① ""星の生産工場はとても希少””
[概要] 銀河の中には、低密度のガス雲と高密度のガス雲が存在します。星の生産現場となる高密度ガス雲は低密度のガス雲から形成されますが、 天の川銀河では高密度ガス雲が低密度ガス雲の量に対してごくわずかしか存在しないことが、 野辺山宇宙電波観測所45メートル電波望遠鏡による観測データから明らかになりました。
★ これまで銀河の中に存在するガスの量に対して、 生産される星の量が予想外に少ないことが指摘されていましたが、今回の結果はその謎を解く鍵として注目できます。
星はガス雲の中で作られます。大きく広がる低密度のガス雲から、星の生産現場である高密度のガス雲が形成され、 さらに高密度ガス雲の中でも特に密度が高い場所で星が作られます。
ところが、実際に遠い銀河で観測される星の生産量は、 低密度ガス雲の量をもとに推測される量に対して、わずか1000分の1以下にすぎません。この不一致が起こる理由を解明するためには、 広い領域を高い解像度で観測し、高密度ガス雲と低密度ガス雲を同時に解析することが必要になります。しかし、両者の大きさの規模は桁違いのため、 このような観測は困難でした。
この困難を克服したのが、国立天文台 野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡と、 それに搭載された新型受信機「FOREST」を用いた天の川の大規模分子雲サーベイプロジェクト「FUGIN」です。 国立天文台の鳥居和史特任助教をはじめとした、名古屋大学、大阪府立大学、筑波大学、明星大学の研究者から成る研究チームは、 FUGINプロジェクトで得られた膨大な観測データを解析し、我々が住む天の川銀河のおよそ2万光年にわたる広い範囲を対象に、 低密度ガス雲と高密度ガス雲の量を精密に測定することに成功しました。
その結果、低密度ガス雲に比べ高密度ガス雲は、 質量で3パーセントというたいへん少ない割合でしか存在しないことを初めて明らかにしたのです。
このことは、低密度ガス雲からは高密度ガス雲がわずかしか作られず、そのため高密度ガス雲で作られる星の量も少ない、 ということを意味します。研究チームは、高密度ガス雲の形成を阻害する要因を探るため、今後もさらに広い領域でのデータ解析を続けていきます。 この研究成果は、2019年4月に『日本天文学会欧文研究報告(Publications of the Astronomical Society of Japan)』電子版として公開され、 今後同誌の野辺山特集号として出版される予定です。
図:FUGINプロジェクトで得られたガス雲の分布。低密度ガス雲(左)に比べて、高密度ガス雲(右)はごく一部でのみ検出されていることが分かる。 Credit: NAOJ
1. 研究の背景: ひとつの銀河には数百億とも数千億とも言われる数の星がありますが、この星々は、銀河をただよう『分子雲』と呼ばれる冷たいガスから生まれます。
分子雲には薄い部分(『低密度ガス』)と濃い部分(『高密度ガス』)があり、後者の高密度ガスの中で星が作られることが分かっています。 全体の大きな流れとしては、まず低密度ガスがあり、その中で高密度ガスが作られ、さらにその中で星が作られます(図1)。
高密度ガスが星の工場であり、 低密度ガスはその工場を作る建築資材と大工を兼ね備えたような役割を果たすと考えられます。 過去、様々な銀河を対象に、分子雲の観測が盛んに行われました。するとどうも、銀河に分布するガスの総量(低密度ガス+高密度ガス)に比べ、 そこで作られている星の数が少ない、ということが分かってきました。簡単な計算モデルによると、その1000倍は生まれていても良いはずなのに、です。
図1:分子雲の進化過程の模式図。上から下に向かって進化する様子を描いている。 一方で、天文学者は、高密度ガスでの星の誕生過程を探るため、我々の太陽系から比較的近い距離にあるに高密度ガスに注目し、 様々な望遠鏡を使い調査を進めてきました。
最近では、ハーシェル宇宙望遠鏡の活躍もあり、この高密度ガスを詳しく見ると、 細いひも状のガスが束ねられている様子や、そのひもの中で星が誕生する様子などが分かってきました。しかし、 分子雲で作られる星の数が期待よりも少ない、という問題の解決には至っていません。 このように、高密度ガスにおける星の誕生過程の理解は大きく進みましたが、一方で、 この高密度ガスはどうやって作られるのか?
