「夢が’’虚’’に食い尽くされる前に」で、「嘘」「偽」「虚」を見極めるために感覚を研ぎ澄ませなければならない、と書いたが、今私の感覚に働きかけてくれるのは、ひんやりとした朝の空気と夏野菜たちだと思う。
最近は、冬場よりも30分早く起き、庭の水やりをする。
御大が丹精込めて育てている菖蒲はひととき雅な時間を与えてくれるし、放りっぱなしにもかかわらず健気に咲いてくれるガクアジサイの青と野バラのピンクのコントラストは目を楽しませてくれるし、日々ふくらんでくるブルーベリーの実は美味しいジャムを期待させてくれる。
何より、ワンコの旅立ちの伴をしたアメジストが咲いているのを見ると、ワンコとの繋がりを感じ心が和む。
猫の額の家庭菜園はというと
昨年の秋やけっぱちで植えたニンニクは、元手590円の5倍ほどの収穫ができ、植えて一月たっても発芽しないため諦めの境地に陥らせたジャガイモはその後ぐんぐん成長し、元手680円の3倍ほどの収穫ができた。
猫の額の家庭菜園は趣味なので、以前は元手と収穫量など考えたこともなく、ただ楽しめれば良いと思っていたが、些少の元手であってもそれを意識しながら育てていると、今までにない張り合いというか緊張感というか楽しみがある。
これに味をしめ、欲をかいて夏野菜にも大いに期待しているが、今のところ苦戦している。
苗を植え付けた頃に晴天が続かなかったせいか、現在の異常なまでの冷気のせいか、今まで失敗したことのないピーマンとミニトマトが元気がない。ピーマンはいつまでも株が大きくならず、ミニトマトの幾つかは奇形ではないかという姿になっている一方で、農家&家庭菜園のブログからリアルタイムな情報をいただき参考にさせていただいているからか、今まで成功したためしがないキュウリと茄子が今のところ上々という不思議な状態だ。
参照、「毬毬をまあるく収める為に」 「Carpe diem」
こうして朝の庭を楽しんでいると思い出す詩がある。
And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill‐side's dew‐pearled;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in his heaven ―
All's right with the world!
「時は春、日は朝(あした)、朝は七時」ではじまる英国人ロバート・ブラウニングの詩はいつも私を励ましてくれるが、毎朝の庭いじりを楽しみにしているこの時期、特にその想いを強くする。
この詩に初めて出会ったのは「赤毛のアン」(モンゴメリ・村岡花子訳)だったようで、今確認すると確かに「赤毛のアン」は「神は天にあり、世はすべてよし」(イギリスの詩人ブラウニング(1812-1889)の言葉という訳注つき)で締めくくられているが、これを読んだ当時は全く印象に残らなかった。
この詩の良さに気づいたのは、数年前に教えてもらった上田敏の訳が素晴らしかったということもあるだろうが、それを教えてくれた人の博覧強記ぶりと人柄に惹かれるものがあるからだと思う。「博覧強記の香り」
日は朝(あした)、
朝は七時、
片岡に露みちて、
揚雲雀なのりいで、
蝸牛 枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす
すべて世はこともなし!
