戸谷 友則(天文学専攻 教授)
発表のポイント
- 高速電波バーストと呼ばれる謎の天体をすばる望遠鏡で追観測し、母銀河を発見して距離が50億光年という宇宙論的遠方であることを明らかにした。
- 今まで謎に満ちていた新種の天体現象について、史上初めて母銀河を発見し、距離を明らかにした。
- 高速電波バーストの正体の解明と、宇宙論研究への応用を目指して今後、研究が大きく発展することが期待される。
発表概要
電波望遠鏡(注1)夜空を観測していると、継続時間がわずかに数ミリ秒という極めて短い、「高速電波バースト(Fast Radio Burst=FRB)」という謎のフラッシュ現象が起きます。数年前に発見されたばかりで、観測された電波の特徴から、パルサー(注2)などの銀河系内の既知天体ではなく、銀河系外、しかも50~100億光年という宇宙論的な遠距離(注3)からやってきていることが示唆されていました。しかし、直接的な距離測定はこれまで全く例が無く、実は天体現象などではなく地球大気における発光現象ではないかという主張すらありました。
今回、東京大学や国立天文台などを含む国際研究チームは、オーストラリアのパークス電波天文台が発見したFRBに対してすばる望遠鏡で追観測を行い、初めてFRBが発生した遠方の銀河を突き止め、その距離が50億光年という遠距離であることを証明しました。これにより、FRBは本当に宇宙論的遠距離にある巨大な爆発現象であることが明らかになり、また、宇宙における通常物質(バリオン)の大半が未検出だったという、宇宙論上の「ミッシングバリオン問題」が解決しました。今後、FRBの正体を明らかにし、また宇宙論研究に応用するため、さらなる研究の活発化が期待されます。
発表内容
数年前に発見された「高速電波バースト(Fast Radio Burst=FRB)」という謎の天体が、世界の天文学界を騒がせています。電波望遠鏡で夜空を観測していると、継続時間がわずかに数ミリ秒(1ミリ秒=1/1000秒)という極めて短い謎のフラッシュ現象が起きます。
その頻度は、全天で1日あたり数千回も起きていると言われています。その正体は全く不明で、その距離すら、地球大気で発生しているのか、宇宙論的な遠距離なのか、皆目わからない状況でした。一般に天文学で難しいのは天体までの距離を決めることです。距離がわからないと、天体が放つエネルギーの大きさも全くわからないため、まずは距離を決めることがその天体を理解する第一歩です。さまざまな波長における高性能望遠鏡のおかげで天文学が大きく発展している今日、このように距離すら全くわからないという「謎の天体現象」は他にありません。
これまで、FRBの直接的な距離測定はなされておりませんでしたが、実はFRBの電波の特徴から距離が推定されていました。FRBからの電波は、波長の長いものほど遅れてシグナルが到着します(図1)。
図2. 左上パネル:パークス電波天文台が観測した全領域。(参考に、満月の大きさも示してある。)白丸の中でFRBが発生すると検出できるが、白丸の中のどこかはわからない。今回のFRBは、水色の丸の中で発生した。
右側の3パネル:左上パネルの拡大図。右側の2,3列目のパネルには、すばる望遠鏡で取得したデータによるFRB母銀河の画像が示されている。周辺の多くの星や銀河に比べて、色が赤いことがわかる(楕円銀河は、最も赤い部類の銀河)。
下パネル:すばる望遠鏡でFRB母銀河を分光してスペクトル(波長ごとの光にわけた強度分布)にしたもの。黒が観測データ、青い線が楕円銀河の標準的なスペクトルで、いくつかの元素の吸収線や全体的な形が良く一致している。これにより、赤方偏移がz=0.492と決定された。
これから距離が約50億光年と求められ、DMによる予想と良く一致していました。本研究により、FRBが宇宙論的な遠距離で起きている天体現象であることが初めて判明したのです。
さらに、本研究結果は宇宙論的な問題にも重要な示唆を与えます。まだ正体不明のダークマターやダークエネルギーを除き、宇宙に存在する既知の元素からなる通常物質を総称してバリオン(注5)と呼びます。
宇宙における全バリオン物質の平均密度は、宇宙論の最新データに基づく宇宙モデルから理論的に 4.2×10-31g cm-3と見積もられています。しかし、銀河にとりこまれ、星や星間ガスになっているバリオンはこの10%程度しかありません。残りの90%は銀河間空間にガスとして存在していると考えられていますが、その半分以上は未だに観測的には検出されておらず、「ミッシングバリオン問題」と呼ばれていました。