そもそも分子雲の中に高密度ガスはどれくらいあるのか?よく分かっていません。 この点の理解が曖昧なままでは、星ができる仕組みを知るには不十分です。そのような研究が難しい理由は、 低密度ガスと高密度ガスの大きさのギャップにあります。低密度ガスは銀河中に大きく広がっていますが、 一方の高密度ガスはその1/100から1/1000くらいの広がりしかもたない矮小な存在です。分子雲の観測には主に電波望遠鏡が用いられますが、 従来の観測では、高密度ガスをとらえる高い空間分解能と、低密度ガス全体をカバーする広い観測範囲を両立することが困難でした。
2. 研究内容と結果 この問題をクリアしたのが、野辺山45m電波望遠鏡に新たに搭載されたFOREST受信器であり、 それを用いて2014年から実施された天の川の分子雲サーベイプロジェクト「FUGIN」です。 FUGINは、かつてない規模で、天の川の広大かつ詳細な分子雲の姿を明らかにする観測プロジェクトで、 一酸化炭素分子の同位体が放射する異なる電波をとらえることで、世界ではじめて、低密度ガスと高密度ガスの広域かつ詳細な分布を描き出し、 分子雲の全貌を明らかにすることに成功しました。データは数百万個にもなる分子雲を含んでおり、天文学の貴重な遺産となりうるビッグデータです(図2)。
図2: (左)野辺山宇宙電波観測所で撮影した星景写真とFUGIN観測領域。(撮影:岡部統一)
(右)FUGINプロジェクトで得られた天の川の分子雲の分布の様子。
上段と中段:分子雲の3色電波画像。赤が12CO, 緑が13CO, 青がC18Oの分子からの電波強度を示している。
下段:低密度ガス(左)と高密度ガス(右)の電波強度画像。低密度ガスは12COで、高密度ガスはC18Oで検出される。 低密度ガスに比べて、高密度ガスがほんのごく一部でのみ検出されていることが分かる。 (FUGINプロジェクトの詳細はこちら: 「FUGINプロジェクト:見えない天の川の大規模探査〜 天の川の最も詳しい電波地図づくり〜」)
今回、このFUGINから得られた低密度ガスと高密度ガスのデータを解析し、天の川銀河の2万光年にわたる範囲を対象に、 低密度ガスと高密度ガスの量を精密に測定しました(図3)。
その結果、この範囲に含まれる低密度ガスの総質量が太陽1億個分、 対する高密度ガスが太陽300万個分になることが分かりました(注1)。
この結果から、 分子雲に含まれる高密度ガスの質量の割合を求めるとたった3%にしかなりません。分子雲の大部分は低密度ガスであり、 高密度ガスはほんのわずかしか存在していないことを意味する結果です。
(注1:太陽1個の質量はおよそ2x1030kgです。) 実は、低密度が自身の重力にまかせて自由に高密度ガスを作った場合、分子雲の大部分が高密度ガスで満たされてしまい、 低密度ガスはほとんどなくなってしまう、と計算できます。
しかし、現実はその逆で、高密度ガスがほとんど作られていませんでした。 このことは冒頭で述べた、分子雲の量の割に作られている星の数が少ない、という問題とも密接に関係しています。 何か高密度ガスの形成を阻害しているものがあり、そのために生まれる星の数も減ってしまっているのです。
また、今回の研究からは、天の川銀河の渦状腕で高密度ガスが若干多く(質量比およそ5%)、渦状腕と渦状腕の間の空間や、 棒状構造では1桁以上高密度ガスが少なく(質量比0.5%以下)なることも分かりました。ただでさえ少ない高密度ガスが、 渦状腕以外の場所では、ほとんどと言っていいほど作られていなかったのです。
3. 今後の展望 今回の研究から、分子雲に含まれる高密度ガスが非常に少なく、何かその形成を阻害している要因があることが分かりました。そして、 その要因は分子雲で作られる星の数が期待よりも少ない、という謎の原因にも違いありません。
今後の大きな課題はこの潜んでいる要因の正体を解き明かすことです。そのためにも、このFUGINデータのさらなる解析が重要です。 銀河の様々な場所での低密度ガスと高密度ガスの量や状態をさらに詳しくしらべることで、高密度ガス形成と星形成の謎に迫っていきたいと思います。
図3:天の川を上から見下ろした想像図に、今回データを解析した範囲を太い実線で示した。薄い赤色はFUGINの観測範囲を示している。
4. 論文・研究メンバー この結果は、日本の天文学論文誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載されました。 “FOREST Unbiased Galactic plane Imaging survey with the Nobeyama 45 m telescope (FUGIN). V. Dense gas mass fraction of molecular gas in the Galactic plane” Publications of the Astronomical Society of Japan , psz033 (2019) https://doi.org/10.1093/pasj/psz033
研究メンバー: 鳥居和史(国立天文台) 藤田真司(名古屋大学) 西村淳(名古屋大学) 徳田一起(大阪府立大学/国立天文台) 河野樹人(名古屋大学) 立原研悟(名古屋大学) 犬塚修一郎(名古屋大学) 松尾光洋(国立天文台) 栗木美香(筑波大学) 津田裕也(明星大学) 南谷哲宏(国立天文台) 梅本智文(国立天文台) 久野成夫(筑波大学) 宮本祐介(国立天文台)