福音の力を体験せよ 178
教会には三種類のグループの人たちがいましたね。冷たい人たち、生ぬるい人たち、そして熱い人たちです。では、これら三つのうち、どのグループに属する人たちが、神の性質にあずかる者となるのでしょうか?答えは、熱い人たちだけです。なぜなら、栄光の望みであられるキリストが、彼らの心の内におられるからです。彼らは、上からの力を得るために、絶え間なく屈服する人たちです。
ではイエス様は、どのような肉体をもってこの地球に来られましたか?アダムが堕落する前の性質をもって来られましたか?それとも、アダムが堕落した後の性質をもって来られましたか?この問題は、教会内でも多くの論争を呼んでいます。
霊とまことの礼拝 山本不二樹
最初に聖書の御言葉をお読みしたいと思います。ヨハネによる福音書4章23、24節です。
「しかし、まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととをもって父を礼拝する時が来る。そうだ、今きている。父は、このような礼拝をする者たちを求めておられるからである。神は霊であるから、礼拝をする者も、霊とまこととをもって礼拝すべきである」。
イエス様がこの地上に来られた大切な目的の一つは、本当の礼拝をこの地上に確立することであったと言えます。天の神様は、本当の礼拝をする人たちを求めていらっしゃる。まことの礼拝をする者たちが、霊とまこととを持って父を礼拝する時が来る。そして今その時が来ている。イエス様はこのように言われました。この当時礼拝はユダヤ教会の中で行われていました。そこでは讃美歌が歌われ、旧約聖書が読まれ、そしてメシアに対する預言が語られていました。けれども、その礼拝というのは霊とまことの礼拝ではなかったと、イエス様は見ておられます。ですから本当の礼拝をささげるべきだと言われました。
では霊とまことの礼拝というのは、どのような礼拝でしょうか。ある時教会で、「霊とまことの礼拝とはどういう礼拝でしょうか?」、と質問した事があります。皆様どう思われますか。私たちが捧げている礼拝はまことの礼拝でしょうか。私たちは、毎週多分礼拝をささげていらっしゃると思います。あるいは朝に夕に家庭で家庭礼拝として行っておられるかもしれません。しかしそれは本当の礼拝でしょうか。まことの礼拝とは、霊とまことの礼拝なのです。