朝、庭のバジルの香りを手に移すと、「神、そらに知ろしめす すべて世はこともなし!」という言葉が天からおりてくる。
心から応援している方々の幸いを祈りながら、「神、そらに知ろしめす すべて世はこともなし」と心でつぶやいている。
追記
ミニトマト 鈴なりトマトは冷気のせいか奇形のようになり実ができる気配がないが、ミニトマト愛子様は赤もイエローも順調に育っている。愛子様のラグビーボールのようなかわいい実が、それぞれ色づいてくると朝の水やりが更に楽しくなる。
敬宮様のお健やかな御成長を祈っている
ミニトマト愛子様をはじめ夏野菜たちが元気に育つよう気合をいれて頑張るぞ
最近は、冬場よりも30分早く起き、庭の水やりをする。
御大が丹精込めて育てている菖蒲はひととき雅な時間を与えてくれるし、放りっぱなしにもかかわらず健気に咲いてくれるガクアジサイの青と野バラのピンクのコントラストは目を楽しませてくれるし、日々ふくらんでくるブルーベリーの実は美味しいジャムを期待させてくれる。
何より、ワンコの旅立ちの伴をしたアメジストが咲いているのを見ると、ワンコとの繋がりを感じ心が和む。
猫の額の家庭菜園はというと
昨年の秋やけっぱちで植えたニンニクは、元手590円の5倍ほどの収穫ができ、植えて一月たっても発芽しないため諦めの境地に陥らせたジャガイモはその後ぐんぐん成長し、元手680円の3倍ほどの収穫ができた。
猫の額の家庭菜園は趣味なので、以前は元手と収穫量など考えたこともなく、ただ楽しめれば良いと思っていたが、些少の元手であってもそれを意識しながら育てていると、今までにない張り合いというか緊張感というか楽しみがある。
これに味をしめ、欲をかいて夏野菜にも大いに期待しているが、今のところ苦戦している。
苗を植え付けた頃に晴天が続かなかったせいか、現在の異常なまでの冷気のせいか、今まで失敗したことのないピーマンとミニトマトが元気がない。ピーマンはいつまでも株が大きくならず、ミニトマトの幾つかは奇形ではないかという姿になっている一方で、農家&家庭菜園のブログからリアルタイムな情報をいただき参考にさせていただいているからか、今まで成功したためしがないキュウリと茄子が今のところ上々という不思議な状態だ。
参照、「毬毬をまあるく収める為に」 「Carpe diem」
こうして朝の庭を楽しんでいると思い出す詩がある。
Pippa's Song Robert・Browning
The year's at the spring And day's at the morn;
Morning's at seven;
The hill‐side's dew‐pearled;
The lark's on the wing;
The snail's on the thorn;
God's in his heaven ―
All's right with the world!
「時は春、日は朝(あした)、朝は七時」ではじまる英国人ロバート・ブラウニングの詩はいつも私を励ましてくれるが、毎朝の庭いじりを楽しみにしているこの時期、特にその想いを強くする。
この詩に初めて出会ったのは「赤毛のアン」(モンゴメリ・村岡花子訳)だったようで、今確認すると確かに「赤毛のアン」は「神は天にあり、世はすべてよし」(イギリスの詩人ブラウニング(1812-1889)の言葉という訳注つき)で締めくくられているが、これを読んだ当時は全く印象に残らなかった。
この詩の良さに気づいたのは、数年前に教えてもらった上田敏の訳が素晴らしかったということもあるだろうが、それを教えてくれた人の博覧強記ぶりと人柄に惹かれるものがあるからだと思う。「博覧強記の香り」
『春の朝(あした)』(上田敏訳詩集『海潮音』より)
時は春、日は朝(あした)、
朝は七時、
片岡に露みちて、
揚雲雀なのりいで、
蝸牛 枝に這ひ、
神、そらに知ろしめす
すべて世はこともなし!
朝、庭のバジルの香りを手に移すと、「神、そらに知ろしめす すべて世はこともなし!」という言葉が天からおりてくる。
心から応援している方々の幸いを祈りながら、「神、そらに知ろしめす すべて世はこともなし」と心でつぶやいている。
追記
ミニトマト 鈴なりトマトは冷気のせいか奇形のようになり実ができる気配がないが、ミニトマト愛子様は赤もイエローも順調に育っている。愛子様のラグビーボールのようなかわいい実が、それぞれ色づいてくると朝の水やりが更に楽しくなる。
敬宮様のお健やかな御成長を祈っている
ミニトマト愛子様をはじめ夏野菜たちが元気に育つよう気合をいれて頑張るぞ