マイナンバーとは、生まれたばかりの赤ん坊からお年寄りまで、全ての国民に割り振られる12ケタの「背番号」です。この番号は、個人の所得、健康保険、雇用保険などの社会保障に関する情報とひも付けられます。
政府は「納税、年金などの行政手続きが簡素化される」と喧伝(けんでん)しています。確かに社会保障などの手続きが一つの番号で行えるようになれば、今よりはるかに便利になるでしょう。しかし、それと引き換えに私たち国民が失うものは計りしれないと筆者は考えます。
マイナンバー制度は、税の徴収の「切り札」となるからです。マイナンバー制度の開始は、国税庁と財務省の長年の悲願達成とも言われています。今後の日本では、所得税や相続税、消費税の増税よりも、もっと大ごとであり、恐ろしいことが待っていると言っても過言ではないでしょう。
資産、所得の情報が国に簡単に把握される
それは、私たちのお金に関するほぼ全ての情報が順次、国家を運営する官僚機構に握られることになるからです。
国が、国税局を中心にマイナンバー制度の導入に取り組んだ理由は明快です。税金が入らなければ、国家が成り立たないからです。「国家権力とは何か」を突き詰めていけば、「徴税権」と「警察権」になりますが、より重要な方といえば、徴税権が残ります。しかし徴税権を駆使するには、国民が持つ資産、所得の正確な情報が必要になります。
この情報収集が、マイナンバー制度が導入されることでいとも簡単にできるようになります。従来より、国税庁はKSK(国税総合管理)システムを導入しています。
全国524の税務署が全てコンピューターネットワークで結ばれるKSKシステムには、全国の法人や個人の資産、所得に関する情報が蓄積されています。現在の申告と納税は基本、e‐tax(国税電子申告・納税システム)によっていますが、マイナンバーが導入されれば、資産や所得に関する情報に加え、社会保障などの情報も一括管理できるようになります。
つまり、マイナンバー制度の本質は、国民一人ひとりの所得把握の精度向上です。課税当局は「12ケタの番号」を用いて、所得や資産状況を効率的に名寄せし、突合(とつごう)することが可能になるのです。まさにマイナンバー制度は、徴収側にとって「鬼に金棒」と言えるでしょう。
マイナンバー「預金とひも付け」で資産は丸裸
まず、マイナンバー制度の導入期(16〜17年)を考えてみましょう。
16年1月に始まるのは、ICチップ付きカードの交付です。15年内に簡易書留で「通知カード」が郵送されます。これを自分の顔写真とともに市町村の窓口に提出すれば、無償でICチップ付きカードを受け取ることができます。また、年金の照会、相続税の申告などでマイナンバーの利用が開始されます。
17年からは、マイナンバーの玄関サイト「マイナポータル」が開始されます。個人番号カードのICチップに搭載される公的個人認証を用いたログイン方法が採用され、具体的には以下の三つのことができるようになります。
1)自分の個人情報をいつ、誰が、なぜ提供したのかの確認
2)行政機関などが持つ自分の個人情報の内容確認
3)行政機関などから提供される、個々人に合った行政サービスなどの確認マイナンバーの利用範囲を広げる「改正マイナンバー法」が2015年9月3日に成立した=藤井太郎撮影
預貯金とのひも付けが始まる18年がターニングポイント
マイナンバー制度は2年間の導入期を経て、18年に成長期へ移行します。このころになれば、マイナンバー制度は国民に広く浸透しているでしょう。
ですが、筆者はこのタイミングで恐ろしいことが始まると考えています。
それは、「預貯金口座のナンバリング」です。つまり、預貯金口座とマイナンバーのひも付けが始まるのです。これは、マイナンバー制度の大きなターニングポイントになると言えます。
15年の相続大増税により、世間では生前贈与対策が過熱しています。将来の相続税の支払い(納税)を敬遠したいばかりに、生前に前倒しで子供や孫に預貯金など資金を移転させる動きが活発化しているのです。
確かに年間110万円以下の生前贈与であれば、贈与税はかかりません。ただし、年間110万円を超える贈与の場合、贈与税の申告が必要です。中には「税務署にいちいち申告するのは面倒でバカらしい。110万円を少し超えるぐらいだったら税務署にバレないだろう」と、安易な贈与を繰り返すケースも少なくないようです。
少額の申告漏れ、遠隔地預金も簡単に把握される
例えば、東京都内に住むAさんは息子に250万円を贈与したいと考えました。
マイナンバーの通知カード(見本)
そこで、Aさんは都市銀行Bに90万円、都市銀行Cに60万円、地方銀行Dに100万円というように、総額250万円を110万円以下に分割して、息子の三つの口座に振り込みました。こうすれば、税務当局も贈与税の対象なのかどうか一瞬では判別しにくいと考えたのです。
地方銀行DはAさんの生まれ故郷に本店があり、Aさんはいわゆる「遠隔地預金」の口座として活用していました。こうした存在は、今まで税務調査官の目も届きにくいものがありました。
よって、相続税の調査では、家に上がった時が調査官の腕の見せどころでした。「東京に住んでいるのに、なぜ地銀のカレンダーが部屋に飾ってあるのか?」といった具合に、遠隔地預金の手掛かりをあの手この手で探っていたのです。
しかし、マイナンバーが預金口座とひも付けされれば、税務調査官の職人技も過去のものになるでしょう。Aさんが口座を分割していても、税務調査官がマイナンバーで名寄せすれば、一瞬にして「名義預金」も「遠隔地預金」も、その存在を把握することができます。今まで手間がかかり、お目こぼしとなっていた少額の申告漏れにまで手を伸ばすことができるようになるのです。
21年以降に、口座とのひも付けを義務化?
