたるまで、すべて葵の葉で飾るように
なって、この名があるとされる。

 祭の起源と沿革は、今から約1400年前の欽明天皇の567年、国内は
風雨がはげしく、五穀が実らなかったので、当時賀茂の大神の崇敬者で
あった、伊吉の若日子に占わせたところ、賀茂の神々の祟りであると
いうので、若日子は勅命をおおせつかって、4月の吉日に祭礼を行い、
馬には鈴をかけ、人は猪頭(ししがしら)をかぶって駆競(かけくらべ)
をしたところ、風雨はおさまり、五穀は豊かに実って国民も安泰になった
という。

 また、819年(弘仁10)には、朝廷の律令制度として、最も重要な恒例
祭祀(中紀)に準じて行うという、国家的行事になった。

 なお、応仁の乱(1467-77)ののち、1693年(元禄6)まで約200年の間、
1871年(明治4)から1883年(明治16)まで、1943年(昭和18)から1952年
(昭和27)まで、中断や行列の中止があった。しかし王朝の伝統は忠実に
守られてきた。

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葵祭 (3)

2006-05-16 16:51:30 | 友人・縁者からの投稿欄
賀茂御祖神社(下鴨神社)と賀茂別雷神社の例祭で、5月15日に行われる。
古くは賀茂祭、または北の祭りとも称し、平安中期の貴族の間では、
単に「祭り」と言えば葵祭のことをさすほど有名であった。
 この祭の特徴は、平安時代以来、国家的な行事として行われてきたので、
わが国の祭のなかでも、数少ない王朝風俗の伝統が残されているという
ことである。

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葵祭 (4)

2006-05-16 16:51:07 | 友人・縁者からの投稿欄
AT先輩の見学記では、行列の先頭は男女各1名の騎馬警察隊(?)の
隊員、最後は救急車でした。行列は、10:40過ぎから約1時間、
列の中には、ところどころに古式ゆかしい装束をしながら、何故か手箒
と塵取、更にビニール袋を入れた籠を持った人が混じっておりました。
無論、馬さんや牛さんの自然現象の処理係だろうと思います、とのこと
です。時代に添って少しづつ改良していったいるのでしょうか?
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葵祭 (5)

2006-05-16 16:50:38 | 友人・縁者からの投稿欄
祭儀は、宮中の儀、路頭の儀、社頭の儀の三つからなるが、現在宮中の
儀は省かれ、路頭の儀と社頭の儀だけがおこなわれている。

 
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葵祭 偉そうな方

2006-05-16 16:47:05 | 友人・縁者からの投稿欄
かなり官位のある方の様です。県庁の部長さんクラスかも・・・。
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葵祭 (6)

2006-05-16 16:46:24 | 友人・縁者からの投稿欄
この祭の見どころは路頭の儀(行列)で、勅使をはじめ検非違使、
内蔵使、山城使、牛車、風流傘、斎王代など、平安貴族そのままの
姿で列をつくり、京都御所を出発する。総勢500余名、馬36頭、牛4頭、
牛車2台、輿1台の風雅な王朝行列が、遠く東山や北山の峰々を眺望
しながら下鴨神社へ、さらに上賀茂神社へ向かう。
その道のりは約8キロにもおよぶ。

 
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葵祭 (7)

2006-05-16 16:45:40 | 友人・縁者からの投稿欄
社頭の儀は、行列が上、下両社に到着した際、それぞれの社頭で
行われる儀式で、勅使が御祭文を奏上し御幣物を奉納する。
さらに平安調を偲ばせるみやびな雰囲気のなかで、神馬の引き回し、
舞人による「あずまあそび」の舞が奉納される。
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葵祭 火炎太鼓

2006-05-16 16:45:20 | 友人・縁者からの投稿欄
これは火炎太鼓のようですが、宝物類がドンドン巡行して行きます。
たまには日光に当てることも大事なことだと思います。
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葵祭 (8)

2006-05-16 16:45:05 | 友人・縁者からの投稿欄
五穀豊穣を願う上賀茂神社と下鴨神社の祭で、京都三大祭のひとつ。
正式には賀茂祭といい、社殿や牛車、参列者の冠などが葵の葉で飾ら
れることから「葵祭」と呼ばれるようになりました。

人相など細かいことは抜きです。
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葵祭 報道席

2006-05-16 16:44:12 | 友人・縁者からの投稿欄
葵祭を報道する席の様です。報道の方々の席取り合戦は結構熾烈
なのでしょうが、やはり地元の新聞社さんが有利だと思います。
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葵祭 (9)

2006-05-16 16:43:49 | 友人・縁者からの投稿欄
勅使や斎王代らの行列は、正式には「路頭の儀」といい、京都御所を
出発し、初夏の都大路をゆっくりと練り歩いて、下鴨神社から上賀茂
神社へ向かいます。両社ともに、行列が到着した後、境内で「社頭の儀」
が行われ、平安朝以来の古儀によって奉幣(ほうべい)・東遊・牽馬
(ひきうま)などが営まれます。下鴨神社では駈馬や茂山社中による
狂言の奉納もあります。
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葵祭 (10)

2006-05-16 16:43:32 | 友人・縁者からの投稿欄
花傘は重心が上にあるので持って歩くだけで大変そうでした。
なにやら談笑しているのが 少し不謹慎みたいな感じも・・・。
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葵祭 (11)

2006-05-16 16:43:14 | 友人・縁者からの投稿欄
マイペースで歩けないことが 辛そうに見えました。
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