FRBのDMはまさにこの銀河間空間のバリオン中の電子によるものですから、今回のFRBで測定されたDMと、赤方偏移から決まった距離を使うと、銀河間空間の電子密度が割り出せます。それが、上記の宇宙論から予想されるバリオン密度によく一致していました。つまり本研究により、銀河間空間に宇宙論が予想する通りの密度でバリオンが存在していることが実証され、ミッシングバリオン問題が解決したと言えます。
さて、このFRBの正体は一体何なのでしょう?本研究結果は、これについても一つ重要な示唆を与えています。今回我々が見つけたFRBの母銀河は、楕円銀河だったのです。
楕円銀河は一般に古い星の集まりで、最近の星形成をほとんど行っていないと考えられています。重力崩壊型超新星や、それに伴う中性子星やブラックホールの誕生は、寿命の短い大質量星の最期に関連しており、ほとんどの場合、活発に星形成がおきていて若い星が多い渦巻き銀河に見つかります。
FRBについては、超新星に関連した現象や、マグネターと呼ばれる若くて強磁場を持った中性子星などの仮説が提唱されていますが、そうした仮説はFRBもやはり渦巻き銀河で発生することを予想しますので、今回の観測結果とは合致しません。
一方で、中性子星に関連した現象でありながら、楕円銀河で起きてもよい仮説があります。中性子星同士が連星を構成していて、長い時間をかけて重力波を放出しながら接近し、最後に合体するときにFRBになれば、楕円銀河で起きても不思議はありません。(なお、FRBの中性子星連星合体説は、今回の研究で日本チームを率いた、東京大学の戸谷友則教授が提唱したものです。)今月11日に発表された、ブラックホール連星の合体からの重力波検出という大ニュースが記憶に新しいですが、この連星中性子星合体も有力な重力波源とされています。近い将来、FRBからの重力波が検出される日が訪れるかもしれません。同様なもう一つの仮説として、白色矮星同士の連星合体という説もカリフォルニア大学バークレイ校の樫山和己研究員らによって提唱されています。
ただし、母銀河が発見されたのはまだ今回の一例しかなく、FRBの正体が何なのかを明確に決定するには今後さまざまな観測が必要です。FRBが本当に宇宙論的遠方で起きている爆発現象であることを明らかにした本研究成果を契機として、今後はこの謎に満ちた新種の天体現象の研究が世界的にますます活発化することでしょう。宇宙論的な諸問題に迫るための新しい道具としての役割も期待されています。
用語解説
注1 電波望遠鏡
可視光や赤外線よりさらに波長が長い電磁波を電波と呼び、電波望遠鏡で宇宙の天体現象の観測が行われている。今回の話題であるFRBは、典型的に振動数がギガヘルツ程度の電波で発見される。↑
注2 パルサー
超新星爆発の後に残る中性子星が、1012ガウスほどの磁場を持ち、数十msec から数秒の周期で回転している星。周期的な電波放射を行い、パルサーとして観測される。↑
注3 宇宙論的距離
光の速さで到達するのに宇宙の年齢(約137億年)に匹敵する時間がかかる距離を宇宙論的距離と呼ぶ。数十億光年より大きな距離を指す。↑
注4 赤方偏移
宇宙が膨張しているために、銀河系外の天体は遠方のものほど速く遠ざかり、ドップラー効果により波長が延びて見える現象。赤方偏移zは波長が (1+z) 倍に延びているという形で定義される。今回のFRBの母銀河は、波長が1.49倍に延びていることになる。これから距離を計算すると50億光年となる。膨張している宇宙では距離の定義はいくつかあるが、ここではこれまでの報道の慣例に従い、光が実際に通ってきた光路の長さとしている。今回のFRBが発生したのが、今から50億年前ということになる。↑
注5 ダークエネルギー、ダークマター(暗黒物質)、バリオン
最新宇宙論観測によれば、宇宙の全エネルギー(質量)密度のうち、最も大きな割合を占めるのは宇宙膨張を加速させるダークエネルギー (68%) であり、その次に大きいのがダークマター (27%) である。バリオンはその次に大きく、5%を占める。↑
―東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室―