預貯金口座へのマイナンバーのひも付けは、18年時点では「任意」ですが、21年に完全義務化の方向で検討されているようです。完全義務化となれば、マイナンバー制度は21年に成熟期に突入します。
マイナンバーと自動車登録情報のひも付けも検討が始まっている
そして実施時期はまだ明確ではありませんが、預貯金口座の次に不動産の登記情報や自動車の登録情報とのひも付けの検討も始まっています。特に影響が大きいのは、不動産です。国税庁の調査によると、13年度の相続財産の構成比で最も大きい土地が41.5%で、預貯金の26.0%、有価証券の16.5%を大きく引き離しています。
将来的に、預貯金口座と不動産登記情報の両方をひも付けられれば、国税庁は資産のフローとストックの主要部分をカバーできることになります。こんな話をすると、「自分の資産を銀行に預けていては危険だ。預貯金を全部下ろしてきて、金庫の中に隠さないと……」と考える人がいるかもしれません。
しかし、これも「焼け石に水」です。通帳に多額の引き出し履歴が残る以上、大きな買い物をしたことが確認できなければ、自宅内の隠し金庫の存在を疑われるでしょう。
税務の世界には「十・五・三・一(とお・ごう・さん・ぴん)」という俗語があります。これは、職業によって税務当局に収入を正確に把握されている割合が異なることを示すもので、次のようになります。
▽十=サラリーマンの所得は10割▽五=自営業者は5割▽三=農家は3割▽一=政治家は1割
つまり、サラリーマンの収入は従来ガラス張りになっていました。正直なところ、サラリーマンの場合、マイナンバー制度の導入で損することはないと言われています。
全国民の収入が当局に丸裸
では、マイナンバー導入で不利益を被るのは誰かといえば▽複数の会社から報酬を得ている▽いろいろな投資をしている▽不動産収入がある──といった富裕層で、「五・三・一」に当たる人たちです。
東京・霞が関の国税庁入り口
こうした複雑、多岐にわたる収入を税務当局が一つ一つ確認するのは、現行の制度では大変な作業です。だからこそ、マイナンバー制度開始は財務省と国税庁の悲願達成と言われているのです。
「十・五・三・一」は終わりを告げ、「オール十」の世界が始まると筆者は考えています。つまり、全国民の収入が税務当局に把握されるのです。
節税対策として「海外不動産投資」は有効か
最近、筆者のところには海外不動産投資に関する問い合わせが増えています。大増税に加えて、マイナンバー制度の開始となれば、国外に目を移し、「海外不動産に投資して節税しよう」と考える富裕層が増えるのは必然でしょう。
しかし、税理士からすると、海外不動産などを使った節税スキーム(手法)は▽しょせん、海外は海外▽日本の税法の範囲外の話▽節税に成功するか否かはばくちの世界──と言わざるを得ません。どういうことか説明しましょう。
2015年7月17日の最高裁判決の租税裁判の事例を紹介します。名古屋市の高所得者をはじめ複数の個人投資家は、米国デラウェア州の法律に基づき設立されたLPS(リミテッド・パートナーシップ)という組織形態で、米国所在の中古集合住宅の賃貸事業に共同出資しました。そして、この賃貸事業の減価償却費などから生じた赤字を各個人が他の所得と損益通算し、大きな税効果を手にしました。
しかし、税務署から「この賃貸事業により生じた所得は、個人の不動産所得に該当せず、損益通算できない」との更正処分を受けたため、共同出資者たちは処分取り消しを求めたという裁判でした。
最高裁へ上告された本裁判の争点は「米国のLPSが日本の租税法上の法人に該当するのか否か」でした。LPSについては過去の大阪高裁や東京高裁では「法人に該当」、名古屋高裁では「法人に該当しない」との判断がなされました。各裁判所の判断が分かれていたのですが、今回の最高裁判決は、「LPSによる事業の所得は出資者個人ではなく、LPS自体に帰属し、LPSは法人に該当する」とされ、納税者は敗訴となったのです。
海外でも国内でも節税にはリスクがある
節税目的の海外投資関連の話は税金の素人、つまり、税理士資格を持たない人たちが営業をかけてくるようです。そうした人たちが「この海外スキームは節税になりますよ」と言ってみたところで、税務署に対する法的な説明権限を持っていません。
確かに、日本国内での節税スキームにもリスクはあります。現行の税法でいくら合法的に節税をしても、世間一般に普及してくると国税庁お得意の「後出しジャンケン」で税制改正を行い、メスを入れてくる──そんな歴史が繰り返されてきました。先日も、タワーマンションを使った相続税対策の監視を強化することが伝えられました。ただ日本国内であれば、ある程度、国税庁の出方は予測できます。
マイナンバー導入 資産防衛のこれが切り札
「個人増税、法人減税」のトレンドに乗る
マイナンバー時代の資産防衛術のヒントは、正々堂々と「合法的に節税できる方法を国内で考えること」です。具体的には、「プライベートカンパニーの設立」で、個人名義ではなく法人名義で資産を保有すること。近年の「個人増税、法人減税」のトレンドにかしこく乗って、「法人税の世界へ逃げるが勝ち」の精神を持つのです。
マイナンバー時代では、法人も13ケタの番号を付与されます。自分や家族と表裏一体の分身として、プライベートカンパニーを作ることが大切です。特に富裕層であれば、マイナンバー制度の導入期であるこの2年の間に、税理士などの専門家としっかり相談をして自身の資産防衛シナリオを棚卸ししてみることをおすすめします。
http://mainichi.jp/premier/business/articles/20151124/biz/00m/010/008000c